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小平邦彦著 「幾何への誘い」
岩波現代文庫(2000年1月) 

図形の科学としての平面幾何の論理と現代数学の論理 ユークリッドとヒルベルト

まず小平邦彦氏という数学者のプロフィールについて簡略に記しておこう。小平邦彦氏(1915年3月16日 - 1997年7月26日)は東京生まれ、旧制松本中学、東京府立第五中学、第一高等学校 (旧制)を経て、東京帝国大学理学部数学科および物理学科卒。20世紀を代表する数学者の一人。数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を1954年に日本人として初めて受賞(調和積分論、二次元代数多様体(代数曲面)の分類などによる)。1948年、ヘルマン・ワイルによりプリンストン高等研究所に招聘された。変形の理論(モジュライ空間の局所理論)でも有名。小平は代数幾何に(楕円型微分方程式論など)複素解析的手法を持ち込み、これらの業績を次々と上げた。帰国後東京大学、学習院大学で教鞭をとった。小平次元、小平消滅定理、小平・スペンサー理論等に名を残している。専攻は代数幾何学、複素多様体とされている。1954年にフィールズ賞 、1957年に文化勲章、1984年にウルフ賞数学部門 を受賞した。本書は1988年5月に岩波市民セミナーで行った平面幾何の講座のノートに加筆訂正したものであるという。1991年10月に岩波書店より出版された。それが2000年1月に岩波現代文庫に入れられた。著者には市民向けの数学啓蒙書として、本書の他「幾何の面白さ」、「怠け者数学者の記」などがある。著者は数学教育にも力を入れ東京書籍の教科書監修と執筆にもたずさわった。本書にも随所に数学教育の在り方に関するコメントがあり、著者は現在の数学教育に危機感をもっていたようだ。戦前の幾何の教えたかたは、数学的厳密さを一部欠いているところがあるとはいえ、それはそれで図形の楽しさと証明論理の鍛錬という教育的効果が抜群であったと評価する一方、抽象的思考になれていない生徒に対して現代数学的思考法を教えることの曖昧化を危惧していた。数学は哲学と論理学の一分野という考えには、否定はしないがその教育的意義に疑問を呈している。あの微積分も現代数学からすると厳密さを欠いている。実用性という数学(物理数学、実用数学)分野も数学的厳密さをおろそかにしてきたという。幾何学は直感を大事にしてきた。「補助線をどう引いたら解法が開けてくるかに最大の楽しみがある」と本書の解説者で数学者の上野健爾氏はいう。しかしそこに数学的厳密さ(証明なしに自明とする態度)が欠けているのである。本書の構成は第1章でユークリッド幾何に端を発する図形としての平面幾何の厳密な体系を展開し、第2章ではヒルベルトの「幾何学の基礎」を引用して、現代数学の立場から見て厳密な平面幾何とはどういうものか、図形の科学としての平面幾何とどう違うのかを見てゆきます。第3章では複素数の平面幾何へ応用の初歩を紹介します。では私たちが昭和30年代に学んだ中学・高校の幾何はどうだったのかといえば、やはり図形の科学の立場から教えられたような気がする。それで終わっていて現代数学は教わらなかっただろうと思う。数学の現代化運動はユークリッド排除運動の中、初等幾何学の公理体系が不完全であり、集合論などの現代数学を導入すべきであるというものでした。ただそれは教育に混乱を与えただけで失敗した。ヒルベルトに始まる形式主義的な数学の取り扱いが決して数学の本質ではないと小平氏は主張しているようだ。抽象論理では幾何の理解は決してできないし、幾何という形の学問は興味を半減してしまう。図形さえ消え去るのである。図形というものを目で見てゆかなければ、ヒルベルトの「幾何学の基礎」はやはり理解不能である。論理の展開を図形をみて「そういいうことか」と納得できるのである。ヒルベルトの公理主義(形式主義)もブルバキの「構造主義」も数学を整理するために必要であるが、それだけが数学と思い込むと迷路に入ると小平氏は言う。

プラトンが創設したアカデミアの入り口には「幾何学を知らない者は入るべからず」と書いてあったそうです。アカデミアでは哲学を学ぶ前に、幾何学の教育が論理の訓練として重視されていた。ユークリッドの「原論」が生み出され他のもこのような環境からである。紀元前3世紀に著された「原論」は完成された体系で、他の学問に与えた影響は大きかった。公理・公準(両者はほとんど同義語)は自明とみなされた事実で、それを使って図形の性質を導き出す手法は、少数の原理から現象を説明するという現代科学の有力な規範となった。17世紀にこの「原論」は「幾何原本」として中国語訳されたが、テクニックに走っていた「和算」には取り入れられなかった。論理の大切さを理解できなかった和算の限界と言われている。明治10年この「原論」は、イギリスで数学教育を受けて帰国した菊池大麓によって翻訳された。大正時代に著された掛谷宗一氏の「平面幾何学」、秋山武太郎氏の「わかる幾何学」は、多くの幾何好きの人々を生み出しベストセラーとなった。あたりまえの公理から定理を積み重ねて、一見複雑な定理を説いてゆくその蓄積は文化である。そのあとの人はその定理を使ってさらに難解な定理に挑むことができるのである。「ニュートンの肩から見た世界」とは先人の成果からスタートできる後代の人の有利さを言ったものである。代数はひたすら四則演算を誤りなく遂行してトラックいっぱいの定理を造ったというオイラーに代表される数学の手法である。幾何学は証明という論理を使命としている。むろんその中に演算の利点も利用している。虚数を使った複素幾何学もその一分野である。ただわが日本のように原理・原則を重んじない、現世利益を最重要視する便宜主義(実存主義)の社会では、論理と言葉の綾とを区別することが難しい。幾何教育を通じて論理力を高めることができるとする小平氏の意見が教育界の理解を得ることにはなっていない。高校数学に順列組わせ、確率、集合論を組み込もうとした戦後高校の数学教育の混乱がみられるが、清宮俊夫氏の「幾何学−発見的研究法」(1968年 科学新興社)は戦後の数学教育界に新風を巻き起こし、幾何学の発見的楽しさを広めた。平面幾何学とは、点と線と円を扱う図形の性質を学ぶことである。本論に入る前に、平面幾何学の定義、公理をおさらいしておこう。これは主に秋山武太郎著「わかる幾何学」の最初の数ページから引用したものである。秋山氏の平面幾何の出だしの定義は大変面白いのもので、「定規で引いた線はまっすぐな線であって、これを直線という」、「コンパスで描いた曲線は1周すれば円という」という。初等幾何学としては直線と円だけを考えるという。定義というものは言葉の意味を説明したもので、これほど単刀直入な説明は「問答無用」と言っているようだ。「定義の意味は分からなくても忘れてもいい」とも言っている。

山武太郎著「わかる幾何学」に書いてある定義には
とは、位置と長さがあって太さのないものである。まっすぐな線を直線という。曲がっているのを曲線という。
とは、位置だけあって大きさのないものである。
とは、位置と広さがあって暑さのないものである。平面とは平らなものである。平面上のどの2点を取っても2点を通る直線がこの平面上にある。
立体とは、位置と容積とを有するものである。立方体、直円体、球をあげて説明している。
幾何学とは、形、大きさ、位置の3つに関する真理を研究する学科である(こんなことは哲学の先生に任せておけばいい) 平面幾何学とは1枚の平面に描いた図形について研究することである。
公理とは、いくら突き詰めても説明がつかないところをいう。平面幾何の公理は次の4つからなる。
   公理T: 図形はその形と大きさを変えないで、ただその位置を変えることができる(平行移動、回転、裏返しなど)
   公理U: 2つの平面を重ねれば一つの平面となる。
   公理V: 2点間の最短距離はこの2点を結ぶ直線であって、ただひとつだけある。
   公理W: 直線と外の点が与えられたとき、外の点を通って直線に平行な直線はただ一つしかない。(平行線の公理)
分かりやすく言えば、平面幾何とは定規とコンパスを用いて描いた図形に見られる現象を研究する自然科学つまり、「図形の科学」であったという。たしかに「まっすぐな線を直線という」は同義反復の言い換えに過ぎないのであって、乱暴ともいえる言い方で、現代数学から見ると厳密さを欠いているといわれる由縁である。しかし少しの約束から複雑な系を証明してゆくやり方は、未熟者であるほど論理の鍛錬の格好の練習場となった。自明を繰り返してゆけば禅問答になるのを避けるためにも、直感的に納得できる少数の約束事から積み重ねて説明できることは、科学の出発点でもあったわけです。さてみなさん、もう一度科学の出発点(物理学の祖ケプラーの3定理はここから出てきました)に戻って、系を構築する楽しさを味わってみませんかということが本書の目論見であります。本書は第1章図形の科学としての平面幾何、第2章数学としての平面幾何 第3章複素数と平面幾何からなります。もちろん本書の中心は第1章図形の科学としての平面幾何にあります。第2章はヒルベルトの「幾何学基礎論」との比較を論じたものです。第3章は複素平面幾何の初歩を紹介したまでであってこの程度を述べたところでどうなるものでもないし、ベクトル解析幾何学のことで本筋に関係ないことなので割愛する。

第1章 図形の科学としての平面幾何

§1 公理系:山武太郎著「わかる幾何学」のざっくばらんな定義集と公理に対して小平邦彦氏は、厳密な公理的構成を与えます。ホームページ作成のHTML文法では図形は描けないので、テキストだけで説明せざるを得ない。図形なしの幾何の説明とは「わさびのない寿司」みたいなもので面白くないし、理解が困難である。従って結果だけを言葉で伝えることになる。
公理T:図形はその形と大きさを変えないでその位置を自由に変えることができる。平面幾何学では図形の代わりに3角形に限定してもよい。
公理U:2点を通る直線は一つあって、ただ一つに限る。2本の直線A、Bが1点Oで交わるとき、∠AOBを角度と表す。
公理V:同一直線状にない3点A,B,Cを結ぶ線分AB,BC,CAからなる図形を3角形といい、僊BCにおいて、AB<AC+CB ここから2点間の最短距離はこの2点を結ぶ直線であることが導かれる。
直線上の3点がなす角度を平角と言い2直角(2∠R)である〈180度)。直線の外から直線に直交する直線を引くことができる。その交わる角度を直角(∠R)という〈90度)。2本の直線がなす角度を対頂角といい、補角+対頂角=2∠Rの関係があるので次の定理を得る。
定理1.1 平角はすべて等しい。(等しくないとすると、一方の直線状の3点のうち一つが外にあることになり矛盾)
定理1.2 直角はすべて等しい。(直角は平角の1/2より自明)
定理1.3 2つの直線が交わるとき対頂角は等しい。(対頂角+補角=平角より)

§2 3角形の辺と角:僊BCにおいて2辺が挟む角度を夾角という。
定理2.1 2つの線分ABとCDが点Oで交わるとき、AB+CD>AC+BD。 (公理Vより)
定理2.2 僊BCの内部に点Oがあると、儖BCが僊BCの内部に作られるので第3辺BCを共有する三角形の外の2辺の和は内部の三角形の2辺の和より大きい。AB+AC>OB+OC 。(公理Vより)
定理2.3 2つの三角形の2辺が等しい時、その夾角の大小によって第3辺の大小が決まる。(定理2.1より)
定理2.4 2つの三角形の2辺が等しく、その夾角も等しいなら第3辺も等しい。(3角形合同の定理、定理2.3より自明)
定理2.5 2つの3角形の2辺が等しい時、第3の大きいほうがその夾角も大きい。(定理2.3の逆定理 背理法で矛盾を説明)
定理2.6 3角形の外角はその内対角のどちらよりも大きい。(公理Vより、代数計算で辺長さの大小比較して定理2.5を使う)
定理2.7 二等辺三角形の2つの底角は等しい。(背理法で夾角が異なるとすれば矛盾する、定理2.4より底辺も等しい ∴2つの3角形は合同で裏返して重ねると底角は等しい)
定理2.8 三角形の2辺が等しくないとき、大きな辺に対する角は小さな辺に対する角より大きい。(定理2.7と定理2.6より自明)
定理2.9 三角形の2つの角が等しくないとき、大きな角の対辺は小さな角の対辺よりも大きい。(定理2.8の設定と結論を入れ替えたもので背理法で矛盾を示す)
定理2.10 三角形の底角の2角が等しい時、2つの対辺も等しい。(2等辺三角形定理2.7の逆定理、対辺が等しくないとすると定理2.8より矛盾する)
このようにして三角形の基本的な定理は公理からそしてそこから導かれた定理の公順に従って(前の定理を使って、逆は不可)証明される。論理的不整合はない。ただ応用問題では援用する定理の順番は問わない。

§3 3角形の合同定理:合同の定義とは、三角形△ABCと△DEFの頂点ABCをDEFに重ねることができたなら、2つの三角形は合同であるという。△ABC≡△DEFとあらわす。対応する3辺の長さと、対応する頂角はそれぞれ等しい。
定理3.1 2辺とその夾角がそれぞれ等しい三角形は合同である。(2辺夾角の合同定理 公理Tより頂点を重ね辺を合わせると底辺は合致する) 系:2つの三角形において3つの夾角3つの辺の長さが等しいなら、2つの三角形は合同である
定理3.2 2つの三角形において、底辺と両端の角がそれぞれ等しいなら2つの三角形は合同である。(公理Tより2つの三角形の底辺を合わせると、両端の角が等しいので辺の線分は重なる)
定理3.3 3つの辺がそれぞれ等しい2つの三角形は合同である。(三辺合同定理 角が等しくないと仮定すると背理法により定理2.3より辺の長さが異なるという矛盾になる)
定理3.4 2つの角とそのうち一つの対辺の長さが等しい三角形は合同である。(2角1対辺合同定理 等しい頂角と等しい辺に合わせて定理2.6より背理法で底辺の長さも等しい 定理3.1より合同である)
定理3.5 直角三角形の斜辺は他の2辺のいずれより大きく、その直角でない角は2つとも直角より小さい。(定理2.6より外角が直角なので、直角でない2角は鋭角(<90度)である。定理2.9より直角の対辺である斜辺は他の対辺より大きい)
定理3.6 2つの直角三角形において、斜辺と1辺の長さが等しければ合同である。(斜辺と1辺の直角三角形合同定理 1辺を背中合わせにすると2等辺三角形ができ。定理2.7より角が等しく、定理3.4より2つの直角三角形は合同である)
定理3.7 線分ABの外の点PがA,Bより等距離にある必要十分条件は、Pが線分ABの垂直2等分線上にあることである。(定理の仮説と終結を入れ替えた定理を逆の定理という。逆は必ずしも真ではない。正と逆の定理が成り立つとき必要十分条件であるという。 どちらも定理3.3により等距離に在れば直角三角形は合同となり、線分ABの垂直2等分線上にPがあれば定理3.1よりA,Bからの距離は等しい)
定理3.8 平角でない角(∠AOB)の2等分線上の点Pは2つの線から等距離にある。(必要十分条件として証明する 等距離であればOPを斜辺とする定理3.6の直角三角形の合同定理より角度は等しく、2等分線上にPがあれば定理3.4より距離は等しくなる)

§4 平行線の公理:2つの直線l,mが第3の直線とAとBで交わるとき、錯角、同傍内角の関係は錯角+同傍内角=2∠R(補角の関係)である。もし2直線がなす錯角が等しければ同位角は等しい。
平行線の定義とは、2つの直線l,mが2点で交わっているとき、lとm が平行なら錯角は等しい。
定理4.1 2つの直線lとmが第3の直線と相異なる2点で交わってなす錯角が等しいなら、2直線lとmは平行である。(背理法で、2直線l,mがもしPで交わるなら△PABにおいて、錯角は等しいので定理2.6より外角は内角のどちらよりも大きいに反する)
  系1:平行な2直線が第3の直線となす同位角は等しく、同傍内角は補角をなす。
  系2:2直線l,mが平行なとき、lに垂直な直線はmにも垂直である。
公理W:(平行線の公理)直線lとl外の点Bが与えられたとき、Bを通ってlに平行な直線はただ一つしかない。(定理4.1より錯角が等しいのでただ1本しか引けない)
定理4.2 2直線lとmが第3の直線と2点で交わっているとき、lとmが平行なら錯角は等しい。(定理4.1の逆定理)
  系1:平行な2直線が第3の直線と交わってなす同位角は等しく、同傍内角は補角をなす。(定理1.3より対頂角は等しいので、系1から対頂角=同位角)
  系2:2直線lとmが平行なとき、lに垂直な直線はmにも垂直である。(系1より同位角=∠R)
定理4.3 三角形の外角は対内角の和に等しい。(△ABCの頂点Aを通って対辺BCに平行な補助線を引くと、錯角と同位角がそれぞれの対内角に等しいので、外角=錯角+同位角となる) 定理4.4 三角形の内角の和は2∠Rに等しい。(定理4.3より、頂角+外角=2∠R)
定理4.5 四角形の内角の和は4∠Rに等しい。(対角線を引いて四角形を2つの三角形に分け、定理4.3を適用する)
定理4.6 平行四辺形の対辺は等しい。平行四辺形の対角は等しい。(1本の対角線を引いて定理4.2より錯角は等しいので定理3.2より2つの三角形は合同である∴対応する角と辺は等しい)
定理4.7 平行四辺形の対角線は互いに他を2等分する。(対角線2本を引いて平行な線を底辺とする2つの三角形に分けて、定理4.1より錯角どうしは等しいので、定理3.よりこの2つの三角形は合同である。∴対応する辺は等しい)
定理4.8 2組の対辺が等しい四辺形は平行四辺形である。(対角線を1本引いて2つの三角形に分けると、3辺が等しいので定理3.3より2つの三角形は合同である。錯角どうしが等しいので定理4.6より平行四辺形である)
定理4.9 一組の対辺が平行で等しい四辺形は平行四辺形である。(1本の対角線を引いて、平行であるから錯角は等しくかつ対辺は等しいので、定理3.2より2つの三角形は合同である。もう一つの対辺同士も平行となる)
定理4.10 対角線が互いに他を2等分する四辺形は平行四辺形である。(2つの対角線が作る2つの三角形は2辺と頂角が等しいので対応する2組の三角形は定理3.1より合同である。∴錯角が等しいので定理4.6より対辺は平行である)
定理4.11 △ABCの辺ABの中点Dを通って辺BCに平行な直線は辺ACを2等分する。かつ平行な底辺の長さはBCの半分である。(定理4.9より)
  系:△ABCの辺AB の中点をD、辺ACの中点をEとすると、DEとBCは平行となり長さはBCの半分である。

§5 円円(円周)の定義とは、中心という1点と曲線状の任意の点を結ぶ線分がすべて等しいことである。この線分を半径という。点Pが円?上にある必要十分条件はOP=rである。中心Oを通る弦を直径という。定理3.7より円の中心は弦の垂直2分線状にある。円と直線は2点より多くの点で交わることはない。1点で交わるときこの直線を接線という。交わる点を接点という。円周上の2点で分かたれる一部を円弧という。直径の円弧は半円である。円弧から円周上の1点を仰ぐ角を円周角という。円弧とが中心を見る角を中心角という。
定理5.1 一直線状にない3点A,B,Cを通る円はただ一つ存在する。(弦AB,BCの垂直2等分線を引くとその交点をOとすると、OA=OB=OCで点Oは円の中心である。2本の垂直2等分線が必ず交わることは背理法で、もし交わらないなら平行であることかたら3点ABCは直線状になければならないという矛盾になる)
定理5.2 円弧BCの円周角はそれに対する中心角の半分である。(円弧の長さによっていろいろなケースがあるが、円弧上の点Aと円の中心Oを結ぶ直線が円弧を切る点をDとすると、△OBAと△OACは2等辺三角形でかつ合同である。中心角はその2つの三角形の外角の和になる。∴円周角は中心角の半分)
定理5.3 同一の弦から仰ぐ円周角はずれも等しい、4点A,B,C,Dが同一円周上に在り、かつAとDが直線BC同じ側にあるとき∠BAC=∠BDCである。(円周角不変の定理 定理5.2より自明)
定理5.4 2点A,Dが直線BCと同じ側に在り∠BDC=∠BACなら4点は同一円周上にある。(定理5.1より3点A,B,Cを通る円をrが存在するのでDも円周上にあることを背理法で示す。角Aと角Dは等しいという前提なのでCDが円周と交わる点をEとすると角A=角Eとなる定理5.3に反する)
  系:直径に対する中心角は2∠Rなので、円周角は直角である。(定理5.2より)
定理5.5 円に内接する四辺形の対角は補角をなす。(定理5.3より円弧BCに対する円周角不変、円弧CDびたいする円周角不変と、定理4.4の三角形の内角の和は2∠Rによって四角形の内対角の和は2∠Rとなる)
定理5.6 一組の対角が補角をなす四辺形は円に内接する。(前の定理5.5の逆定理 定理5.4より自明)
  系:円に内接する四辺形の外角はその内対角に等しい。(定理5.5より)

§6 図形のいろいろな定理:三角形の頂点A,B,Cを通る円はただ一つ存在し(定理5.1)、その円の中心を△ABCの外心という。
定理6.1 三角形の3つの辺の垂直2等分線は1点外心で交わる。(外接円 定理5.1)
定理6.2 三角形3つの内角の2等分線は1点で交わる。(内接円 ∠Aの2等分線と∠Bの2等分線の交わる点をIとすると、定理3.8の必要十分条件よりIは辺AB,AC,BDと等距離にあり、ICは∠Cを2等分する。Iを中心とする内接円が描ける。これを内接円という)
定理6.3 三角形の3つの頂点から降ろした3垂線は1点で交わる。(垂心 2本の垂線が交わる点をHとする。△ABCの外接円を描き、その円の中心をOとすると、定理5.4より半径OCの直径をKCとすると定理4.1よりAKBHは平行四辺形であり、垂線ADとCFん交わる点をH'とすると、AHとAH'は同じである)
定理6.4 三角形の3つの中線は1点で交わる。(重心 2本の中線が交わる点をGとすると、定理4.11系の平行四辺形よりGは中線を2:1に分割する。よって3つ目の頂点とGを結ぶ線は対辺を2等分する)
定理6.5 三角形△ABCの重心をG、垂心をH、外心をOとすると3点は直線上に在って、HG=2GOという関係にある。(定理4.11より重心は2:1に中線を分割する。比例関係から重心は線分OH上に在り、詳細は省くがHG=2GOが導かれる)
定理6.6 △ABCの中点L,M,Nおよび3垂線を対辺へ降ろした点D,E,F、垂線の垂線の線分AHの中点P,線分BHの中点Q、線分HCの中点をRとすると、9個の点D,E,F,L,M,N,P,Q,Rは同一円周上にある。(なんとアクロバットな難しい問題のようだが、△ABCの外接円半径rを描いて、OHの中点をTとする。Tを中心とする半径r/2の円が9点円であることを定理6.3の平行四辺形の比例関係と、定理5.4により垂線の足D,E,Fが円周上にあることを導く。詳細は省く本書をよくたどればよい)
定理6.7 △ABCの外接円の1点Pから3辺へ下した垂線の足D,E,Fは一直線上にある。(シムソンの定理 線分DFと線分EFとが重なることを示す。BPを直径とする円を書くと垂線の足は直角なので、定理5.4よりF,Dは同一円周上にある。APを直径とする円を描くとE,Fは同一円周上にある。定理5.3より同じ弧の円周角は等しいのでDFとEFは同じ角となり同一となる。)
定理6.8 1点Pから△ABCの3辺へ下した垂線の足D,E,Fが一直線上にあれば、点Pは△ABCの外周円上にある。(シンプソンの逆定理 証明は簡単ですが省略)
定理6.9 弧BCに対する円周角∠BACの2等分線は弧の中点を通る。(中点MとAを結ぶ線分AMが∠BACを2等分することを示す。定理3.7より弦の中点は弧BM=弧MNである。定理2.7より線分AMは∠BACを2等分する)
パスカルの定義やフォイエルバッハの定理など、図形の色々な定理は挙げてゆくときりがないほど出てきそうなので、この辺で打ち切ろう。図形を用いることができない本稿では解説を省く。あとは定規とコンパスで各自で楽しんでください。定規とコンパスと白紙だけを使ってこれだけ智恵を絞って長時間遊べる遊戯はなかなかない。それだけに人生を費やした人も多い。人間は遊ぶ動物である。定規もコンパスを使わないで、抽象記号だけでの論理で遊ぶのが現代数学である。次にヒルベルトに移ろう。

第2章 数学としての平面幾何

平面幾何で最も重要な文献は、ユークリッドの「原論」と、ヒルベルトの「幾何学の基礎」です。原論は紀元前3世紀ギリシャの数学者ユークリッドが著したもので、公理的に構成されたろんしょう数学の体系をまとめた。原論は平面幾何の他、数論と立体幾何を圧あっているが、その平面幾何の公理的構成は見事で、その後2千年以上にわたって学問の典型とされてきました。原論は日本語訳が中村幸四郎訳で共立出版から1971年に刊行されている。576頁で6000円でとても読み切れないと思われる。もっと洗練された展開は本書でなされている。つぎにヒルベルト「幾何学の基礎論」は中村幸四郎訳でちくま学芸文庫から2005年に刊行された。この本は私は読んでみて、途中で挫折した経験を持っている。再度チャレンジしてまた別の機会に読書ノートを作ってみよう。19世紀に入ってから数学の批判的精神の発達に伴って、原論の平面幾何の公理的要素の不備が指摘されてきた。1899年ヒルベルトは「幾何学の基礎論」において、平面および立体幾何の論理的に完全な公理的構成を考えた。ヒルベルトはユークリッド幾何学の全公理を、結合・順序・合同・平行・連続の5種の公理群にまとめ、相互の無矛盾性・独立性を完全に証明したといわれ、数学全般の公理化への出発点となった。ヒルベルトの「幾何学の基礎」の序はカントの純粋理性批判の引用で始まり、ドイツ観念論哲学の伝統を引き継いだ形で数学を考えてゆこうとするものである。「幾何学の論理的構成は、少数の簡単な基本命題(公理)のみから始まる。ユークリッド以来、幾何学の公理を設定しその相互関係が論究されてきた。この問題は我々の空間的直観を論理的に解析することに他ならない。以下の研究は、幾何学に対し完全な、できる限り簡潔な公理系を設け、種々の公理系の意義と各個の公理から導かれる結論の限界とを明確にしようとする一つの試みである」と実に簡潔な「序」を述べている。「幾何学の基礎論」は付録論文を除くと180頁ほどの本であり、短いから読みやすいと思ったらけがをする。途中で挫折するのが落ちである。ではヒルベルト「幾何学の基礎」の構成を目次に従い述べると以下である。定理集を公理の帰結という。
第1章 五つの公理群
T結合の公理(A,Bを結合する直線は1本だけある)
U順序の公理(直線状の3点のうち一つは間にある)
V合同の公理(線分の合同、三角形の合同)
W平行の公理(交わらない2本の直線が存在する)
X連続の公理(アルキメデスの公理 直線の長さの測定可能性、分割性)
第2章 公理の無矛盾性及び相互独立性
第3章 比例の理論
第4章 平面における面積の理論
第5章 デザルグの定理
第6章 パスカルの定理
第7章 幾何学的作図
付録論文 「数の概念について」、「公理論的思惟」、中村幸四郎氏による解説

第1章「5つの公理群」の§1「幾何学の要素と5つの公理群」は、点と線の用語の「定義」(説明)から始まります。ととえば三角形の定義は「同一直線上にない3つの点の2つづつを結ぶ3つの線分からなる図形」です。三角形を説明するには点と直線と線分という用語を使います。第1章「図形の科学としての平面幾何」や「原論」には「直線とはまっすぐな線」というような言い換えに過ぎない表現でした。だから点と直線を定義しないで使ってきたのです。これを「無定義語」と呼びます。§2公理群T:結合の定理で3つの公理I1(2点を通る直線が存在する),I2(2点を通る直線は1つだけである),I3(一つの直線上には少なくとも2点がある。直線上にないすくなくとも3点がある)を掲げています。I1とI2をあわせて第1章図形の科学の「公理U:2点を通る直線は一つあって、ただ一つに限る」に相当します。ここでは「点」も「通る」も無定義語です。§3公理群U:順序の公理は第1章「図形の科学」にも「原論」にもなかった公理です。「間にある」という無定義語を使用し、公理U1、U2、U3は一直線上にある点の順序に関する公理です。第1章「図形の科学としての平面幾何」では、「線分」とは直線ABの上の点Aと点Bに挟まれた部分でしたが、「幾何学の基礎論」では「一つの直線aの上の2つの点AとBの組」を線分と定義します。終端がAとBという意味です。だから直線とは点の集合ではない、線分とは直線の部分ではないと考えます。平面上の順序の公理U4は一直線上にない3点A,B,Cとそのいずれをも通らない直線lに関する公理です。これをパッシュの公理という。「直線lは線分AB,BC,CAのいずれとも交わらないか、またはその2つと交わって他の一つと交わらない」というものですが、3点が同一直線上に在っても成立するので、一直線上にない3点A,B,Cという条件は不要です。この公理U4は公理U1とU2を用いて証明することができる。§4「結合と順序の公理からの帰結」では公理群Tと公理群Uから導かれる点と直線にかんする定理2,3,4,5,6,7を三角形を作図して証明が与えられている。「幾何学の基礎論」では、平面幾何を公理的に構成しようとすることは、いくつかの公理から出発してろんしょうによって次々と定理を証明しようということです。平面(および立体)幾何の論理的構成に当たっては直感を一切排除して論理だけを用いて論証を進めることです。途中で幾何学的直観をに訴えることは許されない。その公理的構成は論理的に厳密であることが要求されます。例えばユークリッド「原論」における作図では線が交わることを証明をせずに直感によって自明として交点を決めていますが、論理的厳密性を欠いているように見えます。また三角形の3つの中線は1点でまじわる(重心)定理を「原論」では、まず2つの中線の交点をGとすると決めていますが、これは幾何学的直観によるもので、まず三角形の中で2つの中線の交点があることを言わなければならないといった類の直感がいたるところでみられる。ヒルベルト「幾何学の基礎論」の公理的構成については、無定義語に実体的な意味づけはないと考えます。代数とおなじで関係式だけが重要なのです。意味を持たない記号で書かれた命題には直感が働きません。証明は論理だけです。命題は記号で書かれたものですから、その真偽を云々することは未意味だといいます。だから公理は任意に設定された命題であると考えることです。これに慣れていない人は実体との関連づけに拘束され、論理の自由な展開ができません。だから現代数学やヒルベルトの「基礎論」は難解なのです。「幾何学の基礎論」では幾何学の用語は意味のない記号でしたが、論理の用語は意味を持っていました。ヒルベルトは「幾何学の基礎論」の後に創設した数学基礎論では数学の用語のみならず論理用語も意味を持たない記号としました。一定の記号列を公理として掲げ、そのルールに従って順々に定理という記号の列を導く体系を作った。すると数学は一定のルールに従って遊ぶゲームというのが、現代数学の主流をなす形式主義の考えです。形式主義は「幾何学の基礎論」から始まって20世紀の数学を指導しました。

ヒルベルトの「幾何学の基礎論」では無定義語は意味を持たないとされていますが、「幾何学の基礎論」は常に図形に導かれて展開しているように考えられます。それは幾何学という以上、図を見なければ理解不能なのだからです。代数学のようにむやみに関係式の展開をしてみても、何のことやらさっぱり理解できません。絵画でいえば抽象絵画と具象絵画の関係にあります。抽象絵画を突き詰めると文学か哲学の分野に近くなり言語の世界に入ります。絵画と矛盾する背理となります。つまり絵画と理解するにはどこかで具象絵画との関係性を維持していなければなりません。約束事です。その典型が中国絵画の抽象性(無の世界)にあります。約束ごとの組み合わせで見る人にある考えを想起させます。一見すると自然を描いているようでこれはほとんど文学の世界です。幾何学も同じです。そこで小平邦彦氏は、「幾何学の基礎」の平面幾何の公理的構成はあまりにも厳しくかつ難しいので、もう少し易しくて一応厳密な平面幾何の公理的構成を試みて、1985年岩波書店より「幾何のおもしろさ」という本を出版した。「幾何のおもしろさ」の公理的構成は、基礎的な部分のみならず円論から比例や面積にいたるまで平面幾何全般に及んでいる。無定義語は意味を持たない記号ではなくて、最初から意味が分かっているとして定義しないだけの概念と理解する。公理は理由を述べないまでも真と認める命題であるとする。形式主義とは反対の立場である。8つの公理を設定する。
公理1:2点AとBが与えらえたとき、AとBを通る直線を引くことができる。そしてAとBを通る直線はただ一つしかない。
公理2:直線lが3点A,B,Cのいずれをも通らないときlは線分AB,BC,ACのいずれとも交わらないか、またはその2つと交わって他の一つと交わらない。
公理3:線分AB上の点CがAとBの間にあるとき、等式AB=AC+CBがなりたつ。
公理4:点Cが∠AOB の内部にあれば等式∠AOB=∠AOC+∠COBがなりたつ。
公理5:三角形△ABCと合同の△OPQを任意の位置に描くことができる。(移動)
公理6:2つの直線l,mが第3の直線と2点A,Bで交わるとき、∠ABOと∠BACの和が2∠R以下ならば直線l,mは直線ABに関してCと同じ側にある1点で交わる。(直線lとl外の1点Bが与えられたとき、Bを通ってlに平行な直線はただ一つ引くことができる。第5公準:平行線の公理と同値)
公理7:長さが1に等しい線分OEが存在する(線分な長さの計測原理)
公理8:円βが円αと交わらないなら、円βは円αの内部か外部にある(円に関する順序の公理)


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