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ジョン・ロック著 加藤節訳 「完訳 統治二論」 
岩波文庫 (2010年11月 ) 

政治権力の起源を社会契約に求める近代政治学の古典的名著

ジョン・ロック

 イギリス生まれのジョン・ロック(1632年ー1704年)とは、17世紀末に「社会契約説」を唱えた政治思想家であると昔の西洋史の教科書で習った。その立憲主義は今ではほとんど常識化しており、おそらく民主主義の基本として誰もが当たり前と認識していることばかりである。だからと言ってジョンロックのことは忘れてもいいわけではない。科学史では「ニュートンの肩から科学を見る」とよく言われるが、後世の凡人は偉大な思想家・科学者の打ち立てた業績の上にたって眺めるか、偉人の業績の上に一生かかってわずか一歩を加えることである。ジョン・ロックは政治権力の起源を人々の合意に求めた「社会契約説」を唱え、フランス革命やアメリカ独立宣言の原理的核心となったといわれるほど、産業革命後の近代社会への道を切り開いた。フランス生まれの科学者で近世哲学の祖として知られるルネ・デカルト(1596年 - 1650年)と並び称される思想界の巨人である。ジョン・ロックの生きた時代は日本では江戸幕府がようやく安定した政権を創り元禄時代の繁栄へ導かれた時代であった。打ち続いた戦国時代を逃げ回っていた庶民がようやく平和と安堵を得たころである。政治的には多くの小藩の独立の上に立つ合従政府で、一向衆や根来衆の組織された宗教以外に庶民の力は無に近く、本書で議題にされる立憲議会はあと200年を待たなければならない。この西欧と世界の近代化を切り開いた「統治二論」は政治学史上の第1級の古典である。本書は大学教育の入門書の位置づけだけでなく、近代ヨーロッパにおける啓蒙主義、自由主義、立憲主義や民主主義を論じる際の第1級の引用文献(引照基準)であり続けた。「統治二論」とは前編の「統治について」と後編の「政治的統治について」よりなり、全編はサー・ロバート・フィルマーの王権神授説批判となっており、後編は近代国家(統治)の権力の起源を述べたもので、後編だけを「市民政府論」(岩波文庫)の名で刊行されたこともあった。この2編を合わせて「統治二論」として岩波書店は2007年単行本で刊行し、岩波文庫には2010年に入った。統治二論の政治学上の歴史的意義づけという専門的読み方は別にして、本書の全編から後編に流れる意図は明快である。政治的権力は一人の君主が神から授かったという説を今では信じる人はいない。ところが日本では1945年まで政治的権力を握るという天皇は現人神という神に近い存在に祭り上げたいわゆる立憲君主制であった。これを論破することは簡単ではない。相手は権力を持つ王統正義論者であり、下手をすると危険は一身上に及ぶのである。戦前の日本の天皇制体制批判が治安維持法や右翼の襲撃に身を曝す怖さを日本の政治学者である丸山真男氏は述べている。竹内洋著 「丸山真男の時代ー大学・知識人・ジャーナリズム」(中公新書 2005年11月)にその恐怖を「通奏低音のように迫る」と書かれている。ロックの生まれた17世紀中ごろのイギリスは1642年のピューリタン革命後の混乱期にあり、1662年チャールズ2世・ジェームス2世とともにスチュアート朝が復活した。彼の著作の大部分は1687年から1693年の間に刊行されているが、明晰と精密、率直と的確がその特徴とされており、哲学においては、イギリス経験論の父であるだけでなく、政治学、法学においても、自然権論、社会契約の形成に、経済学においても、古典派経済学の形成に多大な影響力を与えたとされる。1666年にはホイッグ党の領袖であるシャフツベリ伯爵アントニー・アシュリー=クーパーと知り合い、シャフツベリの愛顧を受けるようになって、ロンドンに移って以後はシャフツベリ伯のブレーンとして活躍した。。1680年ごろ、トーリー党の精神的支柱となるロバート・フィルマーの「家父長論」が出版され、これに対する反論として「統治二論」を執筆する。1682年にシャフツベリが反逆罪に問われオランダに亡命したので、ロックも王からの迫害を恐れ翌1683年−1689年までシャフツベリのいるオランダに亡命した。名誉革命が1688年に起きると翌1689年に帰国し、ロックの代表作である『統治二論』(『市民政府二論』)および「人間悟性論」を1689年に出版した。特に「統治二論」は名誉革命後のイギリスの体制の理論的な支柱となった。1693年には「教育論」を出版している。彼の哲学は以後のホイッグの精神的支柱となり、18世紀前半のホイッグ長期政権を支えた。これがロックの簡単な経歴である。

 ロックの哲学を概観すると、ロックの認識論によれば、われわれの心はいわば白紙として生得観念(innate ideas)を有していない。観念の起原はあくまでも経験であり、それらを認識し、加工する能力が大事である。このようにロックは経験主義を唱え、経験はあくまで素材であり、その点では彼の哲学における経験の役割は限定的である。本書のテーマである政治学、法学については、彼は、社会契約説によって、ロバート・フィルマーの家父長的な政治理論に基づく王権神授説を否定し、自然状態を「牧歌的・平和的状態」と捉えて、公権力に対して個人の優位を主張した。自然状態下において、人は全て公平に、生命、健康、自由、財産(所有)の諸権利(固有権)を有するという自然法に従うと唱えた。トマス・ホッブズ(1588-1679)がいう『万人の万人に対する闘争』や外国勢力の侵略に対して、自然法だけでは対応不可能であるので、諸国民の同意によって政府は設立されるとした。立法府ー政治権力は諸国民の固有権を守るために存在し、この諸国民との契約によってのみ存在する。我々は我々の保有する各個の自然権を一部放棄することで、政府に社会の秩序を守るための力を与えたのである。言い換えれば、政府に我々の自然状態下における諸権利に対する介入を認めたのである。政府が権力を行使するのは国民の信託 によるものであるとし、もし政府が国民の意向に反して生命、財産や自由を奪うことがあれば抵抗権をもって政府を変更することができると考えた。抵抗権の考え方はのちにヴァージニア権利章典に受け継がれていく。トマス・ホッブズやジョン・ロックの社会契約説が中世から近代への突破口となった理由は、『国家権力(社会規範)が、神から王(権力者)へ授与される普遍的な権力(規範)ではなく、人民の相互的な契約によって人工的に創作されたものであり改変可能なこと』を自然状態の理論モデルを通して合理的に説明したからです。トマス・ホッブズとジョン・ロックは、キリスト教神学的な権力論を否定して社会契約説を主張したことでは共通していますが、その最大の違いは、ホッブズは公権力を擁護して絶対王政の正当性(強大無比な権力を持つリヴァイアサン)を主張したのに対して、ロックは公権力を危険視して民主主義と立憲政治の正当性を主張したことにあります。ロックの権力分立論は、ハリントンの提唱した権力分立制を発展させたものであるが、社会契約論とも密接に結び付いている。ロックは、立法権と行政権の分離を説き、対内的な立法権を執行権、対外的な行政権を外交権(連合権)と呼んだが、ロックの権力分立論は各権が平等でなく、立法権を有する国会が最高権を有するものとされた。これがのちのモンテスキューによる三権分立論(司法権・立法権・行政権)にまで発展する。ジョン・ロックは、国家(政府)が権力を濫用して、個人の権利を不当に侵害しないように、国家の最高法規である憲法と国民の代表者が集う議会で国家権力の範囲と効力を制限しなければならないとする『立憲主義に基づく議会政治』の基礎を築いたと言えます。ジョン・ロックは、最高法規である憲法と国民参加の議会政治を用いて国家権力の濫用や暴走を制限することで、国民の自由と人権を最大限に保障することが出来ると考えました。その意味で、17世紀の政治思想家であるロックは、近代国家の民主的な統治(政治)に不可欠なものである『立憲主義・民主主義(議会制民主主義)・自由主義』の原点を呈示したと言うことが出来ます。『国民主権(主権在民)・基本的人権の尊重・平和主義』を三本の柱とする日本国憲法の前文は、ジョン・ロックの理想とする立憲主義に基づく議会制民主主義の精神をそのまま体現した文章であると解釈することが出来ます。最高の精神を受け継いだ日本国憲法を変える必要なぞ存在しません。 経済学を見ると、労働価値説の源泉といわれるジョン・ロックの労働説では、当人の所有物となるのは当人の労働の果実として自然界の共有物から切り離されたものであるといわれ、必要の限度を超えた財産の私有は、貯蔵を可能とするところの貨幣の価値に承認を与える社会契約にその根拠を有するとされた。

 以上でロックの生涯の略歴と社会契約説の意義と概要を述べた。つぎに本書「統治二論」の背景と概要をまとめよう。1869年に出版を許可されたが匿名で1690年、1694年、1698年の3回にわたって出版された。ロックは第3版をさらに校正しピエール・コスタに筆記させていたが、その写本をもとにロックの死後1713年に初めて著者名を入れた「統治二論」第4版が出た。第4版がそれ以降すべての版の原型となった。「統治二論」の主要な部分はロックがオランダに亡命していた1683年までに執筆されたといわれる。1688年の名誉革命を正当化するために書かれたという説は時間的に合わない。ロックは名誉革命の体制がウイリアムとメアリ国王と人民の支配服従関係に依拠しているのに対して、「統治二論」が人民の契約の法理に依拠することは自覚していた。それでも「統治二論」を出版したいきさつは、カトリック化を目指す旧王ジェームス2世を擁したフランスの軍事介入を防ぎ、ジャコバン党の策動を封じるための、イングランド防衛というナショナリズムに依拠する、よりましな現実の政権としてプロテスタントのウイリアム体制を正当化したのではないだろうかという読みが成り立つ。執筆の背景は当時のイギリス政変の危機を考えないでは理解できない。議会派の重鎮であったシャフツべリ(ロックのパトロン)がジェイムス2世の王位継承権をはく奪しようとした王位排斥問題(1679年ー1681年)に端を発する。この危機の中で王党派のサー・フィルマーの著書が次々と出版されたのを受けて、ロックは1682年に亡命したシャフツべリ陣営を擁護することを目的に「統治二論」を書いたことは間違いない。最終的には革命権に行き着く、不法な権威に対する抵抗権を弁証する内容となった。前篇はロックの宗教観を賭けた旧約聖書の読み方をめぐる反サー・フィルマー批判であり、王権神授説のアダムの父権由来の絶対性と神聖性を完膚なきまで論破することであった。直接の目的がそうであったとはいえ、本書「統治二論」はその対決を通して近代政治学史上にそびえる古典となった。とはいえまず前篇のロックとフィルマーとの神学論争に付き合わなければ後篇の近代政治思想ににたどりつけない。ロックはクリスチャンとして、人は神の最高善を作る目的をもって生まれた作品であるという信念を持ち、理性的被造物の名に真に値する人間の生の条件を確証する神学的パラダイムを枠組みとして根底に有していた。ロックは「真(神)の政治学」を「宗教と人間の全義務」を含む「道徳哲学」の一部とみなしていた。それは1676年の彼の著書「世俗権力二論」、1667年の「寛容論」の視点を引き継いでいる。つぎに「統治二論」という「神の作品の政治学」の概要に入ろう。前篇において王権神授説のフィルマーと社会契約説のロックの間で、神と人間の神学的関係において完全に対立した次の3点の論点があった。それは@フィルマーの王権神授説が、君主を一切の宗教的義務から自由な全能の絶対者にしてしまったが、ロックは統治者を含むすべての人間が神の目的に仕えるべき義務を強調する神学的パラダイムを持っていたことである。Aフィルマーは神がアダムに与えた自然と人間に対する支配権が長子相続によって現在の君主に継承されたといい、ロックは世界を神の所有物と考え、そこにおける人間の義務を強調して最高善に向かう神と人間の共同作業とした。Bフィルマーは君主の自然に根ざす家父長権を主張し、臣民である人間を無力な奴隷とするが、ロックは人間の理性に基づき主体的に神への義務を貫く行為を主張した。後篇においてロックは@人間の持つ固有権、A人間の自由な意志(合意)に基づく政治的統治の正当性論、B正当性を失った政治的統治に対する抵抗権の弁証論というロック独特の政治思想を展開した。この3点が「統治二論」の主要部分をなすので、概要を以下に述べる。

1) 神学的義務の基礎ー固有権論: 古代の牧歌的時代には共有地には所有はなかったが、生産性を高める人間の理性によって、そこに「労働」という付加価値が加わるとそれは自分の物になるという「財産・資産・貨幣」を所有する権利が発生したとロックは考えた。石ころだらけの土地を耕せばその土地の価値は一気に高まり、その土地を耕した人の物として私的所有権ができるという経済学学説である。労働価値説ともいう。その所有権は、さらに人間が本来有する「生命・健康・自由」という性質を含ませてあわせて「固有権(プロパティ)」(所有権と生存権)と呼んだ。この権利は神の作品としての人間の能動的義務である「よりよく自分を維持する」権利として与えられ、他人が侵すことのできない権利とみなす。これが固有権の神学的意味である。
2) 政治的統治の正当性: この固有権をめぐる他人とのトラブルや他人の侵害を防ぐために、ヒトは共同体に参加しそこへ権利を一部委託して「立法部門」(政府、国家)を作ったというロックの「社会契約説」は考えられている。しかし「政治的統治の正当性」というのは社会契約説だけでは完全に説明できない。アメリカにコミュティの民間管理組織という概念(マンションの管理管理会社みたいな)があるが、雇いガードマンを自分の支配者にするバカはいない。そこでロックは政治的統治の正当性を神学に求めた。人間に担われる政治的統治が神の意志・目的(固有権の保護育成)に叶うものでなければならないとした。固有権を、神の作品としての人間が負う神学的義務を果たすための基体とした。政治的統治者の義務を簡単に言えば固有権の保全に求めたのである。
3) 正当性論と抵抗権論の区別: ロックの政治的統治の正当性論を神の意志に求める視点と、社会の設立因を人間の同意に求める契約説がドッキングした。いわば「神の意志」と「人間の意志」との協働関係を導いて政治的統治の政党論が成立できたといえる。すると固有権を保全する限りで神の意志に叶う正統な統治と、不当な統治は峻別されなければならない。それが信託違反権力に対する抵抗権から、新たな政治的統治を樹立する革命権に至る神学的論理ができる。中国王朝の「革命」に近い概念である。
以上で「統治二論」の主要な論点の整理は終わったが、訳者は本書巻末の解説において、なおかつロックを読むときの注意点が2つあるという。
@義務と権利の相関: 神に対して「自己を保全するという」義務を負うからこそ、自分の生存を脅かす人間に対して「自然法」で対抗し、場合によっては相手を殺す権利(自衛権)を持つとした点である。他人の固有権を侵すものを罰する権利を持つのである。ロックにおいては義務は神に対するものであり、権利は人間に対するものである。そして義務が権利を誘導するという形で相関する。
A政治社会と政治権力の関係: ロックが言う「政治社会」とは固有権の主体として同質(平等)な人間が構成する人的共同体であって、「政治的共同体」と呼んだ。政治社会を構成する人間が樹立する立法部の権力を最高権力とする「政治権力」は正当性をもつ。ところが異質〈非対称)な権力関係で結ばれる社会もある。君主と臣民の関係である。固有権の保全という正統性を持たない、むき出しの暴力・専制はもはや「政治権力」ではない。そこに抵抗権が生まれた。


前篇 統治について

 本岩波文庫版「完訳 統治二論」は前篇と後編からなり、文庫本としては600ページを超える大部な本である。ところで本書ははっきりと分かたれた2冊の本とみることができ、内容的には前篇がサー・フィルマーとの神学論争、後編が前篇の内容を基礎とするロック独自の近代政治論となっている。前篇でサー・フィルマーの主張を完璧に論破しているので、後編でサー・フィルマーに言及して繰り返すことは少ない。1680年サー・ロバート・フィルマーは「パトリア―カー」、「考察」という書物を著して、チャールズ2世の絶対王権に追従した。ロックがまとめたフィルマーの見解とは「人間は生まれながらにして自由であることはなく、従って支配者と統治形態とを選択する自由はもちえないこと、奴隷は契約あるいは同意への権利を持つことはできないから、君主はその権力を絶対的に、かつ神授権によって所有していること、アダムは絶対君主であったし、彼以降のすべての継承者も絶対君主であった」ということで、フィルマーの体系は「すべての等置は絶対王政であること」、「いかなる人間も自由には生まれついていないこと」を、イギリス国民に納得させるという使命を持っていた。王権神授説とは国王の権利は侵すべからざる神権であるというばかげた論理であるが、フィルマーの根拠は聖書の読み間違いから強引に我田引水した暴論に過ぎないとしても、ロックはこの説の危険性を世間に知らしめる決意をして、本書の前篇で丁寧に論破した。この世の中にはイギリス以外のどの国の君主も神から授かった絶対権力を持つとしたら、絶対権力が多すぎて自己矛盾をきたす。それは絶対ではなく相対というはずである。またどこの馬の骨か知らない盗賊でも王権を簒奪すれば、誰でも王権を神から授かったことになり滑稽きわまる論理になる。アダムが絶対王権を持ったということは聖書のどこを読んでも書いていない。フィルマーは自分たちの君主を絶対視するためにいろいろな怪しげな説を援用し、君主の権力はアダム以来の神の権力の継承であり侵してはならない、市民にそのようなことをする自由はないというでっち上げをおこなった。さてでは日本の「皇国史観」と同じようにばかばかしいでっち上げを一笑に付すのも一つの見識であるが、ロックは政敵(王党派)の圧迫から亡命という危険にさらされた中で、敢然と一つ一つフィルマーの主張の根拠を掘り崩し、完膚なきまでにこのお粗末な論理を打ち破った。日本の戦前の知識人が治安維持法と「国賊」の合唱の嵐の中で沈黙し、戦後もアメリカ占領軍から「民主化」の贈り物をもらって、「皇国史観」を笑いものにするだけで完璧に論破することをしていない。なんという志の低いことであるか。これでは民主的議会政治が日本に本当に根付いているとは言えない。以下に言及する神学上の話題はすべて旧約聖書というイスラエルの諸部族の歴史(神話)に基づいている。新約聖書を基にするキリスト教とかならっずし一致するわけではないが、西欧の文化は旧約聖書を出発点としているので無視するわけにはゆかない。山我哲雄著 「聖書時代史 旧約篇」 岩波現代文庫(2003年2月)は旧約聖書の時代背景をよく解説しているので参照してください。私は旧約聖書といっても、あの膨大な書から「旧約聖書 創世記」 関根正雄訳 岩波文庫(1965年5月)、「旧約聖書 出エジプト記」 関根正雄訳 岩波文庫(1969年1月)、)「旧約聖書 エレミヤ書」 関根正雄訳 岩波文庫(1959年11月)、)「旧約聖書 ヨブ記」 関根正雄訳 岩波文庫(1971年6月)の4点しか読んでいないので本書の言葉がどこにあるかよく覚えていない。旧約聖書はかって世界最古の文書といわれてきたが、近世の考古学の発見が相次いでシュメルの楔形文字が最古の文書となった。しかし旧約聖書の創世記にある「ノアの箱舟」などの話はシュメル神話にも存在し、共通の記憶が古代メソポタミアに存在する事が分ってきた。旧約聖書の記憶はせいぜい紀元前1500年までであるが、シュメル神話の記憶は紀元前3500年にまで及ぶ。「旧約聖書」という呼び方はキリスト教の「古い契約」から来ているが、一般には「ユダヤ教聖書」と呼ばれ、ユダヤ教からは「トーラ モーゼ五書」、「ネビイーム 預言書」、「TNK タナハ」と呼ばれている。旧約聖書はヘブライ語で書かれた39の書の集成からなるので、なかなか全部を読んでいる人は少ない。いうまでもなく「新約聖書」はキリスト教団固有の聖典であるが、「旧約聖書」は古代イスラエル・ユダヤ民族が生み出した宗教文学の集大成である。ユダヤ教の聖典をなしているが、キリスト教はユダヤ教を母体にして成立した宗教で、メシアの再来をキリスト誕生と見る予言を採用している。イスラム教も「モーゼ五書」を「コーラン」と並ぶ聖典としていることから、旧約聖書は今日のユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一神教の共通の母体である。旧約という言葉はモーゼを通じて神ヤハウエと結ばれた「古い契約」を意味し、その後ユダヤ人の受難期にこの契約が破綻した時、預言者エレミアが「新しい契約」によって救済がもたらされると預言したが、その預言がイエスキリストにおいて成就するというのが「新約聖書」の原点となった。旧約聖書には一体何が書かれているのか一言で言えば、イスラエル・ユダヤ民族の歴史が書かれているのである。旧約聖書の書群を分類すると、「モーゼ五書」、「前の預言者と歴史書」、「後の預言者」、「小預言者」、「知恵文学」からなる。「モーゼ五書」はカナンの土地におけるイスラエル民族の祖先の話に始まり、エジプトでの奴隷生活、シナイ山での神との契約(律法)を守ってカナンの土地にたどりつくまでの最初の歴史が話題となる。「前の預言者と歴史書」、「後の預言者」、「小預言者」にはイスラエル民族の歴史が具体的に語られている。歴史は神の意思として民族の盛衰を表すのであり、抽象的観念的な歴史ではない。当時の歴史背景を理解しない事にはこの部分は読めない。

1) 父親の権力と国王権力について

 旧約聖書の最低限の知識しか持ち合わせていないが、サー・ロバート・フィルマーが主に旧約聖書の言葉に王権神授説の「根拠」を求めているので、本当にそう書いてあるのか、誤引用か、曲解なのかは論争ではいつも問題となる。ロックはフィルマーの読み間違いと断定しているが、フィルマーが採用する言葉の前後の文脈を丹念に検討しなければならない。ではいよいよ本文に入ろう。フィルマーはまず「人は生まれつき自由ではなく、父の権威、父であることに伴う権利に従う」という。まずフィルマーは絶対的な父の権威を確立するためノアの箱舟を例に引く。しかしアダムからノアの時代までの全家父長時代のイスラムの民の哀れさを、神がイスラエルの民に王を与えることによって父親の統治の直系継承権ができるで救ったとフィルマーはいう。つまり国王の権力は父親の権威という自然の権利であることを主張するのである。しかしロックはフィルマーは父の権威とは何かという定義をしていないので、かってに無制限の権威をでっち上げていると非難する。フィルマーは「父たる権利によって子供たちに対する王的絶対権威を獲得した」、「アダムはその一族に対して父であり、王であり、主人であった。息子、臣民、家僕、奴隷は同一であった」と父の権利がいつの間にか王権に「発展」している。フィルマーの筋書きは、神によるアダムの創造、神がアダムに与えたイブに対する支配権、アダムが父として有する子供への支配権、一族の長として絶対王権の発生へという展開をする。そして王は法を超越しているとか無制限の権利を付与するのである。王の前には民は権利を持たない奴隷として生まれつき存在するという帰結に導くのだ。こうしてフィルマーはアダムに巨大な権力を与え、その過程の上にあらゆる統治と君主の全権力とを基礎づけたと思っているらしい。「十戒」で「汝の父を敬え」という言葉を引用して父の権威から国王の権威を導出するが、これはモーゼが「汝の父母を敬え」といったのだ。だからといってこの言葉は女王の権威を言っているのではなく、普通の道徳として自分を生んでくれた父母に感謝しろということである。また創世記のどこを読んでもアダムの王的権威を証明する記載は見つからない。フィルマーは聖書をどう読んだのだろうか。フィルマーは人類の祖であるアダムの主権を擁護して人間の生来的自由を否定するのである。

2) 創造を根拠とする 主権へのアダムの権原について

 「権原」という言葉は広辞苑によると、法律用語で「ある行為を正当化する法律上の原因」という。権利が発生する因と理解しておこう。従って章題は「神がアダムを創造したことが原因で、アダムが主権を得る権利は正当化される」ということである。ロックは神がアダムを創造したことが、なぜアダムが万物に対する支配権をえることになるのか全く理解できないという。そして人が生来的に自由を持っていることを認めることがアダムの創造を否定することになるのか理由が不明であるとフィルマーにかみつくのである。フィルマーは「アダムは支配への権原を神の指定によって獲得した」というならば、単なる創造が統治権を与えたのではなく、神の指定が統治権を与えたというべきで、人類が本来自由を持つことと何ら矛盾しないはずである。フィルマーは「アダムは創造されるやいなや、まだ臣民を持っていなかったが、神の指定によって世界の王となった。アダムは生まれつきの資質において王であった」という。この論理は神話の世界と言えど、根拠のない全くのでたらめである。創造神話を信じるかどうかの問題である。だからと言って無制限の権原をアダムに与える神の意志が分からない。アダムとイブから人類が次々と生まれてくるのことから、自然法でいうと父権と母権の発生は説明される。ここでアダムの人類に対する統治権の権原という発想は勝手だけれど、どう見ても無茶苦茶である。また面白いことに、アダムが創造された時まだ人類はいなかったのも関わらず、現実に王ではなくても資質において王であったという屁理屈は時間関係を無視した苦し紛れの論理である。従ってアダムの創造を根拠としてアダムに主権があるという論理は成立しない。歌舞伎の梨園でも生まれつきの継承者はいないわけで、一定の修業を経て歌舞伎役者として一人前であれば親の名を継ぐことができる。その過程で全くの無能であれば排除されなければ、芸は堕落の一途をたどることになる。生まれは必要条件であっても、十分条件ではない。

3) 神の贈与を根拠とする 主権へのアダムの権原について

 フィルマーは創世記を引いて、「アダムは神からの贈与によって、彼の認可がない限り子供が与ることができない私的統治権を持つ万物の総支配者となった」、「世界で最初の統治は、全人類の父であるアダムの王政であった」という、なんという物々しいご宣託であろうか。ところがこのご宣託は前半と後半で別々のことをいっているのである。論理的につながるものではない。前半は神の贈与、後半はアダムの父性をいう。ロックは次の2点で反論する。@創世記をどう読んでも、神がアダムに贈ったものは下等な被造物(自然と動物など)に対する人類共有の権利であり、神はアダムに被造物の私的所有権は与えていない。A神はアダムに人間(彼の子)に対する直接的な支配権を与えていない。この権利を根拠として王になったわけではない。このことをロックは「創世記」、「詩篇」を丹念に引用しながら20頁にわたって反論する。面白い内容だが宗教神話なので真面目に取り上げるのもばかばかしいので割愛する。創世記が述べることは、神に似せて作られた人間が生きるために、神は他の被造物への共有の統治権(所有権)を人類に与えられたということしか書いていない。それらの言葉がどう深読みしたのか、他人に対する王的な絶対権力、あるいはすべての被造物に対する独占的な所有権をアダムに与えたということになってしまうのだろうか。アダムの王政や私的所有権に関する言葉はなにも見いだせない。アダムと人間全体に神の被造物をあまねく利用する権利を与えたのである。いかなる人間も他の人間を支配する正当な権力は持ちえない。この章は共有の自然的「所有権」に注目した内容となっている。

4) イブの服従を根拠とする 主権へのアダムの権原について

 フィルマー氏は創世記のアダムとイブの記述「汝は彼を慕い、彼は汝を治めん」を取り上げ、「最高権力は父たる位置に据えられ、ただ1種類の統治、すなわち王政に限定される」と結論付ける。聖書の本文のどこであれ「治める」という言葉が出ると、フィルマー氏は直ちに絶対王政が神授権によって確立されたという。また聖書のどんな記述をも結論を常に王権は神授権とみなすのである。フィルマー氏はアダムの血統と子孫たる人間への支配権を持ち出すたびに、この人は聖書を同読んでいるのだろうかという疑問が湧く。禁断のリンゴを取ったのはイヴだとしても、それによって相対的にアダムが優位に立とうとも、二人はともにリンゴを食べて神の怒りに触れ、アダムとイブは楽園を追放され自らの生活のために土地を耕やすという義務を負った。そこからアダムの絶対的王権という特権の授与と継承という結論はまともな頭からは出てこない。「汝は彼を慕い、彼は汝を治めん」という言葉はイブへの罰であり、汝とは女性のことであり決して人類のことではない。この聖書の言葉は家父長制部族社会の男性優位を反映するもので、現在のフェミニズム論争で批判の的である。上野千鶴子著 「家父長制と資本制ーマルクス主義フェミニズム」(岩波現代文庫 2009年5月)という本があるので紹介しておく。アダムとイヴは生きている限りは自分の労働に頼らざるを得ないという人類の宿命と発展の課題を背負った。

5) 父であることを根拠とする 主権へのアダムの権原について

 最後に「父であること」をあげると、フィルマー氏がもちだすアダムの主権の根拠のすべてである。アダムが創造されたこと、神から与えられたこと、イブの服従とそして父であるという4つの根拠を掘り崩せば、フィルマー氏の根拠は皆粉砕されたことになる。アダムが父であることによって、その子供たちに対して統治の自然権を持つという。この父たる地位の権原をフィルマー氏は特に好んで持ち出す。「アダムからその継承者に至る家父長は、父であることの権利によって、子供たちへの王的権威を持っていた」という。しかしその権利の内容はどこまで及ぶのかはっきりさせずに、フィルマー氏は「それは至高の権利であり、絶対君主が奴隷に対してもつものとと同様の生殺与奪の絶対権力である」というから恐ろしいところまで拡大する。父親であることで、なぜ絶対君主のような権力になるのか一切説明はない。まるでご宣託である。父親が子供の生命を自由にしてよいという権利を持つのは、子供に命を授けたからだということになる。神が生命の作者であり授与者であることが聖書の言葉であるが、フィルマー氏によるとまるでアダム以降の男は神に成り替わったようである。男だけで子供ができるわけではなく、まさに生むという行為は女性のものであるのに。聖書には「我々の創造主なる神」と書いてあり、この世のいかなる両親も子供の創造主であると主張できないというのが聖書の見解である。すると人間は子供生存にとって単に契機であるにすぎない。もし父親に子供に対する権利があるとするならば、せいぜい母親との共同監視権ぐらいであろう。それも権利というよりは自分たちが生んだ子供の保護育成の義務のほうが圧倒的に大きい。フィルマー氏が言うような、子供を生贄にしたり・奴隷にしたり・殺したり・売り払ったりするような残酷な親がいたらお目にかかりたいぐらいである。それらは罪であって、人には理性がある。「出エジプト記」に「汝の父母を敬え」とあるように、父親の君主権力を示すものではなく父と母親は同じ位置づけになっている。旧約聖書のいたるところで父と母は同権であることを記載している。フィルマー氏がいうような「汝の父を敬えという戒律によって君主の統治権力が確立された」という記載は全くないのである。フィルマー氏の筆は勝手に母親をニグレクトし、かつ勝手に君主の権力を書き込んだのである。以上でフィルマー氏がアダムのうちに想定する絶対的で無制限の主権を擁護し、人類は生まれつきの自由への権限を持たない奴隷のようなものとする議論はすべて反論できた。人間は神によって与えられた生まれながらの自由をもつと結論できる。

6) 共に主権の源泉ととみなされている父たる地位と所有権について

 フィルマー氏が君主の権力の源泉とする父たる位置と所有権の2つであり、人間の生来的自由を否定するためにアダムの自然的で私的な支配権を持ち出したのである。かれは「統治の基礎と原理とは必然的に所有権の起源に依存することと、父の権力以外にはいかなる権力の起源もない」という。フィルマー氏にとって、父たる地位という自然権と所有権という全く異なった2つの概念がどうして結びつくのかこれは奇跡である。父親のすべての所有権(財産)が長男に相続されるべきであり、同時に父親の自然への支配権(権力)が相続によって長男によって継承されるということは論理的に無関係である。フィルマー氏は旧約聖書の部族の継承権(カインの末裔、ノアの子供)のことを引用する。兄弟の血なまぐさい争いはそれは社会学的には興味のあることであるが、財産の継承と、支配権のことは直接にはつながらない。我田引水とはフィルマー氏のことである。所有権の基づく主権と父たる地位に基づく主権とは分割される。ノアの死後ノアの3人の子供は世界を3分割したと書いてあるが、王権がどうなったかは不明である。3人とも王になったとすれば主権も分割され所有権に埋没したことになる。さらにフィルマ氏は「地上におけるすべての権力は、父親の権力から由来するか簒奪されるかのいずれかである。所有権(私的支配権、人民の権利)と父親の権力はどちらが至高であるかを巡って争うことになる」と、相互に従属しない2つの権力が争うことになる。

7) アダムの主権的な君主権力の譲渡について

 フィルマー氏は、その後の君主たちにアダムの主権がどう継承(譲渡)されるかの説明において破綻している。「アダムは全世界の君主であったのだから、彼の子孫の誰一人として、彼の認可又は許可、あるいは彼からの継承がなければ、何ものをも所有する権利を持たなかった」という。譲渡の方法として認可あるいは継承をあげている。さらにフィルマ氏は「地上におけるすべての権力は、父親の権力から由来するか簒奪されるかのいずれかである」と驚くべきことを言う。つまり誰が真の王であるかは、結果としての至高の統治方法であって、彼らがどのようにしてその権力を手に入れたかは問題でないとする。唯一アダムからの相続によって継承されるといいながら、認可、相続、簒奪、選挙、その他の方法という現実にありうる諸手段をすべて認めるという矛盾を平気で行って恥じない論理である。

8) アダムからの相続を根拠とする君主政について

 この世に統治(ガヴァナンス)が必要であっても、神の指定によってその統治の形態が君主政でなければならないとフィルマー氏は主張する。だから命令できる存在がいて私がそれに服従する、つまり権力が帰属し他者に対するその支配権を行使する人は、誰にすべきなのかはまずよく吟味する必要がある。フィルマー氏が言う王政では人を臣民とする国王権力が存在して、かつ権力を行使する人は誰なのかを得心しない限り、権力に服従する義務を負うことはできない。そこでフィルマー氏が苦心惨憺して君主の絶対的な権力をアダムに求める試みは成功したのだろうか。それにはアダムの死後ほかの人に全面的に譲渡され子孫に連綿として伝わったこと(演繹)、および現在の君主がそのアダムの権力を正しい譲渡の仕方によって所有していること(帰納)を証明しなければならない。「万世一系」を誇るわが皇統さえ、たえず断絶、簒奪、系統変更が行われてきたことは歴史上の事実である。奈良時代には天皇家と藤原家の血統が融合している。そんなことはまじめに考えることもばかばかしいが、ひとまず論理的に考えてみよう。創世記に書かれたアダムの像は私たちには哀れな人間の象徴にしか映らないが、フィルマー氏にとってアダムは神の贈与を受けすべての被造物への所有権(支配権)を持った、神以上の存在として映るようである。聖書では人が劣位の被造物すべてを利用する権利を平等に神から与えられたはずなのであるが、フィルマー氏はどう聖書を読み違えたのか、アダムは自然の利用権を私的に領有し他人を排除する権利を神から授かったという。所有権の継承とは自然権ではなく、法的に定められた権利であることを認識しよう。人間が自分自身を保存するだけでなく、自ら儲けた子供を保存する教育の義務を等しく負うことから、彼らが私的に所有するもの(投資し付加価値を持つ資産)に対して子孫が権利を持つのである。これが遺産相続権の源泉である。血縁関係者が居なければ、彼の私的所有物は国家とか共同体に帰ることになる。長子相続権をこととする伝統的社会においては、人に対する支配権と物に対する所有権とが同時に移譲されるという誤った考えも存在していたことは事実であった。田畑という財産と部族長・君主領主という権力が同時に長子に伝えられた例である。今日では(ロックの時代でも)子供は平等に遺産を引き継ぎ、長子が特別の権利を持つことはない。父親が他人に対して持っていた支配権を子孫が引き継ぐ権利はあり得ない。もし君主が神から認められた支配権と統治権を持つというなら、それを継承する人間は神の明白な認可を明示しなければならない。神は継承権など定義していないのだから。合理的な支配権の継承の説明はできない。フィルマー氏は「すべての人間が生まれつき王であるか、臣民であるかは疑うことのできない真実である」という。ロック氏の時代17世紀末には世界中に王と称する人間は数百人−数千人はいたであろう。言語も違い習俗も違う中で、誰が王の最高位(アダムの継承者)を決めるのだろうか。チベットのダライラマの継承者を指定するのは現ダライラマの心眼と啓示である(ずいぶん怪しげな方法だが)。それが神ならば説得性を持つ。神がかり的なアダムの継承者を合法的に指定することは不可能である。従ってその王に従うべき合法的な理由もない。これは当時の政治情勢を反映し、フィルマーらの王党派はチャールズ2世を絶対視して、反対するものを不敬罪で追放処分にする圧迫を加えてきた。その理論的屁理屈がフィルマーらのアダム継承者論である。この章は論敵の論理に肉薄してその弱点や矛盾・自己撞着・虚偽性を暴露してゆくロックの戦法である。最も鮮やかにロックの筆先が光る部分である。

9) 継承者は誰か

 この章は前篇の最大の山場で、頁数にしておよそ前篇の1/3を占める。冒頭でロックは格調高く「いつの時代でも人類を悩まし、人口を減少させ、世界に平和を攪乱してきた大きな問題は、世界に権力が存在することではなく、誰がその権力を持つかという問題である」という。日本国憲法においても「主権在民」を冒頭に宣言している。君主に主権があると主張するフィルマーにとって、このことは王国の安寧と平和(現代用語では安全保障問題の最大の懸案事項)の問題に他ならない。そしてフィルマーらは政治権力の割り当ては神の定めであって、臣民の手の届かないところへ祭り上げたのである。となると神の定めたもうたものでないものが王になることは神への冒涜となる。フィルマー氏は誰が継承者であり、誰が神の定めによって人間の王たる権利を持つかについて理解させるために、「その割り当ては特別に最年長者の親に対してなされた」という。この曖昧な「最年長者の親」とは定義されていない。継承者である王が幼児の場合もある。肝腎なところであいまいな表現になるのは、ごまかしがあるからである。「権力の中心は真空である」という有名な言葉があるが、権力中枢にとって攻撃を回避し、責任をあいまいにするいつもの手である。日中戦争を引き起こし、太平洋戦争を起こした権力は軍部なのか、天皇なのか、天皇制官僚(政府)なのか、誰だかわからないようにしておき、東京裁判では軍人の首を差し出しただけで済ませようとした。アダムの継承者をあれほど強調するフィルマー氏が、継承者とは何を意味するのか、真の継承者を知る方法について沈黙するのはまっとうな神経を持ち合わせていないからであろう。彼が神がアダムの血統と子孫に贈与したとするなら、人間全部がアダムの末裔であるので権力者を限定したことにはならない。人類の最年長者(長兄)とはほとんど意味をなさない言葉である。何を言っているのかわからない。モーゼの律法では長子に2倍の物品や所有権を与えているが、神の定めによって支配権を与えたとはどこにも書いていない。カインの時代には部族社会の家父長制継承権を見ると様々な形態があったが、支配権が継承者の権利とは理解されていないし、長子の生得権とは単に分け前が大きいだけのことである。支配権が生得権の一部でなかったことは明らかで、それでは長子が愚昧な時は部族が滅んでしまうし、ヨセフが長子であったが支配権はユダが持ったということも創世記に書かれている。最年少のヤコブが支配権を取った例もある。ということでフィルマー氏の話は根拠がないばかりか旧約聖書の史実にも合致していない。この多義的な聖書の記述から自分の都合に叶うことのみをピックアップしてきても、聖書をよく読む人にはそのご都合主義は見透かされているのである。こうしてカナンのイスラエルの部族社会では父親の死後は、長子を含む兄弟全体、そして親戚関係者など無限に多くの者が主権者ヘアポローチできる体制であったとみられる。継承者とは父自身も神もあらかじめ定められない、あいまいな概念である。もし子供のいない君主には自然に相続権が移る者を定められないという空白が待っている。神が定めたもうたアダムの継承者という概念は空疎なウソであるといえる。実力闘争を伴う結果としての継承者は出るであろうが、あらかじめ長子の継承者を定めることはあり得ない。それでうまくゆく場合のほうが圧倒的に少ないからである。ことわざに「三代で家をつぶす」というが、北朝鮮の王統も金正雲で三代目だから、そろそろ危ないと見た方がいい。服従を受けるべき権利は、人物次第である。継承者などという皇統はその位置が権力を本当に有するなら、飛鳥時代のように争奪戦の的になるだけで、奈良時代には天皇は藤原家のコントロール下において全くの無力者に成り果てていたのである。だから奈良・平安時代は安定的に皇統は継承されたが、鎌倉・室町時代に時たま政治に興味を持つ天皇がいると確実に皇統は他人に取って代わられた。皇統の分裂・断絶は歴史の証明するところである。

 アダムにおける君主的で絶対的で至高の父親としての権力、そしてその権力のアダムの継承者への相続というフィルマー氏の想定(妄想)は、君主の権限を強化することにはならず、かえってその説の虚妄性によって不安定な存在に変えてしまうのである。誰が父親としての権力(パターナイズム)に唯々諾々と服従するだろうか。任せてくれれば悪いようにはしないというパターナイズムの権威はむき出しの権力を覆い隠すには役立ってきたが、今回の東日本大震災と東電福島原発事故によって政府官僚の権威は失墜した。痛い目にあって権力の無責任と非情さがわかるのは悲しいことだ。神と自然法は何も語っていないのに、アダムから継承者に伝えられる権力などは存在しないと考えた方がいい。神の定めより、実定法的な契約によって統治と服従が成り立っている。(それを明らかにするのが後篇である) 神の定めによるといいながら、誰が権力を継承するのか答えられない王権神授説では政治的統治は成り立たない。フィルマー氏は戦争を始め講和を結ぶ権利は主権の徴証であるといい、アダムの支配権はイスラエルの民の祖であるアブラハムに承継されたという。しかし戦争を始めたり講和を結ぶことはどんな共和体でも君主体でも部族でもやってきたことであり、共和制でもアダムの継承者となるというのだろうか。さらにアブラハムがアダムの継承者ということにもならない。創世記のアブラハムとロトはどちらが優位ということもなく、ロトはブラハムの甥でアブラハムの兄弟と呼ばれていた。アブラハムの持つ所有権は非常に少なく、フィルマー氏がいうような、アブラハムに継承された王の絶対的支配権はいかなる王よりも劣らなかったという説は妄想である。そしてフィルマー氏は、エサウ、ノアをひいて、アダムの継承者の権力は絶対的であったというが、全くのでっち上げである。ノアの息子たちが世界を3分割、彼らは世界の君主であったという夢想を述べ立てるが、もし権利によって3人の兄弟すべてがそれを相続したならば、すべての兄弟すべての人間は平等であるということになり、人類すべてがアダムの継承者であり君主だというフィルマー説は自己矛盾をきたしている。増長したバベルの民を神が不快に思って都市国家を破壊し、バベルの民は離散し別々の言語を持つようになったという創世記の記述は、世界の民族や国家の始まりと理解される。そこでフィルマー氏は「彼ら72人の支配者は父であり、神は父親の権威を注意深く存続させた」という。すると世界中の支配者はアダムの継承者となる。唯一絶対という概念がいつのまにか無数相対の世界に替わっている。なんという言葉のご都合主義なのであろうか。君主的統治の不合理な擁護論にすぎない。フィルマー氏が挙げるエドムの12人の君主、ヨシュアに滅ぼされたカナンの31人の君主がすべて主権を持った君主というなら、彼らは滅んだがゆえにアダムの正当な継承者でなかったことになる。フィルマー氏によると支配権の継承者という権原による君主は、世界に一時期にただ一人しか存続しえない論理であるから、自身の説に真っ向から反対する事例を引いていることになる。しかし聖書は王たちがいかなる権原によって彼らの権力を持っていたかについては何も語っていないのである。自分たちの目論見のために聖書を担ぎ出し、よく吟味することもしないで、彼らの愚にもつかない教説に盲従する人々を対象として害をなすのである。フィルマー氏の旧約聖書の援用も、我々はきりがないほどの我田引水に付き合ってきたがもうこれくらいにしておこう。そしてこの章のまとめに入ろう。神がある特定の人を能力があるとして王たるべき権威を持つものとして選定したとき、子孫もまた恩恵に与るというフィルマー氏の論理はどこに権原を持つのであろうか。「士師記」に記された権威は士師とともに消滅しその子孫には継承されなかった。旧約聖書が記述するイスラエルの民の歴史は、王位の子孫が分裂し統治権を争奪することを認めざるをえない。どこに正当な継承権などという結構な権利があるのだろうか。それは無力な象徴という概念の王位であればどうでもいいから認めることもあろうが、もし魅力ある獲得したい地位ならば命を懸けた激しい争奪戦が起きるのである。フィルマー氏の目論見は、君主の身の上を飾りたてるための論ではなく、それに対抗(抵抗)する人々を黙らして武装解除させることにある。フィルマー氏は「このご紋が目に入らぬか」という、黄門さんの家来である助さん・格さんの役割である。


後篇 政治的統治について

 前篇で見せたロックの論の立て方には、目を見張る切れ味がある。それは相手の初めの論がたとえ成立しても次のような矛盾が生ずるという風に次々を論点を崩してゆく点である。前篇をまとめると、アダムは神の明白な贈与によって子供と世界に対する統治権を得たという根拠は聖書をどう読んでも見いだせない。たとえアダムがそれを持っていたとしても、彼の継承者がそれらを継承するという権原はない。たとえアダムの継承者がアダムの権威を継承できるとしても、誰が正当な継承者であるかを決める自然法も実定法もない。たとえ正当な継承者が確定できても、アダムの長子系を確定できる根拠はすべて失われていた。こういう風に次々と相手の論点を論破してゆくのだ。前篇の結論は現在の支配者がすべての権力の源泉であるアダムの私的な支配権と父なる支配権から、王位の権威の庇護を引き出すことは不可能である。すると現実世界は実力と暴力の修羅場という結論ではなく、正当な統治の発生、政治権力の起源、政治権力の所有者を識別する合理的な方法を探し出さなければならない。ロックは政治権力をどう考えるかについてまず一定の見解を次のように下す。
「私は政治権力とは固有権の調整と維持のために、死刑を含むあらゆる刑罰を伴う法を作る権利であり、またその法を執行し外国の侵略から政治的共同体を防衛するために共同体の力を行使する権利であって、しかも公共善のためだけにそれを行う権利であると考える」

1) 自然状態について

 政治権力の起源を正しく理解するには、すべての人が自然にはどんな状態にあるかを理解しなければならない。そこでロックは自然状態を次のように定義する。「人それぞれが他人の許可を求めたり、他人の意志に依存したりすることなく、自然法の範囲内で、自分の行動を律し、自らが適当と思うままに自分の所有物や自分の身体を処理することができる完全に自由な状態である」という。それは自分だけでなく他人もまた平等である状態でなければならない。生まれながらに差別なく同じ自然の便益を享受し、同じ能力を行使することであり、それは神によって保証されている。この章ではロックはフッカーの著「教会政治の法」からの引用が多くなる。そこでフッカーについて一言述べなければならないだろう。フッカー(1553年ー1600年)はイギリス国教会を代表する聖職者であり、オックスフォード大学教授である。ロックよりは100年ほど前の人である。フッカーは理性を神与の秩序に内在する中世哲学であり、ロックは理性を人間の機能として捉える近代哲学に位置するので、あまり関連はないようだがロックは共通認識としてフッカーの説を「賢明な」権威として利用する。フッカーは自然の平等はこの上もなく明白であると考え、人間間の相互的愛の基礎として設定する。その上に正義と慈愛という人の資質を築いたのであった。人は自分の身体と所有物を保全する自由をもっており、何人も他人の身体と所有物を破壊することはできない。これが自然法である。自分自身の保全が脅かされない限り、できるだけ人類の他の人々も保全すべきであり、自由、健康、身体や財貨を損ねてはならない。これが自由の状態であっても放縦の状態ではない。平和と全人類の保全を欲する自然法が遵守されるよう、自然法の執行が各人に委ねられているので、この法に違反するものを、処罰する権利を各人は有する。自然法では抑止のために、処罰権と賠償を受け取る権利を各人が持っていると考える。いわば「目には目を」という血なまぐさい処罰権と賠償請求権ではなく、犯そうとするものに思いとどまらせるためである。国内法の大部分はそのような自然法に基礎をおいているが、世界における独立した統治体の支配者はすべて自然状態にある。フッカーは「自然法は人間である限り絶対的に各人を拘束する。各人は一人で自立して生活するときの欠如・不完全を補うため、他者との交わりと共同関係を求めるように導かれる」と言ったことを引用して、ロックはさらに「すべての人間はある政治社会の一員になるまでは、自然状態のうちにとどまっている」と付け加えた。

2) 戦争状態について

 戦争状態とは敵意と破壊との状態である。冷静で確固とした意志をもって他人の生命を狙う行動を宣言すれば、すなわち相手とは戦争状態に置かれる。戦争状態では自分に破壊の脅威を与える者を滅ぼす権利を持つことは許され正当である。何故なら自然法によって可能な限り人は保全されなければならないからだ。他人を自分の絶対的な権力の下に置こうと試みる者は、相手と戦争状態になる。また社会・政治的共同体に属する人間の自由を奪おうとするものは、他の成員と戦争状態になる。話は逸れるが自己防衛権を広く認めるアメリカ社会では、危害を受けるような脅威を感じただけで相手を殺すことができる。これに近い権利をロックは想定していた。実定法が存在せず、訴えるべき裁判官が居ないときは戦争状態になる。しかし法の公平な決定に等しく服従する人々の間には戦争状態は存在しない。法の目的はその下に服する人々にそれを公平に適用することで罪のない人を保護し救済することである。相争う人々の間を裁定する法的権威がなく、天に訴えるような戦争状態を回避するために、人々が社会の中に身を置くこと、これが自然状態を離れる理由の一つである。この章ではロックはホッブスと視点を共有していた。イングランドの哲学者で社会契約説により近代政治哲学を基礎づけたホッブス(1588-1679年)は人間の自然状態を闘争状態にあると規定する。ホッブスは臣民の生命を奪おうとする主権者に足して実力で抵抗する自由を認め、ロックは人間の自己保存という信託された契約に違反する政治権力に対して「天に訴えて」抵抗し革命を行う国民に実力行使の権利を容認した。

3) 隷属状態について

 人間の生来的な自由とは、権力から解放され、人間の意志または立法権の下に立つことなく、ただ自然法だけを自らの法とする状態である。統治社会における人間の自由とは、同意によって政治的共同体のなかに樹立された立法権力以外のいかなる権力の下にも立たないことである。立法部が自らに与えられた信託に従って制定する法以外の、いかなる意志の支配、いかなる法の拘束も受けないことである。絶対的で恣意的な権力からの自由がない時は隷従状態にある。権力者から自分の自由、声明、財産が脅かされるからである。完全な隷属状態とは合法的な征服者と捕虜との間に続いている戦争状態以外の何物でもない。もし両者の間に契約が入り込み、一方が制限された権力を持ち、他方が服従するという同意が成り立つなら、戦争状態と隷属状態は終わるからだ。

4) 所有権について

 ロックは「神が人類に共有物として与えた物のある部分に対して、全共有者の明示的契約もなく所有権を持つことができる理由を述べる」と言って、ここに労働価値説という経済学を展開する興味深い章である。たとえ大地と自然が万人の共有物であるとしても、人は自分の身体に対する固有権を持つ。人の労働と能力はその人に固有のものであり、自然に働きかけてそれに自分自身の何かを加えた物であれば、そのことによって彼自身の所有物とするのである。「労働と労働の対象とを必要とする人間生活の条件が、必然的に私有財産をもたらすのである。私的所有権の起源として、たとえば入会地は共有状態であるが、雑木林を刈り、土地を耕し、雑草を取って水を引いて稲を植えたなら、そこに私的所有権が発生する。共有状態から取り上げる私自身の労働が、それらに対する私の所有権を定めるのであるという。それにはすべての共有権者の同意はいらない。何故なら放置しておいたその土地の価値を1とするならば、私が耕作して次の生産に用意された土地の価値が100倍になるとすれば、その地を開発し耕した私はその土地に労働による100倍の価値を加えたことになるからである。価値を作ったのは私の労働であるからだ。そこで問題なのは、労働によって全世界を私有してもいいのかという疑問が発生する。生産性が低く、かつ交易もなかった時代には、労働という手段によって我々に所有権を与える自然法が、同時にその所有権に制限を課していた。つまり自身が享受する程度までを限界としていた。一般に都市国家をつくるようになって領土が生まれ、その中で住む住民の所有権が定められた。アダムの時代は自然と生物はすべての人の共有物であったが、労働に基づく所有権はすべてのものに価値の相違を設けた。こうして労働と勤労によって始まった所有権は、契約と同意によって確定されることになった。交換市場が現れ貨幣が出現すると話はガラッと変わってくる。国の統治の下で貨幣を持ち商業を営んでいるところでは、共有の土地のどの部分と言えど、共有者すべての同意がなければ、囲い込んだり専有することはできない。そこではより多くの所有物と持てば、さらに多くの生産物を得て貨幣に変え、さらに合法的に多くの私的所有財産(資本)を形成するという風に、享受する必要量以上の生産が私的所有を拡大してゆく。。

5) 父親の権力について

 この章は前篇のフィルマー氏の「父親の権力支配」としての家父長制の話の再燃ではないが、常識的に父親というよりは両親の子供に対する義務と権利を考察したものである(ほとんどは義務であるが)。あえて子供が服さなければならない旧約聖書の律法とは「汝の両親に従え」とか「汝ら各々その父と母とを畏れよ」ということであろう。 権力に従うというよりは自然法として自分を儲けてくれた両親を敬うという程度である。「両親の権力」とは子供が義務の共同の原因である父と母親とに平等に服するということである。ではなぜ服するのかというと子供が成人するまでは一人では生きてゆけないからである。人は生まれつき平等であるといっても、年齢的に能力差が著しいので親の保護・育成・教育がなければ生きてゆけないということで、平等とは「すべての人間が他人の意志や権威に従属することなく自分自身の生来的な自由に対して持つ平等な権利のことである」とロックは自由を再定義する。法の目的は自由を保全し拡大することであって、法のないところには自由は存在しない。子供らがその自由を発揮する理性を獲得するまでは、両親は自然法により、自分らが儲けた子供たちを保全し、養育し、教育する義務を課せられることになった。子供の成長とは、彼らが自分の行動をその法の制限内にとどめると考える成熟した状態である。親は子供を産むことで、子供の栄養と健康と身体の保全に努め、教育によって理性を身に付けさせ、自由な成人に育てる大変な義務を課せられたのである。理性を持たなければ自由の意味さえ分からないから社会の一員となりえない。この自由も、子供が自然の法に従って両親に払うべき敬意を免除することではない。神と自然法は、両親を尊敬せよという永遠の義務を子供に課したのである。未成年の服従は子供が成人すると消滅するが、子供が負うべき尊敬の義務は恒久的に続く。両親の保護育成教育の義務は、時にしつけとか命令とか罰とかになって表れることがあるが、子供にとって服従というよりむしろ恩恵となる。従って父親の権力と政治権力は全く別物である。これらのことより父親は子供の固有権や行動に対する統治権を持つことはない。父親の権威ではなく子供の同意によってのみ強制的措置が取られる。

6) 政治社会について

 創世記には神は「人独りいるは善からず」といい(儒教では「小人閑居して不善をなす」に相当か)、人間を互いに強く結びつけて社会をなさざるを得なくして、そのために人間に知性と言語を与えたという。最初の社会は男と女の婚姻社会であり次は子供を含む家族社会であった。子供を見る意味は上の章で述べたとおりである。ほかの動物の雄と雌の同居期間は子育てを含めて比較的短いが、人間の婚姻だけはどうしてこうも長い(一生添い遂げるほど)のだろうか。その理由は子供の養育教育の問題である。そしてそれは自然状態におけると同様に、政治的統治の下でも強固に結びつける目的がある。民法、税法、もろもろの法律で結婚状態の継続を図っている。しかし家族間の従属関係は人数や規模を除いても、政治的共同体とは全く異なっている。政治社会が存在するのは、その成員のすべてが自然法の権利を放棄して、保護のために政治社会が樹立した法(フッカーは理性の法という)の支配下に入ることを拒まない限り、それを共同体に委ねる場合だけである。公平で平等な規則に従って共同体が審判者となるのである。よって絶対王政は政治社会と全く相いれない。絶対王政は統治下にある人々と自然状態(フッカーは闘争状態という、ロックは戦争状態という)にあるからだ。絶対王政の利己的、恣意的な支配についてロックは長々と述べるが、ほとんどは前篇で論じたので割愛する。人々が自分の自由を放棄して政治社会の拘束の下に身を置く唯一の方法は、他人と合意して、自分の固有権と大きな保障と安全を享受することを通じて、互いに快適で安全で平和な生活をおくるために一つの共同体に加入し結合することである。この合意は多数の人々を結びつけ政治体をなし、立法部(議会)の多数派が決定しそれ以外の人を拘束する権利を有する。その共同体が結束して行動する権力を持つ団体にするには、多数派の意志と決定が不可欠である。多数派の決議が全体の決議として通用し、自然と理性の法によって全体の権力を決定するのである。もし多数派の同意が全体の決議として正当に受け入れられないならば、全個人の同意以外に何が全体の決議になろうか。構成員が多数であれば全個人の同意はほとんど不可能に近い。多数派をどう定義するか(過半数、2/3以上とか)は別にして、一つの政治社会に結合すると同意することは、多数派の同意に従うという契約がすべてである。これが合法的な統治を誕生させた。ロックはこの後、この相互に独立して平等な一団の人々集合して統治を始めたり、政権を樹立した例を歴史に探るのである。自然社会、ローマ時代に政治的共同体の起源はいたるところに見いだせるという。統治が一人の手に委ねられたことはあったが、ほとんどは選挙制で選ばれるのがふつうであった。公共善や公共の安全以外のものを目的として支配権を信託されたものはいなかった。一人の人間に支配を委ね、一人の人物の指導に服する道を選ぶということは、決して絶対王政のことではなく、人間の徳性であり、統治の平和的な起源が人々の同意のうちにおかれたということである。統治体への服従の義務は、土地財産の享有とともに始まり、享有の終わりとともに終了するのである。

7) 政治社会と統治の目的、政治的共同体の諸形態について

 私たちは自分が固有的に持つ自由を手放してまで、政治的共同体の統治の下に入ろうとするのだろうか。それは自然状態においてもつ固有権の享受は極めて不安定で不確実であるため、たえず他者の権利侵害にさらされている。固有権の保全という大きな目的のために自らを進んで統治の下に置くことである。自然状態にでは多くのものが欠けている。@一般的同意によって認められ制定される公知の法がないこと、Aすべての争いを採決する権威を備えた公平な裁判官が欠けている、B正しい判断が下されてもそれを執行する権力がないことである。ここに統治と社会のそもそもの権利と起源がみられ、立法権力と執行権力の本来の権利と起源が発生する。人は自然状態が持つ2つの権力である、第1に自分自身と人類の他の部分との保全のために適当だと思うことをなす権力を、社会が作った法によって規制されるために放棄する。第2に処罰の権力を全面的に放棄し、社会の執行権力に任せることである。こうした2つの権力の放棄の上に合意した社会に参画するのである。立法権力や軍や裁判官の執行権力(司法権)は国民の平和、安全、公共善以外のいかなる目的にも用いてはいけない。政治的共同体は多数派が当然共同体の全権力を握るから、多数派はそのすべての権力を用いて共同体のために法を作り、任命した行政官を通して法を執行することができる。この場合の統治形態は完全な民主制である。法を作る権力を少数の選ばれた人やその後継者に委ねると、寡頭制となる。ただ一人の人間の手に委ねると君主制となる。統治形態とは法を作る権力がどこに所在するかの別である。

8) 政治的共同体の立法権力、執行権力および連合権力について

 人々が社会に入る大きな目的は先に述べたように、彼らの固有権を平和かつ安全に享受することであり、従って政治的共同体の第1のそして根本的な実定法は、立法権力を樹立することである。立法権力の第1の基本的自然法は、社会を保全することそして社会に属する各人を保全することである。そうした立法権力は政治的共同体の最高権力である。公衆が選出し任命した立法部の是認がない限り、法としての効力も義務も持たない。しかし立法権力は次のようなことをなしてはならない。@国民の生命と財産に対して、絶対的で恣意的なものであってはならない、A立法権力は恣意的な法令によっては支配する権力を手にすることはできない。すなわち公布された恒常的な法と、権威を授与された公知の裁判官によって正義を執行し、国民の諸権利を決定しなければならない。B最高権力である立法権力と言えども、いかなる人間からもその人の同意なしには所有物の一部さえ奪うことはできない。また戦争時のように絶対権力が必要とされるときでも、絶対的であっても恣意的であってはならない。統治にかかる費用を税金で徴収する権力を持つが、同意なしに所有法の基本法を侵害し、権威だけで徴収することはできない。C立法部は法を作る権力を移譲することはできない。個人もしくは立法部以外の機関に法を作る権利を移すことはできない。立法権力とは共同体とその成員を保全するために政治的共同体の力をどのように用いるかを方向づける権利を持つものである。よく秩序付けられた政治的共同体においては立法権力は適宜集合し、法を作れば解散し立法部の構成員も法の下に拘束される。法が速やかに執行され絶え間なく執行されるための権力が常に存在することが必要となる。こうして多くの場合、立法権力(議会)と執行権力(行政府)とが分離されることになる。国と国の関係は国際法によるものでなければ自然状態にある。特に国家主権、安全保障など、一つの政治的共同体の外部にある人々や共同体に対して、戦争と和平、盟約と同盟、交渉する権利が存在する。これを仮に「連合権利」(外交権)と呼ぶ。執行権力は内政を執行し、連合権力は外事を扱う。(現在ではこの連合権力は行政府が執行し、条約は議会の同意が必要)

9) 政治的共同体の諸権力の従属関係について

 共同体の保全のために行動する政治的共同体においては、ただ一つの至高の権力とは立法権力であって、他の権力はすべてそれに従属する。立法権力は執行権力を変更したり交替させることができるので、執行権力は従属的で最高権力ではない。立法部が恒常的の存在する必要はないが、執行部は常時存在しなければ職務は遂行されない。また立法部を招集したり解散させる権限が執行部にあるとしても、執行部が立法部より優位に立つことはない。しかし立法権力は信託権力に過ぎないから、国民はその立法権力が信託に反したり、恣意的に法を定めたりすれば、それを移転させたり変更する最高権力が存在する。信託によって与えらえたいかなる権力も、その目的が無視されたり反対されたりすればいつでも、その信託は失効せざるを得ない。その権力は与えた者に帰り、主権者はもっとふさわしい立法権力に委託しなおすことができる。つまり最高権力とは共同体のことである。ロックはここにおいて人民主権のことを言っている。社会契約による政治社会の形成を、立法権力を信託権力とみなしたロックの考えから導かれる当然の論理的帰結であろう。

10) 大権について

 立法権力は法を作る際にすべてを見通すことができないこともあるので、法を執行する執行権力にはある程度の裁量または思慮に委ねられ、公共の善と利益が要求するところに譲歩することが賢明なことがある。法の規定によらず、時にはそれに反して公共の善のために、思慮に基づいて行動するこの権力を「大権」という。この権力は、共同体の利益のために、そして統治への信託とその目的に叶う限り、疑いもなく大権である。政治的統治が未熟な時には一人の君主に大権が渡され、かつそれが人民の善に役に立たないどころか害を及ぼす場合には、この大権に公然と制限を課すことが必要となった。どのような場合にその権力が正しくこちいられたかを採決するものは誰だろうか。そうした大権を持つ現在の執行権力と、立法権力の間に地上の裁判官はあり得ないとしよう。(3権分立のばあい、その3権力の調整を行う権力のこと) 人民と圧迫を行う立法部のあいだには裁判官がいないなら、人民は天に訴える以外に救済策を持たない。つまりロックは人民の抵抗権を認めている。このことは最終章の「統治の解体について」で再度議論する。

11) 父親の権力、政治権力および専制権力についてー総括的考察

 これらの問題については個別に論じることがあったが、この権力を混同するところから大きな誤謬が生じたので総括的に考察しておこうとロックは言っている。
1) 父親の権力あるいは親の権力: 父親の権力あるいは親の権力とは、子供たちの善のために両親が子供を支配することである。こどもは親から教育と養育を受けたことに感謝し、生涯父母に尊敬と敬意を払う義務を課す。しかし成人してからは父親の権力は決して子供の固有権にまで及ばず、それは子供自身が処理すべき問題となる。
2) 政治権力: 人が自然状態で持っていた権力を社会に引き渡し、社会が自らの上に設定した統治者に対して、社会の成員の公共の善と固有権の保全を行うという信託を与えて引き渡した権力のことである。人々の生命や財産にたする絶対的で恣意的な権力ではない。その権力は我々の固有権を保全しかつ我々を拘束する法を作る権力のことである。その権力の起源はただ契約と合意、つまり共同体をつくる人々の相互の同意にのみ求められる。
3) 専制権力: 1人の人間が他人に対して、好むがままに生命や財産を奪うことができる絶対的で恣意的な権力のことである。人はすべての権利を喪失した状態にある。専制権力者と国民は戦争状態にある。 
父親の権利は為政者も政治権力には及ばず、専制権力は為政者の権力を超えている。絶対的統治権はどこに置かれても政治社会とは相いれない。政治社会は本質的に民主的である。まとめると父親の権力は未青年のために子供が自分の固有権を処理できない場合にのみ存在し、政治権力は人々が自分自身で処分できる固有権を持つ場合に存在し、専制権力は全く固有権を持たない人々に対して存在するのである。

12) 征服について

 政治体は人民の同意に基づくものであっても、野心によって世界が無秩序となると人民の同意なしに戦争に巻き込まれる。征服を統治の起源と考える人がいるがそれは間違っている。しかし征服と統治はどうあってもかけ離れている。破壊と創造は合致しないからである。多謝の権利を不当に侵害する侵略者が戦争によって被征服者に対する権利を手に入れることは決してできない。不正な戦争によって征服を行うものは、それによって被征服者の従属と服従を求める権原は決して存在しない。しかし合法的な戦争(一理ある戦争)において征服者が得られる権力の範囲について考えよう。@征服によって、征服を行った者に対するいかなる権力も獲得できない。彼らは依然と同じように自由人でなければならない。征服者と被征服者が同一の法と自由の人民に一体化しない限り、征服者が持つ権力は純粋に専制的な権力であり、被征服政府を破壊したとしても被征服人民とは戦争状態に置かれる。A征服者が権力を獲得するのは、敵対して行使された不正な暴力を支援し協力し同意を与えた者(戦犯者)に対してだけである。それ以上の罪を人民に課すことはできない。B征服者が正当な戦争において打ち負かしたものに対して獲得する権力は専制的である。戦争状態では敵を殺すことは許されるが、そうした人々の所有物に対する権利と権原を持たない。以上が合法的な戦争で獲得できる権利の範囲である。征服の権利は戦争に加わった者の生命に対して及ぶだけで、彼らの資産については、被った損害と戦争費用を賠償させることができるが、罪のない人々の家族の権利は留保される。征服者の側に多くの正義が認められる場合においても、彼は被征服者が喪失した物以上のものを奪うことはできない。しかし戦争の費用は征服者に弁償されるが、征服する土地に対する権限は征服者には与えられない。征服者に被征服者を支配する権限を与えるためには被征服者自身の同意が必要である。権利なしに暴力によって強いられた約束が同意とみなすことはできない。強いられた約束は何の拘束力も持たない。奪ったものはそれを直ちに返還する義務を負う。征服者の統治(占領軍の統治)は征服者側に戦争の権利がある場合でも、被征服者が戦争に加わらなかった場合には被征服者に対していかなる拘束力もない。これは征服者の直接統治ができないことになる。以上を要約すると、征服者はもし彼の側に大義があると思う場合には、彼に対する戦争に助勢し、協力したすべての人々に対する専制的な権利を有し、権利侵害とならない(奴隷化しない限り)自分が受けた損害と犠牲を、そうした戦争推進側の人の労働と資産から賠償させる権利を持つ。戦争に同意しなかった人々や捕虜の子供に対してその所有物の対する権力は持たない。従って征服によって、そうした人々に対する合法的な権限を持つことも、それを子孫に伝えることもできない。

13) 簒奪・暴政について

 簒奪とは一種の国内的な征服である。簒奪とは他人が持つ権利の横取りに他ならないので、統治する内容や形態が変わるのではなくただ統治する人物の変更である。それが合法的に持っていた権利以上に拡大すれば暴政が加わったものになる。合法的統治において支配する人物を指名することは統治の不可欠で重要な部分である。権力のいかなる部分であっても共同体の法が規定した以外の方法で行使するものは服従を受ける権利を持たない。そういうものは人民が同意を与えた人物ではないからである。簒奪が他人が持つ権利を行使することであるのに対して、暴政とは権利を超えて権力を行使することであって、何人もそのようなことへ権力を持つことはできない。暴政とは支配者が法ではなく自分の意志を規則にし、彼の命令と行動が人民の固有権の保全にではなく、彼の野心、貪欲、気まぐれの情念に向けられたときに他ならない。合法的な君主は暴君とは区別される。しかし法によって支配することをやめれば、直ちに国王であることをやめ暴君に堕落するのである。こうした欠陥は君主政だけのものではないが、統治の形態も暴政に転化しやすいのである。法が侵犯され他人に害が及ぶ場合は、どこにおいても法が終わるところから暴政が始まる。君主の命令に実力をもって抵抗してもよいかどうかは、ただ不正で不法な暴政に対しては許される。実力行使はただ、人が法に訴えることを阻止された場合においてのみ行使されるべきである。

14) 統治の解体について

 政治社会の解体と統治の解体とは区別される。人々の合意に基づく政治的共同体の結合が解体される通常の契機は外国勢力の侵略である。社会の構成員はばらばらに離散するか、別の社会において自力でやり直すか、身の安全を図るため元の自然状態へ戻ることになる。そして社会が解体するときその社会の統治も明らかに存続することはできない。ところが統治は内部からも解体される。立法部が改変される場合である。社会の本質と一体性は一つの意志を持つことであり、多数派によって立法部が樹立されれば、政治社会は一体化(結合)される。立法部の形成は社会の最初の根本的な行為である。人民の同意と任命で指導者は法を作り一体性の継続のために活動を開始する。人民の合意が崩れたときには、彼らが最適と思う新たな立法部を自ら設立してもよいということである。ところが権力を誤用し契約に反する政治的共同体の執行者がいるケースはどうして起こるのだろうか。それは立法部が、第1に至高の執行権力を持ち議会を招集し解散させる権力を持つ一人の世襲人物がいる場合、第2に世襲貴族の集会、第3に人民によって随時選出される代表者の集会の3者の力の相互関係におかれているとしよう。つまり絶対君主と貴族と人民の3者のプレーヤーがいる政治的緊張関係である。絶対君主の恣意によって立法部は容易に改変される。さらに最高の執行権力を持つものが責務を果たさず法が執行されない場合である。そこにはもはや統治は存在しない。立法部あるいは君主のどちらかが彼らに寄せられた信託にそむいて行動した場合である。立法部はこの信託違反によって、人民が立法部においた権力を喪失し、人民にその権利が復帰することになる。人民の真の代表者や社会の立法者の代わりに、このような無定見な議会を準備し、自分の意志の公然とした推進者を立てることは、考えるうちでも最大の信託違反であり、統治を転覆しようとすることになる。この統治変更に反対することは反逆(国家転覆罪)となるのだろうか。いや人間の弱さに由来するどんな過失があったとしても、人民は反抗もせず不平も言わずじっと耐え忍ぶことができるとはいえ、自分たちがどこへゆくかを悟った時は、人民自ら決起し、統治が最初に設立されたときの目的を保証してくれる人々の手に支配権を移そうとすることは不思議ではない。人民は立法者が彼らの固有権を侵害することによって、信託に反する行動をとった時には、新たな立法部を設け、改めて自分たちの安全を図る権利を持つ。暴政は法を無視した権威なき戦争状態であるので、各人は自分自身を防御し、攻撃者に抵抗する権利を持つ。ここでロックは君主権力の唱道者バークレイの言葉を引用して、なお人民が王権に抵抗することは合法的であるという結論を引き出して、本章を締めくくった。


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