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東京電力福島原発における事故調査・検証委員会著
 「政府事故調 最終報告書 概要」

  官邸ウエブサイトより (最終報告2012年7月23日 ) 

政府による東電福島原発事故調査・検証報告書

東京電力福島第1原発事故調査報告書については、当事者から様々な形で発刊されている。読んだ福島原発事故報告書を時系列に列記する。
1) 原子力災害対策本部著 「IAEA閣僚会議に対する日本政府の報告書ー東京電力福島原子力発電所の事故について」 2011年6月
2) 福島原発事故独立検証委員会著 「調査・検証報告書」 2012年3月12日
3) 東京電力(株)著 「福島原子力事故調査報告書」 2012年6月20日
4) 政府事故調査・検証委員会著 「政府最終報告書」 2012年7月23日
5) 福山哲郎著 「原発危機ー官邸からの証言」 ちくま新書 (2012年8月10日)
6) 国会事故調査委員会著 「国会事故調報告書」 2012年9月30日
事故当事者の東電から民間までの事故報告書をならべると、東京電力ー原子力災害対策本部ー政府事故調査・検証委員会ー国会事故調査委員会ー民間独立検証委員会の順で当事者から離れてゆく。重点とする論調も技術論から行政論・法律論・社会制度論・被害者論へと推移する。それぞれの見方を聞くことで、事故の本質の側面がいろいろ違って見えてくる。なかなか真実に迫ることは難しいが多角的に物事を見る訓練とはなるだろう。民間シンクタンクによる独立検証委員会著 「調査・検証報告書」と、国会事故調査委員会著 「国会事故調報告書」はすでに見た。ここでは「政府事故調 最終報告書 概要」を見ることにする。事故の原因究明及び被害の拡大防止と事故の再発防止を目的として、政府事故調は2011年5月24日の閣議決定により設置された。事故調査・検証委員会は2011年12月26日に中間報告を出し、2012年7月23日に最終報告を出した。報告書本文は448ページからなり、「国会事故調報告書」より100ページほど短いが、今回は最終報告書のうち、問題点の考察と提言にあたる6章の記述を中心にまとめた「概要」をまとめることにする。概要は大きくは3部構成であり、第1に主要な問題点の分析、第2に重要な論点の総括、第3に提言からなる。そして最終報告は中間報告と一体になるものであるが、主として中間報告後の新たな知見をまとめたものであると云う。だから中間報告の概要もダウンロードして眼を通して、最終報告を中心に政府事故調報告の概要を述べることにする。第1の主要な問題点とは7点の事実問題や経過の問題点をのべ、第2の論点の総括とは9つの今後の総括的課題を考察したものと理解される。第3の提言は第1.第2の概要の中に散りばめられているので独立して扱わない。

「政府事故調」の「政府」とは経産省や保安院や安全性委員会といった中央官僚機構のことをいい、「官邸」とは内閣を構成する政治家のことをいう。むろん官邸のなかには各省の官僚機構が入り込んでいるので、内閣を構成する政治的意思決定者だけを分離して「官邸」と呼ぼう。この報告書を書いたのは政府事故調委員会であるが、お膳立てをした事務局の内閣府というのは実は殆ど官僚機構である。官僚は政治家と拮抗してむしろ政治家の力が弱い場合は官僚機構が「影の内閣」といわれる。これを議院制内閣に対して「官僚制内閣」と呼ぶ政治学者もいる。私見ながら結論を言おう。「今回の福島第1原発事故において、政府官僚が作文してきた原発安全対策と原災対策は全く機能しなかったのみならず、関係官僚の事故に対する態度は茫然自失でなんら有効な見解と行動をとろうとはしなかった政府官僚機構の崩壊現象といえる」。要するに政府官僚には国民の生命と生活を守る観点は全く存在せず、「天皇の僕」とされた戦前の官僚とおなじく国民を悲劇に追い込んだ体質のままであった。政府官僚を信用してはならないのが私の教訓である。さてその政府官僚機構の報告書と反省の辞を読んでいこう。問題点の指摘と提言について全般についてみてゆくと、報告書はパッチワーク的な指摘をして、提言は現象的でレベルの低い見解である。例えば警察と自衛隊の連絡不十分で双葉病院の患者搬送が遅れた原因と対策を「警察と自衛隊は警察無線で連絡を取れ」という程度の指摘である。問題点の分析と提言が殆ど突込みが浅く同義反復のようなオーム返しに過ぎない。さらに官僚機構は提言の各所に、組織の反省や改善はさらりと流して、予算と人員の増強を狙う「焼け太り」(組織の肥大化)の意図が見え見えとなった官僚作文である。官僚機構は事あるたびに常に追加を求めるが、官僚機構に反省に基づく訂正や廃止を求めることはできないものだろうか。

「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の体制は委員長を含め10名の委員、2名の技術顧問からなる。名簿と現職名を記す。
委員長: 畑村洋太郎 東京大学名誉教授 工学院大学教授 東大工学部機械工学専攻、教授、専攻は創造的設計機械論、失敗学、ナノ・ミクロ工作学
委員:尾池和男(国際高等研究所長、前京大総長)、柿沼志津子(放射線医学総合研究所チームリーダー)、高須幸雄(国際連合事務次長)、高野利雄(弁護士、元名古屋高等検察庁検事長)、田中康郎(明治大学法科大学院教授、元札幌高等裁判所長官)、林陽子(弁護士)、古川道朗(福島県川俣町長)、柳田邦男(作家)、吉岡斉(九州大学副学長)
技術顧問:安倍誠治(関西大学教授)、渕上正朗(小松製作所顧問)
委員会は3つの検証チームを構成する。「社会システム等検証チーム」、「事故原因等調査チーム」、「被害拡大防止対策等検証チーム」のチームに専門家からなる事務局が検証実務を行なう。事務局専門家8名の名簿は以下である。
@「社会システム等検証チーム」 チーム長:堀井秀之(東京大学工学系社会基盤学教授) チーム員:城山英明(東京大学法学政治学科教授 行政学)
A「事故原因等調査チーム」 チーム長:越塚誠一(東京大学工学系システム創成学教授 原子炉過酷事故解析) チーム員:大井川宏之(日本原子力研究開発機構原子力基礎工学) チーム員:中曽根司(東京理科大学工学部機械工学科教授 材料強度学)
B「被害拡大防止対策等検証チーム」 チーム長:片田敏孝(群馬大学首都圏防災研究センター教授) チーム員:矢守克也(京都大学防災研究所キ巨大災害研究センター教授) チーム員:関谷直也(東洋大学社会学部 メディアコミュニケーション学科准教授 社会心理、災害情報論)
以上の検証委員会委員・技術顧問・事務局専門家の名簿を煩雑かも知れないが、ここに全員の名を記したのはこの政府事故調査報告書を作った人々の名を忘れないためである。従来このような人々は官僚が人選したいわゆる「御用学者」(原子力ムラ)といわれるジャンルに属する人々であった。今回は少し色合いが異なるのは民主党政権の意味合いがあるのかもしれない。

1) 主要な問題点の分析

@ 東京電力などの事故対処及び損傷状況

最終報告では、第1に事故発生後の東京電力の対処を、炉心溶融という大事故となった福島第一原発と、冷温停止に成功し辛うじて事故を避けられた福島第2原発を比較して考察している。第2に損傷状況の継続した徹底的な解明の必要性を述べているが、これは2)のHに譲ってここでは述べない。福島第1原発3号機においては、高圧注水系手動停止の際に代替手段をあらかじめ準備しなかったために、6時間以上にわたって原子炉注水が中断し炉心溶融に至った。この対処は適切さを欠いたものであると評価した。福島第2原発では外部電源が使用可能であったという作業環境のよさも加わって冷静に対処し得た。福島第1原発2号機では原子炉隔離時冷却系RCICの水源を12日4時に復水貯蔵タンクから圧力抑制室SCに切り替えた。長時間SCの水を循環するとSCの圧力・温度が上昇し、RCICの機能低下と、次に消火系注水に切り替える時主蒸気逃がし弁SRの減圧操作が困難になる恐れがあった。これにはあらかじめ消防車注水ラインを用意し、RCIC停止をまたずに原子炉減圧操作を行なうべきであった。福島第2原発ではRCIC作動中から間断なく注水し段階的にSR弁を開いて復水補給系による注水を行なった。福島第1原発における対処は福島第2原発におけるそれより適切さが欠けていたと指摘せざるを得ないという評価を下している。私は原発専門家ではないのでこれが専門家筋から見て妥当な評価なのかは分からない。

A 政府などの事故対処

原子力災害現地対策本部と原子力災害対策本部、福島県災害対策本部と官邸の問題点を分析した。原子力災害対策マニュアルでは、原子力災害現地対策本部はオフサイトセンターに設置されることになっていた。オフサイトセンターが原発から5Kmという近距離にあり避難地域となったこと、および立地町村が震災と津波被害で壊滅し参集出来なかったことにより機能しなかった。そもそもシビアアクシデントを想定しないインサイト事故対応または複合災害を考慮していないオフサイトセンター想定であったためである。

原子力災害に対応する態勢:オフサイトセンターに関する提言
政府はオフサイトセンターが大規模災害にあっても機能を維持できる施設となるよう速やかに適切な整備を図る必要がある。

また原子力災害対策本部長(総理)から現地対策本部長への権限の移譲を保安院が委任手続きを怠ったいうお粗末な官僚機能もあった。マニュアルに拠れば原子力災害対策本部(原災本部)は官邸に設置し、官邸地下にある危機管理センターに官邸対策室を置いて、関係省庁幹部は「緊急参集チーム」に呼ばれることになっていた。今回の事故では騒然とした官邸危機管理センターとは別の官邸5階に、関係閣僚、原子力安全委員長、保安院幹部、東電幹部らが主要な意思決定をおこなった。また3月15日東電本社に事故対策統合本部が置かれた。

原子力災害に対応する態勢:原災本部の在り方に関する提言
原子力災害が発生した場合、できる限り情報入手が容易で、現場の動きを把握しやすい、現場に近い場所に拠点賀設置される必要がある。正確な情報を入手すると言うことは原子力災害対策の基本であるが、官邸・政府施設内にいながらより情報に接近できる仕組みの構築がなされるべきである。

知事を本部長とする福島県災害対策本部(県災対本部)が設置されたが、班編成などが平常時の組織を縦割り的に寄せ集めたもので、連携が十分ではなく避難救出が大きく遅れた。対応すべき措置に応じて横断的、機能的なものすべきである。

原子力災害に対応する態勢:県の役割に関する提言
原子力災害においては、その規模の大きさから、市町村ではなく県が全面に出て対応に当たらなければならず、この点を踏まえた防災計画を策定する必要がある。

原災本部態勢の出発点である「原子力緊急事態宣言」の発出が1時間ばかり遅れたことは遺憾である。3月11日17時42分海江田経産大臣と寺坂保安院長が菅総理に原子力緊急事態宣言の承認を求めた。総理からの質疑に保安院長が応対できず、総理は19時3分に宣言を発出した。事態を問いただすことよりまず緊急事態宣言のほうを優先すべきではなかったのか。また菅総理が12日4時から11時まで福島第1原発視察に自ら赴く必要がったのだろうか。最高責任者の官邸不在は疑問が残ると評価している。3月12日18時過ぎ海江田経産大臣より1号機への海水注入命令の報告があった際、菅総理が「再臨界の可能性」を心配して斑目原子力安全委員長に質問したが、有名な「可能性はゼロではない」という発言で総理はさらに心配した。同席した東電幹部、保安院幹部なども明確に答えられず、その間海水注入が中断(現場は続行した)した形となった。すぐれて現場対応に係る時柄は現場事業者に任せるべきで、その対応が不適切であった場合必要な措置を取る事を命じるべきであった。

B 被害の拡大防止策

原子力発電所の事故はサイト内に留まらず、広域の環境を汚染し住民の生命と健康に影響を与え、生活と経済活動をも停滞させるという点で、極めて深刻で特異である。したがって被害の拡大防止策がどうであったかが重要な要因となる。今回のようにモニタリングデータの集約、評価、公表、対応といった一連の作業を担う現地対策本部(オフサイトセンター)が機能が機能しなかった場合、モニタリングの役割分担が関係機関の間で曖昧で調整が行なわれなかった。

被害の防止軽減策:モニタリングの運用改善に関する提言
モニタリングが事故時に機能不全に陥らぬようシステム設計を行なう。モニタリングカーの移動・巡回についても必要な対策を講じるべきである。

また緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムSPEEDIは、原発事故発生時に緊急時対策支援システムERSSから伝送される放出源情報をもとに周辺環境への放射線量を予測する事を目的に設置された施設であるが、事前から関係者からERSSが機能しない場合SPEEDIは避難に活用できないのではないかという疑問がだされていた。そしてオフサイトセンターが機能しない場合SPEEDIを活用する主体だどこなのかについても取り決めはなかった。官邸地下にある危機管理センターにSPRRDIの予測データーが送られてきても、官僚はこれを無視したという。仮にERSSのデーターがなくとも、SPEEDIを活用する余地は合ったと考えられる。

被害の防止軽減策:SPEEDIシステムに関する提言
SPEEDIの運用城の改善措置を講じる必要がある。複合災害においてもシステムの機能が損なわれることがないようハード面でも強化策を講じること。また関係機関で認識を深めるために研修を充実させること。

住民に対する避難誘導指示のあり方は、必ずしも原子炉への注水状況、原子炉の水位など各機の具体的状況を踏まえて検討されたものとはいえなかった。特に第2原発の状況は比較的安定して推移しており、第2原発の10Km圏外への避難指示は適切であったかどうか疑問が残る。また病院の患者の救出と避難先の状況が不適切であった。

被害の防止軽減策:住民避難のあり方に関する提言
放射線被曝による健康被害については公的な径蒙活動が必要である。地方自治体は実際に近い形で避難訓練を実施すること。数千人から数十万人の住民避難について具体的な避難計画を準備する必要がある。特に病院患者や老人の批難には格別の対策を講じる必要がある。これらの対策を市町村任せにするのではなく、県や国も積極的に関与してゆく必要がある。

被害の防止軽減策:放射線に関する国民の理解に関する提言
国民が放射線のリスクについて正確な情報に基づいて判断できるよう、できる限り国民が放射線に関する知識や理解を深める機会が多く設けられる必要がある。

福島第一原発事故当初の作業員に警報付きポケット線量計APDを持たせなかったことは東電の安全意識は低かったと言わざるを得ない。3月13日安全委員会は経産省保安院ERCに対して「スクリーニングレベルを越えた者には安定ヨウ素剤を投与すべき」というコメントを出したが、ERCはこれを指示に含めなかったという。国民の安全を管轄する官庁として責任感に欠けていた。三春町では独自に安定ヨウ素剤を避難住民に配布した。

被害の防止軽減策:安定ヨウ素剤の服用に関する提言
基本的には国の災害対策本部の判断に委ねる運用になっているが、各自治体が独自の判断で住民に服用させることが出来る仕組みに見直すことが必要である。

福島県は3月14日、全身防除のスクリーニングレベルを1万3000cpmから10万cpmに引きあげた。現地対策本部は20日に10万cpmとする指示を出したことで、安全委員会はERCに対して1万3000cpmを維持すべきであると助言するなど、県、国のコミュニケーションは混乱していた。また文部省は4月19日学校再開に備えて校庭利用基準を20mSvを超える場合は1時間以内の校庭の利用に制限し、それ以下の線量では平常どおりとした。これに対する議論が起り、文部省は結局1mSv以下を目指すという変更となった。ICRP勧告は「1―20mSvの中で出来る限り被ばく線量を低減する」といっている。このリスクコミュニケーションに失敗したのである。福島第1原発で事故が発生した場合、緊急被曝医療機関として6病院が指定されていたが、その内4病院は批難気域内にあって事実上機能を果たせなかった。

被害の防止軽減策:緊急被曝医療機関に関する提言
シビアアクシデントが発生した場合、緊急被曝医療機関を原発周辺に集中させず、避難地域に指定される可能性の低い地域にすべきである。また都道府県を超えて広域的に緊急費額医療機関が連携する態勢が必要である。

国民への情報提供に関しても多くの問題があった。3月12日保安院の中村審議官が第1号機の炉心溶融の可能性を報じたが、官邸はこの可能性を告知されていなかった。保安院の発表に対して官邸への事前告知を求めたことが官邸の事前了解要求と勘違いし、以降保安院は「炉心溶融」を積極的に否定するような内容の発言となった。誰が見ても炉心溶融の可能性は3月12日の時点で否定できないことは明白であったにもかかわらず、保安院の否定は国民への正確な情報伝達という点で汚点となった。この点でもリスクコミュニケーションを完全に誤ったといえる。また枝野官房長官の発言でしばしば「直ちに人体に影響を及ぼすものではない」という発言があった、「直ちに影響を及ぼす確定的影響は無いとしても、長期間的には確率的影響は出るかもしれない」ということであり、決して安心していいわけではない。こういう欺瞞的発言はリスクコミュニケーションを誤った方向へ導くことになった。3月22日菅総理は原子力委員会の近藤委員長に対し、「福島第1原発事故の不測事態シナリオのスケッチ」の作製を依頼した。25日に近藤委員長から細野補佐官へ提出されたが、この内容は公表されることはなかった。恐るべき事態へ備えた覚悟のほどは全国民にとって必要なリスクコミュニケーションであり、国民の理解能力を見くびった態度といわなければならない。

諸外国への情報提供や支援の受け入れ、諸外国等との連携にも不十分なところがあった。事故発生後政府は諸外国が満足する事故関係情報の提供を行なったとはいえない。アメリカは独自に80Km圏外への避難を在日米国人に呼びかけ帰国を促した。

被害の防止軽減策:諸外国との情報共有や諸外国からの支援受け入れに関する提言
日本国内に多数の市民が在住する国や近隣国に対する情報提供はわが国民に対すると同様極めて重要であり、積極的・迅速な対応が求められる。外国からの支援物資の提供があった場合は、できる限り早く受け入れて国内への物資供給に資するよう、マニュアルや原子力事業者防災計画など荷に対応方法を定める必要がある。

C 事故の未然防止策や事前の防災対策

わが国においてアクシデントマネジメントとして整備されたの葉内的事象に起因する対策のみで、地震・津波などの外的事象は具体的に対応仕切れなかった。確率論的安全評価PSAについて確立されていたのは地震のみでしかも限定的であった。外的事象特に津波PSAの技術的水準の進歩を勘案し、耐震バックチェックの事情があって早急に導入が図れなかった。総合的リスク評価は行なわれていなかった。(この点について国会事故調と随分論旨が異なる。やはり官僚の弁解の辞となっている) さらに原子力防災対策の整備については、IAEAの安全基準によって2006年に日本でも安全委員会が「原子力施設の防災対策について」という見直し作業を行い、予防的措置範囲PAZの導入を検討したいきさつがあったが、保安院と意見調整して見送った経緯があり3月11の事故には間に合わなかった。 

原子力発電の安全対策に関するもの:総合的リスク評価の構築の必要性に関する提言
従来行なわれてきた内的事象に併せて地震・地震随伴事象、溢水・火山・火災などの外的事象にたいする総合的リスク評価を行い、規制当局が厳正な確認を行なう必要がある。その際PSAの標準化が完了していない外的事象についても、現段階で可能な手法を積極的に用いるとともに、国においてもその研究が促進されるよう支援することが必要である。

原子力発電の安全対策に関するもの:シビアアクシデント対策に関する提言
内的事象と外的事象を併せた総合的リスク評価を行ない、施設の脆弱性を見出し、設計基準を大幅に超え炉心が重大な損傷を受ける場合を想定して有効なシビアアクシデント対策を検討しておく必要がある。 

D 原子力安全規制機関

保安院は事故の未然防止のための取り組みや事故対応において、それにふさわしい役割を果たさなかった。安全委員会を含む原子力安全規制機関の在り方について次の提言を行う。

当事者の在り方に関するもの:原子力安全規制機関の在り方に関する提言
安全規制機関は独立性と透明性(公開と説明責任)を確保し、緊急事態に迅速適切に対応できる組織力をもっていることが必要である。国内外への災害情報を提供する役割があり、優秀な人材と専門能力を涵養しなければならない。科学的知見の蓄積に務め、情報収集の努力を怠ってはならない。 国際機関や外国規制機関との積極的交流をはかルことが出来る人材を育成することが必要である。そして国内規制を最新で最善のものする努力を不断に継続する必要がある。

E 東京電力

東京電力の対応を検証して、自立性をもって事故対応に当たる姿勢に欠け、危機対応に必要な柔軟で積極的思考に欠けていたといわざるを得ない。我国における原発にはシビアアクシデントは起りえないという安全神話に捉われていたが故に危機感が稀薄であった。原子力安全に一義的な責任をもつ電力事業者として反省を求める。東電の組織は官僚機構以上に縦割り組織であり硬直していた。シビアアクシデントを想定した教育・訓練・マニュアルが欠如していた。1年以上が経過した今日でもなお事故原因について徹底した反省と再発防止策を考える姿勢は十分とはいえない。

当事者の在り方に関するもの:東京電力の在り方に関する提言
東京電力は安全性に第一義的な責任を負う事業者として、シビアクシデントの想定と対応、危機管理能力、硬直した組織を改め、過酷事故への教育訓練とマニュアル整備につとめ、事故原因解明の当事者責任を自覚し、より高い安全文化を全社的に構築するよう努力しなければならない。

F IAEA基準など国際的調和

保安院などの規制当局はIAEA基準を参照して国内基準の見直しや改定を殆ど実施してこなかった。そのため国際安全基準の内容からして日本の安全規制は遅れたものになっていた。

当事者の在り方に関するもの:IAEA基準など国際的調和に関する提言
国内外の原子力安全に関する知見や技術水準にあわせて、国内の規制水準を常に最新・最善のものにしてゆく継続した努力が必要である。また今回の日本の原発事故から得た知見や経験を世界に向けて発信してゆく義務がある。

2) 重要な論点の総括

@ 抜本的な事故防止策

国、電力事業者、原子力発電プラントメーカー、研究機関、原子力学界といった原発にかかわる関係者(注:原子力ムラの当事者達)らは指摘を真摯に受け止め、抜本的勝つ実効性ある事故防止策を構築する必要がある。

安全対策・防災対策の基本的視点に関するもの:事故防止策の構築に関する提言
技術的、原子力工学的な問題点を解消するための専門的知見を踏まえ、原子力発電に係る関係者においてはその専門的立場において事故防止策の具体化を急がれたい。指摘には耳を傾け、その経緯および結果について社会への説明責任を果たす必要がある。

A 複合災害という視点

地震と津波及び原発事故は大規模・広域的な複合災害となり、さまざまな対応に遅れ・混乱・支障をきたした。国・地方自治体においては原発事故が複合災害という形で発生することは想定してこなかったし対応訓練もなかった。我国の危機管理態勢の不十分さを露呈した。

安全対策・防災対策の基本的視点に関するもの:複合災害という視点をいれた対策に関する提言
今後、原発の安全対策を見直す際には、大規模な複合災害の発生という点を十分に視野に入れた対策が必要である。

B リスク認識の転換

地震津波の想定においては極めて稀なけーすとして「残余のリスク」の表現で検討課題に上がってはいたが、実際は深く検討はされず放置されてきた。このような落とし穴から抜け出すにはリスクの捉え方を大きく転換させる必要がある。(私見:官僚機構にとって制度が命であり、それを超えた踏み込みは決してしないものだ。だからリスクに対処することは本質的に出来ない))

安全対策・防災対策の基本的視点に関するもの:リスク認識の転換に関する提言
災害大国日本は検挙に自然災害に立ち向かわなければならない。シビアアクシデントの場合を想定して、発生確率に係らずしかるべき安全対策・防災対策を立てておくべきである。安全対策の範囲に一定の線引きをしたのち「残余のリスク」に対して、更なる掘り下げを確実に継続させるための制度が必要である。

C 被害者の視点からの欠陥分析

原発事業者にとって、システム中枢部の安全設計に全力を注いできたが、その安全性はいうに及ばず(私見:今回の事故ではそこが崩壊したのだが)、システム支援部や地域安全における安全対策は独立して機能するものでなくてはならない。行政と事業者がなすべきは対策の不備や欠陥について改善策を講じてなお、残された問題について公表して、規制機関と関係自治体が住民と話し合って次善の策を講じるべきである。このような地域の住民の視線に立った災害の備えが求められる。

安全対策・防災対策の基本的視点に関するもの:被害者の視点から欠陥分析に関する提言
原子力発電所の設計・立地・運用に当たっては、地域の避難計画を含めて、事業者や規制機関による「被害者の視点」を見据えたリスク要因の洗い出しが必要である。なお住民の避難計画は原発事故による放射能物質の飛散が極めて広域になるため県と関係市町村が実効ある態勢を構築すべきである。

D 想定外問題と行政・東電の危機感の稀薄さ

今回の事故は財源の制約から発生確率の低い事象は除外して対策してこなかったことから起きたのである。行政の論理枠内から「想定外」といって済まされるものではない。被害をよりすくなくする行政の意思決定の仕組みは他にはなかったのだろうか。

安全対策・防災対策の基本的視点に関するもの:防災計画に新しい知見を取り入れることに関する提言
ある時期の方針を長期間引きずることなく、地震・津波の研究に敏感に反応し新しい知見には適時必要な見直しや修正が必要である。行政は地震尾実態解明を急ぐための研究プロジェクトを立ち上げるとか、行政・住民・専門家が参加する新しい発想の防災計画を策定するなどの取組みが必要である。原発立地における災害リスクに注目し、原発の防災計画は保安院に任せるだけでなく、中央防災会議にも原子力発電所を念頭においた検討を行なうべきである。

E 政府の危機管理態勢の問題点

今回、原災マニュアルに規定がない官邸が司令塔になって事故対応にあたった。それには現地対策本部が本来的な機能が果たせなかったこと、危機管理センターなどの情報収集能力に問題があったこと、および安全委員会や保安院が助言機能を果せなかったことによる。政府の危機管理態勢に問題が残った。(私見:再構築の方向さえ示してはいない)

安全対策・防災対策の基本的視点に関するもの:原災時の危機管理態勢の再構築に関する提言
原子力災害発生時の危機管理態勢の再構築を早急に図る必要がある。その検討に当たってはオフサイトセンターの強化に加え、現地対策本部に関係機関が参集出来ない場合に、どのような態勢で対応するか具体的に検討し再構築しなければならない。

F 広報の問題点とリスクコミュニケーション

事故発生後の政府の国民に対する情報の提供の仕方には、避難住民の安全を守る立場から、真実を迅速に正確に伝達されていない問題が残った。周辺住民にとって重要な、放射性物質の拡散(方向と濃度)状況とその危険性、原発の炉心損傷状況や減圧弁操作による放射能の排出状況に関する具体的な情報提供がなされなかった。

被害の防止・軽減に関するもの:広報とリスクコミュニケーションに関する提言
社会に混乱と不信を引き起こさないためにも、関係者間でリスクに関する情報意見を交換して信頼関係を構築してゆくリスクコミュニケーションの視点が重要である。緊急時における情報提供のあり方について政府は検討しなければならない。非常時・緊急時に官房長官に適格な助言を与えるクライシスリスクコミュニケーションの専門家を配置するなどの検討が必要である。

G 国民の命に関る安全文化

当事者の在り方に関するもの:安全文化の再構築に関する提言
事故が起きると重大な事態が生じる原発事業においては、安全文化の確立は国民の命に関る問題である。事業者や規制当局、関係団体、審議会関係者など原発関係者には、安全文化の再構築を強く求める。

H 事故原因・被害の全容を継続して調査する必要性

福島第1原発の主要施設の損傷が生じた箇所、程度、時間的経緯を始めとする被害状況の詳細、放射性物質の漏れ経緯、原子力建屋爆発の原因について未だに解明されていない。住民への健康影響、環境汚染なども長期にわたって継続的な調査検証を要する問題である。

継続的な原因解明・被害調査に関するもの:事故原因の解明継続に関する提言
原子力発電に関る関係組織は今回の事故の未解明問題の包括的で徹底した調査・観賞を継続すべきである。国は引き続き事故原因の究明荷手動的に取り組むべきである。放射性レベルが下がった時点で、原子炉建屋内の詳細な実地検証(地震の影響の検証も含む)は必ず行なうべき作業である。

継続的な原因解明・被害調査に関するもの:被害の全容を明らかにするための調査の実施に関する提言
未曾有の原発事故を引き起こした「人災」の被害の全容については、総合調査を行なって記録にまとめ、被害者の救済支援復興事業が十分かどうかを検証することが必要である。原発事故がもたらす被害がいかに深く広いものであるか、未来への教訓として後世に伝えなければならない。これは国家的な事業である。

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