120921

脇坂紀行著 「欧州のエネルギーシフト」

  岩波新書 (2012年6月 ) 

脱原発と脱化石燃料に取り組む欧州の21世紀エネルギー政策 

地球温暖化問題の科学的問題はICPP「気候変動に関する政府間パネル」が扱っているとすれば、COP「気候変動枠組み条約国会議」の排出権取引とかグリーン開発のシステム開発の発信源は欧州である。アメリカと中国という二大温暖化ガス排出国を置き去りにして1997年京都議定書をスタートさせたのも欧州である。欧州人の知恵の深さに驚くばかりであるが福島第1原発事故の発生した2011年春から地球温暖化防止の声を聞くこともなくなった。世の中はそれどころではなくなったのである。地球温暖化防止には表と裏があって、表は化石燃料からの脱却であったが、裏は原子力発電への傾斜の黙認があった。ところが福島第1原発事故が世界を揺るがし、化石燃料も原発も使えなくなる時代が迫っているという認識が欧州を中心に興りつつある。世界の環境・エネルギー政策をリードしてきた感のある欧州であるが、EUを支える国ごとに資源事情・地理・歴史が異なり、さまざまな矛盾や対立があるという。本書は脱原発と脱化石燃料という課題に取り組む点で、従来の環境問題とは異質の取り組みを話題にしている。2011年6月のドイツの脱原発宣言は、欧州が発した最も象徴的な回答であった。中道保守のメルケル首相は17基の原発のうち古い建設時期の原発を中心に8基の運転を停止し、残り9基を2022年(10年後)までに準じ閉鎖する事を宣言した。日本の首相の「個人的発言」と称する「脱原発依存社会」とは、約束の重みが全く異なる。イタリアは2011年6月に行なった国民投票で、原発の新設は認めないという意思を表明した。これはチェルノブイリ原発事故後4基の原発の運転を凍結した1986年の国民投票以来2度目のノー原発宣言である。スイスは2011年5月運転中の5基の原発を2034年までに順次閉鎖すると決定した。ちなみに欧州と世界中で動いている原発の数はどれくらいあるかというと下の表のようになる。(運転中基数には、点検のために休止中とか、政治的理由のために冷温停止中は含まない。燃料棒が炉に挿入されていて運転可能な原発基数をいう。日本で商業運転で稼働中の原発は2012年9月で1基に過ぎない。なお日本の原発基数を50と数えているのは福島第1原発第1―4号機を廃炉とみて、第5,6号機は生きていると考えているからだろう。しかし福島第1原発付近の地域全体が立ち入り禁止なので、同様に廃炉とみれば日本原発基数は48基であろうか)

欧州の原発基数(2012年4月)
欧州各国運転中原発建設中原発
フランス581
イギリス17-
スウェーデン10-
ドイツ9-
スペイン8-
ベルギー7-
フィンランド41
オランダ1-
チェコ6-
ハンガリー4-
スロバキア42
ルーマニア2-
ブルガリア2-
スロベニア1-
スイス5-
欧州合計1384


世界の原発基数(2012年4月)
主要国運転中原発建設中原発
欧州1384
アメリカ1041
ロシア3310
中国1626
インド207
韓国233
日本502
世界全体43562

欧州にはEUに加盟する27カ国のうち14カ国で計133基の原発があり、非同盟のスイスの5基を入れると合計13基の原発が存在する。そのうち最大の原発大国はフランスで58基を有し、アメリカの104基に次いで世界第2の原発国である(日本は50基の原発を融資世界第3位である)。EUは2007年の首脳会議で2020年度まで達成すべき「3つの20%目標」を掲げた。
@温室効果ガスの排出量を1990年度比で20%削減する。
A再生可能エネルギーの比率を20%に引き上げる。
Bエネルギー効率を20%改善する。
これは欧州が「脱化石燃料」への転換を図ろうとするものであった。これに2011年3月の福島第1原発事故に直面して、欧州は「脱原発」を真剣に考え始めたといえる。欧州は東欧諸国のEU加盟と引き換えに、安全性に疑問をもつロシア型「黒鉛原則軽水炉冷却チャンネル原子炉」の完全閉鎖を求めた。2000年代ブルガリア、リトアニアの原発が閉鎖された。福島第1原発事故後、欧州は各国の原発の耐久性を審査するストレステストを実施した。欧州は原発の安全性に神経質である。今欧州は金融危機を仏独の協調路線で切り抜けようと必死であるが、エネルギー政策ことに原発に関してはなお根本的に見解の差が存在する。欧州の現実は結構複雑である。筆者脇坂紀行氏は1954年生まれ。京都大学法学部卒業後朝日新聞に入社し、90―94年アジア総局、95年ワシントン留学、2001年ブリュッセル支局長、2006年より論説委員となる。生粋の朝日新聞記者である。ブリュッセル特派員時代にEUや加盟国を歩き、エネルギー問題のルポをまとめたという。日本が福島原発事故以降混迷の最中にある状態を脱するために、国民の理解と節電、電力自由化といった中長期的課題解決に取り組まなければならない。そうした中で欧州の脱原発と脱化石燃料の状況は大いに参考になるものと思われる。

福島第1原発事故以来、脱原発のためのエネルギーシフトは識者らによって様々に議論されてきた。日本のエネルギーシフトの第1人者環境エネルギー政策研究所飯田哲也氏は、石橋克彦編 「原発を終らせる」 (岩波新書2011年7月)のなかで、「エネルギーシフトの戦略」において「欧州のエコロジー近代化」を紹介した。 飯田氏は「世界の自然エネルギーへの投資額は2010年には20兆円規模と拡大している。しかしその市場はほとんどが日本の外にある。地球温暖化の実施により国内経済GDPがどれだけ低下するかという経済モデルでは国民一世帯当たり36万円の負担増となるといった、分りやすい誤りに陥ったままである。過去の公害規制が産業界にイノベーションを引き起こし、経済成長をもたらしたという「ポーター仮説」が重要である。大規模企業やエネルギー多消費産業が蒙る損害ばかりを計算し、省エネ家電・電気自動車・太陽光発電といったエコロジー近代化側面を見ていないのである。欧州では2000年以降、風力・太陽光・天然ガスといったクリーン御三家へのシフトが加速した。1990年から2007年のGDPの増加と炭酸ガスの増減を見ると、日本は炭酸ガスは10%増加してGDPの増加が20%に留まっている。それに対して欧州各国の炭酸ガス減少率は10%-20%で、GDPは30%ー50%も増加している。欧州の電力構成は天然ガス・風力・太陽光の順であり、日本は石炭・石油・原子力・天然ガスという順である。エコロジー近代化とは環境政策に経済原理を活用し、経済政策に環境要素をとりいれるということである。1990年より欧州はエネルギーシフトを成し遂げたが、日本は短期的に低コストであった石炭発電を復活させ、石油から石炭にシフトしただけであった。ドイツでは自然エネルギー発電を6%から17%に増やし、今後の10年で25%を目指している。」という。長谷川公一著 「脱原子力社会へー電力をグリーン化する」(岩波新書2011年9月)において長谷川公一氏は、グリーン電力への転換の世界の動きを紹介している。「電力を再生可能なエネルギー技術によって置き換える事をグリーン電力と呼ぶ。グリーン化を進める政策には、再生可能エネルギーによって発電された電力を固定価格で買い取る事を電力会社に義務つける「固定価格制」か、販売電力量に占めるグリーン電力の一定比率を義務付ける「固定比率制RPS、割当制」とがある。固定価格制を実施したドイツ、スペイン、デンマークでは風力発電が急増し、割当制を実施したイギリスでは20%を目標としたが占有率が伸びなかった。投資家にとって固定価格制が有利に働き、割当制では電力会社に不当に安く買い叩かれるため投資家は敬遠するのである。日本では2003年度より「新エネルギー特別措置法」により割当制を実施し、しかも占有率の目標を1.3%と著しく低い目標で、従来の電力会社の利益を損なわない範囲で実施する意図が露骨である。」という。

福島第1原発事故に最も敏感に反応したドイツのメルケル首相に影響を与えた「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」委員のベック氏がウイルリッヒ・ベック 鈴木宗徳 伊藤美登里編「リスク化する日本社会ーウイルリッヒ・ベックとの対話」(岩波書店2011年7月)のプロローグに寄せた文章が印象的なので要約して示したい。「これは間違いなく世界の模範たらざるを得ない。この出来事の把握に努め、それが思考と行動にどのような変化を及ぼさざるを得ないかについて判断を下すべき時期である」という。原子力という危険と危機はリスク概念に照らし合わせて考えると、次のような問題が指摘できる。
@ 世界リスク社会において人間が生み出した危険は、空間・時間・社会・国家・階級の区別を超えて浸透し、これをコントロールするには全く新しい諸制度が要求される。
A 因果性・帰責についての規則は無力である。裁判においてもその原因を特定することは出来ない。
B 原子力の危険性は技術によって抑えることは出来るがゼロにはならない。世界中の原発が443基を越えた今日、どこで事故が起きても不思議ではない。そしてその結果は確実に悲惨である。
C 原子力関係者は「安全性のパラドックス」に陥っていた。安全を宣伝するだけ人々は敏感になる。徴候があっただけで専門家・国家・電力会社の正当性及び信頼の没落が始まる。(MOXデーター偽造事件でプルサーマルが停止する事態となる)
D 技術的安全性と安全性に関する社会的な理解との間に深いギャップが存在する。社会的に限定し得ない惨事の可能性が問題となるとき、もはや可能性の大小(リスクの大きさ)の議論は誰も信用しない。(安全と安心の問題)
E 想定しうる最悪のケースは事前の対策をしていると称していつも棚上げにされてきた。恐ろしい最悪のケースには目をつぶってきた。原発のシヴィア事故は統計的に低いとしても、起った場合その結果は火を見るより確実である。
F 安価なエネルギー源を得るためには一定のリスクを負うのは当然という議論があるが、これは欺瞞である。原発の電力コストは極めて高い。リスクの一定以上を経済外行為として国に負担(国民の税金)させる仕組みである。これはまさしく「原発は国家社会主義的」といわれる。投資対利益という自由市場経済の枠外におかれている。
G 今ドイツでは脱原発を急いでいる。脱原発によって責任負担がずっと軽くなるのである。そして再生可能エネルギーに向かっている。
H 広島・長崎の悲劇を受けた日本人は、世界の良心・世界の声として核兵器の非人道性を倦むことなく告発し続けてきたが、その国で核兵器と同じ破壊力を持つ事を知りつつ他ならぬ原子力開発を躊躇うことなく決断しえたのかは理解できない。兵器ではなく生産部門で恐怖が生まれるとき、国民に危害を加えるのが、法、秩序、合理性、民主主義を保証している者である。このことが東京で起ったなら日本にどんな危機が訪れるだろうか。
I 原発の安全神話は失われた。国民を放射線のリスクに曝して常態化させておくと、官僚制によって安全性を保証してきた公共的環境は崩壊する。
J 原子力産業の検査官(日本では原子力安全・保安院や安全委員会)を誰がチェックするのだろう。リスク産業に対する民主的に正当化された政策が求められる。
K 原発事故は地震と津波という自然災害によったと云う詭弁は通らない。福島原発事故は自然災害ではない。地震が頻発する地域(日本全体)に原発を建設するのは政治的決断であって人的行為の結果である。経営者と政府が決めたことであり、そこに事故の責任が存在する。
L 人間社会にもはや「純粋な自然」は存在しない。問題は津波対策だけでいいはずは無い。どんな可能性の低い出来事であっても起ることがある事を教訓としなければならない。最悪の「炉心メルトダウン」(暴走した核反応)を人類は制御できないことあらためて認識した。
M 原発事故の帰結が潜在的に国境を越えるとなると、建設を決定する際国民国家の主権は制約されるべきかもしれない。隣国にも甚大な影響を持つ施設の建設は国際的な取り決めが必要であろう。
N 放射線被爆制限値を高く引き上げて危険を常態化することは、長期影響を棚上げにする極めて危険なやり方である。
O 住民の生活安全性を侵す放射線後遺症は、放射線が知覚不能・回避不能であるがために極めて残酷なギロチン刑を住民に施すようなものである。これを許す政府関係者は死刑執行者の共犯である。
P 放射線汚染レベルのお座なりの設定により、住民の生活条件の危険性に関する市民の判断力が失われる。それが「放射線恐怖症」、「非知のパラドックス恐怖」となる。
Q 福島原発事故は「可能性が低いことは可能性が無いことではない」ことを教訓として教えてくれた。想定外の事故も起ってはならないのである。地震が頻発し津波の襲う海岸には原発を建設してはならない。想定外と言うことは「人間の頭が時代遅れ」ということだ。頭を下げて運転を再開できることではない。
R 例外状態の常態化を「カールシュミット・シナリオ」という。それは戦争状態とおなじく犠牲者を英雄として讃美して国家主義的共同体を維持することである。それに対して「ヘーゲル的シナリオ」では国家・ネオリベラル資本は、国家と世界的な規模において市民社会から責任を問われるのである。
S 日本を世界に対して開くことが被災し危機に陥った日本を救うことになる。日本の社会・経済・政治を根底から揺るがす大事故も、日本が世界に開かれるチャンスに変わるかもしれない。
福島第1原発事故に対してこれほど的確に問題の本質を突いた格調高い文章を他には知らない。

1) 原発を切り離せない国々(フンランド、スウェーデン、フランス、イギリス、東欧)

2002年5月フィンランドのオルキルオト原子力発電所で世界最大級(160万Kw)の欧州加圧水型原子炉(EPR)の建設が決まった。3号機原子炉はフランスのアレバ社、タービン発電機はドイツのシーメンス社が受注し、チェルノブイリ原子炉事故のトラウマから逃れる「原子力ルネッサンス」ともてはやされた。運転開始予定は2013年度で既設の2基の原発が稼働中である。世界一安全な原発と唱われれるEPRは何重もの防御壁、2重の非常用ジーゼル発電システム、4つのセーフガードビルに囲まれた原発は欧州流の安全思想(文化)に裏打ちされているという。「原発は政府の基準に違反していなければ安全であると云うアメリカ流論理では、現実の安全性は保たれない」という「原子力安全文化」が欧州にあるという。ところが当のフィンランドにも大きな悩みがある。当初計画は2006年完成、投資予定額は3000億円であったが、度重なる設計変更により工期は遅れ現在は2013年完成、すでに投資額は6000億円を超えている。原発電力は低コストという神話ほもろくも崩れ去りつつある。そもそも北欧のフィンランドがなぜ原発を推進するのだろう。それは山岳の多いノルウェーやスウェーデンと異なり、この国では平野(森林)が多く水力に恵まれていない。燃料構成は木材が2割、輸入化石燃料が5割、原発が2割である。西風はスカンジナビア半島に遮られるため風力発電は1%以下である。フィンランドはロシアと地続きなため伝統的にロシアから電力を輸入しており20%を占め、またパイプラインで天然ガスも輸入している。「ロシアにエネルギーを頼る状態から脱却したい」という願いが潜在的に存在した。オルキルオト原発3号機が完成すると電力構成は原発が35%にアップする。オルキルオト原発3号機の政府承認後国会審議では賛成107票、反対92票と僅差であり、2010年国民世論調査では原発賛成34%、原発反対55%であった。フィンランドの原子力関係施設で世界最初の「オンカロ最終処分場」建設がある。地震・地盤変動のないオンカロの地下500メートルに2800本の穴を設け、10万年後の使用ズム核燃料の死滅を待つという筋書きである。人類誕生と同じ年月を待つまで人類が存在するだろうか。

スウェーデン南部のバーセベック(海を隔てて30Kmにはデンマークのコペンハーゲンが向かい合っている)に2基の原発がある。1975年、1977年に第1号機、第2号機が完成した。ともに沸騰水型(BWR)で出力は60万Kwである。1979年アメリカのスリーマイルズ島原発事故を反映し、1980年国民投票で脱原発の道を選んだ。国民が選んだ脱原発の道は「石油依存度を下げ、そして再生可能エネルギーが利用可能になるまで原発は利用する」という条件付容認派が一番多かった。国会は国民投票を受けて「2010年までに原発12基すべてを廃棄する」と決議したが、1990年代の経済不況から雇用喪失を心配する社民党政権は「2010年に原発廃棄」路線を諦め、1997年デンマークのコペンハーゲンに近いバーゼベック原発のみの廃炉を決定した。そしてバーゼベックでは2005年までに2つとも運転を停止した。原発の廃炉は第4段階に別れ順調に行けば12年で完了するはずであったが、核廃棄物の行き場がなく廃炉工程はまだ第2段階で、作業を終えるのは2025年になりそうだ。想定の2倍(20年)はかかりそうである。スウェーデンには10基の原発が運転中である。欧州ではフランス、イギリスについで3番目の原発数である。2009年4党連立政権は原発に関して8項目の合意を結んだ。主要な点は、原発は10基を上限とする、原発廃棄法は撤廃する、政府は原発に一切支援しない、原発企業は一層リスク責任を負うというものである。いわば政府は援助しないで、原発基数を現状維持に留める姿勢である。また原発の寿命を25年から40年と延長した。2009年度のスウェーデンの電力構成は、49%が水力発電、37%が原発、2%が風力、12%が化石燃料またはバイオマス発電である。

原発大国フランスの栄光はフランス電力会社EDFの58基の原発が象徴している。総発電量の80%以上を原発が占めている国はフランスのみである。そして原子炉の製造から核燃料の再処理、廃炉まで原子力ビジネスを担うアレバ社は国策会社である。日本との関係が深いアレバ社のラアーグ工場は使用済み核燃料からプルトニウムを回収する再処理工場である。処理能力は年間1700トン、これまでの再処理実績は累計で2万7000トン、そのうち日本の電力会社からの委託分が5500トンで、フランスにとって日本がいかに上得意先であるかが分かる。だがこの再処理工場は最近、欧州からの再処理委託が減り(核サイクルからワンスルー方式への切り替え)、フランス国内においてもMOX燃料を使っているはEDFの58基中20基でありそれほどMOX利用が増えないこと、EDFは核燃料のコストダウンを要求しているなどに加えて、2011年にアレバ社はアフリカのウラン鉱山投資に失敗し赤字に転落して経営は苦しくなっている。フランスがこれだけ原発に傾斜した理由は日本と同様石炭以外に燃料がないため1949年電力・ガス事業を国有化氏、1970年代の石油危機で原発依存が急速に進んだ。ただ日本と違うことは原発炉施設と安全性開発はすべて自前の技術でおこない、安全性設計に抜群の信頼性を置いていることである。1974年当時のメスメール首相は大規模の原発建設構想を発表した。これを支えたのがグランゼコール出身の技術官僚というエリート人脈であった。そのフランスでも2012年の大統領選挙で社会党のオルランド候補は野党緑の党と、2025年までに原発依存度を50%に減らすというエネルギー政策を含む政策協定を結んだ。オルランド大統領の政策目標は原発に関しては次の4項目である。@原発依存度を2025年度までに50%に減らす、Aフェッセンハイム原発を直ちに計閉鎖し、24基の閉鎖計画を進める、B新しい原発プロジェクを認めない、CMOX燃料と再処理事業の雇用を安定的に転用するというものである。

2012年4月イギリスのキャメロン首相が来日し、原子力政策への協力を表明した。2012年でイギリスの総発電量の原発依存度は20%で、運転基数は17基である。加圧水型は1基だけで、大半は改良型ガス冷却炉という特殊なタイプの原子炉である。炉は老朽化しており今後10年以内に廃炉となる運命にある。イギリスは電力自由化を始め市場原理を導入しており、政府は積極的な推進策をとらないので、電力会社は新規の巨額の原発建設には二の足を踏んできた。それには1990年代の北海原油生産が軌道に乗り、石油自給率が100%をこえたことと、「サッチャー改革」の影響が大きい。自由競争市場では原発企業は他の電力会社になかなか勝てない現実があった。経営難におちいった原発会社や配電会社は欧州から資本を導入し、多くが外資系企業となった。フランス電力会社の買収が進んだ。その後北海油田やガス田の枯渇が進んだため、2008年ブラウン政権は原発推進を決めた。それは2010年のキャメロン政権も引き継いだ。イギリスは地球温暖化対策の先進国であり、京都議定書の約束である12.5%の削減目標は石炭から天然ガスへの転換によってすでに達成した。しかし低炭素時代への移行にあたって、日本政府と同じように再生可能エネルギーと原発の間の本質的な差を理解しているようには思えない。イギリス政府は再生可能エネルギー比率を2020年までに15%とする目標を立て、火力発電所の購入する排出権価格を高めに設定して原発のほうへ誘導する政策を進めている。そして2012年2月キャメロン首相はフランスのサルコジ大統領との「エネルギー宣言」において、イギリスはフランスEDFより4基の原発を新設すると発表した。はたして福島第1原発後の安全意識の高揚によって高価格の原発が建設できるかどうか、又伝統的にアルバ社の欧州型加圧水型炉に不信感が強いイギリスですんなりフランスの技術が導入できるかどうか疑問視する識者も多い。最後にスコットランドでは伝統的に風力発電が100%を占めており、原発に対する反感が強い。
東欧諸国には原発を6基有するチェコをはじめ、6カ国で計19基の原発が運転中である。これには旧ソ連時代のエネルギー政策が強要された歴史がある。リトアニア(人口350万人)の原発1基で自国の7割の電力をまかない、電力輸出で外貨を稼いだ。今日建設計画を持つ国として、ポーランド、リトアニア、ルーマニア、チェコがある。リトアニアは2012年3月日立に原発を発注したという。資源のない国々が原発から脱することはなかなか難しい。

2) 脱原発を進める国々(ドイツ、イタリア、スイス、ベルギー)

福島第1原発事故を受けてドイツ政府は2011年5月30日「安定したエネルギー供給のための倫理委員会」の報告書を発表した。結論は「約10年以内に脱原発を行なうことは可能であり、望ましいことだ」として、6月6日メルケル首相は2020年までに全17基の原発を閉鎖する方針を閣議決定した。(日本政府野田政権は閣議決定できずに、2012年9月閣議懇談会の見解として2030年代にまでに原発ゼロを目指すというエネルギー政策原案を掲げた) 中道保守のメルケル首相は福島原発事故までは運転期間延期や原発の維持に努めてきた首相であったが、事故後、7基の古い原発の運転停止を命じた。4月4日に設置した倫理委員会は17名の有識者全員一致で報告書をまとめた。倫理委員の1人である社会学者ウイルリッヒ・ベック氏は「ドイツは脱原発を感情論や技術論の問題として捉えるのではなく、倫理と科学のあり方の面から捉え、原発はいずれ廃止すべきだ」との倫理を構築した。ベック氏は上に述べたように、グローバリリスク論で明快に原発のリスクは許されるべきではないと述べた。報告書は原発の段階的廃止への工程を示す。
第1段階は、メルケル首相が命じた古い7基の原発の運転停止をそのまま閉鎖にもってゆく。合計8基分の閉鎖による供給能力は代替エネルギーによる運転で置き換えは可能である。
第2段階は、残り9基の運転を止めてゆく。危ない原発から優先して止める。そして電力事情を勘案しながら順次停止する。
全17基の発電量は2011年3月までで総電力需要の22%を占めていた。運転中の残り9基の占める割合は15%である。2022年までにこの15%の電力需要をどのように埋めるかを報告書は次のような問題点を挙げる。
@ 隣国の原発電力は買わない、 A炭酸ガスを排出する化石燃料を安易に増やさない、 B再生可能エネルギーの拡大をひずみの残るように拙速にはおこなわない、 C強制的電力使用制限を行なわない、D電気料金を安易に値上げしない、E政府の指令に頼らないで行なう。 ドイツの総電力需要の25%は原発から、47%は化石燃料から、12%は天然ガスから、16%は再生エネルギーから得ている(2009年)。再生可能エネルギー開発一本やりでなく省エネルギーにより何基分かの節約に努めること、天然ガスの火力発電の増設により炭酸ガス排出量をふやさないことなどにドイツの知恵が必要とされる。ドイツ政府「安定したエネルギー供給のための倫理委員会」の反応を、ドイツ人の国民性とか反自然である原発への不安と指摘する人がいることも確かであるが、倫理委員会のテプファー委員長はこれを「ドイツのアポロ計画だ」という。これも一つの文明である。6月30日政府方針を盛り込んだ原子力法の改正が超党派で可決された。論理委員会は原発のコスト面の論議では「原発発電コストは安くても、原発のリスクを現代社会は負いきれない」と結論ずけた。

2011年6月13日、イタリアで原発をめぐる国民投票が行なわれた。投票率は55%、うち原発凍結賛成が94%を占めた。これを自民党の石原幹事長は「集団ヒステリー」と呼んだ。石原氏は国民投票で9割が原発反対でも、原発は止められないというのだ。これは政治家らしからぬ発言である。なぜこんあ発言が出えるのかというと、議会民主主義制度をとる国では国民投票の利用は制限され、その結果に法的拘束力は無いと解釈される。ドイツでも国民投票への警戒心が高い。しかしイタリアでは憲法第75条で、法律の効力を廃止するには人民投票を行なうとしている。ただし租税、予算、大赦、減刑、国際条約はこれになじまないとする。1946年サヴォイア王制の廃止を国民投票で決め、王は外国へ亡命した経験がある。1974年「離婚法の存続」が国民投票で認められた。1987年11月原発をめぐる国民投票で、原発建設に国家が介入しない、発電量に比例した助成金を廃止する、国外での原発建設を排除することが決められ、同年12月国会は原発廃止の法律を成立させた。2011年6月の国民投票は2回目の同じ内容の国民投票であったが、何度も意思表示をするのがイタリア人の国民性かもしれない。もちろんイタリアでは原発は運転されていない。ところがあいまいなところも多いのがイタリアの国民性でもある。国営電力公社エネル社が東欧で原発の新増設に係ったり、電力の1割はフランスから輸入しているが、フランスからの電力は原発である。欧州の国境のあいまいなことは日本の島国根性ではなかなか理解できない。

2011年5月25日スイス連邦政府は閣議決定によって、国内の5基の原発を順次閉鎖してゆく事を決めた。直接民主主義の国スイスが国民投票をしなかったことに驚かされた人も多かった。そのスイスが即断即決で閣議決定をしたのだ。しかし廃止時期を2034年と余裕を持たせているところがミソである。50年の寿命を全うするまで待とうという戦略である。もちろんそれまでに代替エネルギーの選択をしなければならない。スイスの原発依存率は総発電量の40%、水力発電が50%である。スイス政府のエネルギー庁は福島原発事故前に次の3つの選択肢の検討を指示している。@現状のエネルギーミックスの継続、A5基の原発は耐用寿命で運転を停止し更新しない、 B耐用年数前の原発から早期撤退するということであった。今回の閣議決定は第2の選択肢を選んだ事になる。スイスと同様福島第1原発事故後に歩を進めた国にベルギーも挙げられる。2011年10月連立政権は2025年までに原発7基の全廃を目指すことで合意した。ベルギーの原発は総発電量の50%以上を占めているので、スイス以上にハードルは高い。欧州の小国は日本でいうと1県から数県程度の規模であるので、大体の勘定では数百万人規模の電力需要は100万Kwの原発1基でまかなえる。小国にとって電力行政は原発で簡単に解決できるが、原発事故のリスクは原爆を落とされたようなもので1国全体で避難しなければならない。恐らく隣国も避難の憂き目に会うことも確実である。電力行政は簡単かも知れないが事故の被害も甚大である。ここに小国の悩みがある。

3) 新たなエネルギー社会(ドイツ、デンマーク、スウェーデン、フィンランド)

ドイツは州ごとの文化が異なり州の権限が強い連邦制国家でもある。再生エネルギーを取り上げたのは地方の市民であった。1990年代から始まった電力の自由化の波はドイツにも波及し、市民は地産地消の閉鎖的な電力需給体制に縛られることもなくどこの電力小売会社(例えば再生エネルギーだけ)からも買うことが出来るようになった。チェルノブイリ原発事故後の1994年に起業された母親達のエコ電力会社EWS社は、遠くはノルウェーの水力発電会社と契約し、太陽光発電やコジェネ発電を約1800の中小事業者と契約するなどして、11万5000家の顧客との小売契約を結んだ。ドイツのエネルギー制度改革は再生エンルギーの買取を電力会社に義務つけた「固定価格買取制度」の導入に始まる。1991年の電力供給法によって、風力や太陽光の一定割合での買い取り、固定価格での買い取り制度を入れた再生可能エネルギー法が施行された。ドイツでは2000年代再生可能エネルギーの投資ブームが起き、発電量は3倍に、38万人の新たな雇用を生んだという。1998年ドイツ国会は小売まで含めた全面的な電力自由化に踏み切った。EUは1996年に電力自由化指令を出して各国に自由化を進めるよう促していた。その後EU指令は2003年の第2次指令で小売の全面的自由化、送電部門の法的分離を、2007年の第3次指令で送電部門の所有自由化、場外企業の市場参加を決めた。ドイツでは発送電分離による電力自由化を進めた。道路で言えば公道である送電線会社には地域独占を認めたうえで監督官庁が監視する。発送電分離の形態には「会計分離」、「法的分離」、「所有分離」の三段階がある。大手電力会社が整理統合されドイツには4社が存在し、うち3社は所有分離まで進んだ。医療機関でいえば「医薬分離」のようなものである。ドイツには大小1100社の電力会社があるが、大手4社のシェアーは7割とまだまだ高い。地方自治体のごみ焼却場から出る熱回収によるコジェネ、送電線の買戻しなどで電力事業に進出する都市もある。日本では実感できないが、連邦制国家のドイツでは州政府や市町村が果たす役割が大きい。原発に象徴される中央集権型のエネルギー体制に対する分散型エネルギー体制の姿が鮮明である。

デンマークは風の国だ。平たい国で水力発電には恵まれず、原発は持ちたくない、そんな国民が目を向けたのが西風である。デンマークの人口は550万人で国土は北海道くらいの大きさである。1980年代に68基しかなかった風力発電機は2000年代には6200基に急増した。電力構成は石炭が43%、天然ガスが20%、風力は21%、バイオマスが12%である。設置基数からすると特別多いというわけではないが、欧州で7番目、世界で10番目くらいである。風力発電の普及率が2011年の21%から2012年には28%に上がる。風力発電の貢献はドイツで9%、ポルトガル、スペインで14%である事から見ると、デンマークが風力に力が入れている様子が伺える。発電量に変動が多いのも風力の特徴であり、送電会社のネットワーク管理能力がものをいう。国内だけでなくノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北欧諸国から送電線ネットワークを組んでいる。1984年に導入された固定価格買取制度によって、デンマークの風力発電は分散型の発展を遂げてきた。風力発電には3つの課題があるという。@天候の変動による発電量の変動にどう対処するか、A風力発電設置適地の減少と大型化、B政府補助や固定価格買取制度による消費者の負担増である。第1の課題に対しては、広域的な電力システムの構築と能力増強である。リアルタイム市場という電力取り引きにより水力発電を中心とした北欧諸国とネットワークを組む。海底送電建設も着工している。電力小売会社は風力発電の他にコジェネとも契約をしている。第2の課題に対しては、洋上大型風力発電に取り組んでいる。1990年代に20万Kwの3基の洋上発電所が建設された。設置された洋上発電所は十数ヶ所になる。洋上風力発電所はイギリス、ドイツ、スウェーデンなどでも建設が進んでいる。最近では洋上風力発電の投資額が500億円を超えるようになって、協同組合的市民投資家にとってハードルが高くなりつつある。デンマークは21世紀にはいって、洋上風力発電を軸に2020年には風力で50%、2030年には2/3に引き上げようとする。これにバイオマスも入れると再生可能エネルギー比率を2020年に70%、2030年に90%に高める計画であると云う。2911年2月に政権が発表した「エネルギー政策2050」によると、先ず省エネルギーをすすめ現在より総消費エネルギーを30%以上節約し、石油・天然ガス・石炭発電をゼロとし、再生可能エネルギーを100%にする計画である。産業界もグリーンエコノミー実現へ向けて舵を切った。電力会社ドンエナジーは企業戦略を化石燃料:風力発電比を、2010年の85:15から、2040年には15:85に逆転させることにしたという。

スウェーデンは環境共生都市「シンビオシティ」を目指している。都市ゴミの地下搬送システム(加圧空気による)が整備され、有機ゴミはバイオマスへ、燃えるゴミはコジェネへ、紙はリサイクルへと分別される。また地下帯水層を利用した地域冷暖房システム(地下水は夏冷たく、冬暖かいこと)、各世帯には「スマートメーター」がつけられ発電所にデーターが送られる。乗用車のレンタルシステムにも取り組んでいる。フィンランドではコンピュータセンターを地下に設置することで冷暖房のヒートポンプを動かし、地域500世帯の暖房に役立っているという。デンマークでも海水の温度差を利用した地域冷暖房を行なっている。又ゴミ焼却場の廃熱利用による12万世帯分の地域暖房と5万世帯分のコジェネをこなっている。ドイツでは家庭をエネルギー生産拠点として、パッシブソーラーハウスとソーラーパネルの組み合わせによる「プロシューマー」への転換を図っている。

4) 欧州の未来

欧州が債務とユーロ危機に揺れている。ドイツ・フランスを中心とした欧州連合EUの対応が注目されている。2012年のEU加盟27ヶ国の人口は5億人、地域内GDPは日本の3倍(約1200兆円)であり、アメリカのそれを上回っている。田中素香著 「ユーロ ー危機の中の統一通貨」(岩波新書 2010年11月) がEUの総合的な発展と問題点について述べているので参考になる。欧州のエネルギーの現状についていくつかの懸念が存在する。第1はエネルギー安全保障での欧州の脆弱性が改善していないことである。EUの輸入率(2008年)は石油で84%、天然ガスで62%である。主な輸入先(10%以上)は石油がOPEC、ロシア、ノルウェーであり、天然ガスはロシア、ノルウェー、アルジェリアなどである。第2の懸念は世界情勢にたいする欧州の対応が不十分で、とりわけ省エネルギー(総消費量を減らす)に対する取り組みが弱い。EUは2007年の首脳会議で2020年度まで達成すべき「3つの20%目標」を掲げた。@温室効果ガスの排出量を1990年度比で20%削減する。 A再生可能エネルギーの比率を20%に引き上げる。 Bエネルギー効率を20%改善する。 @とAの目標は達成できる見通しがついたが、エネルギー消費は目標の半分10%ほどの削減である。欧州委員会は2011年「省エネ指令」を出した。EU域内の2009年総エネルギー消費の内訳は石油37%、天然ガス24%、原子力14%、再生可能エネルギー9%であった。2020年までに必要なエネルギーインフラ整備投資額は約100兆円といわれる。どうして投資を集中させるかが今後の課題である。


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