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大栗博司 著 「重力とは何か」

  幻冬舎新書 (2012年5月) 

ニュートン力学、アインシュタイン相対性理論、量子力学を超えて超弦理論が物質の謎に迫る

ここにひとつの小冊がある。P.A.M.ディラック著/江沢洋訳 「一般相対性理論」(ちくま学芸文庫 2005年)という160ページにも満たない文庫本である。著者のP.A.M.ディラックはいうまでもなく量子力学の泰斗である。光や電子論の大家が並々ならぬ関心を一般相対性理論に寄せ、フロリダ大学物理学教室の講義録として1975年に発刊した本である。そのまえがきに「アインシュタインの一般相対性理論は、物理世界を記述するのに曲がった空間を必要とする。その方程式は複雑である。」という。理学部の学生時代に物理学を諦め化学に逃げた自分としては、数式を見ただけで頭が痛くなり、空をつかむような抽象的論議についてゆけないので、従ってディラック先生の本書を開いても、とてもフローできない。そのまま本棚に眠っている。目次に書かれている項目は1、特殊相対性理論、曲線座標・リーマン幾何学とテンソル、測地線、アインシュタインの重力法則、シュヴァルツシルトの解、ブラックホール、電磁場、重力場、物質の存在によるアインシュタイン方程式の変更、重力波、宇宙項などなど魅力的な題目が白押しに並んでいる。アインシュタイン方程式とは次の三段階で表わされる。
1) 物質の無いところ: R(νv)=0 (Rは曲率テンソル)
2) 物質のあるところ: R(νv)-1/2g(νv)R=-8πY(νv) (Yはエネルギーと運動量テンソル)
3) 宇宙項:  R(νv)-1/2g(νv)R=-λg(νv)
私は数式を厳密に追っていないのだから、冥土の土産にアインシュタイン方程式とはどんな形をしているのかを見たまでである。本書 大栗博司著「重力とは何か」という本では一切数式を使わないで相対性理論と量子力学そして超弦理論を分からせようとしている。数式でついてゆけないよりは、こちらの方がよほど親切かもしれない。しかし思考実験と称する「たとえ話」で近似的連想からわかったと思うことは正しいのだろうかという不安は消えない。

そして本書において重力がメインテーマであるのは、ブラックホールとビックバンを扱う場合にマクロな世界を統べる一般相対性理論と超弦理論を論じる場合であり、ミクロな世界の理論である量子力学では結論として弱い重力は無視してもよいことになっている。もし重力が無かったら(タラレバは歴史には禁物だが、科学には意味がある)銀河宇宙も星も地球も生命も生まれなかった。この物質を繋ぎとめる不思議な力を、著者は「七不思議」にちなんで整理されている。
@ 重力とは「力」である。運動を変えるものはすべて力である。宇宙の星の運動もこの重力によって引き起こされる。ガリレオ、ケプラー、ニュートン以来の古典力学の偉大な発見であった。
A 重力は弱い。重力は電気のプラスマイナスや磁場のNS極の引力や反発力に比べると弱い力である。重力には反発力は働かないし、引力は距離の2乗に反比例し、はなれると弱くなる。2つの鉛の球に働く重力(引力)を確認したのがキャベンディッシュの「ねじり天秤」という実験であった。
B 重力は離れていても働く。電磁気力と同じく「遠隔力」である。今日では電磁気力も重力も力を伝える粒子(重力線)が存在するとみなします。
C 重力はすべてのものに等しく働く。万有引力の法則という。重さ(m・g)は質量(慣性 動かしにくさ)に比例するが、重力が運動に与える影響は質量には関係しない。空気抵抗がなければ「ピサの斜塔」の実験で軽い羽も重い鉛も同時に落ちる。
D 重力は幻想である。重力は電磁気のように遮ることはできない。自由落下では見方によっては無重力状態を感じることが出来る。加速することで重力は増え、落下で無くなることを感じるという点では「幻想」であるといえる。
E 重力は丁度いいかげんである。宇宙は137億年までに出来て、宇宙全体の構造が生まれるのに100億年ほどかかった。地球は46億年かけて知的生命体を生んだ。人間原理で物事を考えると、重力がどのために丁度いい強さだったのだという。
F 重力の理論は完成していない。ニュートンの力学理論、アインシュタインの相対性理論は限界を含んでいることがわかった。今こそ重力の研究は第3の黄金期を迎えつつある。重力の理論はこの世界全体の成り立ちを理解する究極の理論の鍵を握っている。 

ニュートン力学と光の相克がアインシュタインの「相対性理論」をもたらした。特殊相対論は時間と空間が伸び縮みすることを明らかにした。一般相対論は物質の質量も空間を歪め時間を伸び縮みさせるという重力の仕組みを明らかにした。相対論はマクロの世界を扱うのに対して、量子力学はミクロの世界を扱う物理学である。マックスウエルは光が電磁波であることを定式化したが、アインシュタインは1905年に「光量子仮説」を提出して、光は粒子の性質を持つといって以来、1920年代に量子力学が多くの俊英(天才)によって築かれた。物質の根元の姿をもとめる素粒子論は次々と新規の素粒子を予言・発見という過程を経て、あまりに多くの素粒子が出てきて整理が必要となった。日本の素粒子論は1949年湯川秀樹の中間子、1965年朝永振一郎の量子電磁気学以来、2008年には南部陽一郎、益川敏英、小林誠がノーベル賞を受賞して、物質の究極の素粒子模型が解明されるかのように見えたが、理論的には前途多難である事を曝露しただけであった。量子力学と宇宙の生成の数多くの謎の相克から、量子力学と重力理論を乗越えた究極の統一理論が求められる。原子核物理はからずしも重力理論を必要としないが、理論物理学はその数学的統一性から重力との折り合いに悩んでいる。R.P.ファイマン著/江沢洋訳 「物理法則はいかにして発見されたか」 (岩波現代文庫 2001年3月)その中で、「電磁気の場と重力の場のメカニズムの解明は難しい。極微の世界(核内)で重力はどうなるかは、重力の量子化は今後の課題である」とファイマン教授は言っているが、それにしても重力の法則の数式は単純で美しいとファイマン教授はいう。  南部陽一郎著 「クオーク」、小林誠著 「消えた反物質」 (講談社ブルーバックス 1998年 1997年)は現在の素粒子論をまとめている。現在数百種類にも増えてしまった素粒子を分類すると、
レプトン(弱い相互作用):電子、μ粒子、τ粒子、電子ニュートリノ(νe)、μニュートリノ(νμ)、τニュートリノ(ντ)
ハドロン(強い相互作用):ハドロンはバリオン(重粒子)とメソン(中間子)に分ける。
     バリオン(重粒子):陽子p、中性子n、ラムダ粒子Λ、・・・・・・・・
     メソン(中間子):π中間子、K中間子、η中間子、・・・・・・・・・
陽子や中性子の仲間が数百種あっては基本的な要素とは言いがたい。そこでもっと基本的な構成要素として、「クオーク」粒子が陽子や中性子などを構成することが明らかにされた。バリオン(重粒子)族のハドロンは三つのクオークから作られ、メソン(中間子)族は二つのクオーツから構成される。原子核の標準模型を表にすると、

標準理論における基本粒子 右は質量 eV/c2
電荷第1世代第2世代第3世代
クオーク2/3eu(uクオーク) 〜350Mc(cクオーク) 〜1.5 Gt(tクオーク) 〜175G
クオーク-1/3ed(dクオーク) 〜350Ms(sクオーク) 〜500Mb(bクオーク) 〜4.5G
レプトン0νe(電子ニュートリノ) <10νμ(μニュートリノ) <0.17Mντ(τニュートリノ) <24M
レプトン-ee(電子) 0.51Mμ(μ粒子) <106Mτ(τ粒子) <1.78G

1) 相対性理論ーアインシュタインの重力世界

ニュートンの重力理論で1メートルから10億メートル(月と地球の距離)のオーダーの現象は説明がつく。しかし次のオーダーである10億メートル×10億メートルの銀河系の大きさでは破綻をきたす。さらに10億×10億×10億メートルの光で見える宇宙の限界ではどのような理論が必要なのだろうか。逆に10億分の1メートルの大きさは分子の大きさであり化学の世界である。重力は不要である。さらに10億×10億分の1メートルの素粒子の大きさである量子力学の世界でも光が重要な役割を果すがニュートン力学は太刀打ちできない。素粒子物理学は上の表にある「標準模型」を作った。まず同じ地球上の大きさのレベルにおいても、ニュートン力学とマックスウエルの電磁気学は相性が悪い。2つの理論は無関係に育ってきた。ところが光の速さに関して大きな矛盾にぶつかって、アインシュタインは「特殊相対性理論」でこの矛盾を解消した。ニュートン力学の「速度の合成則」とは、40Kmで走る電車から進行方向に20Kmで投げられた球の速さは40+20=60Km/hrである。しかし光の速さはどこから観測しても一定である。P.A.M.ディラック著/江沢洋訳 「一般相対性理論」の本では冒頭に、「特殊相対性理論とはC^2=(dx/dt)^2+(dy/dt)^2+(dz/dt)^2というベクトルは一定である」とあっけなく書いている。すると変化するのは空間座標である。つまり時間と空間が歪む(1次元では縮む)のである。1907年「マイケルソン・モーリーの実験」で地球公転方向と直角方向で光の速さは波長以下の精度では変わらないことが証明された。アインシュタインは1905年6月に発表した「特殊相対性理論」で、光速はどんな観測であろうとも一定であり、光速に近づけば、時間が遅れたたり空間が縮んだりすると述べた。また回転する円周上では距離が収縮するいわゆる「ローレンツ収縮」がおこるのである。そしてもっと驚くべきアインシュタインの発見は同じ1905年9月の「E=mc^2」の発見である。ニュートン力学ではエネルギーの総和は保存されるが、アインシュタインはエネルギーと質量は光速の2乗を介して交換されるという、原爆の膨大なエネルギーを生む技術の根拠を発見した。このことは1932年コックロフトとウォルトンのリチウム原子核に陽子を衝突させる実験で、2つのヘリウム原子核に変化する際0.2%の質量減少を発見したことで実証された。そしてそれはアインシュタインの式から計算したエネルギーに一致した。

この特殊相対性理論は基本的には物体の等速直線運動を説明するものであった。3次元で歪んだ空間は数学的にはリーマン幾何学で扱う。それに時間を入れた4次元を「時空」という。重力によって物体の運動を変える。運動を曲げる力が重力の仕組みであるといえる。3次元のアインシュタインの一般相対性理論では重力によって空間が歪むだけでなく、時間も伸び縮みする。重力が極端に強くなって、時間が止まってしまうのがブラックホールである。加速度で生じる見かけの力が重力と同じものであると云うアインシュタインの考え方を「等価原理」という。地球の重力には縦方向に物体を引き伸ばし、水平方向には押しつぶす力が働く。月の地球に及ぼす重力の影響が汐の満ち干きを起こすので、これを「潮汐力」という。回転する物体の遠心力も「人工重力」であり、そのため宇宙ステーションが回転すると時間も遅れる。一般化して言えば重力とは時間や空間の性質の変化のことであると考えられる。アインシュタインの一般相対性理論の功績として、@に水星の軌道がニュートン理論の修正を要する事を、太陽の強い重力の補正により解決したこと、Aに1919年にエディトンが行なった皆既日食観測で実証された、太陽の近くを通る惑星の光の曲がりを「重力レンズ効果」を予言したこと、Bに時間と空間の曲がりが波となり光速で空間を伝わるとした重力波の予言、これはまだ確実な証拠が実証されたわけではないが、Cに人工衛星と地球上の時間の遅れが1日に39マイクロ秒あり、地球上の距離は時間の誤差×光速となり距離の誤差は12KmとなってGPSナビゲーションシステムの補正を要することに応用されたことなどである。

2) ブラックホールと宇宙の始まりーアインシュタイン理論の限界

18世紀にニュートン力学の範囲内でミッチェルとラプラ-スという人は、質量がものすごく大きい星があれば光の速さでも脱出できないだろう、つまりその星は暗黒であると「ブラックホール」を予言した。ちなみに太陽の重力圏からの脱出速度は秒速620Kmである。ドイツのシュワルツシルトはアインシュタインの方程式を解いて脱出速度が光速となる天体の半径「シュワルトシルト半径」を計算したところ、地球の質量では9ミリメートルとなりミッチェル・ラプラースの結果と一致した。光も脱出できないのでその天体はブラックホールといわれ、その多くは寿命を迎えた星が大爆発を起こしてできる。その質量は太陽の数十倍程度であった。ところがクエーサーといわれる超巨大ブラックホールは「準星」と呼び、多くの銀河の中心に超巨大ブラックホールがあり、質量は太陽の400万倍であるという。ブラックホールの潮汐力は無限大となりアインシュタイン理論は破綻してしまう。これを時空の「特異点」という。ハッブル宇宙望遠鏡に名を残す米国の天文学者は1923年ごろアンドロメダ銀河が天の川銀河の外にある事を発見し、さらに遠くの銀河ほど速い速度で遠ざかる事を明らかにした。その遠ざかる速度は距離に比例するという「ハッブルの法則」を明らかにした。つまり宇宙は膨張しており、あるところから遠ざかる速度が光速を超えることが予測された。100億年に2点間の距離は2倍になっている。これを「宇宙の地平線」という。アインシュタインは宇宙は永遠普遍だと信じていたが、1931年ハッブルを訪問し宇宙の膨張を認めて、方程式に「宇宙項」を付け加えた。最近まで誰もこの宇宙項を信じなかったが、2011年ノーベル賞を受賞したリースらの60億光年前の超新星の観測によって、宇宙が加速膨張している事を確認した。それによれば宇宙の始まりは潮汐力が無限大となった「特異点」に始まり、ガモフらは137億年前宇宙は超高温の火の玉であったと考えた。ガモフらは137億年前の痕跡は光によっては見えないが、もっと長い波長のマイクロ波が宇宙を漂っていると考えた。数理物理学者のベンローズは位相数学(トポロジー)を利用して、直接解かなくても解の一般的な性質が分かるので、有限の時間で解に特異点が生じる事を証明した。ホーキングはベンロースと協力して、初期宇宙において物質料とハッブルの法則を前提に、アインシュタイン方程式に特異点があることを明らかにし、アインシュタイン理論の破綻を宣言した。ここからアインシュタインを超える重力理論の探索が始まった。それは1960年代のことであった。

アインシュタイン理論の破綻を指摘したホーキングが次に取り組んだのが「ブラックホールの情報問題」である。アインシュタインの相対性理論では時間と空間を同等に扱い、エネルギーとは時間方向への運動量だと考える。運動量p=mv、エネルギーE=mv^2であるから、E=∫p dtということである。量子力学では真空中での粒子は対生成と対消滅を起こしていると考える。そこではE=mc^2によって質量とエネルギーが転換されている。対生成した粒子か反粒子がブラックホールに落ち込めば、対消滅を起こさなくてもエネルギーは保存される。ブラックホールの粒子が近づけば粒子は加速され光速に近づくと同時に時間が全く進まない状態となる。エネルギーは時間方向の運動量とすれば、時間が止まってしまうと運動量の方向はどちらを向いても構わないのでマイナスのエネルギーを持つことも可能だということになる。ホーキングはブラックホールの近辺ではブラックホールに落ち込んだ相棒のプラスのエネルギーを持つ反粒子が存在することが保存則にかかわらず許されると考えた。するとそれは真空の崩壊となる。マイナスのエネルギーをもつ粒子が入り込んだブラックホールはやせ衰え、正のエネルギーを持つ粒子が「放射」されると考えるのである。これを「ホーキング放射」という。これが「宇宙マイクロ波背景放射」という「ゆらぎ」である。このゆらぎの起源は宇宙誕生の瞬間にもあった。1981年日本の佐藤とアメリカのグースは、宇宙の「インフレーション」という急膨張を唱えた。光速を上回る速さでは粒子の対称性は破られ、この正のエネルギーを持つ粒子が大量に宇宙にばら撒かれた結果、ビックバンの火の玉にに微妙なゆらぎ(皺、濃淡)を作り出し、それがいまなお「宇宙マイクロ波背景放射」として観測される。このゆらぎを観測したCOBE探査機実験でマザーとスム-トは2006年ノーベル賞を受賞した。ホーキングはブラックホールに落ち込んだ粒子の状態数は因果律としてとられられるかという「ブラックホールの情報問題」である難問題を提出した。ホーキングはブラックホールの質量を10^31Kgとして、状態数は10の「10^78 」乗という膨大な数になるとした。

さてここから著者の大栗博司氏がカルフォニア工科大学時代の活躍時代となる。一般相対性理論と量子力学の融合には別に「ループ量子重力理論」と呼ばれるものがある。1993年に「トポロジカルな弦理論」を発表した著者は、2003年よりトポロジカルな弦理論を使ってあらゆるサイズのブラックホールの状態数を計算した。状態の数の対数は「エントロピー」といい、ブラックホールのエントロピーがその体積ではなく面積に比例する事を見出したことに始まる。3次元の映像を2次元の干渉縞から再現する技術である「ホログラム」に連想をとり、「重力のホログラフィー原理」となずけた。このホログラフィー原理によると、重力だけでなく空間そのものも「幻想」ではないかといえる。(プラトンのいうイデアの影) 光が波か粒子かという問いと同じく、現実と幻想のどちらが本質かという問いも意味を成さなくなった。ホーキングはアインシュタインの重力理論と量子力学をそのまま使って「ブラックホールの情報問題」を出したが、最終的にはこうして重力は消えてしまった。重力の係らない理論では決して情報が失われることは無い。ホーキングはプレスキルとの論争で「純粋な量子状態が、重力崩壊を起こしてブラックホールになった場合、ブラックホールが蒸発した後も純粋な量子状態にある」ことを2004年に認めた。つまり量子力学原理が勝利し、相対論原理が修正を求められたのである。

3) 量子力学の世界と超弦理論の展開

量子力学については多くの書物があり、相対性理論よりはよく知られた理論だと理解される。従って量子力学の成果については、R.P.ファイマン著/江沢洋訳 「物理法則はいかにして発見されたか」や南部陽一郎著 「クオーク」、小林誠著 「消えた反物質」を参照することとしてあまり繰り返さないで、重力理論と関係するところだけを記すことにする。アインシュタインは相対性論の創始者としてあまりに有名だが、実は初期の量子力学の貢献者であることは、1905年「光量子仮説」論文を提出し、光の粒子説を唱えた。後にこの功績により(相対性理論ではなく)アインシュタインはノーベル賞を受賞した。光の粒子のエネルギーは波長(E=hν hはプランクの定数)によって決まる「光子」という。こうして1920年代にコペンハーゲンのボーア研究所に集まった俊英たち(ハイゼンベルグ、パウリ、ディラックなど)のグループが量子力学を建設した。光の波動論のメッカであるマックスウエルの電磁気学はシュレージンガーの波動程式で量子化された。量子力学には「光は粒子か波か」とか「観測問題」とか「ハイゼンベルグの不確定性原理」といったややこしい問題の理解を迫られる。量子力学と特殊相対性理論の融合は1930年代に始まった「場の量子論」に代表される。電子の間の力を伝える光の電磁場の量子論が問題となった。そこでは逆電荷をもつ「反粒子」(他の性質は同じ)の存在の予言であった。反粒子は反対の電荷を持つ粒子と衝突すると両方とも消えてしまう「対消滅」を起こし、このときエネルギーは光となって飛んでゆく。相対論的でない量子力学は未来に向かう時間だけを考えるので反粒子は必然ではない。しかしファイマン流の量子力学はあらゆる行動を考えるので超光速粒子も入ってくる。これは過去に向かう粒子となる。ファイマンダイアグラムによると対消滅と対生成では、電子と反粒子である陽電子は時間軸の方向が逆転する。ブラックホールでも問題となった真空から粒子が無限に出るという難問題が「場の量子論」にはある。まだ場の量子論は完成していないといえる。

電子顕微鏡は電子を加速して波長を短くする点においては、粒子加速器と同じである。周27Kmの世界最大の粒子加速器LHCは陽子を加速し1000億分の1メートルの分解能を持っている。衝突によって陽子のもつエネルギーは(E=mc^2)で質量に転換され「重いもの」が生成される可能性がある。衝突エネルギーを高めればブラックホールに邪魔されて観測できない領域が生じるのだ。プランクは加速器の分解能とブラックホールの大きさが同程度になるシュワルトシルト半径は1億×(10億)^3分の1メートルだと計算した。これを「プランクの長さ」という。これより小さな世界は観測できない。1/Xという関数は0で割ると無限大となるいわゆる「特異点」では方程式は成り立たない。量子力学と一般相対性理論は極めて相性が悪い。「場の量子論」が完成しない理由のひとつである。そこで両者の融合ができると期待される理論のひとつが「超弦理論」である。表「標準理論における基本粒子」とは異なるが、標準模型では物質のもとになるフェルミオン(クォーク、電子、ニュートリノ、ヒッグス粒子など)とその間の力を伝えるボソンに大別する。1970年代に南部陽一郎が発表した弦理論は力をつたえるボソンに関する理論であった。そこでフェルミオンも含めて素粒子全体を弦理論で取り扱うために生まれたのが「超対称性」(パリティ対称性を超えるという意味)であった。あらゆる素粒子の根源を「弦」(ストリング)だとする理論は「超対称性」の存在を前提にしている。10次元(6つの余剰次元)と謎の粒子を含む厄介な理論であった。1974年日本の米谷は奇妙な粒子とは「重粒子」(重力波の量子)であるとした。アメリカのカルフォニア工科大学のシュワルツは超弦理論が重力を含んでいるので、一般相対性理論と量子力学を融合する究極の統一理論が出来ると提唱した。素粒子論を巡って場の量子論と超弦理論が争ったが、1984年シュワルツとグリーンはフェルミオンを超弦理論に組みこむことに成功し、「第1次超弦理論革命」と呼ばれた。カルツアー・クライン理論では6つの余剰次元をひとつに丸め込み4次元空間と見て、電磁気力と重力の両方を含ませた。6次元空間の幾何学の「カラビ・ヤウ多様体」の距離を、トポロジー(位相幾何学)を利用して解は分からなくてもある量の計算は出来ることが示された。

ブラックホールの情報問題では量子力学が保全され相対論が変更されたが、このホログラフィー原理のお陰で重力を含まない理論に翻訳して解決できた。反対に量子力学の難問題を重力理論に翻訳してアインシュタインの幾何学で解くことが出来る例がある。それは「クォーク・グルーオン・プラズマ」問題である。2005年ブルックヘブン研究所は、金の原子核同士をほぼ光速で衝突させると、陽子や中性子を構成するクォークが解放されプラズマ状態になることを発表した。「グルーオン」とはクォークをくっつける強い力の素粒子である。そしてこのプラズマ状態は粘性の無い「完全流体」であった。ダムソンは超弦理論のホログラフィー原理を使って、相互作用の強い液体の粘性が非常に小さくなる事を明らかにした。ダムらは重力を含まない3次元力学の問題を4次元に翻訳して重力を働かせて計算したのである。また超弦理論は「超高温伝道物質」の解明に一役買っている。素粒子の基本法則(究極の統一理論)がもしあるとしても、それは必然性があるのか、偶然のひとつに過ぎないのかという問題が残る。超弦理論では6次元空間の幾何学によって3次元空間の素粒子模型がきまるのであるが、6次元のあり方はなんと10の500乗通りあるのだ。この標準模型は必然か偶然か、もし偶然なら宇宙はひとつだけでなく無数にあることになる。ビッグバンの前に宇宙がインフレーションを起こしたとき、親宇宙から枝分かれして無数の宇宙が生まれる可能性を主張する「マルチパーパス(多重宇宙)」という理論がある。そこで「ちょうどいい加減」の強さで、宇宙に絶妙な関係で宇宙が生まれ知的生命体が生まれたとする「人間原理」が主張される。「進化論」とおなじく否定するわけにもゆかず、実験するわけにもゆかない。そこで著者の大栗博司氏は「最初から人間原理で考えると、実は理論から演繹できる現象を見逃してしまい、偶然でかたず片付けてしまう」といって、理論物理学の見解をのべて本書の終わりにしている。


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