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トクヴィル著/松村礼二訳 「アメリカのデモクラシー」

  岩波文庫 第一巻(上/下)、第2巻(上/下) 4分冊 (2005年11月)

平等の原理がもたらす市民の弱体化が頭痛の種

アレクシ・ド・トクヴィル(1805-1859年)はフランス革命時の啓蒙貴族の出身である。トクヴィルは1830年の7月革命、1848年の2月革命を経験して、フランスの政治思想や政界の重要人物として活躍した。トクヴィルが僚友ボモンとともにアメリカに調査旅行に向かったのは1831年4月の事であった。時にトクヴィルは25歳の頃、ナポレオン戦争と米英戦争が終結し、ヨーロッパとアメリカに政治的安定がもたらされ、大西洋の交易と人の往来が増えつつある時代を反映して米仏定期航路便が就航していた。トクヴィルとボモンがアメリカ旅行を思い立った背景には1930年の7月革命が決定的な意味を持つ。二人は古い貴族の家系に生まれ、王政復古のもとで司法官とし歩みだした。トクヴィルらはフランソワ・ギゾーの「ヨーロッパ文明史」の講義に感銘を受け、欧州の歴史に神の意としての平等の漸次的進展は不可避であるとという歴史観を持った。王政復興期に台頭した中産階級や没落開明貴族の心を支配した平等の概念は、王政復興の政治反動に対して革命の成果を守る自由主義者の政治運動と不可分の関係にあった。ティエーリの「第3身分史」、ミニェの「フランス革命史」、ギゾーの「ヨーロッパ文明史」が時代を導いた。トクヴィルらは1830年の時点で「敗北した貴族階級」の自覚を持っていた。同時代的にアメリカでは第7代大統領ジャクソン大統領の登場とともに、「コモンマン」の新しいデモクラシーの展開を迎えていた。トクヴィルとボモンのアメリカ調査旅行の名目は「合衆国における行刑制度の研究」であった。1831年5月から9ヶ月のアメリカ滞在の間に、旅程は広域に及び、多方面の人々と交友して精力的な調査を行なった。彼らの足跡は監獄調査をはるかに超えアメリカ社会全体の研究、共和国の本格的な調査となった。二人の行刑制度調査の成果は報告書(共著)「合衆国における行刑制度とそのフランスにおける適用」となった。

1832年に帰国したトクビルは、帰国後持ち帰った資料の読破やさらに文献調査を行い、1833年にはイギリスを訪問している。アメリカとフランスにイギリスを加えた重層的な政治制度比較研究は以降トクヴィルの基本的な視座を構成した。帰国後4年たって1835年に「アメリカのデモクラシー」第1巻が刊行された。この書物の成功は「モンテスキュー以来の作品」ともてはやされ、二人の政界への道を開いた。二人は下院議員に当選後イギリスへ2回目の旅行を企てた。産業革命時のイギリスの「救貧問題」に深い関心を示し、J・Sミルらと知り合ったという。「アメリカのデモクラシー」第2巻は1840年に刊行された。第1巻と第2巻の執筆環境は大きく違い、第1卷はアメリカの政治社会、第2巻は市民社会と習俗という対象の違いに加えて、第2巻ではアメリカ、フランス、イギリスを比較して貴族社会と民主社会の理念型が抜き出され、思想・文化・習慣といういわば上部機構における境遇の平等がもたらす影響を対照している。「アメリカのデモクラシー」第1巻と第2巻を書き上げたトクヴィルは35歳となって、1840年代は議員生活を通じて奴隷貿易の廃止、教育の自由、アルジェリア植民問題などの重要問題に係った。1848年の2月革命に遭遇して、第2共和国憲法の制定委員、外務大臣となりトクヴィルの誠司活動は頂点を迎えた。1851年ルイ・ボナパルトのブリュメールによって政治生命は断たれた。新しい時代には新しい政治学が必要だという意気込みで本書は書かれた。結局アメリカを書きながらフランスを考えるという基本スタンスは変わらないものの、本書はアメリカでも大好評で、「アメリカでアメリカ以上のものを見た」ということは、アメリカ人に独特な民主主義を皿における世界の民主主義への展開を予言するのかもしれない。当然のことながらトクヴィルの見たアメリカは奴隷制が存在する南北戦争以前のアメリカである。その後連邦制度、大統領制、議員・選挙制度などは大きく変わった。しかしアメリカはいまなお独特の民主制を持っている。日本の戦後の憲法や民主政治の基本はアメリカから学んでいる。イギリスの議院内閣制を学ぼうとする民主党(小沢氏や菅氏ら)の政治制度改革を考える上で、アメリカ式民主制度の本書は参考になるに違いない。

トクヴィルの「アメリカのデモクラシー」の格好の解説書が岩波新書にある。富永茂樹著「トクヴィルー現代へのまなざし」岩波新書(2010年9月)はトクヴィルの2つの著書「アメリカのデモクラシー」、「アンシャン・レジームとフランス革命」を解説する案内書である。実は私はこの富永茂樹氏の著書を読んでトクヴィルの事を知り、本書「アメリカのデモクラシー」を読む気になった。その前に佐々木毅著 「政治の精神」(岩波新書 2009年6月)を読んでいたので、東大の政治学者佐々木氏のトクヴィル評をまとめておこう。佐々木氏は「トルヴィルはアメリカのデモクラシーにおいて、境遇の平等化がもたらした弊害と大衆社会を指摘した。自由は特定の社会状態を定義できるものではないが、平等は間違いなく民主的な社会と不可分の関係にある。自由がもたらす社会的混乱は明確に意識されるが、平等がもたらす災いは意外と気がつかないものだ。平等化は自らの判断のみを唯一の基準と考えるが、自らの興味とは財産と富と安逸な生活に尽きる。そこで個人主義という利己主義に埋没する。民主化は人間関係を普遍化・抽象化すると同時に希薄化させる。そして人は民主と平等の行き着く先で孤独に苛まれるのである。平等が徹底されるにつれて一人の個人は小さくなり、社会は大きくみえる。政治的に言えば、個人は弱体化し中央権力が肥大化するということになる。中央権力も平等を望み奨励するが、それは平等が画一的な支配を容易にするからである。ここに新しい専制の可能性が生まれる。小さな個人にたいして巨大な後見人(政府)が聳え、個人の意識をより小さな空間に閉じ込め、しだいに個人の行動の意欲さえ奪い取ってしまう。アメリカの民主制は個人主義を克服する手立てとして、公共事業への参加によって個人の世界から出てくる機会を与えた」という。民主主義は平等を徹底させて、矮小化した民衆を画一的な個人主義に埋没させ、その管理しやすい民衆を支配する政府という中央集権制官僚主義の専制を招くというものである。

これに対して知識社会学者の富永茂樹氏は、「トクヴィルの憂鬱」と題してもっと文学的に捉える。「トクヴィルの憂鬱とは、平等が進行する社会のただなかに生きる人間の憂鬱であった。『アメリカにおけるデモクラシー』のなかで「奇妙な」という形容詞を付されるこの憂鬱は、後に『自殺論』のデュルケームが『アノミー』と呼ぶ社会状態を先取りするものであった。アメリカから帰国後の七月王政から二月革命にかけてフランスもまた、人間が焦燥感に駆られ、しかし他方で進展のないまま停滞のつづく状態にあった。この停滞を前にして、トクヴィルの憂鬱はますます深まるばかりである…… こうした憂鬱に注目することで、18世紀から19世紀にかけての思想史における連続と切断、平等が支配する近代社会の特質、この社会に向けられる社会学的思考の生成など、知識社会学における多方面での主題の考察が可能になるはずである。」 といい、人間性の回復を唱えて「個人主義とどう闘うかはその利益の正しい理解に基づかなければならない。全体と個の間を埋める(膠着する)役目を持つ諸集団の正しい理解を回復させよう。これは今の日本政治の圧力団体ではなくタウン・コミュニティの回復のことである。トクヴィルは個人主義や専制に対する自由の制度の効能を説きながら、人が他者とともに共同の仕事に取り組む中で、孤立していない自分を発見し他者に協力する必要を自覚することだという。そしてなによりもデモクラシーのもとで人間の形式の喪失を回復することが必要であり、社会の中で生きる人間の生存条件とは、団体を作ってそこで豊かな影響力のある強力な存在、すなわち貴族的な人格を構成することだ。」とトクヴィルの現代的意味を説かれている。

トクヴィルが生きた19世紀前半のアメリカの民主主義の見方は本書で明らかにされるが、20世紀以降のアメリカの民主主義の評価については世界の覇者としての巨大な軍事力支配構造と世界市場経済と金融危機、そして20世紀後半の東西冷戦および自由主義の当然の帰結としての著しい格差社会の出現については賛否両論の評価がある。アメリカのデモクラシーの批判的な見方には、渡辺靖著「アメリカン・デモクラシーの逆説」岩波新書(2010年10月)がある。「権威主義や形式主義とは無縁の自由な精神に導かれたアメリカを敬愛してやまない」という社会人類学者で慶應義塾大学の渡辺靖氏は、「トクヴィルはアメリカ人の重大な特徴は、欠点を自ら矯正する能力を持っていることだと述べる一方、トクヴィルは社会的紐帯や共同体の分断を懸念し多数派の専制を予感している。現在アメリカ社会は@政治不信、Aセキュリティ、B多様性のあり方、Cアメリカの理想をめぐって、アメリカの民主主義は空転している。アメリカの影響力がグローバル化する一方、アメリカもまたグローバル化の影響を受けているのである。思想家アントニオ・ネグリは、帝国とはグローバル資本主義による新たな支配のあり方であり、領土や境界を持たない国家を包摂する新たなグローバルな権力またはネットワークだと定義する。つまりグローバル資本主義にとってアメリカも一地方に過ぎないのである。アメリカが海外から借金をして消費を続け、世界経済を成長させる役割、世界の最終消費市場としての役割が維持困難となったときこそ、世界経済の破綻である。そのときには中国も日本もあったものではない。アメリカの思想でことに面白いのは、反米という思想はかならずアメリカ内で生まれることである。他国のひとがアメリカを批難する時、きっとアメリカ人が書いたものを参照せざるを得ないのである。さほどアメリカ人は思想的に多岐にわたり、かつ先進的である。反米主義もアメリカ内のひとつの原理主義かもしれない。反米で思考停止しているとアメリカ人に笑われるほど、アメリカ人は既にその先を議論しているのである。」といい、アメリカの自己矯正能力を信じてやまないと結んでいる。

岩波文庫では第1巻と第2巻は各々上・下に分かれるので、計4分冊からなる結構厚い分量の本である。ある程度の意気込みがなければすぐ挫折するだろう。本書第1巻(上)にある「序文」から、トクヴィルの意図を拾って行こう。著者がアメリカ研究を進めて分かった根源的事実は、「境遇の平等」にあり個々の事実はすべてそこから生じているようだという。政治や法律、政府、市民生活や社会の習俗にいたるすべての事を動かしているように見える。このことが本書のドグマであり中心的テーマである。それはヨーロッパでも同時進行しているのだが、アメリカにおいて先進的にそして飛びぬけて純粋に進行している。トクヴィルはギゾーの「ヨーロッパ文明史」を援用して民主主義の平等概念の発達の歴史を説明する。中世における権力の起源は土地所有者にあった。そこに聖職者の政治的権力が確立し、神の前の平等思想は世界中のあらゆる層に浸透した。過去700年(10世紀以来)、土地所有者である貴族は王権と闘うため、又諸侯と戦うため人民の力を利用し、時として人民に力を与えた。国王は貴族の地位を削ぐため下層階級を政治に参加させるようになった。フランスでは国王は平等化の最も積極的な推進者であった。王の前にすべての階級を廃止し平等とした絶対王権である。そして啓蒙思想のもと知識、技術、通商、産業の進歩が著しく進展し、平等の新たな要因が社会に漲った。すべてが新しい世界には新たな政治学が必要である。階層を隔てていた障壁が取り払われると、階層間の混合が始まり権力は分散され、啓蒙が拡がって知識は均一化した。社会は民主的になりデモクラシーが平穏のうちに法制と習俗を支配した。進歩主義は知識、政治体制と習俗の革命を当然視し、漸進的な社会制度の変化は国民に福利の利益を約束したようである。しかしデモクラシーによって王権の威信は消え去ったが、王制に抵抗した個別勢力も消え去った。抑圧はなくなったが誰もが無力になってしまった。進歩の名において効用と利益と福利を追い求める近代文明の戦士たちは絶えず上昇と下降を繰り返し留まるところがない。すべてがバラバラの世界に当面したのである。身分となるほどの恒久的な金持ちもなく、上昇志向で這い上がってもすぐ財産が消えるような不安定さが社会を覆っている。17世紀アメリカに定住しようとした移民者の群はイギリスの旧社会の原理を逃れ、アメリカ東海岸の新世界に到着した。この地でデモクラシーの原理は自由に成長し今日の法制・習俗を築いた。トクヴィルは法制に絶対の善が体現されるとは考えないので、アメリカの政治形態という形式の不変性を信じることはしない。アメリカのデモクラシーの方向性を見極め、政府や政治にどのような影響を与えてきたかを第1卷で示し、第2巻ではアメリカにおいて境遇の平等と民主社会に及ぼす影響、習慣、思想、習俗に与える影響を示す。全巻を貫く根本思想は「境遇の平等」である。

トクヴィルが議論したい項目を目次を追って列記しておこう。これにより全体像が把握しやすいのではないだろうか。
第1巻(上) 第1部:@地形、A出発点、Bイギリス系アメリカ人の社会、C人民主権原理、D州の状況、E司法権、F政治裁判、G連邦憲法
第1巻(上) 第2部:@人民統治、A政党、B出版の自由、C政治的結社、D民主政治、E民主政治の利益、F多数の全能とその帰結、G多数の暴政を和らげるもの、H民主共和制の維持要因、I3つの人種の現状と将来
第2巻(下) 第1部(知的運動):@哲学、A信仰、B一般観念のイギリスとの違い、C一般観念のフランスとの違い、D宗教の民主的本能、Eカトリシズム、F汎神論、G平等と無限進歩主義、H学問・文学・芸術への無関心、I学問の実用性、J芸術、K記念碑、L民主的文学、Mギリシャ・ラテン文学、N文学産業、O英語、P詩、Q作家と雄弁家、S歴史家、21)議会の雄弁
第2巻(下) 第2部(感情):@自由より平等の偏愛、A個人主義、B個人主義の隆盛、C自由の諸制度と個人主義、D結社の利用、E結社と新聞、F市民的結社と政治的結社、G利益と個人主義、H利益と宗教、I物質的幸福、J物質的享楽への愛着、K霊的熱狂、L絶えざる焦燥、M物質的享楽と自由・公共事業との関係、N宗教的信仰と精神的高揚、O安楽への愛着、P平等と懐疑、Q職業は名誉、R産業へ向かわせるもの、S産業における貴族制
第2巻(下) 第3部(習俗):@平等と習俗、A普段の付き合い、Bアメリカ人のヨーロッパ不安症、C帰結、D従僕と主人、E地代と賃貸機関の低下、F賃金、G家族、H女子教育、I妻、J良俗の維持、K男女平等、L個別社会の分解、Mマナー、N謹厳さ、O国民的虚栄心、P社会の短調さと騒々しさ、Q名誉、R野心家、S猟官、21)革命の希薄化、22)民主的軍隊、23)民主的軍隊の好戦性、24)民主的軍隊のコントロール、25)軍隊の規律、26)戦争
第2巻(下) 第4部(観念・感情):@平等と自由の諸制度、A政府の権力の集中、B国民を権力の集中に向かわせる要因、C権力の集中を避ける要因、D欧州での権力の集中、E専制、F主題の概観(まとめ)


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