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渡辺純夫著 「肝臓病ー治る時代の基礎知識

 岩波新書 (2011年7月)

難病といわれてきた肝臓病も治る病気となった、肝臓が心配なあなた早やめに診察を

著者渡辺純夫氏は1951年栃木県大田原市の生まれで、1976年順天堂大学医学部を卒業し、順天堂大学病院に勤務し、秋田大学医学部消化器内科教授を経て現在順天堂大学消化器内科主任教授である。専攻は消化器総ビリルビンおよび肝臓学だそうだ。肝臓病というと激性肝炎か肝臓がんを思い起こす。私も現役のころは酒を飲んでいたので人間ドックのときは血液検査で高脂血症と肝臓の数値高めとか、エコー診断でいつも軽い脂肪肝と言われ続けた。高脂血症以外に肝臓の治療はなかった。定年後ストレスもなくなったので酒は飲む必要もなくなったので、日常的に酒を飲む習慣はやめた。体の調子はすこぶる快調である。ところが今年の春に私の姉を肝臓がんで失ったので、本書の発刊を知り肝臓病を勉強して見ることにした。実に分りやすく素人向けに書かれているので、常識としてこれだけの最新知識は知っておきたいという狙いにはぴったりの本であった。なお本書には患者さんの症例やエピソード・予後などが挿入されてドキュメンタリー風に読みやすい内容であるが、個人の病気の話は一切省略する。人間ドックの血液検査表を見て、「AST」(GOT)、「ALT」(GPT)、[γーGTP」、「総ビリル」ビン」に注目する。またウイルス肝炎を調べる「HBs抗原」、「HCV抗体」、肝癌マーカーの「AFP」という項目を必要に応じて検査する。定期的に人間ドックにかかっている人は比較的発見が早いが、それでも日常で何となく体がだるい、倦怠感がある。顔色が悪い、眼が黄色い、全身の筋肉が痛いなどの症状があれば医者に診察をお願いするものである。総合病院であれば医者は何はともあれすぐに採血をし、30分もしないうちに血液検査の結果がでる。そして次の表のような項目に注意しながら医者は問診をするのである。

肝機能検査項目(朝倉書店「内科学」2007)
検査目的検査項目正常値範囲
幹細胞損傷を見るAST
ALT
総ビリルビン
12-40IU/l
5-40IU/l
0.4-1.2mg/dl
胆汁うっ滞を見るALP
γ-GTP(男)
総ビリルビン
直ビリルビン
総コレステロール
110-348IU/l
8-70IU/l
0.4-1.2mg/dl
0.1-0.4mg/dl
120-220mg/dl
重症度を見る総蛋白
アルブミン
プロトロンビン時間
総ビリルビン
直ビリルビン
総コレステロール
コリンエステラーゼ
6.5-8.2g/dl
4.2-5.1g/dl
10-20秒
0.4-1.2mg/dl
0.1-0.4mg/dl
120-220mg/dl
109-249IU/l
慢性度を見るγ-グロブリン
IgG
IgA
IgM
血小板数
10.8-24.2%
870-1700mg/dl
110-410mg/dl
35-220mg/dl
15万-34万
肝腫瘍を見る幹細胞ガン AFT
AFT-L3画分
PIVKA-U
肝管細胞ガン CA19-9
CEA
20ng/ml以下
10%以下
40mAU/ml以下
37IU/ml以下
2.5ng/ml以下
ウイルス性肝炎を見るB型肝炎抗原
C型肝炎抗原
陰性
陰性

また肝臓機能の点から血球数も重要である。「AST」、「ALT」は肝臓の細胞が破壊されたときに血液中に漏れ出てくる「逸脱酵素」である。ALTはその殆どが肝臓にあり、正常値は40以下です。ASTは肝臓以外でも心臓や筋肉、腸にも含まれ、正常値は30以下である。「ALP」と「γーGTP」は胆道系酵素である。この2つの値が高くなると、「閉塞性黄疸」と「肝内胆汁うっ滞が考えられる。そして同時に「総ビリルビン」の値も上昇しているのが特徴である。「ALP」の値が単独で高くなるときは肝臓以外の病気(骨や小腸)が疑われる。「γーGTP」はアルコール性肝障害の敏感なマーカーである。ビリルビンは肝臓で作られ、胆管から12指腸で分泌される。ビリルビンが腸に行かないで血液に出てくるのが黄疸である。溶血性貧血でも「総ビリルビン」は上昇する。血液中の蛋白質の殆どは肝臓で作られるので、「総タンパク」の低下は多くは肝機能の低下を反映する。肝硬変など進んだ病態の指標である。赤血球の数は貧血の程度をあらわす。肝臓の病気で貧血が起きるのは、肝硬変が進んで脾臓が大きくなり、脾臓で赤血球が壊されるからある。赤血球や白血球の数が減少するのは肝硬変が進んでいる事を示す。ウイルス検査で、B型肝炎ウイルスの有無をしらべるHBs抗原、HCV抗体はC型肝炎ウイルスの有無を検査する。一度C型肝炎に感染した人も陽性とでるので、本当にウイルスがいるかどうかは遺伝子検査が必要となる。肝がんには「腫瘍マーカー」といわれる「AFP」、「PIVKA-U」の検査がある。人間ドックでは「AFP」が検査されるが、慢性肝炎や肝硬変でも「AFP」が高くなるのは、肝臓細胞の再生が盛んに行われているという証拠でもある。人間ドックや成人病健診の目的は、主に慢性的に経過する病気を発見することである。肝臓で言えば脂肪肝や慢性肝炎、肝硬変を見つけることだ。急激に展開する激性肝炎やガンなどではあまり参考にならない。検診直後にガンが発生し1ヵ月後にガンの手術をした話もよく聞く。

血液検査で異常値を見つけたら黄色信号なのだ。赤信号になる前に精密検査と必要な治療を受けるべきなのだ。C型肝炎の遺伝子型2a型は今では80%に人が完治する時代である。善は急げである。医師の診断を受ける際に明らかにすべきことは、@原因は何か、A病態はどの程度か、B治療はどうするかの3点である。人間ドックなどで「肝臓が悪そうだ」と指摘されたら、「肝臓病の専門医」か「消化器病の専門医」を目安に門を叩くべきです。開業医、一般病院、大学病院のいずれでもきちんと見て対処してくれるならどこでもいいのだ。検査機器の完備している大学病院ならよさそうですが、紹介や時間が必要なら、専門医を探すべきです。自分の守備範囲をわきまえた「よい医者」なら、必要なすべての手配をしてくれるはずです。

1) 肝臓の役割と肝臓病

肝臓は人体の中で最大の臓器で大人で1200-1500gもある(脳は1100-1300g、心臓は200-300g)。肝臓には「肝動脈」と「門脈」という2本の血流があり、「肝動脈」は肺から酸素を供給し、「門脈」は小腸から養分が供給される。肝臓の機能を考えることは門脈から流入する物質の流を見ることである。肝臓の主な機能は、@物質の代謝、A解毒作用、B胆汁の生成にある。@物質の代謝関係では、口から入った食物は胃腸で消化され、腸管から吸収され門脈を経て肝臓に運ばれる。肝臓細胞では酵素によって分解され、タンパクなど必要な物質に再合成され、血液に乗って必要な臓器に運ばれる。肝臓で合成される代表的なタンパクはアルブミンである。全身の血液浸透圧を保ったり、物質のキャリアーになり機能を助ける。また肝臓では血液の凝固因子が合成され止血に用いられる。肝機能が損傷を受けると、アルブミンの生産が減少し、全身のむくみや復水がでたり、血が止まりにくい出血傾向となる。肝臓に入った栄養士の糖分はグリコーゲンに変えられ肝臓内に蓄えられる。脂肪分も中性脂肪やコレステロールに変えられ備蓄され、飢餓のときには血液中にリリースされる。A解毒作用関係では、食品添加物など有害物質や薬、細菌などを解毒し排泄する。B胆汁の生成関係では、古くなった赤血球やコレステロールは肝臓で分解され「胆汁」に変えられる。胆汁は膵臓液とともに、脂肪の分解吸収を助ける役目があり、毎日500-800ml程度胆管に分泌される。胆汁が固まると胆石となり、胆汁が血液に逆流すると黄疸となる。肝臓を構成する細胞は種類が豊富である。肝臓の主要な機能を果たす実質細胞のほかに、非実質細胞は肝臓機能を補佐する役目がある。肝臓は肝細胞索という構造を形成している。細胞内の構造は「細胞学」に詳しいので省く。細胞間の物質の移動には類洞という管の周りには非実質細胞が取り巻き、種々な機能をもっている。内皮細胞は壁という構造体をつくり、物質交換を行う篩状の孔がある。クッパー細胞はマクロファージであり分解殺菌係りである。肝星細胞は内皮細胞を裏打ちし類洞の伸縮に関するデスミンというタンパクを持ち、血流を調整している。ピット細胞はナチュラルキラー細胞といわれるリンパ球で免疫を担当する。

肝臓病とは、原因と病態から分類診断され、「B型肝炎ウイルスによる急性肝炎」という風に言われる。原因からはウイルス(A,B,C,D,E)、アルコール、薬物、免疫異常、肥満によるメタボリック症候群の脂肪肝などである。病態からは@急性肝炎、劇症肝炎、A慢性肝炎、B肝硬変、C肝がんというルートをたどるのが特徴である。急性肝炎の原因はウイルスによるものが一番多く、日本ではA型3割、B型3割、C型1割、その他3割といわれる。急性肝炎は前駆症状として、風邪を引いたような症状ではじまり、全身のだるさ、食欲不振、吐き気、嘔吐、尿濃縮、黄疸が出現する。どうも普通の風邪とは違うなと感じたら、医者に掛かり血液検査を受けて初めて診断される。急性肝炎で気をつけなければならないのは劇症肝炎に進行するかどうかである。「AST」、「ALT」、「総ビリルビン」などの値が高ければ、つぎに急性肝炎の重症度を「プロトロンビン時間」でみる。プロトロンビンは血液凝固因子で壊されるのは早い。肝臓でつくられる量が少ないと血液が凝固しにくくなり劇症肝炎に移行する。A型肝炎は自然に治癒するが、B型肝炎では10%程度、C型肝炎では70%が慢性に移行するといわれる。危険な肝炎とは急性から劇症肝炎に移行することで、日本では毎年500−1000例の発生がある。高度の黄疸、肝性脳症、出血が見られ、肝細胞の壊死・脱落・肝不全に陥ります。抗ウイルス剤投与、副腎皮質ホルモン投与、出血・脱水対策・呼吸管理をおこない、血漿交換法や血液ろ過透析法などを行なう。近親者をドナーとする緊急肝生体移植も選択肢の一つである。肝移植が出来れば劇症肝炎の8割は救命できる。

2) ウイルス性肝炎

急性肝炎の原因であるウイルスには、現在A型、B型、C型、D型、E型の5種類が知られている。これらのウイルス性急性肝炎は予後が良好で、1%が劇症化する外は数週間で回復する。しかし問題は慢性化である。B型肝炎、C型肝炎では急性肝炎で終らず慢性化し数十年後に肝硬変や肝ガンに進行することがある。下表にウイルス性肝炎を分類し、各論を述べる。

ウイルス性肝炎の分類
ウイルス型A型B型C型D型E型
潜伏期2-6週間1-6ヶ月2-24週間1-2ヶ月
感染経路経口
生水
魚貝類生食
血液
母子感染
性感染
血液
血液製剤
輸血
注射器回し打ち
血液経口
生水
獣肉生食
慢性化なし約10%70%なし
予防ワクチンワクチンなしなし

@ A型肝炎
A型肝炎は経口感染を特徴とします。汚染された冷凍食品を介して何時でもどこでも起きるようになった。魚介類(特に生ガキ)原因になることもある。糞便で汚染された地下水利用で集団発生することもある。衛生状態がよくなった現代では若い人に免疫がなく、かかる人が多い。感染しても肝炎を発症しない人もおり、これを「不顕性感染」と呼ぶ。抗体ができると終生免疫を得てA型肝炎には二度とかかることは無い。潜伏期間は約1ヶ月で、風邪のような症状と発熱が多いのが特徴である。黄疸のような症状も起きる。血液検査ではASTとALTが増加し、確定診断は血中のHA抗体による。急性期にのみ現れる免疫グロブリンである「IgM抗体」が有力な指標となる。今はA型肝炎ワクチンが出来ているので、多発する地域に行く場合には予防接種をしていく方がいい。
A B型肝炎
B型肝炎は20世紀には「国民病」といわれ、肝臓病の主役であったが、ウイルスの発見、診断法の進歩、外科手術や抗ウイルス剤の開発により目覚しく治る病気となった。日本ではB型肝炎は人口の1-2%程度が感染し150万人の感染者が居るとされるが、年々減少の傾向にある。B型肝炎ウイルスの遺伝子型はAからHまでの8型に分類される。日本ではB、C遺伝子型が一般的で、慢性化しないウイルスであるが、外来種のA遺伝子型は慢性化させる可能性がある。イギリスではAとD遺伝子型が多く、東欧や中近東ではD遺伝子型が多い。B、C遺伝子型は日本人のルーツに関する知見を与えるので有名である。B遺伝子型は南方民族を、C遺伝子型は大陸モンゴル系民族の由来を示す。これに成人性白血病ウイルスの分布を加味して縄文日本人と弥生日本人、さらには騎馬民族説も入れて興味深い説が流布している。それは本書の主題では無いので割愛する。B型肝炎ウイルスを体内に持つ人を「キャリアー」というが、発病しない70-80%の人を「無症候性キャリアー」という。キャリアーであるかどうかは「HBs抗原」、「HBs抗体」の検査をすれば分る。B型肝炎ウイルスは血液を介する感染経路をとる。昔は輸血による「血清肝炎」が大きな問題であったが、1960年代に献血制度が確立し、1972年には「HBs抗原」検査法による輸血検査体制が出来たことで、1990年代初期には輸血によるB型肝炎は急激に減少した。1999年には「PCR法」で高感度遺伝子検査できるようになり、輸血によるB型肝炎の発生は殆どなくなった。別の重要な感染ルートは母子感染(垂直感染)である。1986年B型肝炎母子感染防止事業による、キャリアーの母から生まれた新生児へのワクチン投与が始まり、新生児のB型肝炎感染はなくなった。
B型肝炎ウイルスによって引き起こされる病気は急性肝炎である。ウイルスに感染した肝細胞が免疫系によって排除されるために、肝臓組織が破壊され肝機能が低下する。殆どのB型肝炎は劇症肝炎に至らず一過性で終息する。B型肝炎ウイルスのマーカーは「抗原抗体系」とよばれ3種類が測定される。表面部分の抗原s、内部の抗原e、初期抗原cとその抗体である。このほかに直接ウイルスの遺伝子を検出する方法でHBV-DNA法が確立された。急性肝炎の治療で重要なことは、1%で起こりうる劇症肝炎を予知することである。慢性肝炎の場合は、HBe抗原の持続期間が長く、HBe抗体が出現しない(セロコンバージョン抗原抗体の交替がおきない)で肝機能障害が持続する場合は進行性の肝炎と見られる。ここで治療を行なわないと肝硬変や肝がんに至る。治療法の基本はインターフェロンと抗ウイルス剤の投与である。実際に使われる薬剤は、インターフェロン、ラミブジン、アデホビル、エンテカビルの4種類である。35歳以下の患者さんには免疫力が備わっており抗体ができて自然治癒するケースが多いので総合的に見る。幹機能障害が大きく、子供をつくる年代の患者さんには4種類の抗ウイルス剤のうちインターフェロンを第1の選択肢とする。インターフェロン投与によりHBe抗原が30-40%で陰性化し、肝炎が沈静化する。しかしインターフェロンには副作用が強い。発熱、倦怠感、関節痛、不眠、鬱病、脱毛などの副作用があり、インターフェロン治療終了後には副作用も消えるので、治療を乗越えることが必要となる。35歳以上の患者さんで肝機能障害があればすぐに抗ウイルス剤の投与を行なう。ラミブジン、アデホビル、エンテカビルには副作用はないが、服用を勝手に止めると急激な肝炎の再燃が起きる。3種の抗ウイルス剤には催奇性があるので、若い人には使えない。副作用は無いが問題は耐性ウイルスの出現である。出現率は低いのであまり心配することは無い。肝炎抗ウイルス剤の開発に貢献したのは、抗エイズウイルス剤の開発である。抗インフルエンザウイルス剤の開発と併せて、ウイルス撲滅の日も近いのではないかという予感がする。抗生物質のように、決定的な抗ウイルス剤の開発が出来そうな気がする。B型肝炎ウイルスは「DNAウイルス」といわれ、肝細胞の核のなかにもぐりこんで潜んでいる心配もある。RNAウイルスであるC型肝炎ウイルスのようには完全に撲滅することは難しい。患者さんが抗がん剤やステロイド剤を使用して全身的な免疫能に変動がおきると、肝臓に僅かに残ったウイルスが騒ぎ出すこともあると云う。このためがん患者で肝炎ウイルスキャリアー人には抗がん剤と抗ウイルス剤の同時投与が望ましい。
B C型肝炎
1988年に遺伝子配列が決定されC型肝炎ウイルスが一躍脚光を浴びて以来、急速に研究が進み治療法に著しい進歩があった。RNA遺伝子を持ち、1型から6型の6種類の遺伝子型に分類される。日本では1型と2型の2つの遺伝子型があり、とくに1型の1b型が全体の70%を占めている。急性肝炎の約70%くらいがウイルスを排除できずに慢性化するので厄介である。感染してから長い間は沈黙していて慢性肝炎の状態が続くが、20-30年後に肝硬変や肝がんに進行する。しかし1992年にインターフェロンが出現して完全にウイルスを排除することが可能となった。検査はまず「HCV抗体」を調べる。これが陽性であるとC型肝炎ウイルスが肝臓に住み着いている可能性がある。そして遺伝子検査としてウイルス遺伝子「HCV-RNA」の有無をPCR法で検査する。ウイルス遺伝子量と同時に遺伝子型も分るので、治療方法や治療期間を知る上で極めて重要な検査法となった。次の肝臓の炎症度を知るため肝臓の繊維化をチェックする「肝生検」を行なう。1泊2日の検査で肝硬変の進行度を調べる。肝硬変の検査では血小板の数も有力な指標である。治療法としては、1990年代よりインターフェロン治療が決定的となった。インターフェロンはもともと体内で生産されるタンパクでウイルス排除をする働きを持つ。インターフェロンには、α型、β型、γ型の3種類があって、C型肝炎にはα型、β型インターフェロンが使われている。当初インターフェロン単独の治療効果はあまり高くなく、2001年に抗ウイルス剤「リバビリン」を併用することで完全治癒率が30-40%に向上した。インターフェロンはウイルス遺伝子型1型でウイルス量が多い場合は治り難く、2型は治りやすいことがわかった。週3回のインターフェロン注射で1型の治癒率は20%、2型の治癒率は60%といわれてきた。インターフェロンの改良も進み持続性を持たせるため「PEGインターフェロン」が開発され、抗ウイルス剤「リバビリン」を併用することで2004年度には1型高ウイルス量の患者さんの完全治癒率は50-60%に向上した。2型では80-90%は完全治癒する時代となった。繊維化が進んでいない人や若い人ほど、治り易いものだが、60歳を過ぎるとC型肝炎の進行スピードは早まるといわれている。70歳まではインターフェロン治療を勧めるという。それでも1型では30-40%の患者は完治までにならない。そういう場合肝庇護療法としてグリチルリチン、ウルソデオキシコール酸、瀉血療法などで肝炎の重症度を下げて様子を見ることになる。今一番実現性が高い抗ウイルス薬は「MP-424」である。臨床試験が終了した段階で、PEGインターフェロン、リバビリンと「MP-424」(プロテアーゼ阻害剤)の3剤併用治療が期待できる。現在の療法よりさらに20%の治療率の向上があると云うデータ-となっている。ウイルスの増殖を抑える核酸ポリメラーゼ阻害剤にも期待が持てます。各種の抗ウイルス剤を混ぜて投与する「カクテル療法」はエイズ治療で標準的治療法となっている。
C D型肝炎、E型肝炎
D型肝炎ウイルスHDVは非常に特殊なRNAウイルスで、B型肝炎ウイルスとの共存がないと増殖できない。したがって治療はB型肝炎とおなじ治療となる。ただ日本では発見されていない。E型肝炎ウイルスHEVは経口感染する。東南アジアの水道施設が遅れている地域で多発し、豚・鹿などにも感染し人畜共通感染となる。生水は飲まない、獣肉は加熱して食べることが必要である。日本での症例は殆どない。

3) 慢性肝炎から肝硬変・肝がん

慢性肝炎は肝臓病の分岐点である。慢性肝炎の期間は相当長く、その間に治療しないと、さらに肝硬変から肝がんに進行する。慢性期には自覚症状もなく、症状の有無だけでは診断できない。血液検査でウイルスを検出し、肝生検で繊維化の進行度を4段階に分類する。肝生検とは超音波エコーで肝臓を見ながら、針を肝臓に刺して組織を採取し顕微鏡で細胞を検査する。この肝生検は治療方針を立てる上でとても重要である。治療は何よりもまずウイルスを排除することになる。日本の肝硬変患者3万3379人のうち、B型肝炎が13.4%、C型肝炎が61%、アルコール性肝炎が13.6%、非アルコール性脂肪肝が2.1%であった(2008年)。毎年3万人の患者が肝がんで、2万人の患者が肝硬変で亡くなっている。肝硬変とは繊維が増えて肝臓全体の弾力性が失われ硬くなることから名前がつけられた。顔面や胸背中に「蜘蛛状血管腫」が見られ、黄疸によって皮膚や白眼が黄色くなる。全身にむくみ(浮腫)、胸水がたまり呼吸が苦しくなる。肝硬変で恐ろしいのは肝臓に血流が制限されるため細い食道静脈に「静脈瘤」ができ破裂して吐血することであろう。内視鏡による止血や静脈瘤を縛って予防する技術が進んで静脈瘤破裂による死亡例は少なくなってきている。肝硬変の半数は肝がんを合併している。肝がんの治療法も進歩してきた。肝硬変の患者の死因で最も多いのは「肝不全」という全身症状である。出血傾向やアンモニアによる肝性脳症、昏睡となっては、肝移植が最後の手段となる。

慢性肝炎の最後の段階である肝臓がんは日本における肝がんの原因の一位となってきた。それは原発性肝細胞がんである。原発性肝細胞がんは多くの場合、C型肝炎ウイルスやB型肝炎ウイルスの持続感染による肝細胞の壊死・再生・繊維化を長期間繰り返すことで発生すると考えられている。「持続する炎症」が発ガン機構となる。B型肝炎ウイルスの場合ウイルスそのものに発がん性があるという指摘もあり今後の研究に待つところが大きい。C型肝炎ウイルス自体の発がん性は低いとはいえよく分らない。肝硬変患者には肝がんを念頭に入れて診療する。肝機能検査で、AST,ALT,ALP,LDHなどに注目する。ASTの値がALTに較べて2倍も4倍も高い場合は肝硬変が進んでいて肝がんを合併していると見られる。血小板が10万以下のときはかなりの確率で肝硬変までに進んでいると考えられる。肝がんの「腫瘍マーカー」であるAFPとAFP-L3分画は未熟な肝細胞の産生するタンパクでがん細胞の存在を予感させる。PIVKAーUという腫瘍マーカーは感度は低いが陽性になれば確実にがんである確率は高い。もちろん肝がんの大きさや位置を知るために、超音波検査、CT検査、MRI検査、血管造影検査などがある。これら画像診断技術の進歩は眼を見張るものがある。肝がんの治療法は、「肝予備能」を肝硬変の進行度の分類である「チャイルドビュー分類」でみて、肝がんの進行度はTMN分類でみてがんのステージをきめる。肝障害が進行していると「肝予備能」(回復力)も低下する。脳症、腹水、血清ビリルビン、血清アルブミン、プロトロンビン活性値を3分類し肝硬変をA,B,Cの三段階に分類する。肝がんの進行度はTMN分類を肝がん用のT因子(腫瘍の大きさ、個数)、N因子(リンパ節転移)、M因子(他臓器転移)で分類しステージTからW段階にわける。このように肝ガンの治療は、チャイルドビュー分類とステージ分類の組み合わせで決定してゆく。もちろん患者の選択も考えなければならない。

代表的な肝がん治療には、@外科手術、Aラジオ波焼灼療法、B軽カテーテル冠動脈化学塞栓術、C動脈化学療法、D肝移植である。@外科手術では、肝硬変がかなり進んでいるチャイルドビュー分類Cの場合は外科手術は行わない。肝予備能がよい状態ならかなり大きな腫瘍も切除する。ビュー分類Aなら8cmの巨大な肝ガン切除ができ、今も患者は健在です。Aラジオ波焼灼療法現在の肝ガン治療の主流となっており、比較的小さな2,3cmの数個のがんを焼き切ることが出来る。二度目の外科手術が出来ない場合などに有効である。B軽カテーテル冠動脈化学塞栓術は、カテーテルで肝動脈のがん細胞に近いところで、ゼラチンや油脂のような薬剤を血管に詰め込み、がん細胞への栄養分の供給を断つ方法である。C動脈化学療法と同様に抗がん剤を同時に注入することもできる。肝硬変の進んだ患者には採用できない。C動脈化学療法は肝動脈に抗がん剤だけを注入する方法で専用のカテーテルで持続的に抗がん剤を供給できる。しかし抗がん剤だけでは多くの場合根治は難しい。D肝移植は劇的な回復が期待できるが、家族などドナーがいて初めてできる療法である。術後は免疫抑制剤を飲み続けなければならない。2005年までに日本では約3200件の生体肝移植が行なわれ、その15%は肝ガンに対するものであった。5年生存率は75%と素晴らしい結果を残している。

4) 他の肝臓病

ウイルス以外の原因で起きる肝臓病には、アルコール性肝臓障害、肥満などメタボルリック症候群による脂肪肝、アレルギー体質による薬剤性肝障害、細菌や原虫による肝膿瘍、自己免疫異常によると見られる自己免疫性肝炎、原発性硬化性胆管炎、原発性胆汁性肝硬変、遺伝的な代謝異常肝など様々である。
@ アルコール性肝障害
アルコール性肝炎とは、多量の酒を飲むことで腹痛、発熱、黄疸、肝機能障害、白血球の増加によって大変な状態になる。アルコールに敏感に反応するγーGTPによってすぐに分るのだが、長期化・重症化して肝性脳炎、出血傾向、肺炎を併発して死に至ることもある。病態が進行してアルコール性肝硬変まで進むと大変ですが、脂肪肝や肝繊維症のレベルであれば禁酒をすれば確実に回復する。アルコール性肝炎は治療より予防が大事なのだ。酒に強い弱いは、その人や人種が持つ遺伝的な要素が大きく、アルコール脱水疎酵素、ミクロソームエタノール酵素・カタラーゼ酵素によりアルコールをアセトアルデヒドに分解し、アセトアルデヒド脱水素酵素により分解され酢酸に変えられ、最終的にはTCAサイクルに入って炭酸ガスと水にまで分解される。酒に強い人はアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2型酵素)の働き具合で決まる。日本人では56%がALDH2型酵素の働きが十分である人、38%が不十分であるそうだ。どれだけ飲むとアルコール性肝炎になるかはいえないが、アルコール依存症は、膵炎、多発性神経炎、譫妄、記憶障害、脳萎縮など消化器と神経系の障害が前面にでる。高脂血症や心臓機能障害も現れる。また飲酒は口腔内、咽喉頭部、食道のガン発生につながる。酒は長寿の薬か万病の母か、「適正飲酒」は果たしてあるのか結論は出ないが、1日日本酒なら1合、ビールなら中ビン500mlという程度が目安となる。とにかく飲酒を習慣にしないことが大事で、機会があれば楽しく飲む程度がよいのではないか。

A 脂肪肝
BMI指標(体重÷身長の2乗)で25以上を肥満という。日本人の肥満割合は男性27%、女性21%(2003年)だそうだ。肥満体は丸い体型であるが、男に多い内臓脂肪型肥満(腹部肥満)はメタボリック症候群の代表である。それに対し女性では皮下脂肪型肥満でお尻や下半身に脂肪がたまる。肝臓にも脂肪がたまると脂肪肝と呼ばれる。脂肪肝とは大体肝臓の1/3に脂肪がたまっている状態である。脂肪肝とは肝細胞に中性脂肪がたまることによって起きる病気である。以前は脂肪肝治療の対象とはみなされなかったが、近年脂肪肝の一部に肝硬変・肝ガンが報告され、飲酒をしない人でも脂肪肝が進行性の肝臓病になる。これを非アルコール性脂肪肝炎(NASH)と呼ぶ。成人の脂肪肝は2011年には受診者の40%と増加している。脂肪肝は超音波検査で調べられる。脂肪肝は明るく映るので「高輝度肝臓」といわれる。そして血液検査をすると、AST,ALTで異常が認められる。「繊維化マーカー」と「フェリチン」が異常になる場合が多い。これを「非アルコール性脂肪肝疾患NAFLD」という。NASHの場合は肝臓から脂肪を取り去る方法としては運動と食事療法しかない。

B 薬剤性肝障害
麻酔薬や鎮痛剤などに敏感な人が、急性肝炎を発症することがある。どんな化学物質に敏感であるかは「リンパ球刺戟試験」を行なって調べる方法がある。これまで薬剤性肝障害の原因となった薬として、抗生物質、解熱・鎮痛・抗炎症剤、健康食品、精神・神経薬剤、漢方薬、抗がん剤、消化器用薬剤、ビタミン剤などが知られている。薬剤性肝障害が起こるタイプには2通りある。第1は薬剤中毒であり、誰にでも用量依存的に作用する副作用に様な働きである。解熱剤のアセトアミノフェンは欧米では激症肝炎の原因のひとつである。第2には「特異体質」つまりアレルギーによって起る。皮膚に発疹ができたりするが、特定の人だけに見られ予測は難しい。症状は一般の肝炎と同じで、血液検査、ウイルス検査などで原因を消去して行き最後に薬剤性肝障害だけが残った場合に始めて判明する。裁量の治療法は疑わしき薬剤の使用を速やかにやめることである。

C 肝膿瘍
細菌が腸管から胆管を経由して肝臓に感染することは滅多にないが、免疫能が低下している場合に肝臓に膿の溜まることがある。発熱があり、超音波検診やCT検査で発見される。普通は抗生物質を投与するとよくなるが、それでも治らないときは肝臓に針をさして排膿することもある。赤痢アメーバーが原因で発熱、腹痛があり、大きな膿瘍(直径8cm)が出来る場合がある。

D 原発性胆汁性肝硬変
中年以降の女性に多い病気である。肝臓の胆管が消失してしまうのが特徴で黄疸を発生する。難病のひとつで日本では5000人の患者が居る。血液検査で胆道系酵素(ALP,γ-GTP)やビリルビンの上昇となる。そこで抗ミトコンドリア抗体が陽性にでて、免疫グロブリンのIgMが高値を示したら、肝生検をして確定診断を行う。原発性胆汁性肝硬変の治療薬として、昔から苦い黒い「熊の胆」といわれたウルソデオキシコール酸が良効く。70-80%は快方へ向かう。進行すると免疫抑制剤やステロイド剤を投与して様子を見て生体肝移植の機会を待つ。


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