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柄谷行人著 「世界共和国へ」 

 岩波新書 (2006年4月)

資本・国民・国家を超えて、カントの永遠平和の実現は可能か

私が柄谷行人という硬派の思想家、評論家を知ったのは、岩井克人著「資本主義を語る」の第6章の対談「貨幣・言語・数」を読んだからである。ニューレフト・全共闘の生き残りの思想家かと思った。マルクスを気兼ねなく読める時代になったのは嬉しいが、すると経済理論家としてのマルクスが前面にでてくる。岩井克人氏はマルクスを引用しつつ貨幣の秘密・歴史を語っている。
1) 岩井克人著「資本主義を語る」(ちくま学芸文庫 1997)
2) 岩井克人著 「ヴェニスの商人の資本論」(ちくま学芸文庫 1992)
3) 岩井克人著 「貨幣論」(ちくま学芸文庫 1998)
4) 岩井克人著 「21世紀の資本主義論」(ちくま学芸文庫 2006)
を読んで、昔挫折したマルクス「資本論」を人に読み聞かせてもらったような気がしたものだ。そこで岩井克人著「資本主義を語る」の対談から柄谷氏と両者の論点をまとめておこう。なんだか呪文のように難しい経済用語(マルクス経済学)がご宣託を述べているようだが、この抽象概念になれることも思想家と付き合うために必要だ。柄谷行人氏の論点は「貨幣・言語・数」ということだが、実質は「貨幣論」で、言語・数は殆ど比喩的に述べられているに過ぎない。そこで「貨幣論」に集約して解説する。岩井克人氏がマルクスを読むようになったのは1990年の社会主義国家体制の崩壊とバブル崩壊が同時に起きたことがきっかけであったという。マルクスを語る事はそれまで政治的であったが、マルクス経済学者が沈黙してしまったので気兼ねなくマルクをテキストとして読めるようになったことである。またバブル崩壊により、ひとびとがお金に執着しだして不況が発生した。お金だけは未来永劫使われ続けるだろうという期待、いや幻想によって不況になっているのである。ところが資本主義社会にもっと恐ろしい危機があるとすれば、それは「ハイパー・インフレ」、貨幣が紙くずになる日の恐怖である。ドルが世界の貨幣の基軸となって以来、一国の通貨崩壊ではすまなくなっている。まさに現在は資本主義の外部がなくなって全的崩壊の可能性が現実のものになり始めた。2008年秋の金融不安と危機は世界資本主義の不安定が露出したのである。

古典派経済学とマルクスは「労働価値説」を発見した。マルクスは最期まで労働価値説を信じていた。古典派から出たハイエクの自由至上主義がアメリカ金融資本を生み破綻した。貨幣は強いようだが、その決済を無限に先送りする。バランスシートで毎年決算はしない、フローシートがプラスになってさえいれば良いとする自転車操業である。時々決算を迫られるときがくる。それが恐慌である。市場における売り買いは他者とのコミュニケーションの問題で、交換媒体としての貨幣の問題は別の次元である。貨幣の起源は、共同体間の取引において属人的な「信用」を不要とし、貨幣そのものに「信用」が与えられている利点を生んだからだ。信用を云々する時間もない取引を可能とした。すばらしい発明品である。いわば信用という信仰を全員が認めた時に成立した。そういう意味で宗教と貨幣は、「最後の審判」と「決済日」という類似性を持つのである。そしてどちらも永遠に延期する事ができる。レーニンが言う様に「革命のための最上の方法はインフレを起こして、信仰(幻想、価値観)を破壊する事である」 革命やナチズムはインフレの後にやってきたのも歴史の示すとおりである。マルクスは労働価値説を徹底的に信じて「価値形態説」に進んだが、「金」の価値につまずいて不完全に放棄してしまったが、「信用」において価値記号説を展開する中で、無価値なものでも貨幣として皆が信じて使えば価値を持つという考えに到達した。貨幣と信用という宙吊り構造が成立したのである。マルクスの「剰余価値」は資本→商品→資本'(増殖)において、(資本'−資本)が剰余価値であった。こうして産業資本主義が拡大した。自己増殖する資本の運動は「自己」の差異化と同じである。経済は市場における自己差異化運動とさまざまな経済外部要因との間の相互作用である。バブル崩壊とは自己差異化が永遠に続くものではない事を示した。資本主義の外部とは歴史の始まりにおける「貨幣」の成立という奇跡のことである。

本書「世界共和国へ」もこのような世界のことを述べているが、経済よりは文明の歴史に重点があるのでまだ少しは読みやすいかもしれない。しかし社会運動家(革命家)・哲学者になった気分で「世界を変えるぞー」と思うと失敗する。この本の一番難しいところは著者はどんな社会・文明がいいと思っているのだろうかがいまいち不透明である。本人も新世界のことは描ききれていないのだろう。現状と過去の分析はある意味で眼を開かせるところがあるが、社会をどう変えるかなんてご当人も分っていないのだろう。柄谷行人氏のプロフィールをを紹介する。柄谷 行人(からたに こうじん、1941年8月6日兵庫県尼崎市 生まれ)は、日本の文芸評論家、思想家。本名は、柄谷 善男(よしお)。1960年 甲陽学院高等学校卒業、 1965年 東京大学経済学部卒業、1970年 法政大学第一教養部専任講師、1975年 教授となる。イェール大学東アジア学科客員教授 の時に岩井克人氏と知り合う。1983年 コロンビア大学客員教授、1990年 カリフォルニア大学アーバイン校客員教授、1991年コーネル大学客員教授となった。日本の「湾岸戦争関与」に反対して文学者アッピールを発表した。1994年より近畿大学特任教授、2002年近畿大学教授・国際人文科学研究所所長(2006年まで)となった。1960年代は文芸評論家として、1969年夏目漱石を主題とした「意識と自然」で第12回群像新人文学賞評論部門を受賞した。又若い頃は吉本隆明の影響を強く受けたという。夏目漱石を選んだのは江藤淳の影響による。1973年新左翼運動・連合赤軍事件以降、文芸批評の枠を超え、理論的(再)吟味を中心とした仕事を数多く行うこととなる。その中心にすえられたのが、価値形態論を中心としたマルクス『資本論』の読み直し・再解釈である。文芸理論としてのディコンストラクションはイェール学派のド・マンの影響による。その理論的仕事は、メディアとしては『現代思想』(青土社)に拠った。80年代、立て続けに『隠喩としての建築』『言語・数・貨幣』『探究T』『探究U』と発表。いわゆる「構造主義」「ポスト構造主義」の理論的再吟味とマルクス『資本論』の価値形態論の再吟味を同時に行う仕事を行った。2001年、『トランスクリティーク カントとマルクス』を発表し、2001年12月にはWEB上でのヴァーチャルな取引を、制度設計として組み込んだことを目玉とする地域通貨Qを創設したが、2003年には通信の混乱からこれを潰した。これ以降は本書の受け持ちとなる。本書にはいたるところに「柄谷術語(造語)」が用いられているが、世間の合意とはなっていないので、意味の混乱を避けるためできる限り普通の言葉で話してゆきたい。

1990年ごろから資本主義のグローバリゼーションということが言われるようになった。旧ソ連圏が崩壊し、資本主義的な市場経済がグローバルになって、そしてロシア・東欧・中国をも巻き込んだ世界市場が出来た。もはや外部がなくなったのだ。このグローバリゼーションによって国民国家の影が薄くなったかといえば、そんな事はおきていない。国連が世界政府になるなんて夢のまた夢である。欧州統合も経済だけのことで、欧州政府・憲法はまだ現実には拒否されたままである。ではなぜ経済の統一によって国家はなくならないのかというと、国民国家は資本主義のグローバリゼーションのなかで形成されてきたからである。資本主義経済は放置すれば、かならず経済格差と対立を生む。国民(ネーション)は共同性と平等を要求するから、経済格差は是正されなければならない。国家は規制・税・再配分(福祉)によってそれを実現しようとする。資本と国民、国家は別の原理で動いているが、その3要素は堅く結びついている。たとえば福祉国家においては、資本=国民=国家は三位一体で最もうまく機能している状態である。国家は内向きだけで存在するわけではなく、国の間の関係はいつも緊張をはらんでいる。国がなくなったら戦争や経済競争にも負けるのである。では国とは何かというと、官僚と軍隊をさす(頂点に天皇がいなくてもいい)。これは政権や社会や時勢にかかわらず国の自律性を保つ「ホメオパシー」であるらしい。これは20世紀後半、資本主義体制が社会主義国に対抗する危機感からとった形態が福祉国家であった。ところが1990年以降社会主義圏が消えると、福祉国家への動機がなくなった。そして「安い政府」(小さな政府)が主張され、自国の労働者が失業しても構わない、資本の利潤を優先する「新自由主義」の時代になった。ここに著者はノーム・チョムスキー「未来の国家」(1971年)から4つの国家形態を持ち出す。下表にその分類の特徴を示した。リバタリアン社会主義は現実には存在しない。いわばカントの「統整的理念」といえるものなのだろう。

国家の4つの形態
不平等
平等
統制福祉国家資本主義
社会民主主義
ケインズ
国家社会主義
共産主義
レーニン・スターリン
自由リベラリズム
新自由主義
ハイエク
リバタリアン社会主義
アソシエーショニズム
アナーキズム

国家社会主義の消滅とともにリバタリアン社会主義も魅力を失いかけている。ソ連も嫌だけど赤軍派も暴力的でいやだということだ。国家社会主義の消滅とともに福祉国家資本主義もお払い箱になりそうだ。するとリベラリズム(グローバル資本主義)に独りがちで、世界を席巻しているのが現状である。宗教的な原理主義がその空洞に付け込んだが、結局は教会=国家という古代の遺物に過ぎない。ノーム・チョムスキーが見出した4つの国家形態論は実は1848年のフランス市民革命後の構図でもあった。下表に19世紀の4つの構図を示す。

19世紀の構図
不平等
平等
統制福祉国家資本主義
ボナパルト
ビスマルク
国家社会主義
サン・シモン
ラッサール
国家による産業化と配分
自由リベラリズム
自由主義
スミス
アソシエーショニズム
プルードン
マルクス
国家を揚棄、生産消費協同組合

1848年の革命では国家社会主義運動もアソシエーショニズム運動も敗退した。そしてフランスのボナパルトとプロシアのビスマルクの福祉国家資本主義が勝利したといえる。イギリスの圧倒的な経済的ヘゲモニーに対抗するには、大陸は福祉国家資本主義を選択した。イギリスでも対抗上福祉政策は急速に進んだことはいうまでもない。国家資本主義で力をつけたフランスとプロシアが1870年晋仏戦争を起こし、勝利したプロシアはアメリカと組んでイギリスの自由主義帝国に対抗した。帝国主義時代は実質的1870年から開始された。日本はプロシアに倣って近代国家と産業化を成し遂げ、この帝国主義時代に参加する。晋仏戦争に敗れたフランスでは1871年パリコンミューンが起き、アソシエーショニズム最後の革命であったが、もろくも崩壊した。このときマルクスはどこにいたかというと、マルクスはプルードンの理念の近くにいたのだ。決して国家社会主義の立場ではなかった。マルクスはプルードンとともに、共産主義を「自由なアソシエーション」と呼び、パリコンミューンを支持した。国家社会主義者ラッサールの「ゴータ綱領」を批判した。プルードンは経済的な階級対立を実現すれば国家は消滅すると考えた。それに対してブランキの戦略は「一時的に国家権力を握りプロレタリア独裁によって資本経済と階級社会を揚棄する」ということであった。社会運動の主流でなかったマルクスの非現実性は、国家の自立的存在ををみないアナキズムにあった。1870年までのプロレタリアとは職人的自由労働者であり、重工業の進展による大規模産業労働者は未だ成立していなかったからである。職人の気質は自由でアナキズム・反抗者である。19世紀末の大規模産業労働者の時代から社会主義運動は社会民主主義(福祉国家主義)かロシアのマルクス主義(ボルシェヴィズム)に分かれた。レーニンはこの上なく官僚主義的国家社会主義を創設し、スターリンに受け継がれた。アソシエーショニズムは資本・国民・国家を否定するが、それが強固に存在する事を理解していない。従って本書は、新自由主義独りがちによって経済格差が進み社会福祉が放棄される中で、新自由主義を超える社会を作る事を目的とする。しかしその前に資本・国民・国家が出来た道筋を明らかにし、「世界共和国へ」の道筋を考えることにある。

資本主義の20世紀は帝国主義が顕著になる。レーニンなど社会主義者は帝国主義は「資本主義の最高段階」とよび、産業資本に替わって金融資本が支配を確立した段階と捉える。グローバル資本が世界を支配しても国家はなくなっていない。どうしてかというと国家の自律性を見逃しているからだ。国家と資本が結合したのは、絶対主義国家(主権国家)においてであり、帝国主義はそこに始まっている。主権国家は膨張して他の主権国家を侵すことが宿命であり、多民族統治の原理(オスマントルコのような統治して侵さず)が働かない。ハンナ・アーレンは国民国家の延長としての帝国主義は、古代の世界帝国(中国・ローマ・マホメットイスラム帝国など)にような法による統治形態をもたず、国民国家は絶対主義国家の時代から、国民の均質性と住民の同意を厳しく求めるものであるという。アメリカの「人権」という干渉(非寛容性)は国民国家の典型である。古代世界帝国は税さえ納めれば国家・民族の慣習には無関心であった。またアーレンは「国民国家は征服者として現れれば必ず被征服者の民族意識と自治を目覚めさせる」という帝国主義のジレンマを指摘している。イギリスなどの帝国主義がオスマントルコ帝国を解体し、アラブ民族を「解放」したと称したが、それが今日の中東の民族国家分裂とイスラエル問題を引き起こした。アラビアのローレンスが中東問題の元凶である。ナポレンオンは欧州に「フランス革命」を輸出したが、それがプロシアの興隆をもたらしたのである。こうして帝国主義は世界各地に国民国家を作り出した。

アントニオ・ネグリとマイケル・ハートは「帝国」(2000年)において「湾岸戦争によって、アメリカはそれ自身の国家的動機に応じてではなく、グローバルな法権利の名において、国際的正義を管理運用する唯一の権力として登場した」という。しかし2001年以降のアフガン・イラク戦争においてアメリカのむき出しの単独行動主義によって、アメリカは帝国主義であって世界帝国ではないことが証明された。ネグリ&ハートがいう「帝国」とは世界市場のことで具体的な国のことではないようだ。では欧州連合は世界帝国なのだろうか。ヨーロッパ諸国は旧ソ連圏をも巻き込んでヨーロッパ共同体を作り、経済・軍事的な主権を上位組織に譲渡するに至った。これはアメリカや日本に対抗するためであって、これを近代国家の揚棄とはいえない。諸国家が結束して「広域国家」を形成するという国家の強化に過ぎない。それは昔のドイツ・日本の共栄圏構想といえる。そして中国やインド、ロシア、イスラームなど欧州の周辺国家群が帝国を目指して再登場してきたことへの対抗策である。資本主義がいくらグローバル化しようと国家は消滅しない。それは国家原理と経済原理は別の次元にあるからだ。

ネグリ&ハートはプロレタリアのかわりに「マルチチュード」という民衆を創造した。これはホッブスのいう「自然状態にある多数の個人」という意味に同じだ。ここでネグリ&ハートの考えはブルードンの「真実社会」に近づく。これは言い換えるとアナキズムである。ネグリ&ハートはグローバル秩序を維持するための「単独行動主義」も「多国間協調主義」も否定し、「マルチチュードこそが困難に立ち向かい、世界を民主主義的に構成する新しい枠組みを生み出さなければならない」という。リバタリアン社会主義(アソシエーショニズム)に限りなく近い思想である。ネオコン(新自由主義)は国連に依拠する欧州を批判するとき、それを「古いカント的理想主義」という。しかしカントの理想主義はそれほど甘くはない。ホッブスと同じように人間の本性を「反社会的社会性」があり、それは除去できないと考えていたようだ。カントは「国債連合」という理想主義を実現するのは理性や道徳性ではなく、戦争であると反面教師的に考えていたようだ。これを「自然の狡知」と呼んだ。カントは「永遠平和のために」において、「ひとつの世界共和国という積極的理念のかわりに、戦争を防止し、持続しながら拡大する連合という消極的な代替物のみが、法を嫌う好戦的な流を阻止できる」といった。カントがいう「自然の隠微な計画」は、むしろ悪意や攻撃性を通じてしか実現されないし、悲惨な状態は決して絶望する必要はない過程である。そしてこれが柄谷行人氏の結論である。柄谷行人氏は正直である。ここまでネタを明かされると、柄谷行人氏の思想に別に独自性は無い。すべて人の受け売りである事が分る。「都合のいいとこ取り」、「外国思想の本邦初公開」は日本の思想家の特徴であるからだ。カントを持ってくることによって主張に格調を持たせ、ニューレフト・アナキズムと蔑まれないようにいう配慮がなされているところが文筆家のテクニックなのだろうか。最後に柄谷行人氏は人類の緊急課題とは、戦争、環境破壊、経済的格差である。国家と資本を統御しなければ破局への道をたどると主張する。では第1部:交換様式、第2部:世界帝国、第3部:世界経済に沿って、本書の内容を見て行こう。

第1部 交換様式

マルクスは「経済学批判序説」で、個人と個人の商品交換から経済を説き始めたアダムスミスに対して、近代社会でのあり方を原始段階に投影するようだと批判し、「生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっている。物質的生活の生産様式は,社会的、政治的、精神的生活過程一般を制約する」という有名な唯物論を展開した。マルクスの誤謬は、国家が経済を下部構造とする上部構造にあるとした点である。経済的構造と政治的構造は実は別ちがたく結びついている事を見逃している。国家も「生産様式」のあり方の一つといってもよい。マルクスは人間が自然に働きかけて財を生産する事を重視した。柄谷氏は「本来、生産様式とは、生産が交換や分配の形態でなされる事を意味する」といい、マルクスの「生産様式」が交換や分配を生産のあとの活動とみているという。柄谷氏の見解は、マルクスの「生産様式」は「交換様式」と読み替えるべきだとする。交換様式には、A:互酬(贈与返礼)原始共同体、家族、B:再分配(略取と再分配)貢物制国家、世界帝国、C:商品交換(貨幣と商品)資本制の3つの様式がある。岩井克人氏も贈与から貨幣への飛躍に注目した。マルクスは広い意味の「交換」を「交通」と呼んだ。マルクスの「交通」とはモーゼス・ヘスの言葉である。人間の自然への働きかけの視点から「生産」を捉えたマルクスは、資本家は労働者を搾取するだけでなく、いわば自然を搾取(開発)するという考えに立つ。

マルクスが「資本論」で展開した「資本制に先行する生産様式」として5つの歴史的段階(経済的社会構成体)を、先の3つの交換様式との関連を見よう。下表は社会構成体と交換様式を示す。1、氏族的社会構成体は未開社会とは違って、互酬を基本とするが略取・再分配や商品交換も含み、国家への発展を秘めた段階である。2、アジア的世界帝国とは、いわゆる古代文明として,エジプト、メソポタミア、インダス、黄河流域に展開した灌漑農法の「貢納制生産様式」である。自然と人を支配する技術をもって、都市国家が整えられた。支配の代わりにライフラインの整備と安全を保障する交換(契約)の上になりたつといえる。3.古典古代的奴隷制とはアジア的世界帝国の亜周辺において成立した都市国家である。ギリシャ・ローマ共和国では部族的互酬も保持して、徹底的な民主制をとった。奴隷制と交易経済が発展した。4.ゲルマン的封建制とは、都市国家と同じようにアジア的亜周辺において発生した。西ヨーロッパや日本がそうである。世界帝国のような中央集権制官僚国家をつくらず、分割された領主国家で土地の私有と商品交換が進んだが、略取・再分配が支配的であった。5.資本主義的な社会構成とは、商品交換が支配的である社会のことだ。絶対君主のもとで中央集権制官僚と軍隊を備えた。絶対王政が破棄された市民革命後の国民国家のあとも国家(軍隊と官僚)は存在し、略取・再分配は続くし、福祉国家のなかに互酬関係は生きている。ウヲーラーステインは資本制以前の世界を「世界帝国」と呼び、資本制以降の世界を「世界経済」と呼んでいる。本書はその区分けに従う。15.6世紀に成立した世界市場のもとで、多数の切り離されていた世界帝国が相互につながれ、またその内部で多数の主権国家が生まれる過程を追うことになる。著者は本書は歴史ではなく、複数の基礎的な交換様式の連関を超越論的に解明することが自分の関心事であると宣言する。現代数学における関数論と同じスタンスである。興味は関係の様式であって、個々の事象ではないということだ。

社会構成体と交換様式
社会構成体(マルクス)支配的交換様式
1.原始的氏族的互酬
2.アジア的世界帝国略取・再分配
3.古典古代的奴隷制略取・再分配
4.ゲルマン的封建制略取・再分配
5.資本主義的商品交換
第2部 世界帝国

世界史の中での国家を考えよう。原始的段階を考える人類学研究は多くの未開社会を研究対象としてきたが、「文明に取り残された未開社会」という概念は、即原始的社会を意味するものではない。未開社会は国家への発展を拒むもので、共同体の恒常性(定常均衡)を維持するために十分な条件を備えていたがためにあえて文明(国家)への選択を拒否した共同体である。つまり外の国家から孤立して存在し、互酬の原理を持ち平和的で豊かな狩猟採集が可能な自然条件が備わっていたのであるとされている。従って人類学的研究成果を原始社会に当てはめるわけには行かない。原始社会は否応なく他の国との関係で変容し、互酬以外の交換様式を持っていったと思われるが、理論的な想像力で原始社会段階を推定するしか方法は無い。マルクスは商品交換の起源を,それが共同体との間で起こったと強調した。生産物交換が共同体間で起きたように、国家も共同体の間から発生したと考えられる。国家は共同体が「成長して」来たものではない。ひとつの共同体が他の共同体を支配し,それ以外の暴力を禁じることで国家と法の支配が始まった。暴力は略取の手段であるが、暴力があるところでは交換は成り立たない。暴力を制する力が支配国家であった。内的には支配する側と収奪される側の関係が持続的であるためには、略取ー再分配があたかも互酬であるかのような擬制が必要である。これも交換様式である。国家は他国(仮想敵国)を想定することなしには存在し得ない。これを国家の自律原理という。

アジア的世界帝国という術語で呼ばれる「東洋的専制国家」は中国の秦や漢王朝を考えると分りやすい。専制的な皇帝と官僚機構・常備軍の存在によって、支配者側の共同体は消え、中央集権化が推進された。ところが被支配者側の共同体は賦役・貢納の義務を払えばそのまま残った。マルクスはこれを「全般的隷従制」と呼んだ。賦役・貢納と保護・文明との交換によって多くの周辺国家を支配し帝国になった。専制を支えたのは皇帝の賢政というよりも官僚機構の専制支配であった。アテネの民主主義は農民・戦士共同体の互酬原理であった。そこには部族共同体の平等主義が貫かれており、モンテスキューは「くじ引きこそ民主主義」という。ヨーロッパの封建制はローマ帝国の亜周辺であるゲルマンの部族社会において発生した。主君と家臣の関係は双務的であり、互酬的であった。主君の絶対的権力を許さない多中心的な分散した国家が形成された。そして絶えず戦争状態にあった。日本の戦国時代がその極である。封建制は土地を持つ自由な農奴による農業共同体であった。封建的共同体を解消させるような強力な絶対主義的王権国家が成立するまで続いた。西ヨーロッパにおいて自由都市(フィレンチェなど)を可能としたのは封建制つまり帝国の弱さから来ている。自由都市を拠点として宗教改革や市民革命がおきたのも封建性権力の弱さのおかげであった。ロシアや中国のような皇帝専制権力の圧倒的に強いところでは市民は育たなかった。日本において明治維新の革命が起きたのも封建権力(徳川幕府)の脆弱性があったためである。日本の地理的位置も微妙に影響があった。朝鮮のような中国王朝の周辺国家では王朝の支配が強力で中国と運命をともにしたが、日本は中国の亜周辺にあったために帝国の文明を選択的に受け入れ、それに従属しないということは日本民族の特徴ではなく,亜周辺国家の特典なのである。東欧が常にロシア帝国の支配を受けソ連の衛星国家たらざるをえなかったのは、韓国とおなじ周辺国家であったからだ。

商品交換は共同体と共同体の間で始まった。略奪ではなく商品交換が成り立つのは自由な合意による交換である限り、国家の保証なしには行えなかった。国家が商品交換の原理を取り込み共同体が解体されるのは、近代国家と市場経済が確立する15.6世紀の事である。国家(政治)と商品経済(経済)は相補的(並行的)に進行した。マルクスはリカードやスミスら古典経済学の労働価値説を引き継ぎそこから剰余価値説を引き出した。本書は剰余価値説から貨幣論を解説するのであるが、岩井克人著 「貨幣論」(ちくま学芸文庫 1998)にも詳しく説明されているの、極力省略したい。著者は世界貨幣が信用で成り立つことは、「貨幣は金属商品である必要は無い。諸国家が同意すれば世界貨幣はなりたつ」というところへ導く。誤解のないために、岩井克人著 「ヴェニスの商人の資本論」(ちくま学芸文庫 1992)において、商人資本は詐欺によるのではなく価値体系の差異によって利潤を得ることである。産業資本は労働による価値の創造によって拡大するのである。商品交換=貨幣経済の原理が国家に取り込まれて,経済外的強制力が排除され「経済」の自律性が発生した。著者は第2部第3章で「普遍宗教」について語るが、宗教も交換であると云う面白い指摘はあるが、哲学的になるので省きたい。契約、救済などの問題は「旧約聖書の世界」に詳しく述べたので参照していただきたい。宗教運動も社会主義運動も同じ次元の倫理問題であるということは心にとどめておきたい。

第3部 世界経済

ウォーラーステインがいうところの、資本制以降の世界である「世界経済」について、国家・資本・共同体(国民)を統合的に扱うことになる。「世界帝国」では互酬・略取と再分配・商品交換という交換様式が接合されて存在していた。世界商業と世界市場が16世紀に近代的資本主義を生んだ。離れていた数多くの「世界帝国」の経済圏が結合され、1国だけでは近代国家や資本主義は考えることは出来なくなった。国家に関していえば西ヨーロッパにおける絶対主義国家(主権国家)は世界中の主権国家を生み出した。この主権国家と資本主義市場経済をウォーラーステインは「近代的世界システム」と呼んだ。オスマントルコに滅ぼされるまで東ローマ帝国は依然「世界帝国」であったが、西ヨーロッパに始まる絶対主義王制国家が近代的武力を独占し、商品交換を求めて世界市場に向けて侵攻し始めた(大航海時代)。絶対主義国家は「世界帝国」と同様な官僚制中央集権制と常備軍を形成した。それにより内部の封建諸侯を解消し均質な共同体国家を作った。国家が略取ー再分配という交換様式を独占したことから、国家の自律性が高まり、政府や国民の意思とは別の意志を持つようになった。市民革命後は国王は姿を消したので、国家と国民の関係は、経営者と株主との関係に似ている。ホッブスの「社会契約説」は国内だけを見たもので、国家と政府を混同するものである。国家の根底には「暴力」があり、「服従と保護」の互酬という交換関係がある。市民が主権者になるとその辺が曖昧になっている。国家の自律性とは他の国家に対して存在する位相において見出されるもので、軍と官僚機構が国家の実体である。シヴィリアンコントロールとは市民が国家権力を握ったときに官僚を制御することである。官僚の動きは政府の動きとイコールではない、議会制民主主義が官僚によってコントロールされているのが現状の政党政治である(官僚内閣制)。政治筋とは官僚のことで、政府高官ではない。日本は定めし「官僚のための福祉国家」といえよう。国家機構が直接前面に出ることはありえない。かならず格好の代理者をたてる(フランス革命後のボナパルト、日本の明治維新と天皇)。代理者(お飾り)がないとき、軍が前面にでると軍部独裁政権となってかえって国家は脆くなる。今の日本の代理者は議院内閣制である。

絶対主義王権の時代に「重商主義」という交易が盛んになった。これは商人資本が世界各地の価値体系の差異から剰余価値を見出したが、世界市場が形成されるとこのような差異はもはや利潤を生まない。そこでマニファクチャーにおける分業が機械化を生み、近代科学を利用した産業革命の時代へ突入し、産業資本が国家の育成の下で成長した(日本の国営産業と払い下げがその典型)。ところが手っ取り早い略奪という「植民地主義」やアメリカの「奴隷制」、「農奴制」も近代世界システム」の中の一部をなした。初期資本の蓄積過程ではなりふり構わない生産様式があったのだ。21世紀の新自由主義でも資本は安い労働力を求めて、「派遣労働者」という現在の奴隷制が存在する。マルクスは労働に剰余価値を見出したが、すると労働者は安い商品でいいのかといえば、じつは労働者は生産物を買う消費者である点が重要なのである。この点が産業資本が商人資本と決定的に違う点である。産業資本は国内市場を作ったのである。剰余価値の本質は実はこの点にある。労働の再生産は「殺さぬよう、生かさぬよう」では、あこぎな一企業の生き残り戦術に過ぎない。剰余価値の創造とはその生産物が流通過程で売れることである。これをマルクスは「相対的剰余価値」と呼んだ。産業資本の剰余価値とは、労働者が労働力を売りその生産物を消費者として買うことが広い意味での「流通過程」である。「自己再生的」システムを形成したことによって、商品交換の原理が全社会・全世界を貫徹した。労働者が豊かにならないと産業資本は困るのである。根本的には、資本制経済は技術革新ー労働生産性の向上という差異化なしに存続することはできない。産業資本を生産点における「搾取」と見たのでは産業資本の本質は理解できない。信用失墜は資本のリスク管理であり、「流通過程」における労働者の反抗とは「ボイコット」不買運動である。これが資本にとって一番こたえるのである。

「国民国家は世界資本主義の過程で生じたシステムである。絶対主義王政が市民革命によって倒され、人民主権が成立する段階になって国民国家が生まれたのだ。「国民」は絶対主義王制においてまず「臣民」として形成された。それまで身分・部族・共同体・言語によって分かれていた人々が、差異を超えて同一性を持つのは絶対的な主権者の「臣民」となったときである。そしてその「臣民」が市民革命によって絶対的主権者を倒し、個々の人が自由と平等を手に入れたときに「国民」となった。平等は国民の均質性を生む原動力である。マルクス主義は国家・国民を解消すべき対象として捉えたが、ソ連に見るように社会主義国家自体がナショナリズムの虜になってしまった。ベネディクト・アンダーソンは国民を「想像された共同体」と見て、宗教に替わって個々人に不死性・永遠性を与え、その存在に意味を与えたと主張する。彼によると「国民は現にいるだけでなく、過去未来の成員を含むものである」、解体された共同体の想像的な回復に他ならないという。カントは想像力を、感性と知性を媒介する能力と見た。アダムスミスは「道徳感情論」において共感・同情が人の中で、「こうしてはいけない、こうすれば好ましい」と命じる第2の人格(想像力)となることを倫理とした。そういう倫理に経済的合理性を任せればいいというのである。スミスにおいては自由主義市場における利己心と共感は矛盾しないのだ。著者は国民とは想像物でしかないと断言する。国家の支配者である官僚は国民が均質であることを望む。単純で支配しやすいからだ。国民とは制度的な存在で、個々人の差異は疎外されている。官僚が統計を好むのはそういう意味である。メディアがひとつの流れに国民の意見を持ってゆこうと誘導するのも、支配者に仕える道具であるからだ。

本書の主題である「アソシエーション」とは、商品交換の原理が存在するような都市空間で,国家や共同体の拘束を斥けて、共同体にあった互酬性を高次元で回復する社会運動のことである。きわめて想像的で観念的なもので実在しない。具体的なシステムとしては未知数の塊である。それは宗教かもしれない。カントは「他者を手段としてのみならず同時に目的として」扱うという道徳法則は、資本主義的概念と相容れない。そこでカントは社会主義=アソシエーションを考えて、富の格差がない交換システムの実現を夢想した。そしてカントは諸国家がその主権を譲渡することによって成立する世界共和国、いわば「神の国」を唱えた。フランス革命で唱えられた自由・平等・友愛は3つの交換システムを言っている。自由は市場経済での商品交換システムを、平等は再分配システムを、友愛は互酬システムである。それが歴史的には資本・国家・国民に帰結した。19世紀の社会主義者は平等と友愛を取り戻すことであった。プルードンは経済的平等よりも自由を優先した。富の再分配(福祉国家)を要求すれば、それは国家(官僚支配)を強化することになる。プルードンがいうアナーキズムとは、双務的ー互酬的な契約に基づく社会主義であり、国家によらない自己統治的秩序であるとした。プルードンは国家と資本主義経済から自立したシステムを構想したのであろう。アソシエーションという生産者協同組合(なんと懐かしい言葉か)を目指してプルードンは経済革命を、マルクスは政治革命を主張した。著者はプルードン風の経済革命とカント風の世界共和国を理想とするアナキストである。そんなことが可能かどうかは分らない。どうすればそうなるかも提示されていない。すべては夢想の世界である。


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