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正田 彬著 「消費者の権利」新版

  岩波新書(2010年2月)

消費者庁施行時点で、消費者の権利を再検討する

2008年9月5日農水省は「三笠フーズが輸入事故米穀を食用に転用して販売していた」と発表し、社会に衝撃を与えた。それより以前に2007年より問題となっていたメタミドフォスに汚染された中国輸入冷凍餃子が、実は中国国内でも発見されたことが2008年8月11日の毎日新聞が報じた。中国毒入冷凍餃子事件で明らかになったことは、輸入食品の検査体制の問題と、輸出入業者の契約と責任内容の問題である。想定外の化学(農薬)物質については税関を初め農水省や、輸入業者(JT)、販売業者(生協)の検査がどの段階でも実行されていないことである。まして数パーセントの抜き打ち検査では発見することは難しい。毒入りとなると警察が動き、輸入となると農水省や外務省が動くため秘密主義の壁に遮られて国民消費者に情報がすばやく的確に公開されないことも2次的問題と明らかになった。食の安全問題が連鎖反応のように連続しておき、連日賞味期限切れ食品の問題が報じられた。これにより当時の自民党政権の農水大臣と事務次官の首が飛び、福田首相は「消費者庁」の設立を約束し、2009年5月の消費者庁設立関連3法案が国会を通過し、麻生内閣交代のぎりぎりに9月1日消費者庁が発足した。この消費者庁発足と関連法案の施行で本当に消費者の安全と権利が守られるのかを本書の著者で独禁法の専門家正田 彬が検証しようとした。消費者問題とは食の安全だけではなく、商法でいう契約の不備問題までを含む幅広い消費者保護と権利の問題である。本書「消費者の権利」岩波新書は実に約40年前の1972年に刊行されて好評であった本であるが、著者は最近の社会活動の変化に鑑みて全面的に書き直したものであるが、「消費者の権利」は「環境権」と同じく消費者の生活を脅かすものに対する民主社会の基本的人権と捉える考え方は前書から貫かれている。経済法なかんずく独占禁止法の専門家である正田彬氏(1929−2009年6月)のプロフィールを紹介する。
氏は1950年(昭和25年)慶應義塾大学法学部法律学科卒業し、1967年(昭和42年)4月慶應義塾大学産業研究所教授 になり、慶応大学を定年退官後1989年(平成元年)4月上智大学法学部教授となった。1995年(平成7年)公正取引委員会顧問 など政府の審議会員などを歴任した。2009年6月本書新版をほぼ脱稿した6月に逝去された。本書は正田氏の弟子である舟田正之氏と岩本諭佐賀大学教授の二人が受け継ぎ、消費者庁発足前後の事実関係を整理して出版となったという。本書と直接の関係はないが、正田彬は数学者・正田建次郎の長男として生まれる。父方の祖父は日清製粉グループ本社創業者の正田貞一郎、母方の祖父は天文学者の平山信。皇后美智子は彬氏の従妹にあたるという学者一門の出である。著書に『経済法』(日本評論社、1963年) 、『現在経済と市民の権利』(成文堂、1974年) 、『全訂独占禁止法I・II』(日本評論社、1980年、1981年) 、『独占禁止法研究I・II』(同文館、1986 年) 『消費者運動と自治体政府』(法研出版)などがある。

現在消費者の権利を巡る状況は楽観視できるものではない。今日先進国では市民社会の人権を前提として社会が形成されている。市民社会の基本的な原則は、個人の権利の保障とくに人間の自由・平等の保障を中心としている。この観点が消費者の権利を考える原点であると著者は宣言するのである。一方商品・サービスの取引を提供する事業者(サプライヤー)の活動は、利潤の獲得を目的として、市場経済体制の原則に対応しながら高度な発展を遂げている。膨大な規模の商品の種類・生産力と巨大な流通機構、複雑な国際的取引などに消費者も組み込まれている。そして事業者と取引を行う消費者は、生活を営んでいる生身の人間であることが基本的な特徴である。消費者は自分の健康で文化的な生活を営むために商品・サービスを購入するのであって、事業者間の取引関係とは全く性格が違う。食品の場合典型的に現れるが、商品・サービスの問題で人間の生命・健康に影響を与えるということだ。簡単な日常品なら消費者も社会通念上商品の内容を理解している。石油ストーブが危険なことは承知して使っている。ストーブの上に洗濯物を干すことが火事につながることは十分理解しているので、その類の事故は石油ストーブのメーカーの責任ではない。しかしいまや商品の種類、変遷のスピードが著しく、消費者が危険性を十分理解していない商品に囲まれている。したがって、その商品が持つ危険性についてメーカー販売者は明確な表示が求められるのである。そのため消費者は事業者が提供する情報に全面的に依存せざるをえない。各種の偽装表示、不当表示の問題は、こうした消費者の弱い立場を悪用した事業者の不当な行為である。市場における情報の不均一性、差異性という現象は常に一方側の利益の源泉であり、消費者側は弱い立場にある事を示す。市場において需要と供給の問題は両者の力が対等である時は、「見えざる神の手」によってしかるべきところで価格が決定される。しかし事業者対消費者という構図では、事業者は消費者に対して価格を支配的に決定する可能性がある。消費者の行動を読む事業者の巧みな戦略で需要が作り出され、事業者による価格操作・価格支配という方向へ向かう。この関係は事業者間の力の差によっても支配関係が生じ、再販売価格維持行為によって小売価格を強制する仕組みが働く。結局最終的には消費者が事業者間の支配関係の末端に位置させられる。さらには市場支配力(1社で、または寡占の数社で)において優勢な事業者間が結合して価格協定という共同行為によって高い値段の商品を買わされることが起きる。ところがこのような寡占的支配力に対する規制は殆ど日本では期待できない状況である。独占禁止法を巡る裁判ではいつも事業者側の勝利に終わる。かっての公益事業は市場を独占したまま民営化されることが多くなった。JR、JAL、JT、NTT、JP、高速道路、電力会社、ガス会社等の市場支配力にたいするチェックはなされたことがない。

消費者が基本的にもつ持つ特徴からして、次の4つの「消費者の基本的権利」が保証されなければならないというのが著者の法理論の支柱であり結論であり、それを具体化する法を準備するのが著者ら経済法学者の仕事である。
@ 「消費者の安心、安全、自由の権利」 
消費者の生命、健康、生活の自由は消費者の人間としての最も基本的な権利である。したがってそこには消費者の利益と事業者の利益の調整という官僚的介入はありえないのである。環境権と同じ思想である。消費者の生活権、生存権を脅かさないいうことは事業者が事業活動を行うための前提であり、これを破る事業者は速やかに市場から退場させることである。
A 「商品内容を表示させる権利」
消費者が商品・サービスを自らの力で認識できない買い手であるため、いかなる危険性があるか表示(情報提供)が重要である。商品・サービスの内容、性格、機能、リスクについて正しく表示させる権利が消費者に存在する。不当表示を禁止するだけでなく、商品についての積極的な表示義務が事業者・販売者に課せられている。
B 「価格決定に消費者が参加する権利」
自由な経済活動を保障し、市場における取引当事者の実質的平等を図るために、市場経済体制における経済民主主義が確立されなければならない。寡占事業者の圧倒的な市場支配力に組み込まれた消費者の取引の自由の権利(今は殆ど存在しないが)を守るためには、地位の濫用を規制し、価格決定過程を透明にし、公開の場で消費者またはその代理人が参加できる機構が必要である。
C 「消費者が情報の提供を受ける権利、知らされる権利」
自動車のリコールやガス瞬間湯沸かし器の中毒事故では情報が事業者と役所に集積されて、速やかに公開されないことが更なる事故につながる。この消費生活に必要な情報の提供を受ける権利はいつも役所の秘密主義と事業者優遇措置のためないがしろにされている。外国では消費者の「知らされる権利」が重要視される時代である。
2004年6月に制定された「消費者基本法」がある。「消費者保護法」を発展させたものであるが、「消費者の責務」とか「消費者の自立」とかいって事業者の責務をあいまいにし、消費者にも罪があるかのような表現が見られる。これは進歩ではなく「後退」であろう。2009年9月に消費者庁が発足したいま、各省庁のタテ割り行政で齟齬している消費者関係法を統一的に見直す時期ではないだろうか。結局消費者を守るのは法制度と消費者運動のパワーであろう。政府に圧倒的な影響力を持つ事業者団体と対等とは言えなくとも、、労働行政における企業、労働団体、政府の三者団体と同じような力を持たなければならない。ということで本書は消費者の4つの権利と、消費者行政、消費者運動の6つの項目について著者の言い分を聞いてゆこう。

1) 消費生活の安心、安全、自由の権利

消費生活における安心、安全、自由の権利は、現代市民生活における基本的人権が消費生活の場において具体化されたものである。すなわち消費者の最も基本的な権利といえる。法整備においては完全に保障されているようであるが、科学技術の発展で新たに問題(例えば遺伝子組み換え食品の安全性)も出てきている。BSE(牛海綿状脳症)食肉問題をきっかけに2003年5月「食品安全性基本法」が制定された。国は基本方針の策定、食品関連事業者には措置を講じる責務と情報を提供する責務を定めた。そして食品安全委員会を総理大臣直属の機関として設立した。総理大臣に意見を述べ、関係大臣に勧告をし、食品健康影響評価を行う大変大きな権限を有している。しかしこの委員会の設立依頼、評価や勧告など仕事らしい仕事を何一つしていない。そして消費者代表が委員に任命されていないことは重大な片手落ちである。輸入食品問題では「食品衛生法」の規定があるが2003年の改正でポジティブリストの導入、新食品の監視、罰則の強化、関係業者の刑事責任などが決められたが、実質的に警察が動いた気配はないし、まして処分を行ったこともない。行政は問題発生において権限を行使する気はないようだ。「コンニャクゼリー」で幼児が窒息死する事故が続いたが行政は法的措置を何一つ講じていない。行政は事業者の方が大事なのか、消費者の安全確保のための法的運用にいつも消極的であった。BSE問題についてはこの食品安全性委員会の意見は必ずしもアメリカ牛肉の輸入緩和を容認するものではなかった。BSE問題のリスクについては、池田正行 著 「食のリスクを問い直す−BSEパニックの真実」 (ちくま新書)中村靖彦 著  「狂牛病−人類への警鐘−」 (岩波新書)を参照してください。2005年よりじわじわと輸入条件の緩和の方向へ動き始め、全数検査を引っ込めて危険部位の除去、生後20ヶ月以下の牛頭、輸出認定施設35箇所の事前査察を条件として、日本で16頭のBSE感染牛が発見され経路は不明のまま政府は米国カナダ産牛肉の輸入再開を行った。ところが危険部位が堂々と輸出されて、その度に日本政府は大慌てをした。食料自給率が39%の日本では、輸入食品の安全性は死活問題でもある。2008年9月20日、中国の製造業者が牛乳に禁止物質であるメラミンを混入させていた事件が公表された。それを輸入し加工食品の原料の一部としていた丸大食品は自主回収を行ったが、この事件は食品衛生法に違反する食品の輸入という問題であった。輸入食品の検査体制の強化と輸出国(中国)との間の検査の取り決めを整備する必要がある。

2005年までに松下電器産業(パナソニック)の温風暖房機(FF式石油温風器)の給気管の劣化による一酸化中毒死亡事故が三件発生した。4月経産省の指導の下に製品のリコールを開始したが、半年たっても回収率は36%(全数15万台)に過ぎなかった。経産省は「消費生活用製品安全法」による「緊急命令」を松下電器産業に2回出したが11月にはさらに4件目の死亡事故が発生した。2006年7月14日経産省はパロマ工業製瞬間湯沸かし器による一酸化炭素中毒事故が16件発生しうち14名が死亡していたことを発表した。その後の調べで1985年から2005年までに中毒事故は28件、うち21人が死亡、36人が重軽傷を負っていたことが判明した。緊急命令を出したのは2006年8月28日というあまりに遅きに失した経産省の対応であった。2008年パロマ工業の対応の悪さに対しては経産省は2008年6月25日に「危害防止命令」が出されている。

市民生活の自由の権利を侵す「訪問販売」は、他人の生活の場を販売活動として用いるのは、消費者からの依頼があったときに限定されるべきで、「呼ばなければ来るな」というのが、居宅、住居における事業活動の基本原理であるべきはずである。ところが現法律「特定商取引法」が一定の制限の下(再勧誘の禁止など)で認められているのである。選挙でも戸別訪問は禁じられている。日本でも特定商取引法によって訪問販売を容認するのではなく、むしろ全面禁止の法制度が必要である。また訪問販売だけでなく電話による勧誘なども禁止すべきである。商売は事業所のみで行うことにすべきである。未公開株や先物取引など各種悪質な商法を阻止するためにも電話による商取引は禁止すべきで、高齢者や認知症患者の契約には規制を設けるべきではないだろうか。

2) 商品を正確に表示させる権利

製品の材料や機能、製造過程や流通過程が複雑に発達した今日、消費者がその商品やサービスの内容について正確に認識することは不可能であろう。そこで事業者が商品・サービスについて正確に表示する責務が生じる。2002年輸入牛肉を国産牛肉と偽って表示する事件が、雪印食品、日本食品、日本ハムと続いた。2007年には不二家が消費期限切れの牛乳を使った洋菓子を出荷した事件、ミートホープが牛肉コロッケに豚肉を混ぜた事件、石屋製菓による「白い恋人」の賞味期限改竄事件、伊勢名物「赤福」の賞味期限の不正表示事件が相継ぎ「偽装表示の年」として新聞を賑せた。食品の表示には「JAS法」があるが、食品の偽装表示事件は一向に後を絶たない。食品の安全を確保する表示については、「食品衛生法」、「JAS法」、「不当景品表示法」による規制があるが、バラバラの規制を統一することも考えなければならない。危険性のある電気製品を安全に使用する為に、一定の基準を満たした製品にマークをつける「電気製品安全法」があり、エアゾール製品の危険性と取り扱い法を表示する「高圧ガス保安法」が定められている。そして安全性については科学的検証が難しいが「遺伝子組み換え食品」には表示義務がある。JAS法、食品衛生法では現在量の上位三位までの表示、割合が5%以上のものの表示に限られ、醤油・大豆油・菜種油など10品目の加工食品については表示が不要であるため、結局約90%の遺伝子組み換え食品は表示を免れている。EUでは0.9%以上の含有で表示を義務つけている。ざるのような表示義務ではなく、より厳格な表示に向かう必要がある。また表示は消費者が理解できないようでは意味がない。新食品類には「プレスハム」、「ニューコンドミート」など定義が分り難い命名があり消費者の理解を妨げている。包装袋の下側に最近マークが色々つくようになった。JIS,JAS,有機JAS、特保食品、リサイクルマークなどである。このマークの意味するところは業界や政府で決めた一定の規格を満たす商品である事をいうようだが、ところが消費者はその規格を正確に知らないのである。「知らなくてもいいから、行政機関を信頼せよ」といっているようであり、業界の信用をバックアップするための表示となっている。一般的な不当表示を規制する法律には、「不当景品表示法」、「消費者契約法」、「不当競争防止法」、「特定商取引法」があり、食品については「JAS法」と「食品衛生法」の定める表示義務制度がある。さらに薬については「薬事法」、電気製品については「電気用品安全法」などの定める表示義務がある。こうした表示規制の統一と整合を急がなければならない。

3) 消費者が市場の価格決定に参加する権利

価格の問題は消費者が自ら行う取引条件の決定に参加する基本的な権利ということが出来る。商品を買う時、価格はひとつの大きな要素である。ところが事業者間で統一的な価格が設定されていれば、消費者は大切な自由を奪われたことになる。市場経済は対等な立場の経済民主主義で成り立っているということがウソでないことを目指さなければならない。原則として市場競争を公正かつ自由な形で確保するため、1947年に独占禁止法が制定され、公正取引委員会が消費者の権利を擁護する行政機関の代表とみなされている。消費者の権利を守るとりでは独占禁止法に基礎を置くのである。独占禁止法が最大の対象としているのは、市場支配力が形成されて市場経済の仕組みが働かなくなり、市場における競争原理が機能しなくなることである。価格協定などの「共同行為」によって競争を排除するとか、寡占の事業者が支配的な地位を占めて同業者を支配することで、一方の取引相手である消費者を完全に支配することが出来る。そしてこの市場支配力のもたらす負担が結局は全て消費者に転嫁されるのだ。事業者間の価格協定の共同行為について、公正取引委員会は「意志の連絡」を実証しなければ取り締まることが出来ない。「闇カルテル」、「地下協定」、「さみだれ追隋」など証拠を残さない方法で行われるため、公共事業の談合事件以外には取り締まりは困難である。合併など企業の集中の規制については、2001年JALとJASの統合問題に公正取引委員会が疑問を投げたが、結局政府国交省とJAL&JASの提案を受け入れて統合を受け入れた。古い話では1968年の八幡製鉄と富士製鉄の合併で「新日鉄」の誕生の時も公正取引委員会は合併を認めている。凡そ公正取引委員会は有効な判断を示し得ていない。政治的判断が決定した事項を覆す力を公正取引委員会は持っていないのである。

独占禁止法による「不公正な取引方法の禁止」において、公正な競争を疎外しないために事業者による取引上・競争城の力の不当な行使は禁じられている。しかし事業者がガリバーのような強大な力をもって支配することは必ずしも必要ではない。流通過程における力を行使することにより、取引相手方に自社の製品を中心に扱わせるようにする「流通系列化」が行われている。また「再販売価格維持行為」は卸売業者や小売業者への「不当な事業活動の拘束」に当たるとして独占禁止法で禁じられている。これらの力の濫用とは少し違うが、「不当表示」は消費者と事業者の商品・サービスの認識能力の差異に基づくとして、競争秩序の前提を崩すものとして独占禁止法の枠で対応することになっている。「不当廉売」(ダンピング)は独占禁止法では「不当な低価格販売」も不公平な取引として禁止している。廉売は消費者のために行っているわけではなく、不当な客寄せにあたる。資本力の大きな事業者による競合相手の一掃であり、この廉価で資本の小さな事業体は赤字になり首の根を絞められるのである。シェアー第1位の事業者がよくやる手である。景品や懸賞を巡る競争が独占禁止法の「不当な顧客誘引行為」として一定の制限内で規制されている。広告については今のところ規制はない。また中小企業の共同組合が行う相互扶助のための共同行為は独占禁止法の適用除外である。新しい問題として、いまや百貨店やスーパを抜いて流通業界の雄ともてはやされるコンビニのフランチャイズシステムに関する独占禁止法の考えによるガイドラインがある。セブンイレブン、ローソン、ファミリーマート、サンクスの4強の店舗数は35000店(全国50000店)である。ここで問題となるのが商品販売価格の均一化、値引き禁止販売を強いることである。2009年6月公正取引委員会はセブンイレブンに対して値引き販売を不当に制限したとして排除命令を出した。

公益事業は消費者の生活に密着した商品・サービスの提供を行う事業体である。鉄道、電気、ガス、通信、郵便、水道、高速道路など国や自治体や地域独占的事業体(東電、関電、東ガス、大阪ガスなど)によって行われている。しかしいまや様々な公益事業が民営化されている。郵貯や簡保の金が財政投融資で道路建設に使われていることを問題視した小泉首相は郵政民営化を断行した。そして鳩山内閣でその見直しが行われている。はたして郵政民営化は消費者・利用者にとってどうだったのだろうか疑問視する向きも多い。独占禁止法は2000年に改正され、公益事業は適用除外から外され法の規制対象となった。すると100%近い市場占有率にある事業者をたとえ地域的に分割したとしても、それらが競合するわけではないので独占禁止法に真っ向から矛盾する存在となっている。そして公共料金の決定は所轄官庁の認可を得て、国会の承認を経るなど公的な規制があるが、そこに消費者が参加する道は開かれていない。

4) 情報の提供を受ける権利

情報化社会とはいえ、商品・サービスについての情報は、関係事業者や行政機関にとどまって消費者の目には届かない。情報を公開する有力なメデァでさえ、スポンサーや自分に都合の悪い情報は公開しないのである。「氾濫する情報」とはいうが消費者に必要な情報は伝わってこない。必要な情報を提供することを事業者や行政機関に義務つけることが必要であろう。「情報社会に対応して消費者が必要な情報を受ける権利」の保障である。商品の安全性に関する情報は一刻も早く公開され周知される体制にないと(薬の副作用情報のようにオンタイムで公開)、事業者や行政の不作為で情報公開がサボタージュされたり遅延したりすると、新たな人命が失われる可能性がある。(エイズ裁判でも不作為の殺人が問題とされた) そしてインターネット取引においてはさまざまな悪質商法が蔓延っている。画面の写真のみで取引する危険さと売買契約の締結が問題視されている。民法では承諾の通知を持って取引が成立し、消費者契約法、特定商取引法、不当景品表示法、不正競争防止法などの適用を受ける。インターネット取引では相手が見えないため信用できるかどうかまだ未成熟な面が多い。

5) 消費者行政

2009年5月消費者庁設置関連三法(消費者庁と消費者委員会設置法、関連法の整備法、消費者安全法)が成立し、同年9月1日消費者庁と消費者委員会が新たに設置された。消費者庁は内閣府の外局として設置され、各省庁に措置要求や勧告が出来る。消費者委員会は内閣府に独立して設置され、内閣総理大臣に韓国や報告要求が出来る。消費者委員会の委員は(10名以内)内閣総理大臣が任命し、現在、消費者団体員、大学教授、企業経営者、弁護士ら9名が登用されている。内閣から独立している点では「公正取引委員会」と同じである。消費者委員会の活動は@独立して職権を行う、A内閣総理大臣や関係行政機関への建議、B関係行政機関への資料の要求、C内閣総理大臣への勧告と報告書の要求が出来る権限が与えられている。消費者庁および消費者委員会は消費者の権利を確保することのみを第1義的な目的とし(間違っても事業者の利益との調整を行ってはならない)、一元的な行政を実現しなくてはならない。消費者庁と消費者委員会は消費者に関係する法律のすべてを所管するため、まず関係法律の整備に関する法律(整備法)では「表示関係」、「業法関係」、「安全関係」、「その他」にわけて整理しているようである。これまで複数の行政機関が所轄していた29の法律を消費者庁に移管し、消費者庁が一元的に所管するものと「共管」するものに分けられる。科学技術の専門知識に関係する、消費者の生命・健康の安全、消費生活の自由や、商品の品質確保に関する法律については、消費者庁が直接所管するのではなく、勧告権と公表権を所管することが妥当である。行政を見守る立場の消費者委員会の役割が重要である。消費者被害に関する情報は消費者庁と消費者委員会の双方に集約される仕組みを作ることで、情報ツンボ桟敷におかれる危険性を免れることが出来る。

消費者行政の基本となる、2004年制定の「消費者基本法」を見て行こう。基本理念に消費者の権利を尊重することが定められている点では一歩前進だが、「消費者の自立」とか「消費者の責務」という訳の分らない言葉が入れられている点では一歩後退である。「消費者は権利ばかり主張しないでもっと勉強しろ」といわんばかりの主張は、消費者被害の責任の半分は被害者の不勉強にあるといっているようだ。これでは事業者サプライヤーの免責につながる。消費者の4つの権利の具体化こそが消費者行政の目的にならなければならない。日本の消費者行政では消費者被害の救済が重要であると考えているようだが、救済は裁判で行うべきだと著者は主張する。これまで日本の行政は事業者サプライヤー優遇政策に徹してきており、消費者の権利侵害に対して消費者の立場で措置を要求する行政機関は存在しなかった。事業者が出す情報とは、商品を購入するための情報であり、消費者を守る情報ではなかった。消費者の権利を守る情報を消費者行政が出さなければならない。訴訟を好まない日本の消費者のために消費者相談を行政の仕事にしなければならない。それも斡旋仲介型から被害救済型の相談所にすべきである。消費者、事業者、行政の三者構成の消費者被害救済委員会などの機関を設け、裁定を行うべきではないか。「消費者安全法」は各地方自治体の行う消費者相談業務を消費者行政の中に明確に位置づけた。

6) 消費者運動

消費者の権利を確保し擁護する方向は必ずしも十分ではない。むしろグローバリゼーションの社会構造変化のなかで消費者の立場は弱くなっているのではないだろうか。こうした状況に対して、消費者の側からも積極的に自らの権利を確保する運動が必要である。その際に重要な働きをするのが消費者団体をはじめ物言う消費者の組織化が必要である。事業者或いは事業者団体に結集した力は(ロビー勢力として)行政に対して大きな影響力を持っている。消費者の組織化や消費者団体の結成によって、被害者団体を結成する前に社会的な力(利害者団体、圧力団体、政治勢力)を形成する必要がある。消費者団体の活動にはこれまで「問題提起型」と「生活共同組合型」があった。問題提起型とは情報提供、被害救済、消費者への啓蒙などをおこなう。生活共同組合型は共同購入活動にあったのだが今日では生協も一事業者に過ぎなくなっている。消費者団体による消費者相談では、消費者団体が示した解決策に事業者が応じないときには訴訟となる。2006年の「消費者契約法」改正において、内閣総理大臣が認定した消費団体を「適格消費者団体」として特定の事業者にたいする差し止め請求を行う権限を認めている。この団体訴権がある団体は、2009年現在で全国に7団体が「適格消費者団体」として認められた。この制度はドイツの制度を母体として、個別法に対して例えば有利誤認表示、訪問販売、勧誘、通信販売、威圧など不当勧誘などが団体訴権の対象となる。問題はひとつの団体訴訟を立ち上げると、同じ事業体に対して複数の地方で同時に裁判を起こせないことである。


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