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沖藤典子著 「介護保険は老いを守るか」

  岩波新書(2010年2月)

介護保険制度開始10年目の岐路 安心して老いを迎えるために

介護保険法は1997年に成立し、2000年4月1日を持って施行され、今年2010年4月で10年目を迎える。介護保険法が施行された当時、難産の超未熟児と揶揄され「走りながら考えよう」を合言葉にスタートした。発足当時は「高齢者保険料の特例措置」があってどうやら走り出した。保険者となる地方自治体は介護維新といって期待と意気込みをもって、制度が開始された。被保険者である高齢者と家族からも「これで不安から開放される」といって歓迎された。介護保険創設当時次のような言葉が語られた。
@ 介護の社会化: 介護の社会連帯
A 高齢者の自立支援: 次の世代に迷惑をかけない日常生活
B 自己決定権: 自分がほしいサービスは自分で決める 利用者本位
C 選択の権利: 介護サービスを自分で選ぶ
D 家族を介護地獄から解放する

介護保険が始まるまでは、介護サービスの提供は、措置制度という行政処分(低所得者、障害者救済のような)で行われてきた。ところが日本は1970年あたりから高齢社会に突入し、65歳以上の高齢者の比率が7%を越したのである。少数の人を救う措置制度ではなく、普遍的な介護保険制度への移行が求めらた。2004年度あたりから日本の総人口が減少に向かい、今や高齢者比率は2007年度には21%を超え「超高齢社会」または「前例のない高齢社会」となったのである。この傾向は更に続くものと思われ、長寿化と団塊の世代の高齢者世代への突入がその推進力である。一時代に核家族化という言葉が用いられたが、その傾向は年々加速し、三世代世帯比は減少し、単独世帯、夫婦のみの世帯、親と未婚の子の世帯の合計比率が70%に増加している。介護の概念も変更を余儀なくされている。介護に予防を加え、身体ケアーに認知症ケアーが加わり、家族同居だけでなく独居もでるも考えてゆかなければならない。昔から日本では高齢者の親を家族で見取るのが当たり前の美徳といわれ、長男の妻への役割強制となって、介護地獄など多くの家族の葛藤を生み出した。近年日常的な介護の有様を、「老老介護」(高齢者の子が超高齢者の親をみる)が「タテ老老介護」だけではなく、「ヨコ老老」(老夫婦間での介護)とに分けられる。そして男性介護者が三割近くに増え、そのために離職しなければなrらないことが貧困化となっている。また1人の女性が、夫の両親、自分の両親、夫の5人の介護に向かう、「連続介護」、「介護の多重化」という事態も問題となっている。今介護にあたっている世代は「親の介護を背負った最後の世代、子供には期待できない最初の世代」である。

こうした介護世代の苦しみを軽減するために介後の社会化が求められたのである。介護保険の創設に当たっての最大の問題は財源問題であった。「税か保険か」で大論議が行われ最終的には、税45%、保険45%、利用者負担10%となった。介護保険法第1条に目的を、「加齢によって生じる要介護状態になった者に、尊厳を維持し、自立した生活が営めるよう、必要な医療保健サービスと福祉サービスに関る給付をおこなう」とされた。介護保険の保険者とは地方自治体であり、被保険者とは第1号が65歳以上の高齢者、第2号が40歳−64歳の人である。介護保険の利用の仕組みは、まず市区町村へ介護認定を申請し、介護保険サービル事業所と「ケアプラン」を契約することから始まる。心身状態によって介護区分は、要支援1、要支援2、要介護1、要介護2、」要介護3、要介護4、要介護5に分かれて、各々利用限度額が4970円から35830円(2006年)に制限されている。事業者が受け取る介護報酬は複雑であるが、介護内容によって事細かに基本単位(月)がきめられ、更に地域係数、人件費割合をきめる「上乗せ割合」、「加算」が考慮され、利用者には見えにくくなっている。利用限度額をオーバーすると、あるサービスを削ったり、回数や時間を少なくしたりしてケアーマネージャと相談しながら契約する。10年間の介護保険サービスの推移を見てゆこう。3年ごとに介護保険報酬の改定と介護認定の見直しが行われ、5年ごとに法の大きな改正を行うことになっている。2000−2002年を第1期、2003−2005年を第2期、2006−2008年を第3期、2009−20011年を第4期とすると、(月の介護保険料、介護費用総額)は、第1期(2911円、3.6兆円)、第2期(3293円、5.7兆円)、第3期(4090円、6.4兆円)、第4期(4160円、7.7兆円)である。2005年に第1回目の介護保険制度の改正が行われた。大きな改正点は介護に予防サービスが追加され、地域包括支援センターが創設された。「介護給付適正化事業」が推進されたことである。2007年度の利用者を見ると、65歳以上の高齢者2831万人のうち453万人が認定され(高齢者の16%)、そのうち介護保険サービスを利用しているのは363万人(高齢者の12.8%)であった。介護保険サービスの利用では77%が居宅サービス(ホームヘルパーやディケアー、福祉用具利用サービス)を受けている。

著者が一番問題にしたかったことは、介護保険10年の歩みの中で後半において介護保険が変な方向に行き始めたことである。それは小泉内閣の時から福祉予算の削減(骨太方針)が一貫として行われ、介護保険もその対象になったことに起因する。そして財源論議が先行した結果、財源にあわせて介護内容を切り下げてゆくことが政治的意図を持って行われたのである。今介護を必要とする人々から必要なサービスが奪われ、高齢者の幸福感を守る暖かさが失われつつある。著者はNPO代表として社会保障審議会・介護給付費分科会委員として報酬改定審議の中にいた。「適正化」の言葉で厳しい給付制限が行われた。コムスンという大手事業所の不正給付申請に端を発して、「適正化」という美名で必要なサービスの質をドンドン落としていった。そういう意味でコムスンの行為は介護保険の進展にとって犯罪的な裏切り行為であった。厚労省はその機会を捉えて介護保険全体の削減という政策に傾いた。そして今民主党政権となって、再び生活者・高齢者の目線で介護保険が見直され改定されてゆく。介護保険制度の持続発展はこれから始まる。

1) 介護給付適正化事業とは

第3期(2006-2008)の報酬改定により大きく変ったことは、ホームヘルプサービスから同居家族が居る場合の「生活援助(家事)」がなくなったことである。ホームヘルプサースでは、生活援助、身体援助、通院など乗降介助から生活援助がなくなり、利用限度額がオーバーしたら自費となる。そして生活援助は90分以下に制限された。第4期改定(2009-2011)では介護人材確保法により介護報酬が3%アップされたが、それは自己負担の上昇となった。生活援助は「家事援助」と同じ内容であり、「居宅サービス」といわれ家の中に限られたサービスで、散歩、買い物などのサービスは同居家族が居ると利用が制限されるようになったのである。要支援T・Uと要介護Tを対象とする「予防給付制度」は介護保険の目的である自立生活を支援するという名目で役所は生活支援を制限し始めたのだ。支援しすぎると「廃用症候群」になり老化が進むという屁理屈で、支援サービスを減らしたのだ。コムスンなど悪徳事業者を排除し、ケアーマネージャのでたらめな介護計画をただす指導という官僚の一番大好きな口実で、サービスの大幅なスリムアップを図り、ひいては介後に掛ける国費を削減することが狙いであった。保険者である自治体が「適正でない」と判断すると、支払った介護保険料を返還させ、中にはサービス事業の指定を取り消すという脅かしで事業所、ケアマネージャを萎縮させた。役人が最も得意とする許認可権の濫用で、「生かすも殺すも匙かげんひとつ」とばかり業者を自在にコントロールしたがるのが官僚の悪癖(生きがい)である。この生活援助利用制限は要介護者を抱える家族を直撃した。同居はしているが昼間は働くなどの理由で「日中独居」になる場合とか、同居する家族に介護力がない場合、生活援助がなくなるとそれは要介護者の生活・栄養の質が一挙に低下することなり、夏の水分補給も出来ずに熱中症で命を落とす危険がある。家族を介護地獄から解放するというあの理想はどこへいってしまったのか。替わって出てきたのは官僚の「あれはだめ、これもだめ」という「短き物を端切る」ような生活の切捨てである。その混乱に輪をかけたのが、自治体ごとで異なる「家族同居」の定義(ローカルルール)のいいたい放題である。同居とは普通は同一建物内と理解するが、隣接地域、集合住宅の別棟、半径500メートル以内とか驚くべきルールは車で15分以内の距離である。まるで救急車なみのサービスエリアの考えである。

厳しい生活援助の制限は、小泉内閣の社会保険1.1兆円削減計画の影響を受けたもので、「介護給付適正化事業」によって訪問介護費用は2005年度の7145億円から2008年度には6634億円に減少した。削減効果は512億円であった。第3期の介護保険事業の推移(2005→2008)を下の表に見よう。この結果から見ると、要するに弱いところであるホームヘルパーと介護用具貸与が狙われたに過ぎず、トータルで1割ほど上昇している。

第3期介護保険介護費用の推移(単位 億円)
介護費合計施設サービス在宅サービス訪問介護
2005年度6388731816320717146
2008年度7049431596331616634

介護保険が人間性を重視せずADL(日常生活動作)中心で、QOL(生活の質)をどこかに忘れてしまったといえる。身体機能(足が動くかどうか)は分るが、楽しく生活できるかどうかはカウントしようがないというのだ。第3期の介護報酬改定で問題視されているのが、ホームヘルパーによる「散歩同行制限」である。厚労省が都道府県に出した指示(老計、老企)において、「要介護者の居宅以外でおこなわれるものは算定できない。例外として「通院介助」と「乗降介護」と「買い物同行」である」としている。2005年度までは「自立生活支援のための見守り的援助」として認められてきたものが、「給付適正化」で制限された。もちろんケアープランで「通院介護」や「買い物同行」で散歩を実現しているケアーマネージャの工夫もある。2008年11月国会で民主党が「散歩の予防効果は高い」とする質問を行うと、国は12月3日に「散歩の介護報酬の算定は可能である」という見解を発表した。ところが地方自治体は相変わらず禁止という態度を取る混乱が起きた。ついに2009年7月厚労省事務連絡が出てこの散歩を認める文書が出た。まだ通院介護という問題はある。介護は病院の玄関までで、病院内にボランティアがいない場合に、呼び出しにも反応せず、痴呆患者ならどこへ行くかわからないのだ。要支援1,2では歩けても判断力や目や耳の不自由な人には介護が必要なのである。要介護から要支援1,2に区分変更(良くなった)人からこれまで使っていた特殊ベットが使えなくなるという矛盾が出ている。ベットを奪われたのである。使いたければ自費で買い取りなさいというのは、介護補助用具の安全性やメンテナンスでもケアーマネージャーの目が届かなくなるという点で心配である。

上の表で見たように第3期改定で一番打撃を被ったのは訪問介護、ホームヘルパー事業であった。2008年厚労省が行った「介護事業経営実態調査」では利用者1人あたりの支出は10%減少し、収支が赤字となった事業者は訪問回数が600回以下の小規模事業所であった。200回以下では50%の赤字となった。採算の悪化と人材不足でもはや事業継続が出来ないケースもあると云う。下の表に指定事業所数の推移を示す。指定居宅介護支援事業所の数は472減り、指定訪問介護支援事業所の数は497減少した。

指定居宅介護、訪問介護事業所の推移
指定居宅介護支援事業所指定訪問介護支援事業所
2006年34193179
2009年29472682

大手介護サービス事業所は身体介護を中心に営業し、介護福祉士などを多く採用して条件をクリアーし、介護報酬の加算を取るので、経営は安定した。それに較べて小規模ホームヘルパー事業所はまさに経営の危機に瀕した。個人経営の商店が軒並みシャッターを下ろし、郊外型の大手スーパーのみが栄える小売業界と同じ様相である。すると国は、居宅から通所または施設へ、小規模から大規模経営へと誘導していると考えられる。農業政策と同じである。企業栄えて街は亡んでゆくのだ。

2) 介護現場の危機感(介護労働政策)

2008年6月全国老人保健施設連盟主催の「介護職員の生活を守る緊急全国大会が開かれた。介護職員の給料の安さと労働環境のきつさが訴えられ、介護現場から職員の離脱が起っており、介護保険は人材不足から崩壊するのではないかという危機感が表明された。これは総医療費の削減政策から来る医療崩壊と同じ構造である事が示された。すべての問題の根源は小泉内閣以来の自民公明連立政府と厚労省の福祉関係予算の削減方針にあった。ここで厚労省職業安定局2009年10月発行の「介護労働の現状」を見てみよう。2007年時点の介護職員は124万人であり、200年のスタート時の2倍以上に増加したが、介護職員の不足感は年々増え続け2008年で全体で63%、訪問介護員で75%であった。そして訪問介護では75%が非正規社員である。かつホームヘルパーは女性が83%以上である。福祉介護職員は女性が68%である。男女とも将来を考えたら今のうちに転職をとか、介護職員では結婚できないとか悩みは多い。指定事業所基準によると、入所者対職員の比を3:1と決められているが、これを守ると労働条件が厳しくなって休めないことが多いという。看護師は年齢によって給料があがるが、女性の福祉施設職員やホームヘルパーでは25歳以上では殆ど給料は上昇しない。つまり将来のキャリアーアップが望めないのである。これでは介護職から離脱する人が多くなるのはやむをえない。介護職の離職率は全体で18%で、全産業平均が14%なのでやはり離職率は高い。「介護人材確保のための緊急提言」などが厚労省に寄せられ、ついに2008年5月舛添大臣は「介護人材確保法」を成立させ、介護報酬の3%アップが実現した。

介護保険施設では入所者が次第に重度化していることが下の表に示される。介護認定ランク4,5が合わせて31.7%から49.7%に増加した。入所者の身体状態が重度化しているのに、入所者対職員の比は3:1ぎりぎりで運営されているため労働がきつくなってきているのである。特老には退所期限はないが、老健施設は3ヶ月ルールがあるが実態は1年以上の人もいるそうだ。特老は入所したくとも数年待ちの状態で、介護施設でも要介護度が4以上でなければ入所できないという。そして介護危機は大都市問題である。大都市にはいい施設があると云う神話は崩壊している。一人あたりの施設サービスも少なく、在宅サービスも少ないのは大都市を要する都道府県に多い。特に認知症高齢者グループホームの整備数でみると、1000人当たりの定員数は過疎地で10人以上と大きく、東京23区ではその100分の1の0.5人程度である。これらは全て大都市の高齢者人口が桁違いに大きいせいである。

要介護度の比較推移 (%)
-要支援要介護1要介護2要介護3要介護4要介護5
2000年3.320192623.78
2008年09.318.722.333.716

介護給付適正化事業はホームヘルプサービスを短時間サービスへ誘導した。2009年度改定では身体サービス報酬をアップし、生活援助は90分以内である。ホームヘルパーの仕事は細切れになって多忙化した。医者以上に対人援助であるべき仕事が、要介護者とのコミュニケーションは不十分になりつつある。2012年度から介護福祉士は国家試験による資格となる。2008年では有資格者は約73万人であるが、働いている人は30万人程度である。ホームヘルパーも200万人が潜在化しているという。このホームヘルパーを支える家庭の主婦は夫の扶養社控除を受けるため103万円の壁に制約され、不安定な非正規雇用に甘んじている。更にホームヘルパーの年齢は50歳以上が54%を占め、この業界には若い人が少ない。介護支援専門職ケアマネージャー現在10万人が働いている。居宅ケアマネージャーは指定居宅介護支援事業所に属して、介護保険サービス事業者に併設されているのが90%を占める。独立したケアマネージャー数名で指定居宅介護支援事業所を作ることも出来る。2006年度改定で、要支援1,2のケアープラン作成が予防給付として地域包括支援センターに移行したため、ケアマネージャー一人の受け持ち件数は減少した、経営は苦しくなった。ケアマネージャーは介護保険サービス報酬計算だけをやっているわけではなく、利用者さんの生活全体を見ることが必要である。っそいて重箱の隅を突くような自治体の「指導」と「監査」にさらされる。割の合わない重要な仕事である。「萎縮するなケアマネージャ」といいたい。

3) 迷走した要介護認定問題(介護認定の軽度傾斜化)

第3期において、要介護度のランクが下がったり、要支援になった人がいたりして大きな話題になった。判定の仕組みが変わったためである。要介護殿認定は介護保険サービスを必要とする非とが自治体に申請して訪問調査を受け、介護認定審査会で決定される仕組みである。認定調査員の質問に「何でもできる」と答える人が多い。すると要介護度は低くなる。介護認定は「一次判定」と「二次判定」という段階を経る。「一次判定」は「認定ロジック」にしたがって基準時間という介護に要する時間をコンピューターがはじき出すのである。「二次判定」は非公開の介護認定審査会によるもので、調査員や主治医の特記意見が考慮される。一次判定は申請から一週間以内に、二次判定は1ヶ月くらい待つのである。この認定ロジックは施設患者4500人から割り出したものであり、居宅ザービスに妥当かどうかは問題である。「要介護認定基準時間」は大体20分くらいで区分され、要介護1は50分以内、要介護2は70分まで、要介護4は90分まで、要介護4は110分まで、要介護5は110分以上の目安である。2009年春介護認定を巡って大混乱が起きた。2009年度から訪問調査項目が82から74項目に減り、ロジックも変更された。つまり「開語認定を軽くする軽度傾斜化」と「介護保険サービスからはずす介護きり」ではないかと疑われた。削減された項目は痴呆関係や日常生活レベルの調査項目であり、全国でおかしいという声が上がった一例では変化がなければ「自立」、どんな生活をしていても内容に関係なく「自立」へと持ってゆくのである。居住環境や本人のサービス希望は考慮しなくてもいいなどの指示が2009年調査員テキストに書かれている。そして1492自治体の2009年5月判定一次結果では軽度傾斜が起きたのである。非該当が3.4%から7.6%に増え、要支援2と要介護1はあわせて34%から31.4%に減少した。在宅者では非該当比率が一割程度に増加した。つまり「在宅者は軽度に、施設入居者は重度に」と判定された。二次判定では重度に変更した率は51%になったという。

2009年4月2日国会で共産党議員が厚労省内部資料を公表した。厚労省の内部資料「2009年制度改革案」では「要支援と要介護比率を5:5に持ってゆくためにロジックのソフトを作成し、認定適正化の効果を84億円、介護給付適正化で200−300億円の縮減効果を得る」と記載されている。つまりり最初から予算縮減額が決まっていて、それに合うようにソフトの見えない部分(これをパラメーター、デフォルト値弄くりという)を変更して計算を繰り返して、制度を決めてゆく手法は官僚と新橋界隈のシンクタンクのもっとも得意とするやり方で、審議会でお墨付きを得て承認されれば政策に反映される。環境評価や道路や空港の需要採算計算でもおなじである。計算機から出てきた数値は神のお告げみたいな信用を得るらしいが、その官僚の醜い魂胆は見え見えである。内部資料にはこのほかにも福祉用具借与で約50億円削減、工学科以後限度額引き上げで50億発生、支給限度額の1割引き下げで約360億円の削減、地域差を踏まえた国庫負担見直しで約780億円の削減ということで、ざっと2000億円の削減を見込んでいた。現場からの反発を察知した厚労省は2009年7月末に訪問調査員の判断基準の緩和と「認定調査員テキスト2009改訂版」を発表した。生活機能を評価する調査項目で180度方針を撤回し、適切と思われる介助で判断し手もいいとした。この内部資料が曝露されたことにより、介護認定への信頼は大きく揺らいだ。10月9日厚労省は自治体へ通知を出した。「非該当者で実情と一致しないと思われる方は再申請を行える。要介護度でも実情と一致しないと思われる方は区分変更申請を行うことが出来る」という内容である。要はロジックの変更はしないが、苦情救済措置は講じるというものである。こうなると官僚の匙加減でいかようにも裁量される部分が増えただけで、制度への不信感は払拭されていない。「要介護度認定は官僚特有の差別化に過ぎず不要である。現場のケアマネージャーの判定で必要な介護内容を決めてゆけばいい」とする意見も出されている。或いは介護度の簡略化を「現行の7段階から4段階でいいのではないか」という提案もある。

4) 老いを守る介護保険への道

介護保険制度発足以来、2回の介護報酬のマイナス改定が続いたため、そのことによって介護サービス事業所の経営が悪化し、人材不足を招き利用制限によって高齢者の生活は打撃を受けた。2008年10月の介護給付分科会に「介護人材の確保と介護従事者の処遇改善のためにプラス3%改定」という数字が厚労省事務局から出された。この数字は分科会が介護従事者のために本当にいくらアップすればいいのかという議論無しに政治的に出された値である。当時の麻生政権が追加経済対策の一つとして「介護従事者の処遇改善のための緊急特別対策」を3%アップを打ち出したのである。財源は1200億円の税金を投入するという緊急措置である。その結果2009年度の保険料は全国月額4160円となった。介護報酬アップは基本報酬アップと評価項目の加算とからなる。今回の改訂では基本報酬アップはなくて、条件をクリアーした事業所への加算が中心であった。これは介護保険報酬制度を複雑化し、差別化を誘導するいかにもいやらしいやり方である。大手の余裕のある事業所に金が流れる仕組みである。当時このプラス3%改定は80万人の介護職員の給与を月2万円程度引き上げる麻生政権の希望であったが、ところが多くの事業者は過去のマイナスを埋め合わせることで、職員の給与アップにどれほど回せるかは疑問で、当初から「アップは5千円程度」という見積もりが主流であった。そこで麻生首相は二年半で総計4000億円の補助金投入を決め、一人当たり15000円アップを目指した。介護職員の希望はアンケート調査で「基本給」、「能力評価」、「勤続年数評価」の3つが上位を占めている。大都市の介護職員は、生活費が高くつくことから、介護報酬の単価に地域係数を掛けている。2008年12月の地域係数の改定審議では下の表のような値になった。サービスごとの人件費割合も従来は60%,40%の2分類であったが、70%、55%、45%の3分類となり割合も増加の評価となった。

地域ごとの報酬単価上乗せ基準(単位%)
地域区分特別区特甲地甲地乙地その他
代表地域名東京23区東京の市、六大都市さいたま市など大都市周辺市札幌市ほか地方都市
2006年地域係数1210630
2009年地域係数1510650

ホームヘルプサービスでは時間で介護報酬が設定されている。介護報酬が上がれば、要介護者が支払う自己負担もあがる。2009年第4期改定で身体介護30分1単位を例にとれば、介護報酬は2310円から2540円になり、自己負担も231円から254円になる。要介護者は幾つかのサービスからなっているので、その組み合わせでいくらにアップするかは容易には計算できない。まして自分の介護区分支給限度額の計算はケアマネージャ任せであるが、利用料がオーバーして自己負担が増えたといって驚く人が多い。約4割の事業者で利用源が発生し、5割以上の事業者で自己負担が増えた人がでた。「医療保険には区分支給限度額はないのに、なぜ介護保険には複雑な区分を設けるのか?」という素朴な疑問が生じる。答えは「サービス利用を制限し、介護保険総費用を抑制する」ためである。今後益々増えてゆくと考えられる認知症高齢者の数は2015年には250万人と予想されている。現在の介護保険では施設における中〜重度への配慮はあるが、在宅の軽度認知症への対応は少ないといわざるを得ない。認知症の診断さえ受けていないのでバックアップが難しい。診断がなければ予防給付も受けられないのである。認知症ケアーのために、@認知症高齢者グループホーム、A通所リハビリ、B短期入所型サービス、C若年性認知症対策などが設けられている。グループホーム「認知症対応型共同生活介護」は地域密着型サービスとして市町村で設置されるのだが、大都市部では非常に少ない。そして今回の改訂で人件比率が60%から40%へダウンした。これには関係者は首をかしげざるを得ない。今後重視しなければいけないものとして、在宅の終末介護である。これは高齢者といえど人が死ぬ時は何らかの病気で死ぬ(大往生は限られている)のである。それに対応するには、ケアマネージャで看護師の資格を持つ人が減少している。給料が看護師に較べてあまりに低いことから、看護師は介護現場から逃避したのである。ケアマネージャーの中で看護師の割合は2000年で44%だったが2007年には26%に減少した。高齢者医療問題との関連で看護と介護の連携が議論されている。

「飢餓と排泄の心配」は「介護の社会化」として社会保険サービスの対象としたことは、どれほどの安心を高齢化社会に与えたことだろう。都市では朝9時ごろからディサービスのマイクロバスが走りまわっている。自転車でホームヘルパーさんがやってくる。夕方にはスクールバスならぬサービス事業所のバスが、風呂に入って上機嫌のお年寄りを家に送りとどける。「介護保険は年寄りの表情や生活を変え、町の風景も変わった」それでも介護認定を受けたのにサービス未利用の方が100万人近く居られる。介護保険は10歳のまだ少年である。これからが制度の検証と理想的な姿を追求するべきときである。


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