090917

押谷仁、虫明英樹著 「新型インフルエンザはなぜ恐ろしいか」

  NHK出版 生活人新書(2009年9月)

感染者数の爆発的増大が、死亡者の急増と医療サービス・社会経済活動の崩壊となる

押谷仁氏は今やテレビで顔なじみになってしまったほど、時の人である。新型インフルエンザ関係報道が多い今日この頃であるが、意外と日本人が世界保健機構WHOのオフィサーや専門官として活躍しておられるのをみて心強い限りである。押谷仁氏もその一人で、紹介する必要がないくらいである。とはいえ一応プロフィールを紹介する。押谷 仁(1959年4月 東京都生まれ )は、日本の医学者、医師。東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授。学位は公衆衛生修士、医学博士。1991年から1994年まで、国際協力事業団 (JICA) の専門家として、ザンビアでウイルス学の指導を行った経験を持つ。1999年8月から2006年にかけては、フィリピンのマニラにある世界保健機関 (WHO) 西太平洋地域事務局にて感染症対策アドバイザーとして勤務した。赴任中の2002年には重症急性呼吸器症候群 (SARS) が発生し、同僚のカルロ・ウルバニ内科医と共に事態収拾への対応を行った。2005年9月より東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授。
共著者である虫明英樹氏は1968年生まれで、1994年NHKに入局、報道局取材センター(科学・文化)所属である。1994〜 京都局、1999〜 科学・文化部 医療担当。臓器移植や生殖医療、SARS、新型インフルエンザなどをテーマにニュースや番組を制作した。NHKスペシャル「SAESと闘った男」で放送文化基金賞を受賞した。虫明氏の現在の仕事に関する本人の弁を紹介する。「この4年間ほど継続して取材しているテーマは、国際的に広がる感染症の脅威です。鳥インフルエンザに感染して次々と子供が死亡しているハノイ国立病院の集中治療室に入り、何が起きたのか家族から話を聞いたり、新型肺炎SARSの感染源を探してWHOのチームと中国広東省の奥地を周ったり…。異変が起きたら世界のどこであれすぐに駆けつける専門家は、数が少なく互いに知り合いです。その輪の中に入り込み、蓄えた知識を基盤に自らの言葉で取材ができること。あやふやでいい加減な情報が氾濫する中で、正確な事実をつかんで伝えていく仕事には、やりがいと喜びが潜んでいます。」

本書はなぜかあえて「恐怖本」の題名になっている。恐怖を煽り立てるのは厚労省がメディアを使ってある政治的政策を実行する時の目潰しのいつもの手であった。年金崩壊、健康保険破綻、雇用崩壊、医療崩壊など、もう耳にタコができるほど聞かされた。その度に悪法が出来、官僚の天下り先が一つ増えていた。本書は医者(疫病専門官)が書いているのだし、「新型インフルエンザの毒性は季節風インフルエンザ程度」という見識が重大な変更を受けたとは聞いていない。すると本書は何を警告するために敢えて憎まれ役を引き受けたのか。結論から言えば、「新型インフルエンザは感染性が高く、政府がこのまま手をこまねいていると、感染者数の爆発的増大が、死亡者の急増と医療サービス・社会経済活動の崩壊となる」ということである。そういう意味で「恐ろしい」のである。「インフルエンザ騒動」は人災であるといういわれはそこにある。「今回のインフルエンザは毎年の季節風インフルエンザとおなじ程度だ」という風評が広がった最大の原因は、日本で最初の感染者が出た5月8日から10日たった5月18日の舛添厚労相の記者会見であった。「今回の新型インフルエンザは、感染力、病原性などの性質から見て総じて言えば、季節風インフルエンザと変わらないとの評価が可能との報告があった」と、政府の専門家諮問委員会の尾身茂委員長の発言を根拠に評価を下した。これが政府のインフルエンザ対策の基調となり、政府の対応の遅れとなった。これにはアメリカ疾病対策センターCDCの流したニュースに起因がある事は事実であろう。当初アメリカは自国の経済が金融危機に加えて更に打撃を受けることを恐れてCDCを通じ、新型インフルエンザのランク付けに抑制を加えた形跡が濃厚であった。これにはアメリカ国家安全保障省も絡んでいる。感染症対策は国家安全保障の重大問題であるから、政治的様相を帯びるのは当然かもしれない。

季節風インフルエンザによる致死率は0.05-0.1%であるのに対して、新型インフルエンザの致死率は0.1-0.5%であり季節風インフルエンザに較べれば高い致死率といわざるを得ない。もちろん鳥インフルエンザ(H5N1型)の60%に較べれば格段に低い。問題はこのわずかな致死率の差も母数が大きくなれば、死亡者の数もまた大きくなるということである。ただ21世紀に住む我々は抗ウイルス剤やワクチンなどウイルスと戦い手段を持っており、対策を行えば状況は過去の例とはぜんぜん違ったものになるのである。季節風インフルエンザで死亡者の大半を占めていた高齢者の一部に免疫があるというのも、死亡者を増やさないために非常に有利である。7月中旬までの医療機関へのアクセス状況からすると、ウイルスの感染スピードは今年秋の10月始めから11月初めに日本は最初の大きな流行のピークを迎えるという。今年春から初夏の流行は前硝戦であった。それによって医療機関に大きな負担がかかり医療現場の混乱を招くことが容易に予測される。医療体制を整えて早期に抗ウイルス薬投与などをおこなえば、感染者の増加を抑え医療機関への短期集中を緩和することが出来る。季節性インフルエンザでは毎年1万人の人が死亡しているが、これは「超過死亡」という間接的インフルエンザ関連死である。高齢者で重い心臓病や脳梗塞の患者や、がん患者などの体力の弱っている人が死亡する数を表すものである。インフルエンザの流行した年に死亡した人の総数を、通年度の年の死亡者数で引いた値であらわす。ところが新型インフルエンザに死亡者の中で目立つのは、20代から50代の基礎疾患者が多い。その社会的損失は大きい。まだ日本では感染者の数も志望者の数も、アメリカに比べると桁違いに少ない。それだけ対策の時間的余裕があるといえる。何が対策の要点になるのかを考え適切な手をうつことこそ、日本の損害を最少に押さえる知恵となり、世界の範になることであろう。インフルエンザ対策を検証する前に、これまでのインフルエンザ流行の教訓を検証しておこう。

過去3回(20世紀)のインフルエンザの流行

名称発生年ウイルスの型被害流行の特徴
スペインカゼ1918年H1N1死者4000万人以上
日本死者39万人
致死率2-3%
第1次世界大戦後に大流行したインフルエンザ
アメリカと欧州で第1波、第2波で致死率が10倍となった
翌1919年に第3波がおき1年間に3回流行した
アジアカゼ1957年H2N2 死者200万人以上
日本死者7700人
致死率0.2%以下
中国の一部で発生したインフルエンザ
香港まで伝播後6ヶ月未満で世界中に確認
毒性は低かった
香港カゼ1968年H3N2死者100万人以上
日本死者2000人
致死率0.2%以下
アジアカゼに似ているが致死率は更に低かった
アジアカゼと同じN2を共有していたため

2009年の新型インフルエンザは実に49年ぶりに新たなウイルスの出現を見たわけだ。過去のケースでは第1波で人口の20-30%の人が罹患している。今回大きな波が前に気が付いたわけで、秋以降の本格的な流行が始まる前に、医療体制の整備を急ぐチャンスがある。ウイルスについて基礎知識を持っておこう。インフルエンザウイルスも本体はRNA遺伝子で、表面にHA(ヘマグルニチン、宿主細胞に結合する働き)とNA(ノイラミダーゼ、子ウイルスを宿主細胞から放出する働き)という膜蛋白質をもっており、これが各型を決定している。HAには16種、NAには9種類あり、さまざまな亜種を生む。2009年の新型インフルエンザウイルスはH1N1 型でこれはソ連A型と同じで、高齢者に多少免疫があるのはそのためである。また豚インフルエンザウイルスもH1N1型を持つため豚から人への感染が容易であった。厳密には人類はこのウイルスに免疫は持っていない。新型インフルエンザには毒性は弱いとされながら20-50代の世代の基礎疾患を持つ人や妊婦らが重症化しやすく、ウイルス性肺炎を併発しやすいという特徴を持っている。2009年の今回のパンデミックは史上初めて人類がその脅威と戦う武器を手にした時代に迎えたことは幸いであった。スペインカゼのときはウイルスの存在さえ気が付かなかった。アジアカゼや香港カゼのときは一応ワクチンは生産されたが、大規模な接種は行われなかった。しかし今回は抗ウイルス薬やワクチンの大量生産法が確立されている。1997年のH5N1型の「鳥インフルエンザ」が香港で発生し、2003年にベトナムやタイで鳥インフルエンザが発生して致死率が60%にもなることが分かって対策が一変した。また2003年中国で発生した「新型肺炎SARS」の騒ぎの時中国が発性を隠し続けたために世界的に拡大した。そこでWHOは国際的に情報を共有するためIHR(国際保健規則)システムを立ち上げた。WHOの感染フェーズという警戒レベルも2005年に出来上がった。ここ10年ほどで、新型インフルエンザへの備えが急速に進み、抗ウイルス薬やワクチン、行動計画など、その脅威と戦う術を人類が始めて手にした時代なのだ。これらは過去の悲劇を教訓にして人類が開発したのである。

1) 2009年パンデミックの始まり

今回の新型インフルエンザをめぐるWHOと日本の対応を検証しよう。
2009年新型インフルエンザの流行の軌跡(4月-6月)
 2009年4月23日 CDCはアメリカで豚インフルエンザ患者7人を確認したと発表
      4月24日 WHOはメキシコ国内で59名が死亡と発表。メキシコとアメリカの患者から同一型のウイルス遺伝子がみつかる
      4月27日 WHOはフェーズ4であることを宣言
      4月28日 日本政府 新型インフルエンザ発生を宣言して、空港検疫を開始
      4月29日 WHOはフェーズを5に引き上げた アメリカテキサス州で男児死亡者発生
      4月30日 WHOはインフルエンザA(H1N1)と呼ぶと発表
      5月4日 世界で感染者1000人を超える
      5月9日 カナダから帰国した高校生ら3名国内初の感染確認
      5月12日 世界で感染者は5000名を超える
      5月16日 神戸で渡航暦のない初の国内感染者確認
      5月18日 神戸大阪を中心に感染者100名を超える
      5月20日 世界で感染者1万人を超える
      6月1日  世界で死亡者100名を超える
      6月11日 WHOフェーズ6への引き上げ宣言 国内感染者500名を超える
      6月14日 イギリスで死亡者が出る
      6月19日 厚労省第2波に備え運用指針を発表
      6月22日 世界で感染者が5万名を超える
      6月25日 日本で感染者が1000名を超える
      6月29日 デンマークでタミフル耐性ウイルス検出 世界で死亡者が300人を超える

日本に新型インフルエンザ流行の第1報が入ったのは2009年4月20日であったという。アメリカのCDCの「カルフォニアとテキサスで豚インフルエンザの感染が起きている」という発表であった。豚と接触していない人も感染している情報もあり、ヒト-ヒト感染が疑われたが、H1N1型はファミリアであったのであまり強い危機感はなかったようだ。この時点で豚インフルエンザではなく新型インフルエンザになっていた。メキシコで59名が死亡という情報があった4月24日夜からWHOは急に動き出した。WHOはIHR によって定められた警戒レベルを持っている。フェイズ1から3までは動物からヒトへの感染を警戒するレベル、フェイズ4はヒト-ヒト感染が発生したレベル、フェイズ5は2国間でヒト-ヒト感染が続くレベル、フェイズ6はパンデミックの発生レベルをさす。フェイズの宣言はWHO事務局長がもつ。フェイズ4は各国に対して新型インフルエンザ行動計画の発動の引き金と解釈される。WHOは4月27日フェイズ4を宣言、4月29日フェイズ5に引き上げ宣言をした。そして6月11日フェイズ6のパンデミックを宣言した。フェイズ6では海外渡航やイベントなどさまざまな経済活動に影響が出ることは避けられない。日本はフェイズ4の宣言で空港の検疫を開始した。ところが実態はフェイズ5の段階であり、フェイズ6の宣言もイギリスや日本政府の妨害で遅れたことが、各国の国内体制の強化を遅らせることになった。あの段階で検疫や濃厚接触者調査にエネルギーをとられたことは、結局検疫行為そのものが効果があったかどうかということより、むしろ全体の対策を遅らせたことになった。検疫をかいくぐった感染者が既に国内で感染を広めていたからだ。敵は前から来るのではなく、後ろに廻っていたのだ。そして蔓延状態になってから、日本政府は遅ればせに検疫を中止し、エリアサーベランスに切り替えた。そもそも警戒フェイズという概念は鳥インフルエンザのような毒性の高いウイルス対策であって、感染しても発熱しないで軽症で終わる人の多い新型インフルエンザでは封じ込めは不可能であった。警戒フェイズを2通り用意しなければなない事が分った。

2) 日本の行動計画の問題点

日本政府はWHOがフェーズ4宣言をしたなら検疫を強化するという方針で4月28日まで待つことになり、行動計画にある「待たずに日本独自の対策を採ることもある」を放棄した。「渡航暦のあるA型陽性者を見つける」という方針では、既にすり抜けて国内に入ったヒトを中心に感染が広がったグループを検出する事はできない。著者はゴールデンウイークから方針を切り替えて国内感染者サーベランスに移行すべきであったという。毎日の患者数をリアルタイムに報告し集計するサーベランスシステムが5月1日に開始するという通達が出されたが、保健所のドタバタと各自治体の準備不足で見逃された。対策の全体を見直す専門者委員会も開かれていなかった。日本での行動計画が決まったのは2009年のはじめで、全くの白紙状態であった。そしてその想定はスペインカゼの致死率2%程度を最大として、パンデミック対策の基本は「いかにして社会構造を維持しながら被害を最小限に抑えるか」ということである。日本に欠けていたのは、もっと穏かな感染が起きた時の対策マニュアルがなかったということだ。鳥インフルエンザを想定した検疫では大騒ぎになり「大山鳴動すれど鼠1匹出ず」という事態で国民の失笑を買った。とにかくあと3年くらいの試行錯誤で医療体制を整えるつもりが、いきなり本番となって、検疫において過剰反応をして不測の感染拡大を招いたといわれてもしかたない。

6月になり金子国交省大臣が関西の観光業への影響を考慮して「終息宣言」を出すべきではないかという発言をしている。そしてマスコミも疲れたのだろうか報道も6月に入って潮を引くように下火になった。流行は南半球に移って北半球は一休み、秋に備えようという雰囲気が支配した。第1患者発生からピークを経て終息するまでの期間がおよそ8週間といわれているので、夏休みになれば学校は休みで流行は収まり、夏休みが開ける九月初めから最終的な大きな波が来るという季節性インフルエンザの特徴と全く同じである。医療機関への負担を少しでも少なくし、医療体制の整備の時間を稼ぐには流行のピークを後ろへずらし、ピークの高さを低くすることが必要である。ところが7月に入ってから患者は急増した。1ヶ月で感染者は1000人から5000人に増加した。CDCの専門家は患者の接触感染よりも、医療スタッフが感染して院内に持ち込む危険性の方が高いという、病院が感染の中心になりかねない点を心配した。日本では濃厚接触者へのタミフルの予防投与や、迅速簡易キットでA型と出たら感染のかなり早い時期でのタミフル投与治療をしてきたことが重症化をかなり防いでいるようだ。抗ウイルス薬は発熱期間が短くなる効果があるのだが、パンデミックでは重症化を避けることを期待して投与するのだ。

欧米では抗ウイルス薬に頼ろうとする方向には向かわない。対策の基本はワクチンであると云う。日本では新型インフルエンザワクチンの製造能力は1300-1700万人分であるといわれてきた。それも出来上がるのは今年秋か来年冬にかけてである。アメリカは7月9日ワクチン製造に350億円の予算をつけた。欧米では膨大な量のワクチン製造を実施しているが、日本ではこのままではワクチン不足は避けられない。WHOではワクチン接種の優先順位を医療従事者、妊婦、慢性基礎疾患を持つ人を考えているが、それは各国の事情で決めるべきだという。問題は副作用である。アメリカでは1976年豚インフルエンザが発生した時4000万人に接種したが、爆発的流行は起らず副作用だけが残ったという教訓を持っている。副作用としてよく言われる「ギラン・バレー症候群」が本当にワクチン接種のせいかどうかはわからないが、ワクチン接種にはリスクとベネフィットを良く比較しなければならない。インフルエンザ死亡者の予測数と副作用被害者の重症予測数を秤にかけなければならない。副作用が出る確率が100万人に1人ならワクチン接種は正当化されるといわれる。日本ではワクチン製造法は季節性インフルエンザと同じ「スプリットのワクチン」であるが、強毒型のウイルスに対しては「ホールのワクチン」製造が有効であるといわれている。日本では時間的に安全性に問題の残るホールワクチン製造はあきらめて季節型とおなじワクチン製法とした。これは安全性は保障されている。若し日本が欧米メーカからワクチンを輸入するなら、製造法に注意をしなければならない。

3) 日本は今何をなすべきか

新型インフルエンザの最終的な健康被害はウイルスの感染性と病原性(毒性)の掛け算で決まるわけであるが、今回は毒性が低いことに安心をして、感染性に対する認識が甘かったといわざるを得ない。そもそも新型インフルエンザに対しては人は免疫をもっていないのだから、感染性は燎原に火をつけたように早いはずである。1人の人が何人の人に広まるかを示すウイルス再生率ROは新型インフルエンザの場合1.96であった。これは季節風インフルエンザに比べてかなり高いといわれる。新型の致死率は0.1-0.5%と季節風に較べても高い。今回の新型インフルエンザは季節風インフルエンザとは違う特徴を持っている。一つは若い人が重症化しやすいこと、二つはウイルス性肺炎を起こしていることである。確かに今回は感染者の大多数は軽症ですみ、96-97%の人は何の合併症もなく治癒している。しかし重症化した人はウイルス性肺炎を併発している。急性呼吸窮迫症候群ARDSになるか、サイトカインストーム(自己免疫作用)で多臓器不全になる場合がある。高齢者の一部は新型に免疫を持っているといわれ、たしかに重症化例は少ない。若い人とくに乳幼児の致死率が一番高い事に注意をして治療しなければならない。インフルエンザが原死因としてなくなる人は毎年1000人程度でそれほど多いとはいえないが、高齢者のインフルエンザ関連死は毎年1万人くらいはある。関連死を防止するには医療体制の整備程度が大いに関係する。集中治療室ICUが医療崩壊で足腰が弱っている時、インフルエンザ治療に人手不足から対応できないことも想定される。またインフルエンザ対応からガン手術や緊急患者など通常の業務が麻痺する事も考えられる。

毎年の季節風インフルエンザでは人口の約10%程度つまり1000万人ぐらいが感染している。国の行動計画では人口の25%が感染するという想定になっている。すると感染者母集団が大きくなれば重症化例も増大するのは当然である。感染者の0.1%が死亡するとすると死亡者は2-3万人ということになる。重症化のサインをいかに早く見つけ治療するかに死亡率は左右される。重症化を抑える治療法として効果的なのは、タミフルやリレンザという抗ウイルス薬の早期投与しかない。発症後48時間以内に投与することが肝腎である。重傷者を収容できるICUの病床数は限られているので、東京では全く対応できないことが予想される。人工呼吸器の備蓄がニュウーヨークで進んでいるが、日本では人工呼吸器の数の問題の前に、人工呼吸器を使う医療従事者が不足している。日本では小泉内閣の医療費削減政策によって、医者の数やベット数や、ICU・NICU・産科・小児科の縮小が進み、通常の医療が崩壊に瀕している状況で、はたしてどこまで新型インフルエンザに対応できるのは極めてお寒い状況である。医療現場で重傷者を受け入れる体制に限界があるなら、感染者を増やさない対応つまり社会活動の閉鎖・コミュティの隔離などが必要です。はたして厚生労働省と政府のそこまでやる覚悟があるかといえば、これもお寒い限りだ。

4) 各国の対応と途上国への眼差し

アメリカでは早い段階で新型インフルエンザ対策を放棄した。例えば学級閉鎖は原則としてやっていない。8月に時点でアメリカでは毎週40人以上が死亡している。8月20日でアメリカに死亡者数は522人となった。致死率の低い今回の新型インフルエンザでは学校を全部閉鎖するという社会活動の制限はしないようだ。アメリカでは貧困層が無健康保険で治療を受けられないという問題の圧力をどう評価するのか。この程度の死亡者ならまだ社会的な問題にはならないと見ているようだ。今回の新型インフルエンザ感染ではアメリカは経済優先から感染防止策を放棄し、世界最大のウイルス輸出国になった。イギリスでは7月初めに大感染の恐れがあると保健相は懸念を表明したが、サッチャー政権の時に医療は崩壊しているので、おそらく新型インフルエンザには対応できないだろう。インターネット診断とか「フルフレンドを作ろうとか動きがあるが、医者でない素人にどれだけ医療業務が出来るというのだろうか大いに疑問である。WHOは重症度評価としてウイルスの病原性と国民の人口構成を挙げている。先進国は高齢化しているのに対して、東南アジア・アフリカなど途上国では出生率が高く若年層・乳幼児・妊婦の割合が多い。それだけ国民は脆弱だといえる。栄養不足や健康診断システムも不備で、そして医療の対応能力が全くない状態で、パンデミックが起きたらひとたまりもなく被害が拡大するであろう。途上国にはワクチンや抗ウイルス薬は行き渡っていない。もし日本がワクチン不足から海外ワクチンメーカーより2000万人分の輸入を行えば、ワクチンの価格は暴騰し、途上国はワクチンやタミフルを買えなくなる。アメリカでさえ貧困層の無健康保険者はタミフルなどの抗ウイルス薬を買う事はできない。まして途上国には超高価なタミフルは高嶺の花であろう。途上国や社会的弱者への視点が日本では確立されておらず、経済優先の論理がまかり通っている。そして日本は危機をしのげば、他国はどうなっても知らないという薄情な心根の国民である。これではアジアやアフリカの人々の信頼を得ることは不可能である。


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