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三橋紀夫著 「ガンをどう考えるかー放射線治療医からの提言」 

  新潮新書 (2009年1月)

がん治療の三本柱として、放射線治療の有効性を生かすために

日本の高齢者人口(65歳以上)は約2800万人、総人口の約20%を占めるようになった。又こうした高齢化に伴いガン発生数も60万人になろうとしている。日本人の年間死亡者数は110万人で、そのうち約1/3がガンで死亡している。単純に差し引きすれば、年間のガン死亡率(ガン死亡数/ガン発生数)は約50%である(逆に言えばガンは50%は治るといえる)。高齢のがん患者は外科手術といった侵襲性の高い治療法ではなく、体に優しい治療を求めている。日本の放射線治療患者の数は約20万人(2006年)に増加しているが、欧米では全ガン患者の2/3が放射線治療を受けているが、日本ではまだ1/4にすぎない。2006年6月小泉内閣の時に「ガン対策基本法」が制定され、2007年に「ガン対策推進基本計画」が策定された。そのなかで放射線治療医と化学療法医の育成が謳われた。それに基づいて厚生労働省と文部科学省は拠点病院の指定と放射線腫瘍医のプロ養成計画を立てている。欧米22カ国の放射線治療の統計と比較すると、放射線治療装置については日本も遜色はないのだが、100万人あたりのガン患者発生数で日本は欧米の60%だが、放射線治療医数で欧米の1/5、放射線技師の数で3/10、放射線物理士の数で1/10にすぎない。放射線治療の重要性で日本は1歩後れているといわざるをえない。厚生労働省は超高価で経済効果の高い診断・治療機器の導入には熱心だが、肝心のマンパワーの養成が医療費削減方針のために大きな遅れとなった。

ところが(というか従ってというか)、内科や外科医の専門分野が臓器別に高度に細分化されているのに、放射線腫瘍医は間口が一つですべてのガンを見なければならない。それは放射線科が外科や内科の補助機関的にみられ、オーダ通りに画像を取ったり、放射線を当てるだけの道具に過ぎなかった。放射線治療の有効性が次第に明らかになるにつれ、技術も高度化してガン総合医では勤まらなくなった。放射線腫瘍医も高度化細分化の時代になったのである。ガン治療法には、外科的手術、化学療法、放射線治療法の3つがある。原発性ガンは出来たら切り取れば治癒率は高いのだが、リンパ節転移や遠隔転移のガンは外科的には始末に負えない。そこで化学療法や放射線療法と組み合わされた集学的治療が求められる。根治できないガンとはQOLの観点から共生しなければならない。そこで威力を発揮するのが放射線治療である。根治できるガンのほうが少ないかもしれない。ガン細胞を最期の1個まで排除(叩き殺す)するのは、そもそも出来ない相談かもしれない。老年ともなると、体中にがん細胞は発生していると考えられ、結局人間の寿命内で宿主を殺さなければ共存共栄でいいのではないか。

著者の三橋紀夫氏のプロフィールを紹介する。放射線腫瘍医で、群馬大学医学部卒業後東京女子医大「放射線医学講座」主任教授である。専門分野は画像診断学、放射線腫瘍学、核医学である。三橋氏の自己紹介や講座案内は「東京女子医大放射線医学講座」のホームページを参照してください。本書の内容は大きくは二つで、ガン治療概論と放射線治療概論である。各々さらに二つに分かれている。4章の内容をかいつまんで解説する。私は本書の放射線腫瘍学は門外漢だが、昔学生の時に放射線化学をやっていたので、放射線生物学は基本として学んだ。そして教室の地下にあったコバルト60ガンマ線の照射室に毎日通った事を思い出す。放射線による核酸分解酵素の崩壊過程とアミノ酸結合の切断を調べていたに過ぎないが、基本的なことは共通するようで、本書の理解は容易であった。最近の恐ろしく高価なコンピュータ制御の治療設備は知らない。また息子がALL(急性リンパ性白血病)になった時、日本医科大学飯田橋病院(今はない)に入院して治療したが、制癌剤で寛解状態になって、既に脳にがん細胞があるだろうという前提で、予防的に頭に放射線照射をした事を覚えている。幸い小児ガンは治癒成績がいいので、私の息子のALLは治った。

ガンとは何か

この章は教科書的にガンの概要を解説している。がん細胞は突然に発生するのではなく、時間をかけて発生してくるのである。発生過程は3段階に分けられ、イニシエーション(きっかけ)、プロモーション(促進)、プログレッション(増殖)と進行する。最初の2段階に何年もの多くの時間を要する。その時期では診断しても何も見えない。がんのイニシエータ(発生因子)には、外因に物理的因子(舌ガン、アスベスト肺がん)、放射線(白血病など)、化学的因子(ニコチン、タールなど)などがあり、内因に遺伝的因子(家族性乳がん、大腸がん、黒色腫など)やホルモン(前立腺ガン、子宮頚ガンなど)があり、生物学的因子にウイルス(パーキットリンパ種、ヒトパピローマ、肝がん、T白血病)がある。プロモータ(促進因子)には食塩(胃ガン)、脂肪(大腸ガン)、アルコール(食道ガン)、タバコ・精神的ストレスがある。がん細胞の増殖過程の特徴は、「細胞の不死化」である。正常な細胞は細胞が増殖して細胞同士が密着すると増殖は止まる(接触阻止の喪失)。高度に分化した細胞や神経細胞や筋肉細胞は増殖しない。もうひとつのがん細胞の特徴は「転移性」の獲得であり、体中のどこへも血液やリンパ液によって運ばれる。

ヒトゲノム解読によってガン抑制遺伝子が明らかになってきた。遺伝子は日常的に破壊されているが、これを修復する「p53」遺伝子という守護神のおかげで恒常性(ホメオタシス)を保っている。だから遺伝子的な異常が問題なのではなく、遺伝子の機能異常(エピジェネティック)がガン発生となるのだ。国際的にガン進行度をあらわす分類法として「TNM分類」がある。T(腫瘍の侵潤増殖度)、N(領域リンパ節転移範囲)、M(血行転移の有無)でステージTからWまで分類される。たとえT1N0M0ならT期、M1ならW期とされる。すなわちTNM分類は切除の容易さで分類されている。つまり外科医用にできている。ところが放射線治療ではガンの大きさで難度が決まり、初期T期の大きなガンよりも進行期V期の小さなガンのほうが治りやすいのだ。病理的にガンの細胞をみると、上皮性ガン、非上皮性ガン、特殊ガンに分けられる。上皮性ガンとは皮膚がん、胃がんなど消化器ガン、肺がんなど高度に分化した上皮細胞に起きるガンである。性質はおとなしく細胞分裂は活発でないため放射線は効きにくい。上皮性ガンはさらに扁平上皮性ガン(舌、食道)、腺ガン(肺)、未分化ガンに分けられる。腺ガンは転移しやすく、未分化ガンは出生が不明で悪性度が高いが、増殖性が高いので放射線は効き易い。非上皮性ガンは血管や線維組織、骨格、筋肉から発生するガンである。転移せず増殖も遅いので多くは良性の腫瘍(肉腫)で10年ぐらい放っておいてもなんともないガンもある。特殊ガンには悪性のもの多い。多発性骨髄腫は転移しやすい。脳腫瘍は悪性とはいえないが、脳を圧迫する重篤な症状が出るのと手術が難しい。悪性黒色腫は転移しやすい危険なのもである。

がん細胞は1個が発生してから、臨床的に認知できるまでに2、3ヶ月かかり、その時までに1億個の細胞数となっている。ガンの大きさが1cm近くにならないとどんな画像診断を用いても見えない。外科的手術以外の化学的療法や放射線療法でがん治療を開始して上手くいって「ガンが消えた」といっても、見えないだけでまだたくさんのがん細胞が生存しているかもしれない。制癌剤の奏効率(50%ガンが小さくなった)という数値は、別に言えば根治は出来ないということである。しかし多くのガンはある細胞数までへらすことができれば、後は人の免疫力でがん細胞を排除する事がきる。それを宿主の抵抗力といい、10万個までがん細胞を減らすことが目標となる。しかし化学療法は宿主の抵抗力まで奪ってしまっている可能性が大きい。放射線治療は不思議な事に免疫力を亢進する作用があるそうだ。がん細胞の抗原はがん細胞が半殺しの時に最もよく発現するからで、これを「放射線ホルミンス」という。ガン治療の予後の「5年生存説」という言葉があるが、5年生存したらガンは治癒したのかということにはならないガンもある。乳がん、腎ガンや濾胞性リンパ腫などは生存率は低下し続けるのである。それはガンが発見されて時点で既に全身に転移していると考えないといけない。転移先で冬眠しているだけなのです。従って徹底的に乳房から筋肉やリンパ節をとっても治癒率の向上には繋がらない、むしろ「乳房温存療法」に変わってきている。放射線療法は何が何でもガン細胞を排除する考えの治療法ではない。治らないままでも、腫瘍を小さくして再増殖するまでの時間を延長する延命策であるといえる。それが放射線治療の考えなのだ。この治療法を「ドーマンシー」維持法という。ガンは死ぬぎりぎりまで普通の生活が出来るので、緩和治療という考えも重要である。緩和治療については本読書コーナーにおいて、大津秀一著 「余命半年」を紹介したので参照して欲しい。

ガン治療の現状

この章は教科書的にがん治療の概要を解説している。先ずがん治療の道はいろいろあることだ。必ずその治療にはメリット(利益)とデメリット(損失)があり、外科的手術もしかりで、ガンは治ったが胃袋はなくなったという状態を覚悟するかどうかの問題である。大きな侵襲性をさける手術法も色々開発されている。放射線療法のデメリットは皮膚が線維化してぼろぼろになり易いことである。従って手術も局所、放射線も局所治療を目指す。化学療法は血液に入れる場合は全身療法になり、臓器に集中して入れる場合は局所療法である。局所療法としては、外科的治療、放射線治療、その他の治療がある。
局所療法の第1人者である外科的治療には@手術があるが、根治を目指すものから縮小をするとか、機能を温存する手術がある。A移植手術とは臓器移植のことで骨髄移植がガン治療の中心である。B内視鏡的切除術とはカメラで初期のガンを摘出するのだ。C体腔鏡手術とは体に開いた穴から内視鏡を差し込んで切除する。侵襲性の少ない術法であるが、良く見えないために出血などの危険性がある難しい術法ともいえる。
局所療法の2番目は放射線療法である。@外部放射線治療とはγ線、X線、電子線、重粒子線を体の外部から患部に向かって照射する。A小線源治療とは放射性同位元素を小さな管や針などの容器に入れて病巣部に差し込んで照射する。組織内または腔内におくもので、舌ガンや食道ガン。子宮頸ガンに効果的だ。B内照射治療は放射性同位元素を経口的、静脈注射してガン組織に取り込ませる方法である。被爆による甲状腺がんに沃素131を飲む治療がある。
外科、抗がん剤、放射線治療のほかにその他の治療法がある。@温熱療法、Aレーザー療法、Bマイクロ波凝固療法、C動注塞栓療法、D凍結療法、Eエタノール注入療法などがあるが、医学的効果はあまり期待できない。
全身療法には@化学療法とAホルモン療法、B分子標的薬療法、C造血幹細胞移植、D遺伝子治療、E免疫療法、F代替療法とある。

手術療法、化学療法、放射線療法を組み合わせてシナジー効果を狙う集学的治療がある。何を重視するかによってさまざまな組み合わせがあるが、結局患者の価値観が決める事である。QOL(生活の質)重視なのか、緩和なのか、何がなんでも根治に賭ける玉砕型なのか、年齢、家族問題、社会的位置などによって選択する治療法はさまざまである。それが人間なのだ。死ぬ前にじたばた騒ぐ高名な宗教家もいれば、悠然と運命に任せる一小市民もいる。
手術療法と放射線療法の併用は、照射の時期によって@術前照射、A術中照射、B術後照射に分けられる。@術前照射の目的は手術中に散る危険性のあるガン細胞の活性を弱める事、腫瘍を少しでも小さくして手術をやりやすくする、免疫能を高めるためである。人は全身に一回5グレイの強度の放射線を被爆すると60日以内に半数が死亡する線量である。照射治療は患部に数回に分け積算で30−40グレイを照射する。A術中照射とは外科的に腫瘍の減量を行い、開いたまま照射室に患者を運んで臓器に1回で20−30グレイを照射する。まわりに臓器が密集していて切除不能のすい臓がん、胃がんリンパ節転移、膀胱ガン、脳腫瘍などに効果抜群である。B術後照射は取り残した腫瘍や、原発ガンは手術でとり転移巣は放射線で役割を分担する療法である。脳腫瘍、肺がん、食道ガン乳がんなどで行われている。
化学療法と放射線療法の併用の目的は、化学療法で転移を抑制し放射線で局所治療する、放射線の効き目を上げるために増感剤として使用する(分子標的薬)、有害事象(副作用)を軽減するためである。固形ガンにたいする化学療法の効果判定として奏効率という定義がある。完全にガンが消えたCRと部分的に減少したPRの合計を全体の%で表したものであるが、「効く抗がん剤」とはせいぜい30%程度である。治癒というには程遠い数値である。それが制癌剤の現状なのだ。
ガン治療の現状を述べたが、医師と患者の関係は「信頼と責任」の関係でありたい。「インフォームドコンセント」も「セカンドオピニオン」も所詮アメリカの訴訟社会からきた医者の責任逃れに過ぎない。

放射線治療の最前線

まず放射線治療の原則が述べられる。それは放射線生物学に詳しく、かつ原爆被爆の日本人なら周知していることのはずなので簡単にする。放射線照射後の生物作用の時間変化を追うと、10の9乗分の1秒で水が分解されてOHラジカルや酸素ラジカルが発生し、ラジカルがDNAを攻撃して1ミリ秒で遺伝子DNAの切断となる。1時間ほどでDNA修復が出来なかった細胞は死ぬ。線量が多いときには数日後に生物個体の死に繋がる。数年から十数年後にガンの発生を見る。これはラジカルを介した間接効果であるが、重粒子線では直接効果である。放射線治療が有効なわけは、ベルゴニー・トリボンドーの「ガン細胞の放射線感受性が高い」ということによる。感受性は分裂頻度の高い細胞、幼若細胞、未分化細胞の順である。放射線照射によって細胞の分裂する能力がなくなること、すなわち「分裂死」のことである。1回の照射量は2,3グレイで、分裂能力を無くしたがん細胞は「巨細胞」に変化する。細胞の死にはネクローシス(壊死)とアポトーシス(細胞の自殺)とがあり、ネクローシスは細胞質の変化で、アポトーシスは核の変化であり胚細胞の分化になくてはならない機構である。放射線の作用機構はネクローシスが主であるが、アポトーシスも当然おきている。そして細胞の成長周期で一番放射線感受性が高い時期は、ギャップ期G1からDNA合成期に入る時とギャップ期G2から分裂期に入る時である。この細胞周期を薬で同調させれば治療効果は高まるはずだ。まだ研究段階である。

放射線治療は当然正常細胞にもダメージを与える(制癌剤と同じ)。「正常組織耐用線量」と「腫瘍治癒線量」との比を治療可能比といい、1以上でなければ治療の意味がない。(ガンは治ったが患者は死んだでは無意味)放射線治療医の腕の見せ所は、いかに少ない線量を集中して患部に照射できるか(放射線物理学的アプローチ)、そして効果を上げる「時間的線量配分」(放射線生物学的アプローチ)にある。放射線物理学的アプローチはハードの照射装置の進歩やコンピュータ連動で花形となっているが、放射線生物学的アプローチは医者の経験的技量によるところが大である。放射線治療の目的とは、「根治療法(原発巣およびリンパ照射)」、「姑息手法(延命効果)」、「対症療法(圧迫、痛み、出血の排除)」の3つである。なかでも放射線治療で対症療法の痛みの除去は前立腺ガンの転移に驚くほど効果的である。放射線治療には@外部放射線治療、A小線源治療、B内照射治療の3つがある。@外部放射線治療は照射装置の進歩が著しい分野である。位置決めや小分野の絞込みなど精度が向上し、「定位放射線照射」装置は「ライナック」といい、脳腫瘍の分野では「ガンマナイフ」といい照射精度が高い装置である。正常細胞へのダメージを少なくするための「強度変調放射線治療」装置、直接効果を狙った「重粒子線治療」装置が開発された。重粒子線とは大型加速器で陽子や炭素イオンを病巣にぶつける装置で、数百億円もする高価な装置で、加速器の横に据え付けられる。治癒の難しい黒色腫や骨軟骨肉腫などの治療に使われる。A小線源治療には「組織内照射」と「腔内照射」とがあり、前立腺ガン、舌ガン、口腔ガン、子宮頸ガンに密閉線源を埋め込んで照射するものである。放射線治療の副作用(有害事象)には小さいところで皮膚糜爛からはじまり、肺線維症、放射線脊髄症等がある。その影響も発ガン作用と同じで、閾値のある確定的影響と、閾値のない確率的影響とがある。発ガンは確率的影響、化学物質は確定的影響といわれるが、その区別は微妙で困難であるといわれる。影響の現れる時期については「急性」と「慢性」、「晩発」に分けられる。「急性」には皮膚炎、口腔粘膜炎、大腸炎、膀胱炎、むくみなどがあり、20,30グレイで必ず発生する。頭部に照射すれば「脱毛」は避けられない。慢性には肺線維症、放射線脊髄症、腎硬化、骨壊死、脳壊死、放射線肺炎などがある。慢性障害の多くは、肝臓や筋肉・脳の臓器に現れる副作用である。

疾患ごとの治療法を示す。
1)脳腫瘍:頭蓋から外への転移がない腫瘍で、外科手術や放射線といった局所療法が有効で、制癌剤は血流脳関門のために使えない。しかし増殖しない細胞なので放射線感度は高くない。脳壊死のリスクが高い。最も有効なのは外科手術ということだが、深い発生部分によってはメスが入らないなど危険性が高い。
2)転移性脳腫瘍:肺ガンや乳がんの20−40%は脳転移が起きる。放射線療法は神経症状の軽快を目的とした対症療法である。「ガンマナイフ」による0.5ミリという高精度の位置決めができる。
3)舌ガン:舌ガンは高度分化型扁平上皮ガンのため放射線感受性が低い。そこで「組織内照射」が行われる。放射線原を密閉した針をガンに刺入する方法である。また抗がん剤を高濃度に投与しながら照射する集学的療法が効果を上げている。舌ガンは1年後に頸部リンパ節転移が起きるので手術でリンパ節を郭清するのが一般的な治療法である。
4)咽喉ガン:発生部位には声門とその上下の位置に出来るが、声門に出来るガンが最も治りやすいガンである。声門以外のガンは発見が遅れるためと、リンパ節転移のために治療が難しい。
5)食道ガン:喫煙や飲酒と深く関係した扁平上皮ガンである。食道壁にそってガンが飛び火したり、リンパ節転移の頻度も高い。外科的に食道全部を摘出してリンパ節郭清を行う侵襲性の高い手術である。抗がん剤と放射線治療の集学的治療で外科手術と変わらない成績を上げている。手術を避ける手法として注目されている。
6)肺ガン:肺ガンは「小細胞ガン」といわれ放射線の効き目が高いのが特徴であるが、進行も早い。化学放射線療法を行うが、脳に転移しやすいので予防的に全脳に照射して、抗がん剤治療を行う。手術が可能であれば治癒も期待できるが、進行した肺がんは治癒は難しいといえる。分子標的薬として「イレッサ」が注目されたが、肺炎の副作用と期待したほどの効果が得られていない。
7)乳がん:手術後10年後に再発、転移の多いガンである。もともと転移していることがおおいので、徹底的に外科的に切除しても再発防止のメリットはないので、乳房を残す「乳房温存法」が注目されている。乳房を部分的に切除して、術後5週間ほど放射線治療を行う方法である。乳ガンは腺ガンで放射線感受性が高い転移に対しても効果的である。
8)子宮頸ガン:ヒト・パピローマウイルスによるとされ予防ワクチンも開発され効果は100%といわれている。日本でも臨床試験中である。ステージUまでは手術が選択されている。欧米では放射線治療が主であるが治療効果は同じである。手術が困難なステージV、Wでは放射線治療が行われ、外部照射と腔内照射を組み合わせるのが標準的な治療である。進行例の尿管圧迫にも放射線が対症療法として延命効果が高い。
9)前立腺ガン:高齢者の増加とガンマーカーPSA測定の普及で患者が増加しているガンである。手術後に起きる尿漏れや勃起不全を考えると、精度の高い照射装置の進歩で放射線照射のほうがメリットあるのではないだろうか。外部照射と組織内小線源治療がある。ヨウ素を用いた小線源治療は患者の負担が少ない方法で1,2日の入院で済む。
10)悪性リンパ腫:ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫とがありウイルスや免疫との関連が疑われている。ホジキンリンパ腫にたいしては、リンパ節以外への転移がない時は30−40グレイの照射で制御できる。放射線の晩期影響があり、照射線量を少なくして化学療法を主体とする方法に変わりつつある。非ホジキンリンパ腫に対しては悪性度によって、放射線単独療法か化学療法との集学的療法がある。
11)小児ガン:小児ガンは分化増殖期にあることのため化学薬剤や放射線への感受性が高いので、治療効果の高い分野である。放射線治療のよい疾患には脳腫瘍、横紋筋肉腫、神経芽腫などである。

放射線治療の今後

臓器温存が可能な放射線治療を選択する割合は年々増加しているとのこと。選択の仕方で結果が大きく異なる場合もある。放射線治療の最前線をみてゆこう。高精度放射線治療装置として「3次元原体照射(3D-CRT)」、「定位放射線照射(SRS、SRT)」、「多分割原体絞り装置(MLC)」、「強度変調放射線照射(IMRT)」、「ガンマナイフ」など最新の機器がコンピュータ連動で可能となっている。多臓器が集まる前立腺ガン、頭頸部ガン、脳腫瘍などにIMRTが有効である。呼吸や心臓の拍動などでガン巣が移動する時には「動体追尾装置」や「迎撃照射」、「追尾照射」などまるでミサイルシステムのような照射が可能である。装置の詳細は省く。

X線、ガンマ線の電磁波照射や速中性子線照射では体の中で線量は次第に減少するが、陽子や炭素イオンなど重い重粒子線照射は対内の一定の深さにある腫瘍部に線量を集中させ、そこから奥には到達しない特徴がある。電磁波照射に較べると、陽子線は生物的効果に優れ、重イオン線は線量分布や生物的効果が優れている。しかし装置が巨額な割には、効果のコストパフォーマンスがいまいちである。魔法のような抜群の効果が期待できるわけでもないので、少し考え物である。「ホウ素中性子捕捉法」はホウ素を取り込んだ腫瘍部に熱中性子を当てると、α線が発生しがん細胞を破壊する。熱中性子線は深部まで透過しないので浅い部分のガンには有効である。黒色腫や膠芽腫に適用されている。照射強度として時間当たりの線量で区分すると、低線量は2グレイ以下、中線量は2−12グレイ、高線量はは12グレイ以上である。患者の負担から短期間で集中して照射する「高線量率照射法」開発され、コバルトやイリジウムが線源に用いられ我国では主流である。そのほか放射性同位元素を結合したモノクロール抗体をミサイルとして使用する療法が、乳がんや非ホジキンリンパ腫、白血病などの適用されている。がん細胞の攻撃法だけではなく、正常細胞の防禦法のアプローチも重要である。放射線を照射して時に発生するラジカルを除去するスカベンジャーとして、メチオニン基を持つ薬剤を併用する療法である。ラジカルの必要以上の連鎖反応を防止する事が目的である。細胞活動の分子イメージング画像装置として、FDGーPETはブドウ糖代謝を画像化してガン細胞を検出する。ほかに生化学画像、分子画像などと連動して線量の集中化を図ることが研究されている。


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