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井田徹治・末松竹一郎 著 「グリーン経済最前線」
 岩波新書(2012年5月)

20世紀型ブラウン経済を脱却し、グリーン経済に向けた世界の取り組み

本書を手にして読了するのに2時間はかからない。それほど内容がこれまでの域を出ていないのと、かつ分かりやすく書かれているので流し読みができるからだ。深く考えさせられることが少ないともいえる。本は何も早く読むことが目的ではなく、人の考え方や新知識についてじっくり考えることが最大の目的である。そこで本書がいいたいことは何かに絞ってみよう。福島原発事故が日本に突きつけたものは、世界でも少なくないエネルギーを消費し、原子力エネルギーと化石燃料のエネルギーを同時に小さくしてゆかなければならない困難な課題である。今回の破局には、地球の制約を無視しひたすら効率重視の成長を追求してきた20世紀型経済(ブラウン経済)の限界を見せ付けられた。原発開発が始まったのは1950年代であり、化石燃料による地球温暖化が議論されたは1990年代(1992年ブラジルのリオデジャネイロの地球サミット)であるので、両者には直接の関連は無い。人間の経済活動が地球温暖化の最大の原因だとすれば(これには異論があり、太陽活動のサイクルに過ぎないという説もある)、人口と経済活動の縮小かあるいは経済のパラダイムシフトによってしか地球を救う道はないだろう。成長の限界が叫ばれてからもう大分経過した。たしかに先進国の経済成長は停滞している。しかし中国・インドというエネルギー大消費国が出現し、高度経済成長を続けている。彼らは京都議定書には耳を貸さない。世界最大の経済大国アメリカもしかりである。そして炭酸ガス濃度は増え続けているのである。後進国の人口爆発は止まらない。地球の許容量(フットプリント)の数倍で資源を消費しているなかで、持続的成長という言葉はむなしい希望かウソである。人類の破滅かグリーン経済が地球を救うのか瀬戸際に立たされていることは確かである。特に日本の「失われた20年」はエネルギー効率世界一の技術国という自慢を吹き飛ばし、日本は省エネルギー水準で欧州に抜かれ、再生可能エネルギー(新エネルギー)を無視し原発に金を注ぎ込んだツケは重くのしかかり、いまやグリーンエネルギー部門では負け組みとなった。ついにCOP16 で日本自ら京都議定書を棄て去ってしまった。多くの国々(特に欧州)がグリーン経済へ舵を切っている中、原発事故を経験した日本こそ真剣に取り組む必要があるのに、いまだに原発に執着し勉強しない日本となってしまった。労働環境の悪化により労働の質が低下し、努力しない日本人が多数を占めていることも関係しているようだ。

本書の著者の井田徹治氏は共同通信社編集委員でジャーナリスト、末松竹二郎氏は三菱銀行から日興証券を経て国連環境計画金融イニシャティブ顧問である。環境投資の専門家というところであろう。本書は共著であるが、章毎の執筆分担が前書きにも後書きにも記されていないが、恐らくは第1章:なぜグリーン経済か、第2章:世界のリーダーシップを取るのは誰か、第3章:動き始めた世界までが新聞記者の井田徹治氏の手になり、第4章:グリーン経済への道が環境投資の末松竹二郎氏の手になると思われる。地球温暖化対策やグリーン経済について私が読んできた本を下に示す。
@ 佐和隆光著   「グリーン資本主義」 岩波新書
A 石 弘光 著  「環境税とは何か」 岩波新書
B 天野明弘著   「排出取引」 中公新書
C 井田徹治著   「生物多様性とは何か」 岩波新書
D 西岡秀三著  「低炭素社会のデザインーゼロ排出は可能か」 岩波新書
本書のデータとなっている点はすべてこれらの書籍の方が詳しい。本書に一番近い内容は佐和隆光著 「グリーン資本主義」(岩波新書 2009)であろうか。佐和氏はこの本の前にも多くのグリーン経済の本を現してきた。@佐和隆光著 「地球温暖化を防ぐ」−20世紀型経済システムの転換(岩波新書 1997年)、A佐和隆光著 「市場主義の終焉」−日本経済をどうするか(岩波新書 2000年)などである。  そこで佐和隆光氏の本によって、グリーン経済の要点を以下にまとめた。

佐和隆光氏は「経済成長のパラダイムシフト」と題して、 「成長の限界がいわれてから久しいが、日本の経済界は地球温暖化防止のための環境税は経済成長を鈍化させるといって頑迷に反対する。まだまだ日本は発展途上国であると思っているのだろうか。すでに内需(国内市場)では新たに投入する製品もない。成長の中味を見直す時期に来ている。今、経済成長のパラダイムシフトが求められている。枯渇性資源を浪費する経済成長から、循環型の経済成長(サステイナブル 持続可能な)へ移行することが求められる。地球環境の保全を第一義とする新しい経済システムこ(グリーン経済)そが、投資機会を拡げてくれるのである。ICPPは地球温暖化による被害を救うための適応基金として、先進国から途上国へのCDM投資分の2%を積み立てることを先進国に求めた。米国オバマ大統領は再生可能エネルギーの利用技術の革新と気候変動への取り組みを確約した。日本の実質経済成長率も1991年から20年間ずっと1%であった。日本は20世紀末より停滞の時代に入ったのである。市場に委ねておいて炭酸ガス排出削減が達成できるのだろうか。規制措置と経済措置の組み合わせで達成する必要があろう。化石燃料に課す環境税は1990年代に北欧3国、北西ヨーロッパ5国で実施された。1999年にはドイツ、イタリアで、2001年に英国で、2008年にスイスで導入された。環境税を赤字財政に使うだけなら、確かに国民負担が増えるだけである。環境税は長期的に消費行動を省資源的なものに誘導することである。それが新たな投資を生むことで経済に資することが期待されるのでる。経済のグローバリゼーションはそろそろ曲がり角に入った。このままグローバリゼーションが続くと大変な「悪夢のシナリオ」が待ち構えているである。2030年に原油価格がバレル200ドルを突破するなら、どのような事態が起きるのだろうか。乗用車は電気自動車に置き換わり、トラックやバスも電気か天然ガス、バイオ燃料で動くだろう。」という。

さらに佐和氏はグリーン資本主義の意義を協調して次のように論を展開している。アメリカの過剰消費に頼っていた世界の産業は今回の世界大不況で中国の内需に活路を見出した。先進国から途上国へ投資して、途上国の内需喚起に期待するというグローバルケインズ主義が主流になりつつある。ポストODAである。その先進国から途上国への資金の流れは、ポスト京都議定書の有効な資金メカニズムを生み出すであろう。そのためには先進国には高い炭素削減源目標を課す。そうすれば共同実施かクリーン開発CDMに向かわざるを得ない。そうすると資金は途上国に流れ、途上国の需要を喚起する。そこへ先進国は技術や商品を輸出するのである。これをブーメラン効果というこれからの資本主義経済を牽引するのは、発展途上国における耐久消費財の着実な普及を促進するグローバルケインズ主義政策と、先進国におけるグリーンニュディール政策の組み合わせ(バッテリー)である。グローバルケインズ主義政策のインセンティブとして働くのが、京都議定書のクリーン開発メカニズムである。先進国に対しては厳しい排出削減義務を課し、国内対策だけでは達成困難なほど高い削減目標を与えると、発展途上国への投資(CDM)や、発展途上国が何らかの義務を負うなら共同実施(JI)により、発展途上国・新興国の技術開発投資を援助するのである。これはある意味でODAと同じである。そして先進国の投資は自国で削減するよりははるかに安くできるという意味で単位ガス排出抑制限界費用の低減となる。経済界はこの利点と仕組みに早く目覚める必要がある。いまだに日本では「気候変動対策や環境税は経済成長を鈍化させ、国民生活への負担を増す」などという頑迷なことを言わないで、グリーン資本主義を理解すべきである。

本書の第1章から第3章は、これまでの気候変動条約機構の動きと世界の動きを、新聞記事の見出し程度(危機感を煽るように)に書き綴ったもので、内容的には単一テーマごとの書に比べて読む価値は無い。なかでも一番気になったのは、「持続可能な発展」の希望をいまだに政治経済の識者は信じているのだろうか。さらにこれまでの経済を牽引してきた資本主義の手で「グリーン経済」が可能だろうか。「再生可能エネルギー」などに儲けの新たな切り口を考案したに過ぎないのではないだろうかという不信がおこる。さらにエコツアーをグリーン経済の動きというのはあまりにもお粗末である。これも新たな観光業ではないか。ようするに新たな投資先を求める金融界の焦りが感じられるが、その真意は依然不透明である。3.11福島第1原発事故への真剣な反省に立たtなければ、日本の先は見えてこない。そこで本書は第4章の「グリーン経済への道」に論じられている国連環境計画(UNEP)調査報告書 「グリーン経済に向けてー持続可能な開発と貧困廃絶への道」(2011年2月)を中心に見て行こう。

国連環境計画(UNEP)調査報告書 「グリーン経済に向けてー持続可能な開発と貧困廃絶への道」

グリーン経済のシナリオの目標は、再生可能エネルギーや省エネルギーなどへの投資を大幅に拡大することにより、2050年の世界の炭酸ガス排出量を現在の1/3にすることである。そのために必要な投資額は年間1.3兆ドル、世界のGDPの約2%であるという。以下に調査報告書の投資対象を箇条書きにまとめる。調査報告書によくありがちな項目の羅列であり、実行可能性は知らない。
@ 投資先の配分は、10のセクターに分け一番多いのがエネルギー供給業へ1/4近くを投資し、運輸、建設、観光、農業などの順となる。グリーン経済の主役は農林業の第1次産業となる。炭酸ガス吸収に貢献する森林保護に向けられる。 A 無制限な漁獲をさけるため漁業の制限が必要であると云う。排出量削減の割当と同じように、漁獲の制限という「経済軍縮」が必要であると云う。
B エコツーリズム(観光業)の発展のため、旅客輸送業のカーボンオフセット制度による低炭素化の推進、公共工事・排水処理など地域での雇用促進などである。
C 建築改革(グリーン建築)のために、冷暖房照明のエネルギー設計、建築資材、廃棄物処理などを考慮し、2050年までに建築関連のエネルギー使用を1/3に減らすことが目標である。
D 運輸関係のグリーン化のために、コンパクトシティ、モーダルシフトを推進する。電気自動車インフラの推進。
E 廃棄物のリサイクルを推進する。2050年までにリサイクル率を現在の3倍75%に高める。ごみ焼却施設の炭酸ガス排出量を30%改善する。
F 上水道・下水道など水資源への投資により途上国の不衛生を改善する。インフラを整備する。
G 製造業の省エネルギー推進と産業構造転換を推進する。
H 自然資本への投資を農林水産業を中心に推進する。

2030年にはエコロジカル・フットプリントが地球2個分になるという。何か石油先物取引(埋蔵量の数倍の規模で先物が取り引きされる)を思わせる。無い物を買うことはありえない話だが、これも金融工学のトリックで値を吊り上げて落とすための駆け引きであろう。UNEP報告書は「健全な規制の枠組み」と称して各国政府の役割に期待するところが大きい。政策には政治的リスクがつきもので、補助金の撤廃など実行できる政治手腕を持つ政治家は少ない。2008年アメリカに発する世界金融危機がおこり、2011年欧州の財政危機がこれを引き継いだ。OECD事務総長は、このようなときだからこそグリーン経済による成長に期待したいという。資本はスミスがいうように、貧しい状態から成長軌道に乗るときに利潤が大きい。成長を遂げたところでは利潤率は低下する。従って資本は貧しい国・途上国に向かうとスミスは断言する。中国に世界中の資本が移動するのは10%近い生長があるからだ。UNEP報告書が投資を呼びかけるセクターにはさまざまな雇用が生まれるだろう。これを「グリーン・ジョブ」、「グリーン・ニューディール」という。再生可能エネルギー分野では2030年までに歳代2000万人の雇用が生まれる可能性があると云う。エネルギー多消費型でありながら雇用が少ない業種には、航空輸送、船舶輸送、電気ガス事業、石炭石油産業などがあり、エネルギー消費が少ない割りに雇用が多い業種には不動産、サービス、建設、機械機器、行政保健医療分野がある。ブラウン経済からグリーン経済へのシフトは産業構造の転換を意味している。

20世紀末に「ハゲタカファンド」という企業買収により利益をあげる金融業や、「ヘッジファンド」によるアジア金融危機が話題となった。これらはアメリカの金融工学から生まれた金融業の歪な投資機関であった。2003年国連の「責任投資原則」が生まれ、財務成績中心主義から企業リスクや環境・ガバナンスを重視する動きが始まった。日本でも2011年10月、35の金融機関が「21世紀金融行動原則」を採択した。2012年3月には日本の175の金融機関が署名した。企業を評価する基準として「持続性指標」(DJSI)がスイスの格付け会社で始まった。原発事故を起こした東電や財テク不祥事を起こしたオリンパスはDJSIから除外された。投資先としての再生可能エネルギーに対する投資額は金融危機のなか8250億ドルの巨額の金が動いた。その中心は太陽光発電、風力発電であった。そのなかで日本の歩みは停滞している。2009年COP15で「先進国の責任」とそっぽを向く中国の態度に世界の批難が集中し、その反省から2010年のCOP16から中国は急に積極的な態度に変じ、2011年のCOP17で妥協的な姿勢となった。ところが日本はCOP16において京都議定書の延長を主張する途上国の意見に反発し、京都議定書の破棄を宣言したため世界中の批難を招いた。かっては日本は太陽電池の世界トップ5社の4社も日本企業が名を出していたが、2011年にはトップ10社にも日本企業の名はない。2011年の風力発電量は中国が断トツ1位で日本企業は21位に後退した。風力発電タービンの生産についてもトップ10から日本企業の名が消えて久しい。日本のお家芸であった「太陽熱温水器」の生産は補助金が廃止され80年代の1/10まで市場は落ち込んだ。「日本は省エネルギー先進国」も神話となった。日本のGDPあたりの炭酸ガス排出量の減少は2000年以降鈍化し、2006年にドイツに並ばれた。人口一人あたりの炭酸ガス排出量は2005年にはイギリスに抜かれた。日本は失われた20年の間、経済のグリーン化を目指した国家戦略をとることなく、原発と火力発電を重視したエネルギー戦略に固執したため、原発依存による気候変動枠組み条約対応に終始して世界の潮流から取り残され、2011年3月の福島原発事故で完全に窮地に立たされた。ここから日本は立ち直れるのであろうか。これは技術の問題ではなく国家戦略の問題である。原発にかけた超莫大な金を再生可能エネルギーに振り向けるという決断をしなければならない。


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