日本では1960-1970年代の産業活動による公害問題は高度経済成長時期特有の現象であり、経済成長が飽和しグローバル化すると地球規模の環境問題がクローズアップされてきた。1972年ローマクラブの「成長の限界」が発表されてからは「持続可能な成長」が意識されるようになり、右上がり経済成長論から「現代マルサス理論」が復活した。石油資源の枯渇は大昔から議論されていたが、この時期はまだ石油は十分に安かった(バレル数ドル)が、中東戦争・湾岸戦争を経て1990年代には石油枯渇問題は喫緊の政治的課題となりつつあった。そういう意味で地球環境問題とはすなわちエネルギー・資源問題に等しく、先進国がエネルギー・資源を優先して利用できる時代は過ぎ去りつつある。大きな文明的・政治的文脈において、エネルギー・資源は有限であると云う事を世界的に知らしめるために、地球温暖化問題が創造された嫌いがある。放置しておけば石油がなくなり、化石炭素による地球温暖化問題も自然消滅するはずであるが、地球温暖化の問題は1992年のリオ地球サミットにおいて「気候変動枠組み条約」が採択されてから急に現実味を増した世界的課題に躍り出た。その動きを決定づけたのは1997年のCOP3「京都議定書」の締結である。この議定書に最大の石油消費国である米国と中国が不参加なのは、自分の手を縛られたくないのとこの議定書の茶番を見抜いているからであろう。文明国の精神的運動として地球温暖化防止枠組み機構が創設されたのである。地球温暖化問題が嘘だという議論は多い。例えば丸山茂徳著「科学者の9割は地球温暖化炭酸ガス犯人説は嘘だと知っている」(宝島晋書)、武田邦彦著「環境問題はなぜウソがまかり通るのか 1,2」(羊泉社)などが代表的である。一方経済学者や政策論者は炭酸ガス地球温暖化説に立って社会変革の道を説いている。例えば天野明弘著 「排出取引」(中公新書)、佐和隆光著「グリーン資本主義」(岩波新書)、小宮山宏著「地球持続の技術」(岩波新書)、諸富徹著「低炭素経済への道」などがある。地球温暖化炭酸ガス説が本当かどうかは別にしても、脱石油は喫緊の課題であり、原子力発電が3月11日の大震災による福島第1原発事故がおきて、その安全性神話の崩壊と核廃棄物処理の未解決により、菅首相は「原発に依存しないエネルギー政策を」と訴えた。地球温暖化防止という本書の内容は、脱石油・脱原発というエネルギー政策転換論であるので、本書も地球温暖化炭酸ガス説はICPPにまかせて、低炭素社会構築のシナリオつくりが主である。したがって地球温暖化論争は棚上げにして、脱石油論の文脈から本書を読み変えよう。
本書の著者西岡秀三氏のプロフィールを書末より紹介する。1939年東京生まれ、東京大学工学部機械工学科卒業、博士課程終了。旭化成工業、国立環境研究所に勤務、その後東京工業大学教授、慶応義塾大学教授、国立環境研究所理事となる。1980年代よりICPPなどで気候変動とその対策の研究に従事、低炭素社会国際研究ネットワーク事務局長をつとめ、2004年から2009年まで環境省地球環境研究総合推進費による「2050日本低炭素社会シナリオ」WGのリーダーを勤めた。なお評価モデルは国立環境研究所、京都大学、みずほ情報総合研究所が開発した「気候変動政策のためのアジア太平洋気候変動統合総合評価モデルAIM」に基づいているそうだ。本書はその研究成果を市民に分かりやすくまとめたサマリーである。
1) 目標から逆算した低炭素社会シナリオ2010年度に日本経済が輸入した石油・石炭・天然ガスは17兆円(GDPの3.5%)である。これらの化石燃料が無限ではないのだから、持続可能性な社会経済が持つべき条件をディリ-は次のように述べている。
@ すべての資源利用速度を、最終的に廃棄物を生態系が吸収する速さで制御できる。(原発はまったく不可であろう)
A 再生可能資源を、資源を再生する生態系の能力を超えない水準で利用する。(中国のはげ山、有限な化石燃料は不可であろう)
B 再生不可能な資源を代替資源の開発速度を超えない水準で利用する。(微妙な表現)
C 究極の持続可能な社会は常に「入り」と「出」が等しい定常化社会である。(ごもっとも)
2008年洞爺湖サミットで自民党福田首相は2050年までに日本は温室効果ガス60-80%削減を目指した低炭素時代に向かう事を宣言した。この時には石油枯渇を原発増設で乗り切る成算があったのだろう。2010年民主党鳩山首相は地球温暖化対策基本法に、2020年までに25%(1990年レベル)、2050年80%削減を謳った。日本は京都議定書で2008年度までに6%削減を義務付けられたのに、実質6%の増加になっていた。差し引き12%の削減を排出権取引やグリーン開発メカニズムなどで帳尻を合わせたのだろうか。たしかに経済成期にはGDPは温室効果ガス排出量に比例していた。1980年ごろからGDPと温室効果ガス排出量とは比例しなくなった。つまりよりすくないエネルギーでも経済成長は出来る事を示している。これは産業構造が製造業から金融サービス業に転換しつつある事を示している。エネルギー高依存度技術の社会ステムからの脱却が鍵である。高度消費社会からの脱却シナリオを描くためにはまず望ましい社会像を共有する必要があるとして本書は2つの社会シナリオを提示する。多様な価値観から2つを選択するやり方はかなり異論が出るが、何てことは無い,一つはアメリカ式の市場主義社会であり、多少はやわらかな「活力社会」(都市型)と呼ぶ。2つは欧州式の福祉社会で「ゆとり社会」(地方型)と呼ぶ。その社会の特徴を下表にまとめる。
分野 | キーワード | シナリオ1 活力社会 | シナリオ2 ゆとり社会 |
考え方 | 価値観 生活 家族 先進技術対応 | 社会的成功 都市居住志向 個人志向 積極的受容 | 社会貢献 地方居住志向 共生志向 慎重派 |
人口 | 出生率 移民対応 海外移動 | 低位で推移 積極的受け入れ 増加 | やや回復 現状程度 現状程度 |
国土利用 | 国内人口移動 都心部 地方都市 | 大都市集中 土地高度利用 人口大幅減少 | 分散化 都市人口減少 人口減少 地域独自文化 |
生活 | 仕事 家事 自由時間 住宅 消費 | 高収入 長時間労働 外部サービス利用 スキルアップ 集合住宅、マンション 買い替えサイクル短い | ワークシェアリング 家族、地域 趣味 社会活動 戸建て住宅 買い替えサイクル長い |
経済 | GDP経済成長 技術進歩 | 2% 高い技術進歩 | 1% ゆっくり |
産業 | 市場 第1次産業 第2次産業 第3次産業 | 規制緩和 輸入依存 シェア減少 生産拠点海外移転 シェア増加、生産性高い | 適度規制 シェア回復 シェアー減少 地域ブランド シェアー増加、ボランティア |
エネルギー | 削減目標 エネルギーシフト | 50% 原発現状維持 | 40% 脱原発、バイオマス利用 |
2つの社会シナリオでは当然産業構造は変わらざるを得ない。成熟社会に入って物だけではないサービスへの欲求が高まり、これまでの重厚長大産業から、エネルギーをそれほど使わない商業、金融、保険、運輸、通信などの棹ビス産業に大きく移ってゆく。今後医療、教育、文化、観光など高付加価値サービス産業に転換できるかどうかが課題となる。シナリオ1の「活力社会」ではグルメし志向で食品産業、ハイテク家電などの電気機器、ショッピングが刺戟されるので商業の発展が著しく、金融、不動産、通信、放送、教育、医療・保険、高齢化による利用事業所サービス、飲食店、美容など対個人サービス関連産業が増加すると推測される。シナリオ2の「ゆとり社会」では伸びる産業構造はシナリオ1と同じでGDP2% が1%に下がるだけで利用程度が下がるのである。人の志向やスタイルはそう変わるものではないとみている。エネルギーサービスでは自動車の燃費向上はハイブリッドや電気自動車、そして燃料電池車と技術開発の効果は抜群であるが、技術開発にかかる費用も莫大である。技術の導入コストは炭素削減量の程度の少ないと段階は安価であるが、炭素削減量の大きい段階(より高度な技術開発)では指数関数的に増加する。そこで削減目標に達するための技術選択をしなければならない。削減目標に到達するための技術選択をしなければならない。一つ一つ積み上げて計算するやり方をボトムアップ型の検討という。エネルギーの需要と供給の構成を変えるのである。
2000年のエネルギー供給量は約5.1億トン(石油換算)、構成は石油・石炭25% 、天然ガス35%、原子力30%、水力10% の順であり、それ以外の自然エネルギー利用は1%以下であった。本書はそもそも原発を低炭素化の切り札にはならないとの前提をとる。その理由は廃棄物処理不能と出力調節不能からきている。その上でのエネルギーシフトを考える。「2050年日本低炭素社会シナリオ」において、需要量の削減に応じてその供給構成もシフトする。シナリオ1「活力社会」では基本的に原子力と天然ガスに依存し、石油・石炭依存を著しく弱めるという策である。シナリオ2「ゆとり社会」では風力太陽光利用を進め石油・石炭依存から急速に脱却する点ではシナリオ1と同じであるが、シナリオ2では原発依存を少なくしバイオマスに切り替えるとしている。つぎにエネルギー需要の対策であるが、首相の約束やできるかどうかは別にして、本書の目標は40-50%以上の削減とし、その削減目標の各分野別の努力を検討する。電熱配分後の部門ごとの排出シェアー(需要構成)は、産業部門37%、旅客貨物輸送部門21%、業務部門20.5%、家庭部門15%、エネルギー転換部門で7%であった。これまであまり対策が浸透していないし、合計が36%を占める業務部門と家庭部門の削減がひとつのターゲットになる。シナリオではエネルギー効率の改善と使用料の削減で家庭部門における需要の減少を図る。業務部門の削減シナリオも家庭部門と同じくエネルギー効率の向上と使用削減である。ビルエネルギー管理システムで効率的省エネをはかり、コンパクトシティで自家用車を廃して地下鉄利用を進める。貨物輸送部門ではモーダルシフトと自動車燃費向上が鍵である。そして最大の需要部門である産業部門ではエネルギー効率改善は限界に来ているので、産業構造変化が決め手である。そしてこのシナリオには追加投資はドレくらい必要かというと、年間10兆円、GDPの1%程度である。国民一人10万円の負担である。買い替えを差し引くと低炭素社会にするために上乗せされる費用は年間1-2兆円でGDPの0.1-0.2%である。これらをグリーン投資というが費用を負担する目的で、炭素税、排出量取引といった仕組みが考えられる。ドイツでは炭素税を福祉社会補償予算に回している。
2) 達成するにはどのような技術が必要か一番対策の効果が見込まれる家庭とビル環境の低炭素技術を考える。日本全体の炭素排出量(エネルギー使用量)の約15%は家庭部門で、商業・サービス・オフィス部門は20.5%である。家庭内でのエネルギー使用の内訳は暖房24%、冷房2%、風呂・炊事などの給唐湯関係に29%、照明・冷蔵庫・テレビ・パソコンなどの家電に37%、厨房で8%である。オフィスでのエネルギー使用は冷暖房31%、給湯0.8%、照明21.3%、コンピュータなどの電気機器に21%、エレベーター2.8%であるという。建物での省エネルギー技術としては高断熱構造技術、温度調節技術、照明・パソコン・冷蔵庫・テレビなど電気機器の省エネルギー技術の進展が望まれる。断熱技術は既存技術の安価な導入と義務化がポイントである。照明ではLEDの一層の普及が望まれる。給湯器にはヒートポンプ式電気給湯器、太陽熱温水器、冷暖房には高効率ヒートポンプエアコンの普及が望まれる。そして自然ネルギー利用として太陽電池発電や地域ごみ発電や蒸気利用のさらなる推進が必要である。場所によっては風力発電もある。発電と消費のトータルエネルギー管理システムHEMSの普及で節電の意識を喚起するのもよい。日本の人口は2050年ごろには1億人を切るといわれる。また高齢化により就業人口も減る。過疎化と都市化が一層進むと予想されている。したがって人口減少によるエネルギー使用も20%削減は自然減となる。都市化は自動車利用を少なくし、都市では農村部に較べて移動が少なくなる。日本では2000年ごろから輸送関係のエネルギー利用がサプライチェーンマネージメントSCMによって減少した。輸送量を減らすための秘策はコンパクトシティとモーダルシフトである。自動車から地下鉄・バス・路面電車LRT利用への切り替えが進むであろう。欧州のように自動車のシェアリングと自転車のレンタルサイクルシステムの普及があてもいい。公通部門でのエネルギー需要削減は、今後の人口減少や都市化傾向、自動車技術の進歩から確実に削減が見込まれる分野である。
輸送技術の革新は目覚しく、輸送量の削減とモーダルシフト技術に期待が持たれる。電気自動車EVはガソリン車の1/4のエネルギーで走る。出力の大きな電池の開発、走行可能距離の向上、電気スタンドの普及と蓄電高速化が課題である。しかし未来の自動車技術はまだ幾つかの不確実な要因を抱えている。バイオマス燃料、LPG車、天然ガス車の動力源によってインフラ整備が異なる。燃料電池車では水素供給に難問題が多い。エネルギー消費の37%を占める産業部門の削減は省エネルギー技術によりさらなる削減を期待し、産業構造自体の転換が求められる。日本の産業構造のうちGDPが少なくてエネルギー消費の大きい分野は、鉄鋼(自動車用鉄鋼が大きいので機会の分野と一緒にしなければという意見がある)、化学・石油工業、紙パルプ業、窯業セメント工業であり、逆にGDP寄与が大きくてエネルギー消費の少ない分野には機械、食料品、建設業である。鉄鋼部門ではスクラップ鉄の一層の利用と高品位鉄鋼には水素鉄鋼還元技術などが期待される。化学工業はエレクトロニクス材料などで今後も大きく伸びる分野であるが、エネルギー消費が大きい。資本集約的な大量生産一般材料は海外移転が進むであろう。エネルギーを多く使う原価の厳しい製品は海外へという戦略も生まれる(公害の海外移転と同じで問題は残るが、不採算部門の切り捨てという意味で)。セメント関係は公共事業の減少からすでに1990年から30%の削減となっている。紙パルプは18%も減少している。
エネルギー供給側の日本の技術開発力は優れている。2008年の1次総供給量は5500兆Kcal、石油換算で5億5000万トンである。これらが電力に変えられたり,ガソリン、ガス、重油となって2次側の石油会社、電力会社、ガス会社に供給されている。第1にやるべきことは需要者と協力してエネルギー使用量を減らすことである。第2にエネルギー転換(電力)を上げることである。最先端技術によって火力発電の効率は42%と世界一であるが、さらなる技術開発が必要だ。第3に発熱量あたりの炭素含有量の少ない天然ガスへの転換を進めることである。そして炭酸ガス固定化技術CCSを発電所に設けることである。第4に自然エネルギーに転換することである。日本では原発は化石燃料枯渇に備えた最終兵器とみなされて国策として推進された。確かに燃焼がないため炭酸ガスは出さないが、出力調整が出来ず(出力を絞る実験でチェルノブイリ事故が起った)、かつ固定費(設備費)が高く、核廃棄物処理がない(トイレのない高級マンション)点で原子力発電を切り札とすることは出来ない。原発はなるべく一定出力運転が原則で、電力需要の時間変動に追随するために100%原発に頼ることは出来ず、調整しろとして火力発電とか夜間電力用の揚水型水力発電所の併設が必要である。したがって原発が炭酸ガスを全く排出しないとはいいがたい。またウラン鉱石の埋蔵量に限界があり、原発も今世紀末までの過渡的発電でしかない。太陽ネルギー、地熱発電、海洋発電、バイオマスエネルギーといった自然ネルギーはまだ日本のエネルギーの1.4%を占めるに過ぎない。太陽電池発電を制度として促進するために「固定価格買取制度FIT」が始められた。水力発電は3.3%である。日本では工事費が高いが水力発電も見直されてしかるべきである。今世紀中には石油もウラン鉱もなくなると人類には自然ネルギーしか残っていない。今こそ自然ネルギー開発に本格的に取り組むべきである。自然エネルギーの分散的発電を取り込むためにスマートグリッドという共同体的エネルギーインフラを構築しなければならない。
3) 地域・企業・住民はどう変わるか低炭素社会シナリオで2つの典型的な「活力社会」と「ゆとり社会」を示したが、地域はどう変わるのだろうか。本書では都市の事しか述べていないし、著者らは都市こそ低炭素社会の切り札と考えている趣がある。集約された都市でこそ政策が行き渡るし節減効率がいいと見ている。分散型の地方では官僚が何をやっても政策は実現できないようだ。「活力社会」では利便性・効率性の追求から都心部への人口集中が進む。地方の中核都市は分解し、農村では過疎化が進むというらしい。これまでの都市化・過疎化を是認しむしろ推奨して、皆さん都市に住みなさいというシナリオである。「ゆとり社会」では表現こそマイルドだが実現可能かどうか具体的な社会像が抽象的である。筆者らは実現可能とは見ていないようだ。低炭素社会シナリオでは政策の効率性という点から都市化以外に実現性は無いようだ。職・住・商接近方のコンパクトシティにして、公共交通を張り巡らし、自家用車を追放するという欧州型都市を夢見ているようだ。しかし低炭素社会のライフスタイルだけが価値観のすべてではない。政策立案者はそれ以外は考えない。そして土地は金には換算できない要素を持っている。食品生産基地として、水源として、生態系として、記憶として様々な環境資源が一体となったいわゆる和辻哲郎のいう「風土」という価値である。ところが日本は高度経済成長期から食糧自給を諦め、工業立国を目指した。機械電気製品の輸出から得た金で世界で一番安い食料を輸入するという戦略である。土地は放棄された。中国のように食料生産と燃料生産のため山は丸裸にされないで、おかげで日本は森林面積が世界一という皮肉な結果となっている。
日本の産業は1990年以来製造業主体から大きくサービス産業主体に変わった。付加価値の高い高度知識産業への転換を余儀なくされた。この傾向は低炭素社会を進める大きな要因である。これまでの重厚長大の公共事業の推進で、日本列島には12億トンの鉄鋼が埋められた。これからは鉄鋼の需要は中国へ移動するだろう。高い技術水準の自動車用鋼板などの輸出で外貨を稼いでいる。高炉は一度設備すると、融通の利かない原発のような設備で、20年間は休みなく動かさなければならないし、海外移転も容易ではない。韓国の追い上げも厳しい。エネルギーの電化シフトが進み、エネルギーと情報が一体となった総合エネルギー調整機構が誕生するだろう。企業はこの新しい時代にそって大変革を遂げなければならない。企業は自社のエネルギー使用量を削減し、かつ製品・サービスを通じて低炭素社会に貢献することである(環境適合製品の開発)。そして思い切った業際部門へ進出することである。自動車会社が公共交通へ乗り出したり、不動産会社が省エネルギービル設計管理運営へ乗り出し、企業で進めてきた自家発電(コジェネ)をさらに進めて、電力を売る需給一体のエネルギー運営に乗り出すことなどである。スマートグリッドにソフト会社グーグル、IBM,マイクロソフト、楽天、ソフトバンクなどが参入することも期待されている。これまで日本の電力会社は拡大路線を押し進め、半公共的会社でありながらエネルギーの多消費傾向を煽ってきたきらいがあった。そのために原発を推進してきたのである。23%の原発発電シェアーを放棄しても日本のエネルギー事情は逼迫しない。これまで大過剰に供給してきたからである。商店の24時間営業をやめればいい。放送テレビの24時間放映をやめればいい。家庭で24時間エアコン使用をやめればいい。23%の電力節減は容易である。大震災と福島第1原発事故以来、原発に頼らないエネルギー社会に移行することが国民の共通認識となった。原発事故は低炭素社会へアクセルをかけるように働いた。原発発電は最初から国営産業のように、核廃棄物処理を考えず、立地交付金や事故災害補償を免除されている。つまり経済外要因が多すぎるのである。これで原発の発電コストが安いといっても意味がない。
4) 政策を実現するために削減目標は十分に達成可能であり、その技術開発も進んでいることは明らかになったが、そのためには個別j技術を社会に取り入れるための施策などいろいろな政策の後押しを必要とする。例えば新しい技術を取り込むには、「情報の壁」、「技術の壁」、「ライフスタイルの壁」、「資金の壁」、「経済性の壁」を乗越えなかればならない。温室効果ガス排出要請を目的とした欧州の政策には、日本の財界が反対している環境税、炭素税、エネルギー税という形が導入されている。日本でも道路建設のために石油に暫定税率が設定されたり、車にもエネルギー関係の税が網の目のように設けられている。すると環境税を上乗せするのではなく、公共事業としての道路建設を縮小して環境税に振り分けることは、自民党の道路族が弱体化した今可能ではないだろうか。排出権取引(キャップアンドトレード)では炭素価格が市場で決められ、金銭取引することが出来る。これも一種の炭素税である。技術の壁を打ち破るには日本政府の得意な研究開発投資として減税や融資制度がある。そして規制や基準を強めることが重要である。日本の経団連は「自主目標」の積み上げでやれるとして政府の業界目標設定には乗り気ではないが、全体の調整役としての行政指導は必要かもしれない。基準は「トップランナー方式」で技術開発を先行させた企業が有利になる基準となるのが効果的に働くだろう。アメリカでは上院の反対で包括的な連邦法案は難航しているが、地域温室効果ガスイニシャティヴが2000年より開始されている。地方先行・内発的技術進歩の考えが主流である。EUはロードマップを提出し、2020年までに年率1%で削減、2020-2030年では年率1.5%で削減、2030-2050年までは年率2%の削減としている。イギリスでは2008年エネルギー・気候変動省を設立気候変動法案を成立させた。毎年政府は「炭素予算」を国会に提出する。2020年までに30%削減、2050年までに80%削減を謳っている。中国でも経済成長を抑制せずエネルギー効率を向上させる意味で、GDPあたり40-50%削減するという低炭素化目標を出した。韓国では2009年「低炭素グリーン成長基本法」を可決し、2020年までに30%の削減目標を上げた。
今の産業社会においてライフスタイルまで国と産業が規定しているので、生活者国民は選択肢がないという考え方がある。たしかに企業経営の方向が社会あっての企業、持続可能性でなければならないという意識がないとなかなかライフスタイルは変わらないという悲観的見方である。本書は生活者こそが低炭素社会の原動力であるとおだてている。環境省によるライフスタイルの提案という生活指導じみた国民教育となるか、本当に意識的な市民が望むライフスタイルとなるのか、民意のレベル,民主化の真意が問われるところである。官僚から見ると市民は勝手な事をやる存在と映る。だから宣伝教育し、指導し、誘導し、規制するという。本書はまだ官僚の書いた書物である。