100218

天野明弘著 「排出取引」
 中公新書(2009年8月)

環境と発展を守る経済的手法

気候変動枠組条約に付属する「京都議定書」が1997年に採択され、2001年に米国の離脱があったが、2005年無事発効した。採択から8年が過ぎており、本格的実施時期2008年に3年を残すきわどい発効であった。その間欧州連合EUは着々と準備し、実質排出量も削減の実績を積見上げてきたが、日本は何をしていたのだろうか。2008年には日本の温暖化ガスは排出量は1990年に対してすでに8.5%ほど増加しており、森林シンク分を差し引いても5%以上の増加は歴然であった。地球温暖化の原因が近代国家の経済活動にあると云う認識が共有され、規制措置と罰則によって排出行為を禁止したり制限する政策は地域や国の経済活動にブレーキをかけ衰退させるという認識のもとで、市場経済体制のもとで発生する汚染活動を効率よく減らすために考案されたのが「排出取引」制度なのである。環境問題と経済活動が切り離せない関係にあり、公共性を持つ環境に何らかの悪影響を及ぼす経済活動を最小にする誘引はそもそも市場経済体制には乏しいのである。米国の大気汚染防止法の環境対策時に誕生した「排出取引」制度は地球温暖化対策において活用されようとしている。地球温暖化対策に最初は規制で臨んだ欧州連合は、米国の強い勧め(米国と連携するため)排出取引制度を温暖化対策の中心的手法として採択し、当の米国が京都議定書から離脱するという皮肉な結果を乗越え、いまやEUは排出取引制度つくりの具体化の先頭に立っている。

本書の著者天野明弘氏のプロフィールを紹介する。天野 明弘 (1934年大阪うまれ)は、日本の経済学者で神戸大学・関西学院大学名誉教授。兵庫県立大学副学長。専門は国際経済学、環境経済学である。経済企画庁経済研究所においてEPA世界経済モデルの構築に貢献。 1990年代以降、研究対象を国際貿易から気候変動へ移行。 1993年には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第三作業グループに参加、第二次評価報告書の第一章の執筆に貢献。 また環境省中央環境審議会委員として、京都議定書に定められた温室効果ガス排出削減目標を達成するために経済的手法(環境税・排出権取引制度)の導入を提言しており、現在の経団連による同手法への懐疑的なスタンスや自主的取組を中心とする温室効果ガス削減政策の実効性に批判的である。これについては本文で明らかにする。主な著書には、「地球温暖化の経済学」「環境経済研究:環境と経済の統合に向けて」「環境との共生をめざす総合政策」などがある。

1993年に「環境基本法」が制定されたが、実は「環境」について定義されていない。ただし「環境」というものの認識については法第3条において「さまざまな生態系が微妙な均衡を保つことで成り立っている人類生存の基盤となるべき限りあるものであって、それを健全で恵み豊かなものとして維持してゆくことが人間の健康で文化的な生活に欠くことが出来ない」としている。公害対策基本法では大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭を典型七公害として産業活動をおもな発生源としていたが、1980年以降環境汚染は都市型・生活型からさらに地球規模に広がり、汚染源の特定が困難で広い地域の人々に影響を与えるようになった。公害問題では因果関係が立証できれば、訴訟のような法的手段が用意されたが、地球温暖化問題では特定の加害者・被害者が特定できず、法的措置は難しい。発電所のような大規模で固定した排出源のほかに、自動車などのように移動したり、多くの小さな排出源が分散してそれが全体として環境に大きな影響を与えるので政策的な対策を困難にしている。現在の自由経済活動は市場経済を基にしている。市場経済の基礎は私有財産制と自由な競争である。市場経済では最小限の費用で最大限の利潤を上げることが至上命題(本能)となっているので、私有財産でない(利用に際して費用を発生しない)大気、水(用水は費用)、土壌(土地は費用)といった環境を効率的に利用して費用を節約しようとするような動機は働かない。むしろ「環境はただ」という感覚で濫用を引き起こして荒廃・汚染を招いている。これを有名な言葉で「共有地の悲劇」という。私有財産には排除性と競合性を特徴とするが、公共財にはこの二つの特性がない。高速道路は込まなければ公共財(欧米では料金を取らないインフラ)であるが、混雑すると競合性が出てくる。漁場や地下水は枯渇すれば争いが起きる。

環境政策は様々な手法を用いて実現を図る。直接的規制法、経済的手法、情報的手法(情報公開)が主たる手法である。なかでも経済活動を行う主体に対しては、排出を減らすことが経済的な利益をもたらすと考えられる動機を与える経済的手法に注目が集まる。排出取引制度は環境税や環境補助金などと並んで有力な経済的手法と考えられている。この制度は現在欧州で主流のシステムである「キャップアンドトレード」型では次の3つの特徴を持つ。
@中央政府または地方政府が一定期間に管轄地域内で排出することを認める総量を決め、汚染物質1単位の排出を承認する「承認書」を発行する(これを配分するという)。受け取った排出主体は期末に政府にその承認書を提出する。総排出量が承認書を超えるときは罰則が科せられる。政府管轄内の排出総量が守られた時は承認書のバランスが取れるようになっている。
A排出承認書を売買してもよい。高い削減コストがかかる企業は安いコストで過剰に削減した企業から承認証を買うことが出来ることがこの制度の根幹である。地域全体で削減量目標が守られるだけでなく、それが最も安いコストで実現されるのである。
B期の初めに配分される排出承認書には有償(オークション方式)と無償(グランドファザーリング方式)がある。有償(オークション方式)では排出主体は炭素コストを計算して応札する。排出主体には多額の費用が発生するがそれは政府の収入となり、一定割合で主体へ還元される仕組みがある。無償(グランドファザーリング方式)は過去の排出量に応じて削減量を引いて承認書が無料で配分される。主体に費用発生はないので政治的なムリがないので導入が容易である反面、企業に産業構造変換の動機が働かない欠点がある。
排出取引とは「エミッショントレーディング」の訳であるが、これまで日本では「排出権取引」、「排出量取引」、「排出枠取引」、「排出承認証取引」などの言葉が用いられることがあったが、いずれも「エミッショントレーディング」の原意味と微妙にことなるので、本書では「排出取引」ということにした。すくなくとも排出は財産などでいう権利ではない。取引されるのは排出することに対する単位ずつの承認証(アロウワンス)である。従って「排出量」でも「枠」でもない。譲渡可能なのは排出アロウワンスであるが、実際に削減されたことを承認する「排出クレジット(削減証明書)」も取引される。EU指令によれば「エミッショントレーディング」とは排出することに関する譲渡可能な公的承認の取引であるとされている。

1) 排出取引制度の誕生と米国での発展

公害問題への対応においては、各国政府とも排出企業に一定の義務を遵守させる直接規制政策が取られてきた。規制がますます厳しくなると、政府による規制を嫌う米国の企業風土から現代的な排出取引制度が誕生した。1963年に大気浄化法の汚染防止の枠組みが出来、1970年に米国環境保護庁(EPA)が発足して同法の改正が行われ全米に6つの汚染物質の環境基準が決められた。EPAが定める全国基準を達成・維持することが州政府の役割である。そのため州別実施計画はEPAに届けて承認を得なければならない。中でも新規排出源達成基準をEPAは事業所内の個々の排出点に対して適用しようとした。それに対して鉄鋼業界は、環境基準達成が重要なのであって、工場全体の排出総量で一定の限度内に抑えればいいのではないかという、いわゆる「バブル」(工場ひとつでひとつの排出口)ということを主張したが通らなかった。法施行初期から未達成の見込みの州が多く、達成困難という懸念が広がった。そこで1976年EPAは排出取引制度の原型となる「排出オフセット」プログラムを発表した。オフセットとは「相殺」ということで、同一地域内にある既存排出源において新規排出源の増加を相殺して余りある削減が確保できるなら、未達成地域においても新規排出源の親切を許可するというものである。その新規排出源装置は実現可能な最高の制御性能を有することなど新規排出源審査が行われる。既存の排出源において削減が規定以上に達成できた場合、その削減量1単位ごとに「クレジット」すなわち相殺可能な認可証が発行される。原則的には企業間取引も可能なのであったが、実際は同一企業内の取引であったという。次に同一施設内にある排出源でも新規または改修による排出増加は他の既存排出源の削減量と相殺でき、新規排出源審査を免除され方式が導入された。これは内部取引で「ネッティング」と呼ばれた。そして1979年末には既存の排出源について複数の排出源をひとつにまとめ、全体に対して総排出限度を設ける「バブル」方式を認めることに成った。また1980年には排出削減クレジットが売れ残った場合預託できて将来も使える「バンキング」という制度もスタートした。「バブル政策」に対して争われた一連の裁判は1984年最高裁で結審し、排出源の定義は工場全体を一括して扱い、全体として排出基準が遵守されればいいという判断が下された。こうしてEPAは排出取引の4つの制度(オフセット、ネッティング、バブル、バンキング)を整備統合して排出取引政策大綱と施行細則を1986年に発表した。

自動車のノッキング防止のために添加されていた鉛を含むガソリンを「有鉛ガソリン」というが、鉛が健康障害を起こすということと、排ガス中の窒素酸化物や硫黄酸化物を除去する触媒装置の性能低下になるということから、1982年より無鉛ガソリンへの切り替えと「鉛混入権」の取引制度が始まった。EPAの目標は鉛含有量を2グラム/ガロンから0.1グラム/ガロンに下げることであった。ガソリン業界は日常的にガソリンの融通が行われていたので権利証の取引もスムーズに行われ、1982年には1.0グラム/ガロンへ、そして1988年には0.1グラム/ガロンに下がった。この制度は初期の排出取引制度野中で際立った成功を収めた。この考えは1990年代に入ると、酸性雨の原因のひとつであった二酸化硫黄の排出削減対策に応用された。米国政府は1990年に大気浄化法を大幅に改正し、酸性雨、オゾン層破壊物質などの五つの分野の取り組みを強化した。石炭火力発電所から排出される二酸化硫黄の排出を減らすために、硫黄分の多い安価な石炭から他の燃料への切り替えがスタートした。EPAの目標は2010年までに二酸化硫黄の排出を半減することであった。対象は第1期『1995−1999年)は大規模火力発電所、第2期(2000−2010年)は小規模発電所と産業排出源である。第1期には110発電所と自発参加を含めて総排出単位数は445箇所を規制対象とした。二酸化硫黄の排出規制はアロウワンス(承認証)の総量規制の配分を通じて行われる。排出量の割り当ては排出実績に基づいて無償で配分されるので、「グランドファザーリング」と呼ばれた。最初からのアロウワンスの売りすぎを防止するため、一定間一定量は保持しなければならず、EPAは総量の2.8%を留保してシカゴ取引場で競売した。バンキングや罰則もついている。第1期には1995年からすでにアロウワンス配分量を下回った排出量となり、2000年から始まった第2期では2006年に排出量はアロウワンス配分量と一致するようになった。そして50%削減目標は2006年に達成された。この劇的な削減効果には取引制度だけでなく、総量規制による配分という方法の効果も大きいとされる。易きに流れやすい経済取引を市場原理主義にするのではなく、従来の規制方式で全体が管理されていたからである。そして排ガス処理リスクラバーの技術革新の効果も大きかった。

国際的排出取引の成功例としてオゾン層破壊物質削減対策がある。有害紫外線を吸収していたオゾン層が熱媒体のフロン化合物によって破壊されオゾンホールができている事が問題となった。1985年ウイーン会議で国際的に規制することが決められ、1987年「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」が締結された。1990年のロンドン会議で「特定フロン」CFC類の使用を2000年までに段階的に停止することが決められた。モントリオール議定書を受けて米国政府は排出取引制度を採用することを決め、国際的な取引が行われたという。しかしフロンガスの生産者は極めて少数であり、取引の内容は非公開(生産者間の話し合いに近い)で、この取引がどの程度の成功をもたらしたかは確認できない。代替フロンの開発と使用が急速に進んだ。排出(使用)取引制度は欧州共同体ECでも行われ、地球規模の国際的取り組みのなかで排出取引制度が利用された最初の例となった。

2) 地球温暖化防止「京都議定書」とEUの排出取引制度

排出取引制度が利用されてきたのは主に大気公害対策においてであった。199年代になって経済活動を支える石油などの燃焼による大気中の炭酸ガス濃度の増加が地球温暖化の原因ではないかという議論がおこり、1992年には「気候変動に関する国際連合枠組み条約」が採択された。そして取り組みを軌道に乗せるため、1997年COP3で「京都議定書」が採択され、2001年にはその施行細則というべき「マラケシュ合意」が出来た。京都議定書の重要な目的は先進工業国(付属書T国)に対して二酸化炭素を含む温室効果ガスの排出削減義務を課すことであった。1990年度を基準年として、第1約束期間(2008年−2012年)における対基準年比削減量が先進国に割り付けられた。削減目標達成の方法として最初欧州連合EUは総量規制の考えであったが、米国は国際排出取引制度を前面に出した。欧州連合は米国・ロシアに削減目標を飲ませる代わりに、排出取引に合意したといわれる。国際排出取引制度は次の4つの取り組みを柱とするものである。
@共同達成(バブル):付属書T国内のグループを組んで、削減量総量は変えずに相互に分配し合って、グル−プ全体として達成しようとする。その例は欧州連合EUのみである。
A国際排出取引:排出取引の細則はCOP7のマラケシュ合意で詳しく決められた。京都単位といわれる次の五つの排出承認証の国際取引を行う。AAU(割り当て量単位)、ERU(先進国間の共同実施による排出削減単位)、CER(クリーン開発メカニズム認証済み排出削減量単位)、tCER(途上国との植林の長期的CER)、RMU(国内植林の吸収量単位)である。先進国はこの五つの京都単位から費用対効果の高い選択を行うことが出来るというものだ。
B共同実施(JI):付属書T国どうしが実施する。2008年段階で155のプロジェクトが提出されている。投資国がホスト国において追加的な排出削減が行われた場合、ERUを自国の義務に組み入れることが出来る。日本の例ではロシアのメタンガス会社に投資してメタン回収と発電行うプロジェクトなど19件である。
Cグリーン開発メカニズム(CDM):付属書T国が削減義務を負わない発展地上国に投資して排出削減プロジェクトを実施して、認証済み排出削減単位CERを得ればそれを自国の義務に組み入れることが出来る。登録済みのCDMプロジェクトは2009年で1448件ある。日本政府は434件である。

欧州連合EUは長い間排出取引を気候変動政策として用いることには反対で、1990年代の初めから国家間における協調的な炭素・エネルギー税の実施を柱とすることを訴えてきた。しかし炭素税は北欧四国で実施されたが、イギリス、ドイツなどの反対でEUとしては炭素税の導入は不成功に終った。しかし1997年の京都議定書の採択の際の米国との妥協策でこれを容認し、EU全体で8%削減という義務を負い、幅広いう政策が実施が必要になったので、排出取引制度への関心が芽生えた。2000年より欧州気候変動計画が開始された。5年間で8つの分野の部会の検討会で手法の開発を行うことになり、第1作業部会では「EU排出取引制度」を2008年までに実施することになった。2001年にはデンマークが発電所の排出取引を開始し、2002年より英国が自主参加の排出取引をはじめ、2005年より30カ国の参加によりEU排出取引制度がスタートした。この制度の基本は「キャップ&トレード制度」である。実施スケジュールは施行期間としての第1期(2005-2007年)および本格的実施期間としての第2期(2008−2012年)からなる。第1期及び第2期の制度の内容を下の8項目にまとめた。
@規制対象主体の範囲: 火力発電所など七つの炭素s中役的産業部門の一定規模以上の施設である。
A規制対象ガスの範囲: 炭酸ガスのみとしたが、国はそれ以外の温暖化ガスも加えることが出来る。
Bアロウワンスの総量及び配分の方法: 共同達成グループであるEUとしての8%削減を国別に総量削減義務を割り当て、各国内において規制対象に配分した。
Cアロウワンスの発行と取引の方法: 第1期には国別総量の少なくとも95%は無償で、第2期には90%以上を無償で配布する。各国は国別登録簿を設定し、口座にアロウワンスを記入する。認証済み取引をすべて記載する。
D京都クレジットの利用: JIとCDMの削減クレジットを取引に利用することが出来る。しかし原子力発電と植物の吸収増大クレジットは認めない。追加的・補足的利用が原則である。
E排出量のモニタリング・報告・検証の方法: 管理能力があると認定された各施設は排出許可を取得して操業できる。 モニタリング・報告に関する規則を守り結果の検証を受ける。
Fアロウワンスの引渡しによる義務の遵守: 最終年に検証されたアロウワンスを政府当局に引き渡す。保有口座から遵守口座にふりかえて貸借勘定のバランスを記入する。期日までに出来なかった施設が罰金を科せられる。
Gバンキングとボロウィングの承認: アロウワンスのバンキング(貯金)と、前倒し使用ボロウィングは認められるが、第1期と第2期をまたがる使用は出来ない。
第2期はまだ終ったわけではないが、着実な成果が上がりつつある。第2期の市場炭素価格が形成され、先物の市場も形成されたことである。安い石炭発電への切り替えは、さらに排出取引を増やし炭素価格は上昇する。この「排出費用の節約」が通常の経営活動に組み込まれ内部化されるようになったことである。炭素価格を支払ってまで排出することへの社会的費用を負担することが定着し始めたことである。この制度により長期にわたって厳しい排出削減を行える体制が出来たことである。

3) 米国の地域レベルと民間の排出取引制度

京都議定書に対する米国の姿勢は世界の疑惑を呼んだ。米国は排出取引制度を前面の押し出した提案をおこなって、欧州がこれを受け入れ1997年12月京都議定書が採択された。ところがその5ヶ月前の7月に米国上院では「バード・へ−ゲル決議」と呼ばれる「上院の意見」を満場一致で決議していた。米国に重大な影響を与えるか、または先進国のみに対して排出量を制限したり削減するような条約に参加してはならないというものであった。するとクリントン・ゴア政権の京都議定書採択は外交上の失敗だったわけである。2001年ブッシュ大統領は京都議定書からの離脱を宣言し、以降連邦政府の地球温暖化がス排出取り組みはストップした。その結果、連邦政府は動かなくなったが、州政府や民間レベルでの取り組みが進められるようになった。2005年の米国北東州とカナダからのオブザーバーを入れた15州のRGGIグループ、2007年に米国西部州とカナダ・メキシコのオブザーバーを入れた24州のWCIグループと米国中西部州とカナダのオブザーバーを入れた10州のMGGAグループが結成され、地球温暖化ガス排出削減に取り組んだ。なんとアメリカ的な取り組み方である。五大湖周辺の工業地帯を多く持つRGGIグループの取り組みを紹介する。一定規模以上の火力発電所を対象にキャップ&トレード方式の排出取引が2009年1月から開始された。10州の排出の配分を決め2014年度までの第1段階では2009年度のレベルを維持し、2018年度までの第2段階で10%の削減を目指すというものである。アロウワンスの配分は有償(オークション)による。これにかかる費用は電力料金に転嫁し、消費者の理解を求める。州政府はオークション収入の25%以上を消費者利益のために還元される。また再生可能エネルギー購入制度を利用すればアロウワンスが徐却されという「徐却制度」がある。バンキングは認めているが、ボロウィングは認めない。発電所以外の排出削減プロジェクトの成果はオフセットクレジットして利用できる。削減規制が厳しい州から、緩い州への逃亡「リーケージ」を防止する意味でも、殆どの州がブロックとして網羅されることは大変効果的であろう。

公共的な問題を規制の枠に閉じ込めて経済発展を窮屈なものにするより、自由経済システムの中で解決しようとする考えが強いアメリカでは、民間でも温暖化問題に排出取引制度を重視する傾向にある。2003年京都議定書のクレジットの総合取引所としてシカゴ気候取引所CCXが創立された。プロジェクト方式の検証済み排出オフセットが売買の対象である。正会員はガス排出側で取引所と輩出削減契約を結ぶ。準会員は間接輩出をするビルなどの事業体で100%オフセットの購入で相殺する契約を結ぶ。取引対象はアロウワンスとオフセットの2種類で「炭素金融証券」と呼ぶ。民間の取り組みとして、米国気候行動パートナーシップUSCAPという団体で著名である。企業と環境団体が連邦政府に全米規模の立法措置を要求するため2007年に結成されたロビー活動団体である。気候変動に対しては自主的な取り組みを中心とする国内政策に限定する連邦政府であるが、州レベル、民間レベルの取り組みに押される形で、連邦議会での取り組みが始まった。2005年上院で立法化を促す口頭採決(賛成の声の大きさで採決する)がなされた。2007年度第110議会の上下院で排出取引関連9法案「リーバーマン・ウォーナー法案」が採決された。対象は6種の温暖化ガスで、基準年を2005年として目標は2012−2020年で19%削減、2030年で36%削減、2040年で54%削減というものである。規制対象施設は、発電、工業、運輸、燃料以外の化学物質である。アロウワンスの配分はオークションが原則である。バンキングは自由だが、ボロウィングは5年先以内である。アロウワンス価格高騰に対しては炭素市場効率化評議会が監視し、当局は干渉せず調節することである。国内オフセットは利用できる10%までは森林クレジットを利用できる、5%は海外プロジェクトを利用できるというものである。

4) 日本の排出取引制度と今後

日本政府の排出取引制度への対応は、環境庁と経済産業省の二つの省がどちらも環境についての政策をそれぞれの観点から策定しようと対立し、両省合同審議会で審議が進められるという異例な形で我国の環境政策が進められている。日本では2000年ごろから排出取引制度の関心が深まり、中央環境審議会で政策パッケージの検討が進められてきた。2002年排出取引制度を議定書目標達成の一手段として検討することになり、2002−2004年を第1ステップとして民間の自主的な取引の実施を支援することになり、2003年の「地球温暖化対策大綱」になった。この自主参加国内排出取引制度政策は英国の経験を参考にしたものと思われる。日本の自主参加型の排出取引制度はキャップ&トレード型制度と異なる面もあるので見て行こう。@対象は炭酸ガスのみで、補助金との兼ね合いから1年の排出のみが対象である。目標を持つ参加者と取引だけの参加者に分けられる。削減目標を外部から強制されることはない。A遵守期間は1年のみである。この制度で取引できるのはアロウワンスとCDMクレジット、コジェネクレジットの二つである。B1年分のアロウワンスが配分され、アロウワンスの90%は常時保持しなければならない。D削減実施期間が終了すると、4月から8月までにアロウワンスやクレジットを調整しなければならない。バンキングは可能である。1年を単位とするのでボロウィングは認められない。Eヨン制度の緩和策は26億円の補助金である。1年を単位とする制度で中長期的展望がないことや、アロウワンス価格が公表されないので、試行制度とはいえ諸外国の制度に較べて見劣りがする。環境省の取り組みに対して、東京都は2008年に環境確保条例を改正して義務的な排出取引制度を導入した。@炭酸ガスを排出する事業所を対象として、2010−2014年、2015−2019年の2段階で行われる。A事業者とはビル所有者である。排出削減対策計画を作成して排出総量の削減義務を負う。テナント事業者は協力する義務を負う。B事業者は排出許可証を都に提出して償却する義務を負う。アロウワンス取引とCDMとJIクレジットが取引される。C5年間の期間が終ると事業者は整理期間内に許可証を償却する。遵守できないと50万円の罰金を負う。

2009年2月段階で、米国では連邦政府のキャップ&トレード型の排出取引制度をまだ実施できていないし、日本でもまだ自主参加型の取引のお勉強の段階を出ていない。我国で2008年から実施される「試行排出量取引スキーム」では、環境省はキャップ&トレード型の排出取引オプションが示されていたが、電力・鉄鋼業界の義務型に対する反対が根強く、経産省の消極的態度をとったため、試行スキームは強制型ではなく自由参加型であるが、経団連の「温室効果ガス排出削減自主行動計画」と極めて強くリンクしていた。参加企業の削減目標は経団連自主行動基準の2010年目標を目安にして設定された。目標設定参加者317社、取引参加者50社である。その目標設定企業のうち302社が経団連自主行動に参加しており、この試行スキームとは経団連自主計画の引き写しに過ぎない。目標をどのような方法で決めるかについて基準を設けていないし、その過程も公開されていない。官と財界の密室での野合と避難されてもやむを得ないほど秘密主義である。目標については排出絶対量でもいいし排出効率の原単位改善でもよいとされている。原単位ではアロウワンスを配布できない、履行義務もない。これを取引制度というのか、経団連のやり方の追認というのか誠に歯がゆい試行スキームである。しかも達成できない場合国内クレジットで買うことも出来るということは、タコが足を食うようなもので、国際的約束の履行にはならない。罰則もペナルティもない、しかも中小企業には補助金が出るというのは取引とはいえない。何か中小企業を後進国に偽装したゲームではないか。国際的にクレジットを買い取るのはNEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)であるが、NEDOも国内クレジットには関与しないという。これは要するに財界は義務型のキャップ&トレード型の排出取引制度にあくまで反対で導入を阻止するという意思表示である。日本の制度では国際的に貢献することは難しい。

これまで、米国、欧州、日本の排出取引制度の試行を見てきたが、地球温暖化対策としての排出取引制度は現在でも実験や試行が進行中であり、問題点が全て明らかになったとはいえない状況である。これらの経験から次の5つの事項についてまとめる。
@ クレジット、オフセットのあり方:  国内のアロウワンス削減目標の義務遵守の手段として、制度外システムである京都メカニズムのJIやCDMを認めることは、制度の厳しさを随分緩和してくれるだろうし、安い削減コストで世界的に同じ削減効果を上げられるのである。それは同時に途上国の経済に投資することと同じであり、途上国の経済八手に貢献することになる。それには本当の削減である事を実証し、BAUに対して追加的であるなどの厳密性を確保しなければならない。
A 被規制主体の費用負担緩和策: 排出取引制度によれば環境資源の利用者は、排出削減費用と継続的利用費用の両方を負担することになる。アロウワンス配分を有償とするか無償とするかが負担費用に大きく影響する。無償にすると排出量実績の大きいところが有利になり、改善を後伸ばしにして準備期間で出来るだけ排出削減をしない方が有利となる。有償ではアロウワンスの価格を負担するのは実質的に最終消費者になる。このためEUではオークションによる有償配分の割合を高めてきた。そして巨額なオークション収入を何に使うかは税制と絡んで重要な問題となる。
B アロウワンス価格の安定化: 排出取引の目的は排出削減の費用を下げることである。アロウワンス価格の高騰は避けなければならないが、政府が上限価格を設ければ、その価格で取引される。政府が価格予想能力を持たない限り市場に介入しないほうがベターではないか。
C 規制対象の範囲: 対策実施に必要な行政費用の点からは、排出取引は上流の方がやり易いだろう。しかし中小企業や流通事業、運輸事業やビル、家庭での排出を対象に出来ない欠点がある。
D リーケージの問題: 削減義務を遁れるために排出取引制度を採用していない国への企業活動の国際間移動が十分考えられる。しかしグローバルな世界にはグローバルな管理主体が存在しないというジレンマがある。削減義務を負わない中国では鉄鋼産業などエネルギー集約産業の優位を急速に高める機運がある。それを排出取引制度が加速することになるかもしれない。「エネルギー集約産業 熱烈歓迎」である。


環境書評に戻る

ホームに戻る
inserted by FC2 system