館野之男 著「放射線と健康」 岩波新書(2001年8月)

   

本書は放射線量の定義、日常の放射線量、事故による放射線傷害、遺伝子影響と発ガン、医療被曝問題の章からなるが、リスク論の観点より事故による放射線障害と遺伝子影響と発ガンの章を取上げる。

(1) 確定的影響

チェルノブイリ原発事故や東海JCO臨界事故、原爆被爆は高被爆線量による放射線傷害に分類される。極めて多量の被爆により死亡するとか、幸い被爆線量が少なくて一時的不妊、白内障、血液変化、胎児被爆の時の奇形・精神発達遅れが見られるなどの影響である。放射線傷害は早期に影響が現れ、影響の被爆線量に閾値が存在するために確定的影響と呼ばれる。
1990年国際放射線防護委員会(ICRP)が定めた確率的影響の閾値を下に示す。

放射線障害の閾値
大部分の組織−−−年あたり数グレイ
生殖腺−−−1回 0.15グレイ
眼の水晶体−−−急性 2〜10グレイ
骨髄−−−急性 0.5グレイ
子宮内胚死亡−−−0.1グレイ

結論として胎児を含め0.1グレイ(100ミリグレイ)以下での放射線なら確定的影響は心配ないとされる。ちなみに東海JCO臨界事故では0氏は8グレイ以上を被爆して死亡、S氏は6グレイ以上を被爆し死亡、Y氏は4グレイ以下を被爆したと推定された。過去に臨界事故は18件、放射線装置事故は267件、放射線核種事故が77件,合計364件の放射線事故が発生した。

(2) 確率的影響
  

何年か先に病気になるかもしれない確率をリスクという。1927年マラーはX線がショウジョウバエに突然変異を起こすことを発見し、突然変異の発生率とX線量の間に正比例の関係があると報告した。この遺伝子影響はつぎの3つの特徴を持つ。
@線量に正比例する。職業人、一般人に関係なく総線量に比例した影響が出現する。
A線量率には影響されない。
B直線的閾値なし仮説(LNT)
このLNT仮説という考え方はリスク論としては画期的であり、被爆総線量で管理できる点で優れた理論を提供した。しかし1951年ラッセルは700万匹マウスプロジェクトを実施してマウスには放射線の遺伝影響は認められないと言う結論を得た。又原爆被爆2世の調査によっても遺伝的影響はなかったとする結論であったため、1974年ICRPは遺伝障害の防止を放射線防護の主目的から外した。これより低線量放射線防護は「遺伝子からガンへ」の時代に入った。1974年原爆被爆者報告によると、白血病以外に食道、胃、泌尿器、肺、甲状腺、乳ガン、リンパ腫などの固形ガンによる死亡例が増加し、白血病の4〜6倍の死亡例であった。
ICRPは1977年に確率的影響を次のように定義した。
@LNT仮説を当てはめてもよい影響を確率的影響という。
Aそれにより分類されるのは遺伝影響と発ガンである。
B発ガンは低線量の放射線防護で一番重要な問題である。>br> 1990年ICRPはガン死亡率の見積りを以下に示した。

組織と致死確率係数(10E-4/シーベルト)

胃:110  肺:85 結腸:85 骨髄」50 膀胱:30 食道:30 乳房:20 肝臓:15 卵巣:10 甲状腺:8 骨表面:5 皮膚:2 その他組織:50 

リスクの推定値(10E-2/シーベルト)

放射線従事者
 
致死的がん発生:4.0 非致死的がん発生:0.8 遺伝影響:0.8  総量限界:100ミリシーベルト/5年
公衆
致死的がん発生:3.0 非致死的がん発生:1.0 遺伝影響:1.0 総量限界:1ミリシーベルト/1年

一般的な職業者の職業上の危険による年平均的死亡率は1万分の1以下である。そこで放射線による平均死亡率も1万分の1以下とするための線量限界としては余命損失から5年間平均値として20ミリシーベルト/年、公衆の被爆は一生涯として1ミリシーベルト/年と設定された。

[リスク論から見た2つの書評]

狂牛病による英国の畜産業への被害は膨大であり18万頭の発症牛に対して安全防護策として屠殺焼却された牛の数は450万頭におよんだ。実に発症牛1頭に対して25頭が処分されたことになり、もし日本が同じ政策をとったならば畜産業は壊滅したであろう。ヒト健康被害としてのヒト変異型クロイツフェルトヤコブ病死亡者数は英国の狂牛病の数から類推するとEUで1.17人(実際は4名)、日本で1.6*10-3名と推測される。日本では実質的にヒト変異型クロイツフェルトヤコブ病死亡者は出ないと考えてよい。「狂牛病」の著者は食品業界記者であったので飼料の闇ルートの実態をもう少し追求すべきであった(英国で日本への輸出統計がありながら、日本での輸入統計がないなど)。それにしても日本の地質条件は石灰分が多くて牛のカルシウム補給のため肉骨紛を与える必要が無かったために被害が少なかった。幸運であった。 放射線障害のリスク論は極めて厳密に構成されているが、これは原爆被爆という不幸な歴史に基づくデータ蓄積があったために構築できたといえる。人間は悲惨な結果からしか学べないのであろう。最近の環境ホルモン作用仮説としての低用量作用仮説(逆U字作用曲線)も妙な理論であるが、低線量放射線の活性化作用仮説(良い作用)と同じように分子レベルの解明がなければ断定も否定もできない。また化学物質による具体的なヒト病理が判定されない限り、人影響の恐れに終始するだけである。その意味で化学物質の人健康リスクを放射線障害リスク論と同じレベルで論議するためにはまだ膨大なデータ蓄積が必要であることを実感した。


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