高橋 裕著 「地球の水が危ない」
    岩波新書(2003年2月)

   

3月16日〜23日、「第3回世界水フォーラム」が京都、滋賀、大阪で開催中である。1996年国際的NGO「世界水会議(WWC)」が結成され水危機を地球環境問題と取上げ、1997年第1回マラケシュ、2000年第2回ハーグ開催に続いて、日本での開催が実現した。3月22日は国連「水の日」であり、2003年は「アジア水年」としてアフリカとともにアジアが水危機の中心的存在であることの認識を呼びかけるものである。本書はまさに「第3回世界水フォーラム」を照準にして刊行された。
  長野県田中知事の「ノーモアーダム」宣言以来、日本の河川土木事業は重大な岐路に差しかかっている。長年旧建設省の河川審議会委員を勤められ日本の河川治水政策立案者であった著者が戦後半世紀の間に日本人が歩んだ水問題への目まぐるしい挑戦の歴史を振り返り、悲喜こもごもの反省を込めて地球規模の水問題への展望を述べたのが本書である。
  日本はアジアモンスーン地帯に属した孤立した島国であり、かつ豊富な降雨量と森林資源に恵まれて古来日本は「山紫水明」の豊葦原の国であった。市民は「安全と水はただ」という思想を持ち、ときたま襲う台風による水害や日照りによる取水制限が水問題を意識する機会に過ぎなかった。その意味で中近東、アフリカ、東欧、中央アジアなどの国際河川における水紛争や絶対的な水不足などは対岸の火事以下にしか意識できなかった。しかし明治以来日本の治水砂防土木事業は農林業・工業・市民生活の立地条件を整える国家戦略と位置づけられ関係技術官僚の政策立案と公共事業は営々と続けられた。それがここにきて、環境破壊の元凶と非難され、土木公共事業は国家予算を食いつぶす政官財癒着の時代遅れの景気刺激産業と目される時代となった。

1)ダム・堤防による河川改修の限界:2000年河川審議会の答申「総合治水から地域治水へ」   

「われわれは都市化・経済効率一辺倒の風潮の中で身近な水域である中小河川、水路などの水質を悪化させ、土地有効利用の名のもとに次々と暗渠化、高速道路架設を断行した。結果として都市の平時の水循環を変化させてしまった付けを嫌というほど味合いつつある。水辺空間の減少、出来るだけ早く海に流すことを目的とした河川の直線化、連続堤防を含むコンクリート護岸などの河川改修工事、ダムや堰きの建設は平常流量の減少など河川生態系に著しい悪影響をあたえた」と審議会答申は述べている。このような反省をもとに効果的な洪水対策を推進するためには従来の河川改修と「多自然型河川工法」と併せて、流域における対策、特に山地丘陵等からの雨水の流出抑制対策及び、河川の氾濫などにより浸水する可能性のある地域における雨水貯留効果のある霞堤など水害軽減対策を講じなければならない。

2)地球環境問題としての水危機への世界の対応と日本の役割   

2000年には地球人口は60億を超え、人間生存の最低限の生活用水量である一人一日あたり50リットル以上の水を確保できない国は55ヶ国もある(日本人の生活用水使用量は332リットルである)。途上国が今後の水需要増加にどう対処するかが地球環境問題の課題である。食糧生産のための農業用水の総需要量に対する比は80%を占める。1977年マル・デル・プラタで最初の国連主催「水会議」が開催されたが、世界の世論を喚起するに至らなかった。1992年のリオデジャネイロの国連環境壊開発会議「地球サミット」でも水危機を地球環境問題として捉えることは出来なかった。水危機への政策を提言する国際的NGOとしてアカデミックなWWC(世界水会議)と途上国対策を説くGWP(地球の水パートナーシップ)が活動を開始した。WWCは2006年モントリオールで開催する第4回世界水フォーラムのテーマを「貧困と水」とし、2015年までに衛生的な水利用人口と一定水準以上の下水処理施設を利用できない人口を半減することを目標としている。地球温暖化と連動した水循環の科学的解明を目指したアジアモンスーンの観測計画(GAME:アジア・モンスーンエネルギー水循環観測研究計画)に日本の貢献が期待されている。 

     


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