鯖田豊之著 「水道の思想−都市と水の文化誌−」 
中公新書(1996)


   
1) 鯖田豊之京都府立医科大学名誉教授のプロフィール
 

 鯖田氏は医者ではない。医科大学に勤める西洋史学者であった。ヨーロッパの上下水道の発展と都市衛生問題は密接な疫学的関係にあった。特にコレラの流行と上下水道は有名な話である。国の水道水質へのこだわりをヨーロッパと日本の文化誌として捉え比較した著者は慧眼である。あれほど地表水を敬遠し地下水・湧水にこだわったヨーロッパでも水質が硬質であるため飲用にしない。塩素・凝集剤の薬漬けにした日本の水道水でも直接飲用する人は多いというのは謎である。その答えが本書にあるわけではないが、近年益々悪化しつつある水道水質を考えるヒントは提供してくれそうである。

2) ローマの水道思想
 

古代ローマの首都、ローマの人口は紀元前2世紀には100万人を越した。ローマへは11本の水道が建設され、市中は鉛管で1人1日500リットルの上水が供給された。さらに下水も設備され都市国家の快適な生活が保障されたが、476年に西ローマ帝国がゲルマン人により滅ぼされてしまうと水道は破壊されヨーロッパは農村世界に回帰した。近代になってヨーロッパが水道を建設するときの方針は古代ローマの水道思想に復帰することであった。古代ローマの水道思想とは次の2つが原則になっている。

  1. 水源の異なる水道の混合配水は禁忌された。古代ローマには11本の水道があり内8本は湧水、2本は河川表流水、1本が湖水であったが、決して交わることなく用途別に供給されたと見られる。
  2. 地表水は敬遠し、湧水、地下水、表流水の順に優先された。どんなに距離が遠くとも良質水源を求めて直接自然流下で導水することが原則であった。
3)現行水道法規
  1. フランス:湧水と深層被圧地下水が第1選択である。地表水には浄化処理と塩素消毒が要求される。
  2. ドイツ:水源の選択には規制はないが、湧水と深層被圧地下水が第1選択である。 
  3. 日本:1957年の「水道法」には水源の選択の規制はないが、上水道公営の原則がある。また給水栓での遊離残留塩素を0.1ppm以上とする下限設定がある。ヨーロッパにこの概念はない。これは戦後アメリカ占領軍が持ちこんだ規定である。民営、多様な水源、水質追求が改革ターゲットか
 
4)各国の水源と浄水技術
 

 日本には湧水源がないこともあり水源の70%は地表水である。それに対しヨーロッパでは1981年の上水道統計によると人工的地下水が32%、伏流水が29%、地下水・湧水が28%、谷川水が6%、地表水は工業用水専用で5%であった。地表水をやむを得ず利用する場合浄化処理にどんなに時間がかかっても薬品を多用しないとしてきたが、日本ではどんなに薬品を多用しても短時間で浄化しようとする技術背景が存在する。これは日欧の文化の違いと言えよう。

  1. 湧水: 古代ローマの水道思想を最も色濃く受け継いでいる都市には、パリ、ウイーン、ミュンヘン、ローマがある。どんなに水源が遠くとも良質な水を求める姿勢が生きている。特別な処理はしない。
  2. 地表水: 緩速濾過システムと凝集沈殿急速濾過システムがあるがヨーロッパでは活性炭濾過を加えて薬品をできるだけ使用しない。ロンドン、ベルリン、ロッテルダムがその例である。それに対し日本では 水源水質の悪化につれ薬品凝集沈殿−オゾン接触−急速砂濾過−オゾン接触−粒状活性炭濾過 −塩素消毒の高次処理技術が普及しつつある。
  3. 地下水と伏流水 
  4. 湖水 
  5. 人口地下水の浄化技術 
 

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