中村靖彦 著  「狂牛病−人類への警鐘−」 岩波新書(2001年)

 
  

2001年9月21日深夜、農水省は緊急記者会見行い千葉県のある農家で狂牛病が発生したことを発表した。これまで狂牛病の発生の恐れは極めて少ないとして対岸の火事視していたが、リスクが足元まで迫っていたことに気が付いていなかった。中村靖彦著「狂牛病」は食文化の落とし穴という立場でこの問題に迫ったが、書評ではリスク管理から捉えたい。まず狂牛病(BSE)と変異型クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)の発生に関するデータと英国、欧州、日本の対応の変遷を下表に纏めた。

[BSE,vCJD発生件数]


狂牛病 BSE発生件数
英国
1998年−2510件 1992年−36906件 1995年−14389件 1996年−8075件 1997年−4370件 1998年−3217件 1999年−2294件 2000年−1807件 2001年−311件 合計179729件
欧州EU
1998年−0件 1992年−36件 1995年−101件 1996年−159件 1997年−160件 1998年−229件 1999年−347件 2000年−527件 2001年−471件  合計2207件
日本
1998年−0件 1992年−0件 1995年−0件 1996年−0件 1997年−0件 1998年−0件 1999年−0件 2000年−0件 2001年−3件  合計3件
ヒト変異型クロイツフェルトヤコブ病 vCJD発生件数
英国
1998年−0件 1992年−0件 1995年−3件 1996年−10件 1997年−10件 1998年−18件 1999年−15件 2000年−28件 2001年−12件 合計96件
欧州EU
1998年−0件 1992年−0件 1995年−1件 1996年−0件 1997年−0件 1998年−0件 1999年−3件 2000年−0件 2001年−0件 合計4件
日本


これまで発生なし
[狂牛病問題に対する英国、EU、日本の対応の変遷]


英国
1986年12月 狂牛病を認定
1988年7月 反芻動物への反芻動物から肉骨紛投与禁止
1989年7月 88年以前の英国産牛輸出禁止
1990年6月 生後6ヶ月以上の英国産牛輸出禁止
1990年9月 牛特定部位の飼料添加禁止
1991年1月 牛特定部位を含む飼料の輸出禁止
1994年11月 哺乳類からの肉骨紛を反芻動物に与えることの禁止
1996年3月 肉骨紛の輸出禁止
欧州EU
1998年7月 狂牛病対策
1989年7月 反芻動物から肉骨紛輸入禁止
1990年6月 英国産牛輸入禁止
1990年4月 牛特定部位の飼料輸入禁止
1994年7月 哺乳類からの肉骨紛輸入禁止
1996年3月 牛乳を除き英国産牛製品輸入禁止
 
日本
1951年 口締疫病より英国産牛肉輸入禁止
1996年3月 英国から牛精液,受精卵輸入禁止
1996年 反芻動物への反芻動物からの肉骨紛投与禁止

上に見るように英国での狂牛病発生頭数が圧倒的に多く、英国で発生し欧州へ伝播したことは明白である。英国での肉骨紛投与禁止により8年後より急速に事態が終息にむかいつつあるが、欧州ではわずかに増加の傾向にある。これは肉骨紛販売経路の不透明性から欧州での使用が継続していたことを示す。

[英国での狂牛病発生の要因]

英国は羊王国と言われたように牛1100万頭に対して羊4400万頭が飼育されている。羊には古くから震え病スクレイピーが知られていた。狂牛病と同じ海綿状脳症である。食用にならない羊の屑肉、内臓、骨の廃棄物が大量に発生しリサイクルするため、牛のカルシウム補充と牛乳増産のため肉骨紛が開発された。(このことは有害物を含む材料のリサイクル問題として今日でも頭の痛い問題である。)ところが1980年ごろより石油ショックによる燃料節約のため100℃以上の煮沸処理を変更し80℃くらいに下げたためプリオン蛋白が残留し危険性が増大した。そして潜伏期間(5年から10年)の後に1985年より狂牛病が発生した。

[日本での対応の問題点]

1988年英国では肉骨紛の使用を禁止し,直ちに欧州でもこれに追随した。しかるに日本で使用が禁止されたのは1996年であり実に8年間の遅れが生じた。肉骨紛の販売経路は複雑であり統計にないヤミルートを含め把握しにくい。これが日本でも狂牛病の発生をみた要因である。さらに政府の対応を後手後手にしたのは英国,欧州の経験をふまえた対応マニュアルが作成されていなかったためである。政府・政治家が安全を声高に叫んで牛肉をたべて見せる愚にもつかない猿芝居はリスクの本質を知らない人のやることである。いつもリスクと背中合わせにあることは自覚しなければならない。


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