松井孝典著 「宇宙人としての生き方−アストロバイオロジー」
  岩波新書(2003年5月初版)

   

20世紀に地球環境問題をはじめ、資源・エネルギー問題、人口問題、食糧問題など様々な問題が噴出した。20世紀末からこれらの問題を人間中心的、環境倫理的、経済成長至上主義的に考えても満足な解が得られないままに21世紀に突入した。状況は危機的様相を呈している。これらは人間文明の問題と総称できるが、宇宙から地球を見る視点で太陽系、地球、生物圏、人間圏の起源と歴史を総覧するとき、極めて冷徹に運命を理解できる。とてつもない長い時間での法則(物質の生起と消滅)から現在の文明の将来を見つめる事は、最近にない知的興奮であった。
例えば人間活動由来のCO2ガスによる地球温暖化は短期的な観点であり、CO2ガス濃度と地球表面温度はフィードバック制御がかかっている(CO2ガス濃度上昇―地球温暖化―CO2ガス濃度低下)。むしろ太陽光度の変化により大気中のCO2ガス濃度が著しく影響されることは常識である。ビッグバン以来宇宙の膨脹と太陽の温度上昇は宿命的に継続して地球表面温度の上昇をもたらしCO2ガス濃度は減少して生物圏は消滅し、地球はいずれマグマとなって蒸発する。もちろん5億年後のことであるが、その前に人間文明はその地球環境破壊によって近い将来自滅するかもしれない。地球の蒸発は別として短期的に人間文明の破綻をどう軟着陸させるのかが人類の最後の知恵にかかっている。右肩上がりの経済成長論やバブル待望論は破綻にいたる時期を短縮する意味しかもたない。持続可能な経済の解がはたしてあるのか。
著者は地球惑星学者であるため、生命科学、哲学社会思想の章と、地球外生命に興味を持っている点は紹介しない。あくまで宇宙の起源と運命から来る結論に重点を置いて書評を行いたい。

1)「暗い太陽のパラドックス」 太陽光度変化と地球の運命   

1926年ハッブルは遠い銀河ほど早い速度で遠ざかる事を発見し(宇宙の膨脹)、現在ではハッブル時間から宇宙の始まり(ビッグバン)を137億年前と推定した。太陽は45億年前に誕生して以来、水素の核融合により太陽は縮小して中心圧力が増し太陽温度は上昇している。したがって昔太陽は暗く地球表面温度は低かったはずであるが、38億年前地球表面温度は零度以上あった。これを「暗い太陽のパラドックス」という。暗い太陽光度では海水の蒸発による降雨は少なく大気中のCO2ガス濃度減少は抑制され、火山ガス活動のCO2ガス発生は一定なので前に述べたフィードバック制御により暗い太陽光度下でCO2ガス濃度は上昇し温室効果で地球温度は低下しなかった。しかし長い目で見れば太陽温度上昇のトレンドは変らないので、地球上の海水蒸発は増加し降雨のため大気中のCO2ガス濃度は低下する。5億年後には大気CO2ガス濃度は1/10以下になると推測され、光合成に依存する植物相は絶滅しその捕食関係にある動物を含めて生物相が消滅する。さらに海と地殻の消失により20億年後には地球は金星と同じマグマ体(赤色惑星)となってガス化し太陽に吸収される運命にある。

2)「文明のパラドックス」 地球の構成要素と人間圏=文明の歴史  

 地球システムの構成要素は地球中心からコアー層、マントル層、大陸地殻、海洋、大気層、生物圏、人間圏、プラズマ層(電離層)、磁気圏からなる。全ての構成要素には力関係が働いて一時的な調和が成立しているように見えるのが地球圏である。その関係に深刻な影響を与えているのが人間圏の『文明』である。現人類が文明を開始したのは1万年前である。最初は狩猟採取生活で他の生物と大差はなかったが、人間が森から出て農耕牧畜を始めて以来自然変革の文明期に入った。農業文明は一定の物質・エネルギーを利用するフロー型人間圏を作っていたが、18世紀あたりから工業文明という急速な物質・エネルギー移動を特徴とするストック型人間圏になり人口が膨脹した。やがて科学技術の急激な進歩により人間圏の無制限な拡大が地球環境を破壊する20世紀型人間圏となった。この文明の進歩が地球圏ひいては人間圏の存立を脅かす事態を『文明のパラドックス』という。文明の最大問題が今日の地球環境問題である。人間圏が生まれたため地球システムの物質やエネルギーの流れが変り、流れが変れば地球システムの他の要素も変る(これを地球の汚染という)。したがって地球環境問題を善悪や倫理の問題と捉えるのは人間中心主義にすぎず解決にはならない。OECDが提唱する「持続的発展」は地球システムの中で安定な人間圏を議論することである。

3)宇宙・地球・生物圏の歴史と将来   

宇宙と地球と生物圏・人間圏の起源と運命を時系列に下図に纏めた。気が遠くなるような時間スケールであるが、太陽系には始まりがあり終わりがある。地球にも人にも終わりがある。この観点が知的生命体にとって大切であろう。 我々が文明を築いて、たった1万年で地球環境問題や資源・エネルギー問題などの文明のパラドックスを抱えている。地球規模の文明、つまり地球規模の人間圏を作る段階にならないと知的生命体は宇宙の歴史を解読できないが、人間中心的な発展はもうできなくなる。

4)人間圏の現状と未来    

現在科学文明が何時まで持続できるかは、人間中心主義か否かで結果は全く異なる。20世紀型文明の持続は、識者の見解によっては100年から500年(核融合、燃料電池などがうまくいって)と言われている。情報社会と個人のネットワーク、物の所有形態、製品の機能開発(レンタルの思想)などを議論しなければならないが、まだ人には見取り図さえ持たない。


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