池田正行 著 「食のリスクを問い直す−BSEパニックの真実」
 ちくま新書(2002年8月初版)

   

著者池田正行博士は国立犀潟病院神経内科医であり、英国でBSEが猛威を振るっていた1990から1992年にスコットランドに留学していて、変異クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)のハイリスクグループに属していた。本誌1月号で中村靖彦氏「狂牛病−人類への警鐘−」(岩波新書 2001年11月)を紹介した。日本で第一頭目のBSE牛が発見された2001年9月10日から間もない時期に食品流通業界誌の中村氏による警鐘であった。農水省の通達で肉骨紛は輸入されていないはずなのに流通関係の闇ルートにより乳牛に使用されていたことが判明し、食肉業界はパニックに陥いった。食肉需要の低迷、畜産業者の倒産、獣医の自殺など経済社会面への深刻な影響が発生し、さらに悪いことにこれに悪乗りした輸入牛焼却詐欺事件や産地偽称事件など食品製造流通業界の体質が露呈した。政府は安全宣言にこだわって醜態を演じたが、1ヶ月で水際検査体制を整備した農水省の手腕は立派であった。
  池田氏は4頭目のBSE牛がでた1年後に冷静にBSEとvCJDのリスクを計算し、英国在住経験のない日本人にBSEを原因とするvCJD患者が発生する確率は実質的にゼロに等しいと結論した。以下に池田氏のBSE、vCJDのリスク論を紹介する。

1)日本でのvCJDのリスク   

BSE,vCJDの発生件数各国統計とBSEに関する行政対応の変遷については本誌1月号で纏めたので、ここでは日本での発生件数点推定を計算する。人口7500万人の英国でこれまで18万頭のBSEが発生し、英国での患者数(死亡者数)は117人である。東大吉川教授は日本のBSE発生予測値を20〜26頭とした。日本の人口は12700万人であるので、潜伏期間を10年とした最悪のシナリオでは2.8人のvCJD発生が予測される。
10×(12700/7500)×(117×26)/180000=2.8人
しかし機械的回収肉(MRM)と呼ばれる脳脊髄混入の危険性が高い処理法が英国で採用されていた事実を考えると、英国在住経験のない日本人にBSEを原因とするvCJDが発生する確率は実質的にゼロに等しい。ハイリスク群は1990年代前半英国在住経験者のみである。

2)ゼロリスク探求症候群   

ゼロリスクを求めるあまりリスクバランス感覚を失い、重大な社会問題を引き起こす病的心理をゼロリスク探求症候群と呼ぶ。全頭検査開始以前の在庫牛肉の買い上げとその焼却に実に200億円の税金が投入された。BSE パニックではこのような無駄使いが平気で行われた。ゼロリスク探求症候群の余波を以下に示す。
*生産・流通・小売段階での対応のまずさ:雪印食品詐欺事件、産地詐称事件
*献血・臓器移植禁止措置(1980年以降英国に通算6ヶ月滞在者)
*牛由来製品(コラーゲンなど)の撤去
*雪印食品への人民裁判と倒産
*牛肉市場の低迷と畜産業者の倒産、学校給食牛肉使用自粛校(2001年56%、2002年17%)
*4頭目のBSE牛担当獣医の自殺
リスクコミュニケーションにおいて重要なことはゼロリスクはないと理解すること、リスクについては確実なことはないと知ることである。メディア・市民の科学的リテラシーを養成することも重要な課題である。


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