EHP論説 「知る権利」はすべての人に!」



Environment Health Perspective 論説 EHP Vol.108,No.4,April 2000
編集主幹:Cary E.R.Hook, George W.Lucier


恐らくいつの日にか、「知る権利」は「表現の自由の権利」と並んで、民主的社会の基本的権利となるであろう。

改版Environment Health Perspective誌は1993年地球の日(4月24日)に発刊された。2000年4月は改版EHPにとって7周年にあたり、新世紀に足を踏み込む最初の年である。ジャーナル誌の目的は、読者に正確で重要な情報をタイムリーに提供することである。問題が紛糾し混乱している場合には、この事は特に公衆衛生、環境や全般的な生活の質にとって重要性をもつと考える。「知る権利」のために、ジャーナル誌は科学者、工業界、政府、市民擁護団体を含む読者に健康と環境に関する知識の状況を提供する義務があると信じる。それはEHPの読者にゆがめず客観的にタイムリーに情報を提供することである。しかし「知る権利」はジャーナル誌の守備範囲をはるかに超えている。この問題は議論のさなかにあり、どの種類の情報を開示するかどの程度の情報を提供するか、さらに工場事故により予想される「最悪のシナリオ」に基づく公衆のリスク告知に関して議論が一致しない。

   時折、不幸な災害によって人の考えが変わるという事実がある。例えば工場の煙突から排出される微粒子による1952年のロンドン霧事件では4000人以上の死者をだし、人類が蒙った最悪の大気汚染災害となった。除草剤、殺虫剤といった合成化学物質の影響はレイチェルカールソンの「沈黙の春」という書物の発行によってタイムリーに認識された。環境災害となったインドのボパール事故は一万人以上の死者を出す史上例を見ない規模の大惨事となった。1984年12月3日早朝、ボパール北端にあるユニオンカーバイト社の殺虫剤工場でメチルイソシアネートガスの漏出事故が発生した。ボパール市民健康病院の発表によると8000人以上の人が瞬時に殺害され、50万人以上の人が傷害を受けたとされる。ボパール事故によって、事故による有毒物質の環境への放出がすべての人に有害な影響を与える事を知らしめる結果となった。

   ボパール事故に鑑み、1986年に米国議会は「緊急時行動計画と市民の知る権利法」(EPCRA)を制定した。この法律の制定は人々がその居住付近で生産され、使用され、貯蔵される有害物質について知る権利を有するという考えを確立し、健康環境保護の歴史からは画期的な事実とみなされる。自由で開かれた社会では「知る権利」の概念は基本的権利のひとつである。人々は彼等のの安全を脅かすものがあるかどうかを知る権利を持つべきであるという考えはしごくまともな考えである。恐らくいつの日か「知る権利」は「表現の自由の権利」と並んで、民主的社会の基本的権利になるであろう。

  「知る権利」はほとんどの事故のもとにある共通性が無視され易いことに端を発する。それは環境中に存在する差し迫った危険性の無視や、どのくらい緊急的に対処しなければならないかの無視である。1952年のロンドン霧災害や1984年のボパール事故は共に被害者や有害物の排出に責任のある人がその危険性と取り扱いを十分に理解していれば避けられた事故に違いない。いずれの事故も予知することはできなかったが、しかし学ぶべき教訓がある。人は身のまわりに何が起きているかを十分に知るだけで、環境災害を避ける事は可能である。

  「知る権利」の考えは非凡なものでその成立から短期間で、その考えを公に支持したダウアグロサイエンス社やモンサント社といった巨大化学企業の有害化学物質や有害廃棄物の登録が激減すると言う効果を生み出した。「住民の認知と緊急時対応規則」(CAER)のもとで、米国化学工業協会(CMA)は緊急時対応計画の推進と地域住民との会話促進を提唱し、公衆の知る権利は協同責任の重要な一部であると言う認識に到った。1990年の大気清浄化法の改正により、化学品を使用する企業はリスク管理計画を提出し、リスク管理の一部として「事故の最悪のシナリオ」を公開して住民に知らしめる必要が生じた。住民は働き生活し遊ぶ場所において有害化学物質を含む火災・漏出・爆発の可能性について知る権利を持ち、そしてさらに重要なことは事故・災害の発生時に有害物質を使用する人々にその事故を取り扱う能力があるかどうかを知る権利を持つ事である。

  司法省は現在、企業秘密情報(CBI)と同様に重要な基盤(インフラ)情報(CII)のデータ保護を設けるかどうか検討中である。サイバーテロ(人工知能破壊行為)を受け易い排水処理設備という工場施設が心配されている。正当なインフラ情報データはテロより保護されなければならないし、住民の知る権利の前進のためにデータ保護法規が後退してはいけない。さらに工業界は「秘密情報表示法」の要求事項を緩和するよう環境保護庁に圧力をかけている。これらの主張は無視すべきではないが、住民の企業排出情報にアクセスできる権利は侵されてならない。

   「知る権利」はある意味ではEHPでやってきた方法に近いと考える。我々が発行するジャーナルは環境中で起きた事やそれに対する人々の反応を取り上げてきた。世界中の発展途上国の研究機関や教育機関に与えられる公開公募制のNIEHS援助計画は、環境健康情報に容易にアクセスできるために設立された。発展途上国の読者も同様に「知る権利」を持つと信じる。

見解:日本のPRTR法(環境汚染物質排出移動登録)の意義

日本はカネミ油症事件を教訓として化審法(1973)で世界に先んじた。米国は「知る権利法」や有害物質登録(PRI)で世界の先頭に立っているようだが、ボパール事故という危険物質の後進国生産という側面への反省がない。企業活動の巨大化による環境影響が心配されるなら、「知る権利」は危険から逃れる人権として確立されねばならない。その意味で日本のPRTR法は情報公開法と期を一にして施行されることが必須である。



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