バッハ無伴奏バイオリンパルティータ2番をバロックバイオリンで聞く


バロックバイオリンと現代バイオリンの比較



バロックバイオリンをご存知の方は多いであろうと思われる。バロックバイオリンの定義は、羊の腸を撚って作ったガット弦を張るバイオリンのことである。それに対して現代バイオリンとはスチール線を弦とするバイオリンのことである。もちろん17世紀に作られたストラディバイウスのバイオリンでもスチール弦を使用すれば現代バイオリンという。現代に作ったバイオリンでもガット弦が張ってあればバロックバイオリンという。ということで羊の腸を振動させるか金属線を振動させるかの違いである。これが柔らかな弦の響きになるか、金属音の引きつった響きになるかの分かれ目である。たとえばバロック時代のチェンバロという楽器が進化して現在のピアノになったわけであるが、この2つはもう全く違う楽器である。チェンバロは青銅線を爪楊枝で引っかく音でむしろギターの仲間であり、 現代ピアノはスチール(ピアノ)線をハンマーでぶっ叩く楽器で打楽器の仲間である。ところがバイオリンの場合は見たところバロックバイオリンと現代バイオリンの違いは明確ではない。出てくる音も天と地ほどの違いはない。ただバロックバイオリンは柔らかく美音が出る反面、弱い音でダイナミックレンジも狭い楽器である。それに対して現代バイオリンは協奏曲のオケをバックに独奏楽器として強い音が出るように進化している。ダイナミックレンジは高く強音が出るようになった。しかしどちらのバイオリンの音がいい音かは別問題である。一方バロック時代の音楽はオリジナル楽器で演奏しようとする動きが活発である。アーノンクール、グスタフレオンハルト、ビルスマ、クイッケンなどがオリジナル楽器推進者であることはご存知であろう。またグレングールドのように現代奏法の先覚者・異端児がオリジナル楽器チェンバロをピアノ風に弾いたりすることがある。今回バロックバイオリンの音の特徴を掴むために次のような試聴を行った。3人のバロックバイオリン奏者と3人の現代バイオリン奏者のバッハ無伴奏バイオリンパルティータ2番のCDを聞き分ける試みである。

(1)試聴システム

私のオーデイオシステムを下の写真に示す。バイオリンをきれいに鳴らすことで定評のあるタンノイスターリングを直熱3極真空管300Bシングルアンプでドライブした。この組み合わせが一番バイオリンの音が聴き易いのではないだろうか。今回300BにはスロバキアのJ/J製バルブを用いた。J/Jの300Bは低音に特徴のある音つくりがなされているようだ。中国製300Bより重い音である。

  

トータル試聴システムの装置仕様(アンプは除く)
CDプレーヤ:TEACのVRDS-50、フルエンシー理論(20KHz再生)RDOT類推補間技術、ノンフローティングVRDSメカニズム
真空管式コントロールアンプサンオーディオSVC-200、 ECC82×2本 10Hz-100KHz   電源トランス タムラSPT-P1
メインアンプ:今回は直熱3極真空管300Bシングルアンプ(7W)に固定(上の右の写真)
スピーカタンノイ スターリングHE、10インチ同軸2ウエイ、能率91dB、クロスオーバ周波数 1.7KHz、周波数特性  35Hz-25kHz
スーパツィータータンノイ ST-200、 25mmチタンドーム型、能率95dB(スターリングHEに対しては90.5dBを選択)、周波数特性カットオフ18KHzから100KHz


(2) バッハ 「無伴奏バイオリンパルティータ2番」の試聴CD

3人のバロックバイオリン奏者(寺神戸 亮、ジキスバルド・クイッケン、ブリアン・ブルック)によるバッハ 「無伴奏バイオリンパルティータ2番」のCDと、3人の現代バイオリン奏者(ギドン・クレメール、シュロモ・ミンツ、ヒラリー・ハーン)によるCDを比較してバロックバイオリンの特徴を明らかにしたいと思った。次の表に音の特徴を記入した。結論は明確である。バロック時代の作品はバロックバイオリンで聴きたい。私は高音の引きつるような強い音の連続には神経が引き裂かれるようで耐えられない。なんでもバロックバイオリンというわけではなく、オーケストラで演奏するのには強い力を持つ現代バイオリンで良いと思う。小編成の曲(ソナタ、合奏曲など)やバイオリン独奏曲にはバロックバイオリンが必須と思う。

   
バロックバイオリン:寺神戸 亮 
DENON(2000)
バロックバイオリン:ジキスバルド・クイッケン 
DHM(2001)
バロックバイオリン:ブリアン・ブルック 
ARTS(1999) 

アルマンドは太い音で始まり、高音はゆったりと伸びている。クーラントは明るく速いテンポで、サラバンドは低音が緩やかに進行する。ジーグでは高音が颯爽と走り抜けるようで最後のシャコンヌでは聴き易い柔らかなおとに満ちている。寺神戸の演奏はバロックバイオリンを代表する標準的な演奏である。演奏時間は27分と標準的である。私の愛聴盤で大変聴き易いバイオリンの音である。

アルマンドの冒頭の響きが悠然として美しい。爽やかな風が吹き抜けるようだ。これぞ究極のバロックバイオリンの音色だ。クーラントは軽やかな低音の響きが実に爽やか。サラバンドは高音がさらさらと流れるようだ。ジーグでは軽やかな颯爽とした音に魅せられた。ということでバロックバイオリンの部門ではジキスバルド・クイッケンの演奏が最高である。この爽やかな音はチェンバロとよく合うだろう。

ブルックは2番を24分で弾くきわめて早い演奏で、かつ力の入った演奏である。アルマンドはめちゃ早いため高音部がきつく感じられる。クーラントは爽やかに演奏される。サラバンドは分厚い音を出している。ジーグは聴き易い軽やかな音になっている。シャコンヌは低音の迫力により密度の濃い演奏である。全般的言うとブルックのバロックバイオリンの音は力の入った高低のはっきりしたきつい演奏になっている。これは当にクレメールのような現代バイオリンの演奏である。現代バイオリン奏者がバロックバイオリンを使ったと言うべきか。

バイオリン:ギドン・クレメール 
フィリップス(1980)
バイオリン:シュロモ・ミンツ 
グラモフォン(1984)
バイオリン:ヒラリー・ハーン
 ソニー(1997)

現代バイオリン奏法の代表者ギドン・クレメールは全般に早い鋭い演奏を特徴とする。アルマンドは高音が早く展開し、クーラントは多少きつい高音が耳に障る。サラバンドは低音のゆっくりした迫力と高音の細やかな回転が対照的である。生き生きした動きになっている。シャコンヌの冒頭は強いメリハリの利いた演奏で高音はむしろ聞き取りにくい。現代のスピード感覚演奏ではバイオリンのクレメールとピアノのグールドが両雄である。

全般にゆっくりした演奏である。アルマンドとクーラントでは柔らかな聴き易い音である。時折鋭い高音が効果的に挿入される。サラバンドでは引きつるような高音が耳に障る。シャコンヌは実に長い演奏になっておりゆったりと聴き易い音であるが、強音が厭味だ。

ヒラリー・ハーンはシュロモ・ミンツ以上にゆっくりした演奏である。アルマンドはゆったりと弱い演奏を心がけているようだ。クーラントは分厚い音で好感が持てる。サラバンドは高音が軽やかに回転している。シャコンヌでは標準的演奏時間より5分も長い。それがゆったりした朗々たる演奏になりうまいものだが、高音は引きつっている。ヒラリー・ハーンの演奏は現代バイオリンをバロック風に演奏した好例である。 



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