バッハ演奏に革命がおきつつあると言われる。それはすなわちバッハの音楽がバッハの時代の楽器(声楽であればその時代の唱法)によって再現されるようになったということである。ロマン派(19世紀)の時代に改良された現代楽器を用いないで、古楽器、オリジナル楽器の味わい・表現性を再現する事が目的である。グスタフ・レオンハルト、ニコラウス・アーノンクール、クイッケン兄弟、フランス・ブリュッヘン、ジョンエリオット・ガーディナー、トレバー・ピノックらの永年の努力が、レオンハルト・アーノンクールのバッハカンタータ全集(全200曲 TELDECvol.1-vol.10)に実を結んだとも言える。にもかかわらず私はカール・リヒターのバッハ演奏を至上不滅の到達点と理解したい。カール・リヒターは70曲あまりの教会カンタータを録音した。教会カンタータ全200曲の1/3にすぎないがレオンハルト・アーノンクールのバッハカンタータ全集(全200曲)を内容においてはるかに超えるものがある。カール・リヒターは古楽器を使用しなかったが、彼が指揮者として演奏したバッハとくに宗教楽曲のすばらしさはあらゆる演奏の内でも尚最上級のものであろう。カール・リヒターの1960年代から1970年代初めの演奏には劇的集中力と迫力・スピードにあふれた演奏が堪能できるはずである。特にミサ曲ロ短調の最初の8小節の「キリエ」で、神をも圧倒する祈りの強さにはただただ戦慄を覚える。ちなみにこの演奏はご存知手兵のミュンヘンバッハ管弦楽団と合唱団、声楽ソリストにはマリア・シュターダー(ソプラノ)、ヘルタ・テッパー(アルト)、エルンスト・ヘフリガー8テノール)、フィッシャー・ディースカウ(バス)、キート・エンゲス(バス)である。教会カンタータではエディット・マチス(ソプラノ)、ペータ・シュライヤー(テノール)、アンナ・レイノルズ(アルト)、フィッシャー・ディースカウ(バス)らの最高の声楽家を使い得るという幸運に恵まれたと言える。カール・リヒターの演奏の特徴は3つの時代に分けられる。マタイ受難曲を各時代の録音CDで聞くことも面白い。音楽の楽しみは我々素人にとってはただ感激を得る事にあるとすれば、恐らくバッハの宗教曲演奏はカール・リヒターに止めを刺すと言っても過言ではなかろう。