モーツアルト 「ピアノ協奏曲」 印象とコメント


モーツアルトピアノ協奏曲から得られる吟醸な世界、最高級の上機嫌な気分

モーツアルトのピアノ協奏曲は27曲あるが、そのうち演奏されたり話題になるのは9番、20〜27番に限られるようだ。モーツアルトはピアノ協奏曲を14番から25番まで2年間(28歳から30歳)で量産した。集中的に質の高い曲を作曲したのは驚異である。車のCDにセットして聴くといつもハッピーな気分になれること請け合いだ。ブラームスのように気難しいことは無く、バッハのように構造的に厳格でもなく、楽しく聴くことができる。モーツアルトはさだめし天使のような自由な天分に恵まれた天才であったことは確実に思われる。一般に言ってモーツアルトのピアノ協奏曲は華麗で美しいとされる。その通りであるが、中にはデモーニッシュな曲、繊細な美しさ、天使のように上機嫌な曲など多彩である。つぎにひとつひとつ曲を聴きながら印象を記したい(なお7番と10番のCDは存在しない)。これは至福の時間である。またモーツアルトが成長し人気絶頂期から凋落して不遇のまま若くして死ぬまでの人生が、私の頭の中を走馬灯のように駆け巡る。

モーツアルト 「ピアノ協奏曲」 印象とコメント
モーツアルト「ピアノ協奏曲」1番〜4番はアシュケナージ、5番〜27番までは内田光子のピアノCDを基にして印象を記す。
ピアノ協奏曲名 楽章 試聴印象とコメント
ピアノ協奏曲1番 K37 F major 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:アレグロ
1番から3番のピアノ協奏曲のピアノはフォルテピアノのようなもこもこした動きで、強音の響きがつぶれている。第2楽章は軽快でかわいらしい曲になっている。
ピアノ協奏曲2番 K39 B flat major 第1楽章:アレグロ・スピリッチオーソ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:モルト・アレグロ
オケが主題を十分に展開していない。すぐにピアノに入るのが不満。第2楽章のピアノ装飾音と弦のピッチカートが効果的な装飾的世界になっている。第3楽章は生き生きしたオケのわりにピアノが未成熟な感じ。
ピアノ協奏曲3番 K40 D major 第1楽章:アレグロ・マエストーソ
第2楽章:アンダンテ・マ・ポコ・アダージョ
第3楽章:プレスト
第1楽章でオケが成長し力強く展開されるが、ピアノの強音は不分離。第2楽章はピアノの装飾音が優しい曲になっている。
ピアノ協奏曲4番 K41 G major 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ・マ・ポコ・アダージョ
第3楽章:アレグロ
爽やかのオケに始まりピアノ強音もはっきり聞こえるようになった。第2楽章はピアノの音も細やかに美しく哀しいメロディーがいい。第3楽章はオケが太い響きで力強く展開される。ピアノの高音がきれいになった。
ピアノ協奏曲5番 K175 D major 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:モルト・アレグロ
オーケストラは分厚く演奏されている。第2楽章は優しさに満ちているかと思えば、第3楽章は爽やかな疾風が吹き抜けるようだ。若いモーツアルトそのものみたいだが、オケの構成など結構熟練した技を感じさせる。
ピアノ協奏曲6番 K238 B flat major(1776.1) 20歳 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ・マ・ポコ・アダージョ
第3楽章:ロンド(アレグロ)
K.238,H.246,K.271は1777年9月のパリ大旅行に向けて作曲されたモツアルト20歳の作品である。第1楽章の終わりにはフィガロの結婚のような1節、第2楽章の初めには「短くも美しく燃え」のアダージョみたいな1節が出て哀しくも明るい曲にあふれている。内田のモーツアルトは実に優雅で憂いに満ちている。テイトの指揮は明快である。
ピアノ協奏曲7番  - -
ピアノ協奏曲8番 K246 C major(1777.1) 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:ロンド(メヌエット)
第1楽章のピアノは生き生きしたリズムで展開されるがオケの響きが定型的でいまいちだ。第2、第3楽章はゆっくりした流れで静かに聴けるが取り立てて優れている訳ではない。
ピアノ協奏曲9番 K271 E flat majorジュノーム(1977.1) 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:ロンド(プレスト)
第1楽章はしっとりした高級感と余情にあふれている。ピアノの出が早くオケと協奏風な掛合いがいい。第2楽章はハ短調の悲しみが胸に迫る。第3楽章はメヌエットのリズムとテクニックが弾む。
ピアノ協奏曲10番  - -
ピアノ協奏曲11番 K413 F major 第1楽章:アレグロ
第2楽章:ラルゲット
第3楽章:テンポ・メヌエット
k413,k.414,K.415はウイーン時代の最初のピアノ協奏曲である。サロン風の優雅さが売り物である。
ピアノ協奏曲12番 K414 A major(1782) 26歳 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:ロンド(アレグレット)
全楽章を通じて愉悦的(麻薬的)メロディーが豊かである。第1楽章の主題が「アイネクライネナハトムジーク」の主題に似ている。
ピアノ協奏曲13番 K415 C major(1782) 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:ロンド(アレグロ)
12番の協奏曲と同じく1782年の予約演奏会向けの作曲で、ウイーンの聴衆に親しみやすいような適度に華麗なテクニックと美しさを誇示するための曲である。
ピアノ協奏曲14番 K449 E flat major(1784) 28歳 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:アレグロ
1784年にモーツアルトはK.449,K.450,K.451,K.453,K.456,K.459と6曲のピアノ協奏曲立て続けに書き上げた。ウイーンでは大変な人気者になっていた。
ピアノ協奏曲15番 K450 B flat major(1784) 第1楽章:アレグロアッセイ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:アレグロ
モーツアルトならではの最もチャーミングな快楽的な曲である。内田の第1楽章の演奏は微妙な音色をよく表現し、第3楽章では豊かなオケとの掛合いがまさに絶妙。さすがテイトのモーツアルトは聞くものの心を捉えて離さない。
ピアノ協奏曲16番 K451 D major(1784) 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:ロンド(アレグロ・デモルツ)
K451以下の4曲のピアノ協奏曲(16番〜19番)の第1楽章はウイーンの聴衆の好みに合わせて行進曲のリズムで始まり、全体に愉悦的な遊びの雰囲気に満ちたノー天気な曲が多い。
ピアノ協奏曲17番 K453 G major(1784.4) 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:アレグレット
モーツアルトの人気絶頂期に書かれた。自由奔放な展開と気分の横溢を感じさせる。よほど気持ちが明るかったのだろうか、しかし演奏されることは少ない。
ピアノ協奏曲18番 K456 B flat major(1784) 第1楽章:アレグロ・ビバーチェ
第2楽章:アンダンテ・ウンポコ
第3楽章:アレグロ・ビバーチェ
K.453,K.456,K.459(17番〜19番)はウイーン好みに毒されて上調子な割りには特徴が無く深みも無い、いわば才能の無駄使いの中だるみの連作の時期になる。しかしこの18番は第1と第3楽章の文句なしの快楽的なメロディーに挟まれて第2楽章が孤独な悲しみが感じられるところがいかにもモーツアルトらしい。
ピアノ協奏曲19番 K459 F major(1784.12) 第1楽章:アレグロ・ビバーチェ
第2楽章:アレグレット
第3楽章:アレグル・アッセイ
古典的な爽やかさと明るさを持ち、次の20番への道を大きく切り開いたものとして注目される曲である。
ピアノ協奏曲20番 K466 D minor(1785.2) 29歳 第1楽章:アレグロ
第2楽章:ロマンス
第3楽章:アレグロ・アッセイ
モーツアルトはこの20番と24番の2曲を短調の調性で書いたが、20番は最もデモーニッシュな曲として別格本山である。この20番で自己革新に目覚め27番で終了する8曲のピアノ協奏曲がモーツアルトを代表する個性的で美しくも哀しい協奏曲として超有名になった。内田光子のピアノはやわらかく暗い感性を持っている。第1楽章の低弦の不気味な予感、ベートーベンのカデンツアーの採用、フォルテの迫力など名演のきわみだ。
ピアノ協奏曲21番 K467 C major(1785.3) 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:アレグロ・ビバーチェ・アッセイ
映画「短くも美しく燃え」の音楽としてカラヤン指揮で一躍有名になった曲である。ロマンティックなシンフォニーの響きは20番から続いて大成功している。第2楽章があまりに有名だが、たしかに甘いムード音楽である。
ピアノ協奏曲22番 K482 E flat major(1785.12) 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:アレグレローアンダンテカンタービレ
美しいロマンの香りが漂うモーツアルト特有の多彩な情緒表現が見られる名曲である。第1楽章の交響的に多彩な充実感、第2楽章の深い悲しみ、第3楽章の快楽的美しさ。内田のピアノが繊細な情感をロマンティックに盛り上げているようだ。
ピアノ協奏曲23番 K488 A major (1786.3) 30歳 第1楽章:アレグロ
第2楽章:アダージョ
第3楽章:アレグロ・アッセイ
1786年(30歳)はピアノ協奏曲の黄金の年といわれ、22番、23番、24番では革命的なオーケストレーションが華麗な管楽器を鳴らした。交響的協奏曲のような華やかな管楽器フューチャーをフルートとクラリネットが表現した。第2楽章では内田のピアノが遅めのテンポで繊細な悲しみを表現するのが絶品である。
ピアノ協奏曲24番 K491 C minor(1786.3) 第1楽章:アレグロ
第2楽章:ラルゲット
第3楽章:アレグレット
ベートーベン的なハ短調のピアノ協奏曲はレクイエム的な暗さを特徴とする。管楽器のロマンティクな響きの中で、彫りの深い内田のピアノのウエットで暗い音の質感がすばらしい。第2楽章の主題は天国的な感動を与えてくれる。過激な転調は当時のウイーンでは好まれず、この曲からモーツアルトの人気が失墜した。人気と芸術は相反する要素があるようです。
ピアノ協奏曲25番 K503 C major(1786.12) 第1楽章:アレグロ・マエストーソ
第2楽章:アンダンテ
第3楽章:アレグレット
1787年以来人気失墜に悩んだモーツアルトは人気挽回に25番からハ長調の作品をとりあげた。モーツアルトは明るく壮大な作品を作るときにハ長調の調性を使う。第1楽章は堂々としていて明晰で豊かな音を特徴とする。つまりオケが主でピアノは彩を添える協奏曲である。
ピアノ協奏曲26番 K537 D major 戴冠式(1788) 32歳 第1楽章:アレグロ
第2楽章:ラルゲット
第3楽章:アレグレット
人気挽回策としてさらに26番ではニ長調の作品にした。つまり4年前の19番以前の明るくて単純軽快な協奏曲に戻してしまった。平凡で個性の無い曲で狙いは裏目に出た。もう人気は戻ってこなかった。
ピアノ協奏曲27番 K595 B flat major(1791.1) 35歳 第1楽章:アレグロ
第2楽章:ラルゲット
第3楽章:アレグレロ
26番から3年経って起死回生の1作として、健康的にも経済的にも追い詰められたモーツアルトの死の直前に作られた。雄弁で奇跡的に明晰な音の方向へ向かったがなにせ命が終わりを告げた。美しさの中の哀しさ、明るさの中の寂寥感がモーツアルトのピアノ協奏曲の真髄たらしめている。




クラシックとCDに戻る ホームに戻る
inserted by FC2 system