山口孝著 「ジャズオーデオ・ウエイク・アップ」を読んで


音の求道者の禅問答



JBL paragon

まずは山口孝氏はジャズオーディオ界では著名な人らしい。佐久間駿氏については「無線と実験」誌や直熱管アンプ放浪記」などでそのストイックな風貌と共に覚えているのだが、山口孝氏は私がシロートで知らなかっただけである。今年になって「無線と実験」誌に2回登場したので急に気になった存在である。記事内容は以下である。


  1. 無線と実験2004年9月号:「HiFi追求リスニングルームの夢No.474・・パラゴンで鳴らすジャズオーディオの真髄」
    上の図に示したスピーカがJBLパラゴンである。氏はパラゴンをJBLのプリアンプ、メインアンプ、トーレンスのアナログプレーヤ、CDはリンCD-12のシステムで構成されているそうだ。垂涎の的のようなすごいシステムで「音楽の魂に迫る」姿勢を説く記事に圧倒されるだけであった。
  2. 無線と実験2005年1月号:p140 座談会「ジャズオーディオ・ウエイク・アップを読み解く(1)・・オーディオと音楽の本質を語る」川崎克己/山口孝
    ジャズの天才の音を再生する鬼気迫る求道者といった印象で記事が書かれていた。ここまで言われてシロートの私も少しは勉強してみようという気になって「ジャズオーデオ・ウエイク・アップ」という本(誠文堂  2004年8月初版 2730円)を買った。

レコードカバー写真をちりばめる為に上質紙を使用しているので本の価格は高い。写真をカラーにしてくれればもっと良かったのにと不満を言う私。それはそうとして内容であるが、CSデジタル衛星放送ミュージックバードの番組12回分を本にしたそうな。本は2つの内容からなり、ひとつはジャズ楽器別(トランペット、ギター、ドラムス、ベース、ピアノ、サックス)に数名の天才の足跡とそのレコード試聴となぜすごいのかという解説、二つはオーディオの達人といわれるその業界のプロとの座談会から構成される。私はジャズはマイルス・デーヴィスを中心に集めていたので、記載された楽器別天才のレコードのほとんどは聞いていない。しかしジャズがこれらの天才によって形付けられた歴史と全貌が分かりやすく書いてあるので、今後はこの本を道案内にしてジャズ界の巨人のCDを買い集めてゆきたいと思う。ジャズという即興音楽はすでに死に絶えた音楽分野であるので、オーディオという再生技術によってしか聴くことが出来ない。そこでジャズ魂を呼び起こすという意味でオーディオのみに期待がかけられる。その点クラシックは作曲家は既に死に絶えてはいるが、楽譜が残っているので生演奏はまだ聴くことは出来る。そこで序論「ジャズオーディオとは」と各オーディオの達人との座談会における発言から私の参考になることをメモして、オーディオに興味を持つ端くれとして考えてみたい。


1.ジャズオーディオとは

虚虚実々のオーディオ評論や紹介記事、音楽不在のオーディオマニアがあふれる中で、音による感動や共鳴がえられるシステムで鳴らしていないことに原因があるそうだ。特にジャズの音は次の点が重要であるらしい。

  1. 衝撃と感動:ジャズとは天才を聴く音楽である。そこでいちいち大げさに衝撃を受ける感受性が大事である。
  2. スウィング:ジャズでは何よりもリズムが優先される。ナローレンジ的でもいいからワイドにダイナミックに鳴らないとスウィングしない。
  3. 色彩、ハーモニー、テクスチャー:エレガントに、上品なハーモニー、色の綾が聞き取れないといけない。
  4. ダイナミズム:一発勝負の音楽はまずは大音量で聴くべき。出来たら30センチ以上のウーファーを大出力のアンプでガンガン鳴らすことが基本だ。
  5. 突出性:そのレコードで聴くべき楽器の音が突出して聴こえること。際立って聴こえること。

さてどうかな。1の衝撃的な感動は納得できる。感動がなければ何の為に金と時間を費やしたのか分からないから。しかしそれは聴く主体の問題でオーデイオ機器とは関係ないはず。2は4と同義反復に過ぎない。3と4は互いに矛盾している。5はレコード製作過程で調整されているから、そう聴こえるのが当たり前で特に意味は無いはず。要するにジャズは大音量で聴けという一言に集約される。これから私も多少は大きな音量で聞いてみよう。しかし耳と神経の保護と近所への配慮もあるので冷や汗が出るほどの音量は出せない。ジャズ演奏だけは大音量で聴くべきということと理解したい。


2.ジャズ喫茶「CANDY」(千葉県稲毛) 林美恵子氏

ジャズ喫茶「CANDY」のホームページにはこの座談会で語られていることが書いてある。「一発の音の威力が出るオーデイオで熱いハートや魂が伝わってこないと納得できない。」、「オーディオで大音量でかけたとき、バランスが悪いとただうるさいだけだが、良くな鳴っているときはとことん鳴りきって全然うるさくない。」、「自分の経験したことのみ信じます。理屈抜きの感性しかありません。」などなど参考になるジャズへの思い入れが語られている。


3.ダイナミック・オーディオ アドバイザー 厚木繁信氏

私もよく行ったオーディオ専門店「ダイナミック・オーディオ」のオーディオアドヴァイザーである。秋葉原のダイナミック・オーディオサウンドハウスは1階から順に普及クラス、中級マニアクラス、ハイエンドマニアクラスとオーディオ商品が分けられていて、中級マニアクラスで私はアンプやタンノイスターリングを買った。そのついでに金もないのにハイエンドクラスを冷やかしにいった。やはり厚木氏もスピーカにはJBLパラゴン、プリアンプにはJBLSG520、パワーアンプには管球式マランツ9.アナログプレーヤはWMT930ST、CDにはリンCD12という風に山口氏のシステムに近い(パワーアンプが管球式を除いては)。二人の音の好みは似ているようだ。氏はオーディオ評論家岩崎千明のインパクトを強く受け、ジャズーー岩崎千明ーーJBLパラゴン・ワンボックススピーカーー大音量の図式で語られる一派である。かつレコードのカッテイングが単純であることによる力強い立ち上がりの鋭さを強調されるモノラル派である点では佐久間駿氏にも通じるところがある。厚木氏は目もくらむような最高級品のオーディオ装置や膨大なレコード収集にはそれほど執着せず、レコード枚数も400枚程度で自分の選んだものをひたすら聞き込んでゆく姿勢である。「良く鳴っているシステムならジャズが鳴ればクラシックも鳴る。そして少しグレードの高いジャズオーディオを目指したい」というのが氏の結論であろうか。すると私が秋葉原の「Hオーディオ店」地下試聴室で聞いたJBLパラゴンの音は、ジャズでは確かに良く鳴っていたがクラシックはさっぱりだったのは何が悪かったのだろうか。タンノイオートグラフに切り替えてもらってクラシックが良く鳴ってくれた。JBLパラゴンはクラシックには向かないという結論になったのは間違いだったのか。


4.NRPレコード・オーディオ評論家 亀山信夫氏

亀山信夫氏はマルチチャンネルオーディオの第1人者だそうだ。そしてレーベルNRPでCD制作を主宰しておられるようだ。レーベルNRPは埋もれたアーティストの発掘を使命としておられる。「電気機器としてのオーディオの進歩は著しく、かなりのレベルにある。24bit/96KHzCDとかDVDなどは相当高いレベルにあるが、問題は聞き手側の感度、姿勢、努力が要求される時代だ。」 氏の最初の音楽的ショックは新潟の瞽女の歌声だそうだ。鬼気迫るとはこのことである。やはり機器の進歩に取り残されるのが自分の耳、心でないように務めなければ。それには聴き込む以外に手は無い。


5.音楽・オーディオ愛好家 原 夏郎氏

氏のシステムは、スピーカがタンノイウエストミンスター、プリアンプがマッキントッシュC22とマランツ7、パワーアンプが名機にして現役骨董品WE4142、アナログプレーャはトーレンス、CDプレーヤはリンCD12とまさに眼もくらむシステムである。音楽の使徒ミッションと化した氏のジャズオーディオへの思い入れは並ではない。原氏の前では山口氏の形容の仕方には多少新興宗教的な発言はあるがこれは言葉の綾として差し引いて聞いておけばいい。「この世に神というものがいればそれが自分の存在を知らしめるために、ミッションとして全世界に送り込む人がある。それがクラシックであればマリアカラス、シャンソンであればエディット・マティス、ジャズならビリー・ホリディーとなってたち現れてくる。」と、使徒とは天才と置き換えてもいい。天才とは異常な集中力でこの世のものでないものを作り上げる。したがって私たちが音楽に対し天才のわざを見ようとするならば、異様な執念でかからないと天才は見えてこない。音楽とは天才を見ることである。


6.レイ・オーディオ主宰  木下正三氏

木下氏はスピーカエンジニアーとしてパイオニアEXCLUSIVE開発から、独立してレイオーディオを主宰し、木下システムRM8Vモニタースピーカが世界のスタジオに納入されたことで著名である。近年はKINOSHITA[V4WARP]シリーズで有名である。(この辺のことは無線と実験2005年1月号:p37佐伯多門「スピーカ技術の100年 No.61モニタースピーカーの変遷 その3」に詳しく書かれている)またコンサートにおける音響エンジニアーとして数々の超低音域再生(30Hz,30m,130dB)の革命を行った。さらに世界の600以上のスタジオを設計し、350箇所以上のスタジオに木下モニターシステムが導入された。山口氏は自分は二流で木下氏は天才の一流だと褒めちぎっている。座談会ではほとんど山口氏の誘導で話題が作られ結論がつけられているので相手の意見なのか山口氏の意見なのかはっきりしないが、この木下氏との座談会では山口氏は終始聞き役に回っており、木下氏の持論が滔々と述べられているので木下氏の意見が良く分かる。
「音楽を聴く立場でいえば、本当のすばらしい演奏に生で行き会える確立は非常に低いといわざるを得ない。むしろオーディオでなくては体験できない音楽というものがある。音楽を精神、たとえば音楽家の魂を聴くという意味において精神作用として受け止める。」、「すべてが生演奏だけという世界ではなくなっているわけだから、逆にスピーカーを通した演奏に替わっている。スピーカによる音楽も生の音楽と競争できるものでなくてはならない。」、「結局音楽というものは二面性がある。つまりすごく心の糧になる面と悪魔に心を売りかねない部分がある。こう心臓を鷲掴みにするような音楽の力を感じつつ、しかもそれをプラスの方向へ結果を出してゆく。ただ音がいいというようなものは非常に危険だ」、 「あくまでノイズの中にでも魂が浮き立てば人は感動するが、やはり雑音しか聞こえないなら魂は消え去る。SPの雑音の中でも誰でも手を叩きたくなるような音が聞こえてくる、それが木下オーディオの仕事だ」  山口氏の総括「音楽が芸術なら、それを再生するオーディオも芸術でなければならず、聞き手もまた単に楽しみとして音楽に対するのではなく、芸術的精神を持って接して欲しい。」 この結論はちょっといただけない。あくまで楽しみでいいはずで、ストイックな禅坊主を要求するのはおかしい。


7.岩手県一関ジャズ喫茶「ベイシー」 菅原正二氏

この部分は座談会ではなく、菅原氏の言葉を山口氏が文章化した。「優等生と天才の音は別世界である。ジャズとは天才を聴く音楽なのだ。その天才的な音を出せるような装置で聞きたい。」、「本当のことをいうと、音だけで感動するというのが一番レベルの高いことだと信じる。音一発でひっくり返るような人が意外とジャズの核心にたどりつける。だから大きい音で聴く。小さい音で聴くのは一度そういう音をものしてからだ。」、「ぼくにとってレコードを聴くという行為は、何かの正体を掴もうとする意思だ。ミュージシャンの正体、録音の正体、ありとあらゆることの正体を全部掴みたい。」、「レコードは想像しながら何回も聴ける。その想像したものは問題とはしない。むしろ思い入れの深さを大切にしている。想像する力がないと続かない。だからオーディオは一度圧倒的な感動をする必要がある。それが大切である」


ごまめの歯ぎしり

最後に感想を述べたい。山口氏のご意見は尊敬に値する。しかし氏の定義による私なんかの四流の人間はどうしたらいいのでしょうか。金のことを言っては関東人は眉をひそめるが、私は関西育ちだから先立つ金がなければどうしようもない。山口氏のシステム総額は恐らく軽く1千万は超えるであろう。木下型スピーカも日本の高級自動車くらいはする。安サラリーマンがもてるシステムとは言えない。無線と実験誌の「HiFi追求リスニングルームの夢」にご登場されるオーデイオをお持ちの方は日本広しといえど何人いるのだろうか。親の財産か成金か悪いことをしければ出来ない相談だ。これがなくしてオーディオを分かろうなんて大それた考えを持つとは無礼者といわれそうだ。所詮オーディオとは縁のない方でお引き取りくださいと言われているようだ。


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