バッハ「無伴奏チェロ組曲」を4人の奏者で聴く


アンナ・ビルスマ、鈴木秀美、ムスチスラフ・ロストロポーヴィッチ、ヨー・ヨー・マ 



無伴奏チェロ組曲全6曲はおそらくケーテン時代初期(1718,19)に生まれたと思われ、実は無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータよりも早い時代の作品である。「無伴奏無伴奏ヴァイオリンソナタ」では音の限界を極め、「無伴奏チェロ組曲」では音をそぎ落とした音楽を目指したとよく言われるが、これは東洋風の無にあわせた良くできた話でバッハも苦笑しているに違いない。チェロはもともとヴァイオリンに比べて幾何学的に大きいため、重音(同時に複数本の弦を鳴らすこと)は難しいので音響的にも単純にならざるを得ない。そのためチェロ独特の分厚い聴きやすい音になるという特徴がある。また大きいために残響が長く、下手をすると前の音の残響とかぶさってしまうという欠点がある。分厚く響かせて被らないようにするのが演奏者の腕の見せ所である。
無伴奏チェロ組曲全6曲は長調曲が4曲(第1、第3、第4、第6番)、短調曲が2曲(第2、第5番)より構成され、高度の重弦奏法によるフーガも無いため全体として開放的で明るい伸びやかな組曲といえる。6曲は以下に示す共通の楽章構成を持っており、同一構想で一気に作曲されたと考えられたいる。

  1. プレリュード
  2. アルマンド
  3. クーラント
  4. サラバント
  5. 挿入楽曲(メヌエット、ブーレ、ガボット)
  6. ジーク

しかし第5番ハ短調は受難曲の様相を持つ暗い暗い曲である。今回の比較試聴ではこの5番は除いて幅の広い3番とオリジナル楽器(ピッコロ・チェロ)を用いる第6番を選んだ。このピッコロチェロとはバッハの時代にあったとされる5弦のチェロである。通常のチェロより高音用の弦がもう1本張ってあり3オクターブの音が出たといわれる。最近この当時のオリジナル楽器(足に抱えて演奏するビオラダガンバのことではない、あくまで四弦のヴァイオリン族としてのチェロの変形)でバッハのチェロ組曲6番を演奏する動きが見られる。この中心がオランダの古楽器派(オリジナル楽器派)で、今回CDにとりあげるチェロのアンナ・ビルスマや、チェンバロのグスタフ・レオンハルト、ヴァイオリンのジキスヴァルド・クイッケン等である。ヴァイオリンの寺神戸亮はクイッケンに師事し、チェロの鈴木秀美はビルスマに師事し現在もオランダを拠点にして活躍している。

(1)試聴システム

私のオーデイオシステムを下の写真に示す。タンノイスターリングを直熱3極真空管300Bシングルアンプでドライブした。今回300BにはスロバキアのJ/J製バルブを用いた。J/Jの300Bは低音に特徴のある音つくりがなされているようだ。中国製300Bより重い音である。

  

トータル試聴システムの装置仕様
CDプレーヤ:TEACのVRDS-50、フルエンシー理論(20KHz再生)RDOT類推補間技術、ノンフローティングVRDSメカニズム
真空管式コントロールアンプサンオーディオSVC-200、 ECC82×2本 10Hz-100KHz   電源トランス タムラSPT-P1
メインアンプ:直熱3極真空管300Bシングルアンプ(7W)(上の右の写真)
スピーカタンノイ スターリングHE、10インチ同軸2ウエイ、能率91dB、クロスオーバ周波数 1.7KHz、周波数特性  35Hz-25kHz
スーパツィータータンノイ ST-200、 25mmチタンドーム型、能率95dB(スターリングHEに対しては90.5dBを選択)、周波数特性カットオフ18KHzから100KHz


(2) バッハ 「無伴奏チェロ組曲第6番」の試聴CD

4人のチェロ奏者のうち、アンナ・ビルスマとその弟子鈴木秀美はチェロ&ピッコロチェロで演奏し、ロストロポーヴィッチとヨー・ヨー・マは組曲6番もチェロで演奏した。楽譜にある1本の弦のパートがない分だけ奏法も工夫を要する。6番だけが四弦チェロにとって音色が少なくなるが、基本的には4人ともチェロで演奏しているのだから楽器の音はかわらないはずである。さて4人の奏者の腕の見せ所は下の結果(個人的感想)に纏めたが、私はロストロポーヴィッチの歌わせる演奏が一番だと思う。構造的にはビルスマの演奏が厳格ではあるが。

   
チェロ&ピッコロチェロ:アンナ・ビルスマ 
SEON(1979.5 ADD)
チェロ&ピッコロチェロ:鈴木秀美 
DHM(1995.9 DDD)

弦を押さえる指の動きがすべて録音されている。これは雑音ではない。ビルスマの演奏を一言で要約すると、太くて強い音であろうか。高弦の美しさよりも中低弦の強固な演奏に特徴がある。弟子の鈴木秀美には必ずしもビルスマの強い奏法は伝授されていない。しかしこのCDは若いとき(25年前)の録音であるから現在のビルスマはどのような音を出すのだろうか。第3番ではブーレの重厚な演奏は圧倒的である。第6番ではメロディーを構造的に明確に演奏する。

鈴木秀美はビルスマに師事したがビルスマとは全然違った演奏である。これを一言でいえば爽やかな弦の振動である。ある意味では弱い演奏で西洋人のプレス(圧力)とはまた違った演奏である。東洋的かもしれない。第3番では実に爽やかに生き生きと弦が響きそれを低音が追っかけるという動きがうまい。急速な動きは軽やかに、太く重い音は明るく爽やかに流す鈴木の演奏である。第6番も第五弦を巧みにからませて明るく活気のある曲になっている。繊細という言葉とも少し違うようだ。

チェロ:ムスチスラフ・ロストロポーヴィッチ 
EMI(1995 DDD)
チェロ:ヨー・ヨー・マ  
CBS-SONY(1983 DDD)

全般的にロストロポーヴィッチの演奏は柔らな和音と爽やかさが信条である。私は4人のうち一番耳に優しい音つくりであると確信した。こんなに甘いメロディを歌わせるバッハは異端児ではないか。第3番プレリュードの冒頭爽やかに駆け抜ける風のような上昇、アルマンドの柔らかな和音、クーラントでは静かに早々と通り過ぎる風の音楽を感じた。第6番ではプレリュード、クーラント、サラバントの分厚い奏音が特徴的である。

ヨー・ヨー・マの演奏は技巧に走った我の強い演奏家と偏見を持っていたが、とんでもない。ロストロポーヴィッチと同じようにバッハを眼いっぱい歌わせているではないか。また彼の繊細な感覚も美しい演奏に役立っている。第3番のプレリュードでは強い演奏で分厚い音を出しているが、後は優しく繊細にメロディーを歌わせている。第6番のプレリュードでは高弦から低弦への移行が実に滑らかで技の高さを見た。アルマンド、クーラントではゆっくりとメロディを歌っている。サラバントは実に繊細である。



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