クラッシク音楽におけるバロック時代とバッハのチェンバロ曲


岡田暁生著「西洋音楽史」よりバロック時代・・・バッハ「チェンバロ曲」


2006年の正月は主として、ベートーベンの交響曲全集(アバド指揮ウイーンフィルハーモニー管弦楽団)とバッハチェンバロ鍵盤曲(グスタフ.レオンハルト演奏)を聞いていたのどかな日々であった。そこでチェンバロの左手の通奏低音と右手の旋律独奏の掛け合いが非常に賑やかで、爪で弾く切ない音に聴こえてまさにこれがバロックではないか妙に納得した。たまたま昨年秋に出版された岡田暁生著 「西洋音楽史」 (中公新書 2005.10)を読んでいたことに気付いて、このチェンバロ演奏の質感は何処から来るのかを確かめるため、この本を再読した次第である。

岡田暁生著 「西洋音楽史」 中公新書 (2005.10) 第3章バロックより

バロック音楽史については皆川氏の労作があることは周知であろう。参考までに下に私が読んだ皆川氏の著作を記す。

  1. 皆川達夫 「バロック音楽」 講談社現代新書
  2. 皆川達夫 「中世ルネッサンスの音楽」 講談社現代新書
  3. 皆川達夫 「ルネッサンス・バロック名曲名盤」 音楽之友社 ON BOOKS

中世ルネッサンス音楽史の学者である皆川氏(立教大学教授)の解説は完璧で網羅的である。書かれていないことは何一つない。私は皆川氏の著作から知識を仕入れてきたし、次に何を聴くかという点でいつも参考にしてきた。ところが昨年秋に出版された岡田暁生著 「西洋音楽史」は非常にユニークな著書で、なんとなく本から音楽が聞こえてきそうな本になっている。作曲家や曲の紹介ではなく、音楽を流れという大きな観点から明確に捉えることができ、音楽の変化が分かりやすく解説されていた。そこで本書より第3章バロックについて概要を纏める。(第3章だけが優れているのではない。本書の全部を紹介したいのだが、目的はチェンバロ曲に限定しているので割愛する。本書を買って読まれることを推薦したい。音楽の流れと歴史が大まかに掴めて面白いこと請け合いである。)

モンテヴェルディの1600年からバッハの死の1750年までのバロック時代という特徴は、@大作曲家が生まれ所謂名作が次々と出始めたこと。 A鍵盤独奏曲、協奏曲、管弦楽曲、オペラなどが始めて登場してくる。 B三和音(ドミソ)デ曲が終わる。長調は(ドミソ)で終わる明るい曲・短調は(ドミ♭ソ)で終わる暗い曲 Cリズムを持つ など我々が音楽の基本と考えるルールが確立された時代である。しかしながらバロック時代の作曲家は現代の人にとってなじみが薄い(メジャーな作曲家が少ない)こと、またジャンルも19世紀以降の交響曲、弦楽四重奏曲、ピアノソナタなどの前にバロック時代の宗教曲・合奏協奏曲・トリオソナタ・組曲などは消滅したことのように未だ前近代的要素が多い。

イタリア、フランス、オーストリア、ドイツ南部のカトリック教国におけるバロック音楽の定義は、@社会的には(誰のための音楽か、即ち音楽のスポンサー)絶対主義時代の宮廷音楽 A美学的には「情動表現」 B作曲技法では通奏低音と協奏形式とされる。
@バロックは宮廷のための贅をこらした「王の祝典のための音楽」で、オペラ、食卓音楽、舞踏音楽、狩猟音楽、サロン音楽、子女の稽古音楽、葬儀の音楽
Aモンテヴェルディに始まるオペラで要求されるのはドラマチック音楽である。そのため定型化したイデオム技法で喜怒哀楽の感情表現をした。
B低音(チェンバロ、チェロ、オルガン)主導の和音構成に高音独奏楽器(バイオリン、フルート、オーボエなど)が躍動する旋律を載せるスタイルである。ソナタ、協奏曲、管弦楽曲などあらゆるジャンルの基礎になった。異質な楽器による複数の旋律が競い合う協奏的原理が非常に活気あふれる協奏形式を特徴とした。

一方ドイツ北東部、オランダなどプロテスタント国のバロック音楽は、シュッツを始まりとしバッハを終わりとする内省的で質実な宗教曲に終始したことである。カトリック教国におけるバロック音楽とはあまりに異質な音楽である。同じバロック時代とひとくくりにはできない。「音楽は神への捧げ物」として音楽教師(カントール)であるバッハを頂点(バッハ一人しかいなかった)とする。つまり宗教音楽家バッハ一人対宮廷バロック音楽という関係である。しかしながら音楽の流れという点でバッハを考えると、バッハの対位法(フーガー)、通奏低音、旋律法は既に時代遅れであった。バッハが難しいとされる問題点はその音楽の抽象性(「フーガ-の技法」が典型的、ラベルの「ボレロ」のような延々とした繰り返し)、宗教上の問題(プロテスタント音楽)に在るとされる。ということでバッハは死後直ぐに音楽的流れから置き去られた。しかしながら19世紀前半にはじまるドイツナショナリズムの流れの中で、バッハは再び脚光を浴びることになった。ドイツロマン派がバッハの中に無限のロマンの泉を再発見したことである。古楽演奏によるバッハ(アーノンクールなど)よりもロマン的バッハ(カールリヒターの演奏など)のほうが私を含めて人気があるのはそういうことだ。

バッハ チェンバロ曲

私が聴いたバッハのチェンバロ(ハープシコード)曲は以下である。

  1. 「インヴェンションとシンフォニア」  BWV772-801 グスタフ・レオンハルト演奏 1974 BMG
  2. 「イギリス組曲」  BWV806-811 グスタフ・レオンハルト演奏 1985 EMI
  3. 「フランス組曲」  BWV812-817 グスタフ・レオンハルト演奏 1975  BMG
  4. 「パルティータ」   BWV825-830 グスタフ・レオンハルト演奏 1968,1964,1970,1963 BMG
  5. 「クラヴィーア練習曲集 第二巻」  BWV831 グスタフ・レオンハルト演奏 1967年 BMG
  6. 「平均クラヴィーア曲集 第一巻、第二巻」 48の前奏曲とフーガ  BWV846-893   グスタフ・レオンハルト演奏 1972 BMG
  7. 「イタリア協奏曲」  BWV971 グスタフ・レオンハルト演奏 1967年 BMG
  8. 「プレリュード、フーガとアレグロ」  BWV998 グスタフ・レオンハルト演奏 1967年 BMG
  9. 「フーガの技法」  BWV1080 グスタフ・レオンハルト演奏 1969年 BMG

チェンバロ演奏はグスタフ・レオンハルトで聴き、ピアノ演奏はグレン・グールド、ガブリーロフ、シッフ、ブレンデル、コチッシュで聴いてきた。チェンバロとピアノは全く違う楽器なので比較することは出来ないが、ピアノはやはりロマン派以降の楽器であるため演奏はロマン的に聞こえる(グレン・グールドは異質)。ところで問題はチェンバロ演奏の方なのである。チェンバロはご存知のように青銅製の線を爪で引掻く楽器である。いわばギターやリュート、大正琴に近い弱い金属音である。音色からして劇的効果は期待できない。やはり主役にはなれない音である。バロック時代にも通奏低音として低音をリードする楽器であった。恥ずかしながら、白状するが私は楽器音痴なのであんな弱いちゃらちゃらした音がどうして通奏低音なのか理解できなかった。しかしソナタではしっかりリードしているではない。独奏楽曲としてのチェンバロ曲は、基本的には耳に障る音であるが、活気あふれる音になり、又愛らしくも感じる。これがバロックだという気がしたから不思議だ。つまりチェンバロの鳴っている曲がバロックそのものだ。



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