バッハ:無伴奏バイオリンソナタとパルティータ
22人のバイオリニストによる演奏
バッハの無伴奏バイオリンソナタとパルティータ(BWV1001−1006)は言うまでも無く1720年のケーテン時代に書かれた多くの室内楽曲中の傑作であろう。バッハの無伴奏曲はバイオリン、チェロ、フルート、チェンバロのどれをとっても、過去将来にわたって誰も乗り越える事の無かった究極の名曲である。美術においてもラファエロ、レンブラントらの古典派で美の極地に到達し、以降は美以外に価値観を求めたのと同様である。なにごとでも永久に進化し続けることはない。そういう意味では早くも結論を言っては身も蓋もないといわれるが、クラッシクは19世紀前半で完成した。あとは崩れるか(表題音楽、12音階、無調性)、別の価値観(映画・娯楽音楽、ジャズ、民謡)に走るしかない。
本作品はコレッリ、ビーバー、ヴェストホフ等の先人の影響を受けつつも、バイオリンの高度な技術を要求し複雑で深い作品にしたて、その可能性を極限まで高めたのはやはりバッハの形式追求性のまじめさか。ソナタは教会ソナタ(緩ー急ー緩ー急)、パルティータは室内ソナタ(多数の舞曲構成)の形式を踏む。3曲のソナタと3曲のパルティータからなり、なかでも深い精神性をもつパルティータ第2番(二短調)が最も著名である。しかも長大なシャコンヌにおいてバッハは型にとらわれない独自の壮大な音楽を追求した。
よくいろいろなバイオリニストがこの曲をライフワークという。それだけの重みと深みを要求するからだ。オリジナル楽器を使用してバロック時代の弦の音を追及する人が最近多くなった。寺神戸、クイッケン、ゲーラーなどが太い弦を使い低いピッチ(400Hz)で演奏している。音色に微妙な差が出ると言われるが、私には悲しいかな良く分からない。要はバッハの音楽の意図にあるはずである。バッハは無伴奏チェロ組曲では音を削ぎ落とし簡素化を図っているが、無伴奏バイオリンソナタとパルティータでは逆に過酷なまでの重奏音法(フーガ技法)と複雑性を要求した。
私がこれまでに集めた約20人のバイオリニストの演奏CDを下に示した。寺神戸はクイッケン の弟子であるからやはり演奏は似ている。けだし寺神戸は日本で一番有望な演奏家だと期待している。実に鋭い演奏で聞く人の耳を攻めつけるのはグルミュオー、クレメールに止めを刺し、円弧弦を使用して分厚い音を追及したゲーラーが印象に残る。なかでも異色な演奏にはパルティータ2番をポッペンのバイオリン演奏とヒリアードアンサンブルの受難曲コーラスを加えたCDがある。バイオリンの響きとヒリアードアンサンブルの透明な声がよくマッチしたCDである。これは一つの宗教曲にまで精神性を高めたようである。
バッハ「バイオリンソナタとパルティータ」BWV1001-1006 バイオリン独奏 寺神戸亮 | バッハ「バイオリンソナタとパルティータ」BWV1001-1006 バイオリン独奏 ヒラリー・ハーン |
バッハ「バイオリンソナタとパルティータ」BWV1001-1006 バイオリン独奏 アルツール・グリュミオー | バッハ「バイオリンソナタとパルティータ」BWV1001-1006 バイオリン独奏 ギドン・クレメール |