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文藝散歩 

プラトン著 久保勉訳 「ソクラテスの弁明」、「クリトン」
岩波文庫 1927年7月

スパルタに破れた後のアテナイの混乱期、「焚書坑儒」の犠牲者ソクラテスの裁判記録

ソクラテスの死 ダヴィッド作

紀元前399年ソクラテスは、「不信心にして新しき神を導入し、かつ青年を腐敗せしめた」として、市民代表の3名の告発者から訴えられ、裁判の投票の結果死刑を宣告された。この事件は哲学的にというより、社会的・政治的な事件であって、訴状は言いがかりみたいなものです。事の原因は古代ギリシャのアテネとスパルタの都市国家同士の戦争であるプロポネス戦争に始まります。この戦争は俗にいう民主政のアテネと軍事政のスパルタという構図では説明しきれない。プロポネス戦争(紀元前431年 - 紀元前404年)とは、アテナイを中心とするデロス同盟とスパルタを中心とするペロポネソス同盟との間に発生した、古代ギリシア世界全域を巻き込んだ戦争である。この頃、アテナイはデロス同盟の覇者としてエーゲ海に覇権を確立し、隷属市や軍事力を積極的に拡大していた。これに対し、自治独立を重んじるペロポネソス同盟は、アテナイの好戦的な拡張政策が全ギリシア世界に及ぶ事態を懸念していた。つまり覇権主義のアテナイが自主独立のスパルタを挑発して起した覇権戦争だったのです。戦いは10年戦争と第2次プロポネス戦争に続くが、アイゴスポタモイの海戦でペロポネソス同盟軍が急襲し勝利を収めた。この勝利により黒海方面の制海権を完全にペロポネソス同盟が掌握、翌紀元前404年にはアテナイ市が包囲され、アテナイの降伏を以って戦争は終結した。戦争の結果、デロス同盟は解放され、アテナイでは共和制が崩壊してスパルタ人指導の下に寡頭派政権(三十人政権)が発足し、恐怖政治によって粛正を行なった。だが、9ヶ月でトラシュブロス率いる共和制派勢力が三十人政権を打倒し政権を奪取する。共和制政権のもとでは、ペロポネソス戦争敗戦の原因となったアルキビアデスや、三十人政権の指導者のクリティアスらが弟子であったことから、ソクラテスがアリストパネスらによって糾弾され、公開裁判にかけられて刑死したのである。その背景と歴史的事実で本書「ソクラテスの弁明」、「クリトン」を読まないと、哲学道徳論では本書の意義は分からない。ソクラテス(紀元前469年頃 - 紀元前399年)は、古代ギリシアの哲学者である。ソクラテス自身は著述を行っていないので、その思想は弟子の哲学者プラトンやクセノポン、アリストテレスなどの著作を通じ知られる。プラトンの『ソクラテスの弁明』においてソクラテスが語ったところによると、彼独特の思想・スタイルが形成されるに至った直接のきっかけは、ちょっと信じがたい話でよく貴人譚に出てくる神託や夢判断の話であるが、彼の弟子のカイレフォンが、デルポイにあるアポロンの神託所において、巫女に「ソクラテス以上の賢者はあるか」と尋ねてみたところ、「ソクラテス以上の賢者は一人もない」と答えられたことにある。これを聞いて、自分が賢明ではない者であると自覚していたソクラテスは驚き、それが何を意味するのか自問した。さんざん悩んだ挙句、彼はその神託の反証を試みようと考えた。彼は世間で評判の賢者たちに会って問答することで、その人々が自分より賢明であることを明らかにして神託を反証するつもりであった。しかし、実際に賢者と世評のある政治家や詩人などに会って話してみると、彼らは自ら語っていることをよく理解しておらず、そのことを彼らに説明するはめになってしまった。こうしてソクラテスの思想が形成されていったという。かなり脚色の入った芸術的な神話的な話であるが、これらの説明をそのまま鵜呑みにするならば、知恵の探求者、愛知者としての彼の営みそのものは、その旺盛な知識欲や合理的な思考・態度とは裏腹に、「神々(神託)への素朴な畏敬・信仰」と「人智の空虚さの暴露」(悔い改めの奨励、謙虚・節度の回復)を根本動機としつつ、「自他の知見・霊魂を可能な限り善くしていく[ことを目指すという、ある面ではナザレのイエスを先取りするかのようである。この胡散臭さに無知を指摘された人々やその関係者からは憎まれ、数多くの敵を作ることとなり、誹謗も起こるようになった。

このため、ソクラテスは「アテナイの国家が信じる神々とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」などの罪状で公開裁判にかけられることになった。アテナイの500人の市民がソクラテスの罪は死刑に値すると断じた。原告は詩人のメレトスで、政界の有力者アニュトスらがその後ろ楯となった。しかし、ソクラテスの刑死の後、(ソクラテス自身が最後に予言した通り)アテナイの人々は不当な裁判によってあまりにも偉大な人を殺してしまったと後悔し、告訴人たちを裁判抜きで処刑したという。ソクラテスは自身の弁明(ソクラテスの弁明)を行い、自説を曲げたり自身の行為を謝罪することを決してせず、また追放の手も拒否し結果的に死刑を言い渡される。票決は2回行われ、1回目は比較的小差で有罪。刑量の申し出では常識に反する態度がかえって陪審員らの反感を招き大多数で死刑が可決された。神事の忌みによる猶予の間にクリトン、プラトンらによって逃亡・亡命も勧められ、またソクラテスに同情する者の多かった牢番も彼がいつでも逃げられるよう鉄格子の鍵を開けていたが、ソクラテスはこれを拒否した。当時は死刑を命じられても牢番にわずかな額を握らせるだけで脱獄可能だったが、自身の知への愛(フィロソフィア)と「単に生きるのではなく、善く生きる」意志を貫き、票決に反して亡命するという不正をおこなうよりも、死と共に殉ずる道を選んだとされる。ソクラテスの思想は、内容的にはミレトス学派(イオニア学派)の自然哲学者たちに見られるような、唯物論的な革新なものではなく、「神のみぞ知る」という彼の決まり文句からもわかるように、むしろ神々への崇敬と人間の知性の限界(不可知論)を前提とする、極めて伝統的・保守的な部類のものだと言える。それにも拘らず、彼が特筆される理由は、むしろその保守性を過激に推し進めた結果としての、「無知の知」を背景とした、「知っていることと知らないこと」「知り得ることと知り得ないこと」の境界を巡る、当時としては異常なまでの探究心・執着心 、節制した態度 にある。半端な独断論に陥っている人々よりは思慮深く、卓越した人物であるとみなされる要因となり、哲学者の祖の一人としての地位に彼を押し上げることとなった。彼の言説は弟子プラトンによって後世に伝わり、そのプラトンが自身の著作の中心的な登場人物として、師であるソクラテスを用いたこと事が大きく貢献した。ソクラテスに先行する哲学者やソフィスト達は、ほとんどがアナトリア半島(小アジア半島)沿岸や黒海周辺、あるいはイタリア半島の出身であり、ギリシャ世界における知的活動は、こういった植民市・辺境地によって先導されてきたものであり、アテナイを含むギリシャ中心地域は、それと比べると、古くからの神話や伝統に依存した保守的な土地柄であった。ソクラテスの思想は、こういった引き裂かれた知的混乱状況の中、アテナイ人としての保守性と知的好奇心・合理的思考の狭間で揺れ動いたという。ソクラテスの哲学のキーワードには、無知の知、アレテー(徳/卓越性/有能性/優秀性)、社会契約論(クリトンで展開)、自立(自律)、ダイモニオン(キリスト教の聖霊論に非常に類似)などである。ソクラテスは自説を著作として残さなかったため、今日ではその生涯・思想共に他の著作家の作品を通してうかがい知ることができるのみである。これは「ソクラテス問題」として知られる。ソクラテスには、カイレフォン、クリトン、プラトン、アリスティッポス、アンティステネス、エウクレイデス、クセノポン、アルキビアデス、クリティアス等々、「弟子」とみなされている人々が数多くいる。プラトンがその筆頭であること間違いない。ソクラテス、プラトン、アリストテレスという系譜が西洋哲学の正当な流れであろう。

「ソクラテスの弁明」、「クリトン」の著者プラトンについて見てゆこう。プラトンは師ソクラテスの公開裁判を傍聴し、ソクラテスの言葉を記録した。牢獄でクリトンとともに師に対し脱獄を勧めてその時の対論を記録したのもプラトンであった。正確に記したかどうかは不明であるが、極めて芸術的に高い文章になっているのはプラトンの能力のなせる業である。プラトン(紀元前427年 - 紀元前347年)は、古代ギリシアの哲学者である。ソクラテスの弟子にして、アリストテレスの師に当たる。プラトンの思想は西洋哲学の主要な源流であり、哲学者ホワイトヘッドは「西洋哲学の歴史とはプラトンへの膨大な注釈である」という趣旨のことを述べた。現存する著作の大半は対話篇という形式を取っており、一部の例外を除けば、プラトンの師であるソクラテスを主要な語り手とする。プラトンは、師ソクラテスから問答法(弁証法)と、「無知の知」を経ながら正義・徳・善を理知的かつ執拗に追求していく哲学者(愛知者)としての主知主義的な姿勢を学び、国家公共に携わる政治家を目指していたが、三十人政権やその後の民主派政権の惨状を目の当たりにして、現実政治に関わるのを避け、ソクラテス死後の30代からは、対話篇を執筆しつつ、哲学の追求と政治との統合を模索していくようになる。ピュタゴラス学派と交流を持ったことで、数学・幾何学と、輪廻転生する不滅の霊魂の概念を重視するようになり、感覚を超えた真実在としての「イデア」概念を醸成していく。紀元前387年、40歳頃、プラトンはシケリア旅行からの帰国後まもなく、アテナイ郊外の北西、アカデメイアの地の近傍に学園を設立した。アカデメイアでは天文学、生物学、数学、政治学、哲学等が教えられた。そこでは対話が重んじられ、教師と生徒の問答によって教育が行われた。紀元前367年、プラトン60歳頃には、アリストテレスが17歳の時にアカデメイアに入門し、以後、プラトンが亡くなるまでの20年間学業生活を送った。プラトンの哲学はイデア論を中心に展開されると言われる。生成変化する物質界の背後には、永遠不変のイデアという理想的な範型があり、イデアこそが真の実在であり、この世界は不完全な仮象の世界にすぎないという。プラトンは、最高のイデアは「善のイデア」であり、存在と知識を超える最高原理であるとした。哲学者は知を愛するが、その愛の対象は「あるもの」である。こうした発想は、『国家』『パイドロス』で典型的に描かれている。プラトンは、師ソクラテスから問答法(弁証法)を受け継いだ。『プロタゴラス』『ゴルギアス』『エウテュデモス』といった初期対話篇では、専らソフィスト達の弁論術や論争術と対比され、妥当性追求のための手段とされるに留まっていたそれは、中期の頃から対象を自然本性にしたがって「多から一へ」と特定するための推論技術として洗練されていき、数学・幾何学と並んで、「イデア」に近付くための不可欠な手段となる。『メノン』以降、数学・幾何学を重視して、これらは感覚を超えた真実在としての「イデア」概念を支える重要な根拠ともなった。中期・後期にかけての対話篇においては、「イデア」論をこの世界・宇宙全体に適用する形で、自然学的考察がはかられていった。このように、プラトンにとっては、自然・世界・宇宙と神々は、不可分一体的なものであり、そしてその背後には、善やイデアがひかえている。こうした発想は、アリストテレスにも継承され、『形而上学』『自然学』『天体論』などとして発展された。プラトンは、師ソクラテスから、「徳は知識である」という主知主義的な発想と、問答を通してそれを執拗に追求していく愛智者(哲学者)としての姿勢を学んだ。こうしてプラトンは、人間が「自然」(ピュシス)も「社会法習」(ノモス)も貫く「善のイデア」を目指していくべきであるとする倫理観をまとめ上げた。そしてこの倫理観は、『国家』『法律』においてプラトンの政治学・法学の基礎となっている。アリストテレスもまた、『形而上学』から『倫理学』を、『倫理学』から『政治学』を導くという形で、そして、「最高の共同体」たる国家の目的は「最高善」であるとして、プラトンのこうした構図をそのまま継承・踏襲している。プラトンは経験主義のような、人間の感覚や経験を基盤に据えた思想を否定した。感覚は不完全であるため、正しい認識に至ることができないと考えたためである。プラトンの西洋哲学に対する影響は弟子のアリストテレスと並んで絶大である。

本書は100頁ほどの小文庫本で、プラトンの対話篇である「ソクラテスの弁明」「クリトン」の2篇を含む。ソクラテスの最後を描いた3部曲として、「ファイドン」と併せ読むべきであろう。プラトンはソクラテスの生と死において哲学者の何たるかを体得したものと考えられる。ソクラテスの説くところはソクラテスの行為によって哲学(知を愛する)フィロソフィアとなった。「ソクラテスの弁明」においてプラトンはソクラテスがいかに生き、いかに活動したかを考え、「クリトン」、「ファイドン」において死に臨む態度によって後世に影響を与えたソクラテスの姿を描いた。「ソクラテスの弁明」においてプラトンはソクラテスの行動の正しさを証明しようとする。師が不正にも神々を信ぜずアテナイの青年を腐敗せしめたという罪名の下で死刑を宣告されたが、実はソクラテスが深く宗教的な人であり、青年を向上させるたことを示すとともに、法廷でソクラテスがいかなる精神で自らを弁明したかを描ている。「クリトン」は死刑の宣告ががあって、獄中で脱獄を勧めるソクラテスの親友クリトンとの対話を描いている。そうして個人と国家との関係を論じた(ロックの社会契約論にもつながるテーマである)。ソクラテスの弁明に草稿があるわけではなく、本質的にソクラテスの即興でなされたものである。おそらく一語一語正確な速記録はなかっただろうし、プラトンの記憶に基づいて再構成されていることであろうが、プラトンによって字句以上の真実が一層明確になった。「ソクラテスの弁明」と「クリトン」はソクラテスの死後間もなく書かれたものと推測される。したがって「弁明」に書かれている事態はほぼ正確に記されていると思われる。内容において最も深い意味においてソクラテスその人の行為と解せられる。偉大なる魂と強大な意志はソクラテスそのものであろう。毀誉を顧みず攻撃を恐れず、是非を明らかにし自由に自分の所信を言って実行する人、仮借なき試問追求によっていたるところで人間を吟味し、その似非知識を摘発し、しばしば他の自尊心や虚栄心を傷つける人が、煩わしい邪魔者として毛嫌いされることは火を見るより当然の成り行きであった。正義の代弁者面をして他人の言動を攻撃する人はいつの時代にもいるが、当然爪弾きされ疎外されるだろう。ソクラテスの精神は当時の大衆からは理解されなかった。当時の上流階級の青年の啓蒙的要求に応じて現れたのはソフィストすなわち「知恵の教師」であった。彼らはよそ者で報酬をもらって(家庭教師のように)ギリシャの都市を遍歴した。重視したのは政治的教育、とくに修辞弁論術であった。弁論の最高目的はプロタゴラスのいうように「無力な議論を有力な議論とする」ことであった。相対的に一時的にも論争に勝てばいいのであって、真理探究とは無縁であった。そのようなソフィストの代表としてソクラテスはみなされた。アリストファネスの喜劇「雲」はソクラテスらを批判した喜劇である。このような誤解が広がったとはいえ、ソクラテスは70歳に至るまでその活動を禁じられた形跡はない。一転してソクラテスを弾劾の対象にされたのは、「30人政権」が共和派によって倒された後、共和政復古主義が蔓延し、ソクラテスは「30人政権」協力者とみなされたのである。新教養主義は神への不信心からおきるとされ、プロタゴラスらはアテナイ市を遁れたが、アテナイに生まれ育てられたソクラテスは移住しなかった。アテナイ人は危険思想の教師を懐疑論の故をもって弾劾した。ソクラテスは無神論者ではなく、熱烈なる理性信奉者であると同時に、宗教的神秘主義者であった。彼の心霊の研究はアテナイ人にはこれを新しい神の導入、許すべからざる僭越とみなしたのであろう。ソクラテスはアテナイ生まれの生粋のアテナイ人で、ソフィストらのごときよそ者ではないし、若いころは3度従軍して勇敢な兵士であることを示したという自負をもっていたことで、特別にアテナイへの愛着が大きかった。彼は決して政治の世界に入ろうとはせず、統治の任は識者に任せるべきだという見解を持っていた。衆愚政治ではなく賢者の統治を説いたため、「30人寡頭政治」を覆した民主主義者にとって敵と見えたに違いない。ソクラテスに対する誤解と憎悪が長い年月に徐々に形成されていったようである。500人の市民陪審員を集めた公開裁判の結果死刑の判決の下ったソクラテスはなお30日間獄中で生き延びた。この期間に脱獄するように説いたのが幼少時代からの親友クリトンであった。にもかかわらずソクラテスは友の忠言に従わなかった。脱獄したのでは日頃の自分の言説(理性・知への愛 国家と社会契約説)に反することであり、アテナイをこよなく愛するソクラテスにどこへも行きたい場所はなかった。そして70歳余の歳からして、命を惜しむこの世への執着はなかった。このように自己の信念のために死を選んだ。国家に反する個人的な正義感は選択しなかった。社会契約説において反逆の権利を想定したロックの思想とは異なっている。法の決定が個々人の意思によって左右されるような国家は、一日たりとも存立することはできない。これはゲーテの「法に従え」を連想させる。ソクラテスは市民の義務を果たすために生命・財産の価値には無頓着に国法に服従した。ただし精神的問題については理性の是とするところ、また神の命ずるところに従った。


プラトン著 「ソクラテスの弁明」

「ソクラテスの弁明」は文庫本にして65頁ほどの短編であるが、訳者によって33節に分かたれる。登場人物は70歳の被告ソクラテスと告発者の一人メレトス(告発者は他に手工者・政治家代表のアニュトス、演説家代表のリュコンの二人がいるが、登場しない)の対話(ダイアローグ)と、ソクラテスの弁明(モノローグ)の部分からなる1幕の劇である。33節からなる劇の展開の荒筋は以下である。

導入
1、 告発者は素晴らしい弁論を行ったが、そこには真実が全く無いこと、自身は演説もうまくないし、裁判にも不慣れなこと、言葉遣いではなく内容が真実であるかどうかのみに注意を払ってほしい
2、 自身に対する二種類の弾劾者の区別。すなわち、風聞を撒き散らすアリストパネス及び顔の見えない大衆(旧い弾劾者)と、今回の裁判の告発者(新しい弾劾者)の区別。そして、まずは「旧い弾劾者」側の言い分に対して、弁明する。
3、 「旧い弾劾者」側の言い分の検討。「不正・無益なことに従事、地下天上の事象を研究、悪事を曲げて善事と成し、他人に教授する」が事実無根であることを、まずは聴衆へと訴えかけ。
4、 同時に「人を教育し謝礼を要求する」というソフィスト的風評も否定。自身はソフィストの術を持ち合わせない。

裁判に至るまでの経緯
5、 自身に対する名声・悪評の理由。それは一種の智慧である。しかしそれは告発者・風評に言われるような超人的智慧ではなく、人間的智慧である。その説明の端緒として、デルポイの神託所で自身(ソクラテス)が最も賢いと言われたエピソードを披露。(以降、9まで一連の話が続く)
6、 上記の神託の検証のために、賢者と世評のある政治家と対話を行ったエピソードを披露。相手を無知だと感じ、その説明を試みるも憎悪される。自身も無知だが、それを自覚している(無知の知)だけ、相手より賢いと考える。更にもう一人の世評のある人物を訪ねたが同じ結論だった。
7、 その後も順次、様々な人を憎悪されながらも歴訪。その結果、世評のあるうぬぼれた人々はほぼ全て智見を欠いており、むしろ世評なき分をわきまえた謙虚な人々ほど智見が優れていた。政治家の次に、様々な詩人を訪問したが、政治家の場合と同じく、自ら語る内容の真義については何らの理解もなく、特定の才能を以て他の事柄も知り尽くしている智者であるかのようにうぬぼれていたに過ぎなかった。
8、 最後に手工者を訪ねた。彼らもその分野、熟練した技芸においては智者であったが、詩人と同じく、そのことをもって他の事柄に関しても識者と信じていた。こうして一連の歴訪を終え、神託の名において、これまでの自身のように「智慧と愚昧を持たずにあるがままでいる」のがいいか、彼らのように「智慧と愚昧を併せ持つ」のがいいか自問し、前者を選んだ。
9、 こうした行為の結果、自身には多くの敵が出来、多くの誹謗が起こった。また、相手の無知を論証する行為を見ていた傍聴者は、自身(ソクラテス)を賢者と信じるため、名声も広まった。しかし、真に賢明なのは神のみであり、この神託は人智の僅少・空無さを指摘したものであり、神が自身(ソクラテス)の名を用いたのはあくまでも一例に過ぎない。「最大の智者は、ソクラテスのように、自分の智慧の無価値さを悟った者である」と。この神意のままに自身は歩き廻り、賢者と思われる者を見つけてはその智慧を吟味し、その濫用・うぬぼれがあれば神の助力者としてそれを指摘する。この神への奉仕事業のため公事・私事の暇なく、極貧に生活している。
10、 また、富裕市民の息子たちが自身(ソクラテス)を模倣し、その試問によって無知を暴かれた人々も、「青年を腐敗させた」と自身(ソクラテス)に憤った。またその批判内容の無さに窮したあげく、哲学者批判の常套句である「地下天上の事象を〜」といった批判も併せて自身に向けられることになった。こうして詩人代表のメレトス、手工者・政治家代表のアニュトス、演説家代表のリュコンの3名が告発者となり、今回の裁判が起こされた。

メレトスとの質疑応答
11、 「旧い弾劾者」に対する弁明終了、続いて「新しい弾劾者」(当裁判の告発者)に対する弁明へ。訴状の内容「青年を腐敗させ、国家の信じる神々を信じず、新しき神霊(ダイモニヤ)を信じる」の検証。まずは「青年を腐敗させ」の部分から。告発者メレトスは青年の善導に本来無関心なのに、熱心であるかのように装っている。
12、 メレトスへの質問開始。メレトス:青年の善導者は「国法」、人間では「裁判官(陪審員)、聴衆、評議員、民会議員全員」「ソクラテスを除く全てのアテナイ人」すべてが青年の善導者であるという。ソクラテス:馬の場合ならそう答えないはず、調馬師以外の大多数が一緒に躾けたらかえって悪くする、青年も一緒、これでメレトスの青年善導への無関心が暴露されたと反論した。
13、 メレトス:人は自分を益する善人よりも自分を害する悪人を欲すること(青年たちが自ら望んでソクラテスを欲したこと)は「ない」、ソクラテスが青年を腐敗させたのは「故意」だと糾弾。ソクラテス:メレトスの言い分では、自身(ソクラテス)は青年を害し、青年からも害されることを故意に行なっている愚者になってしまうが、そのような者はいない。自身(ソクラテス)は青年を害さないか、無自覚かのどちらかであり、いずれにしろメレトスは嘘を述べている。また、自身(ソクラテス)が無自覚に青年を腐敗させているのなら、自身(ソクラテス)にそれを教示・訓誨すれば済む話なのに、それをせずに不当にも処罰のための裁判へと引き出した。
14、 メレトスの青年善導に対する無関心は明白。次に「新しき神霊(ダイモニヤ)を信じる」の部分に話題移行。メレトス:ソクラテスは国家の認める神々ではなく他の新しい神霊(ダイモニヤ)を青年に教えて腐敗させている。ソクラテス:それは「アテナイ以外の神々を信じる」ということか、それとも「無神論者」ということか。メレトス:ソクラテスは後者の「無神論者」であり、「太陽を石、月を土」と主張する。ソクラテス:それは哲学者アナクサゴラスの主張だと皆知っている。メレトスこそが実は高慢・放恣な無神論者であり、この訴状もそうした青年の出来心ゆえに思える。メレトスの訴状・主張は(「ソクラテスは罪人。神を信じないが故に、しかも神を信じるが故に。」という)矛盾を孕んだ謎かけのよう。
15、 メレトス:「神霊の働き(ダイモニヤ)は信じるが、神霊そのもの(ダイモニス)を信じない者」など「一人もいない」、また、神霊は「神々そのもの」か、「神々の子」と「看做している」。ソクラテス:その言い分では自身(ソクラテス)は「神々を認めないで、神霊(神々)を認める」ということになり、謎かけ・冗談のよう。メレトスがこのような訴状を起草したのは、我々を試しているのか、自身(ソクラテス)を陥れる罪過に苦慮した結果かのどちらか。

最終弁論
16、 「新しい弾劾者」(当裁判の告発者)及び「訴状」に対する弁明も終了、総論へ。自身(ソクラテス)や他の善人を滅ぼすのは、メレトスら告発者(新しい弾劾者)ではなく、むしろ大衆の誹謗・猜忌(旧い弾劾者)である。これまでもこれからもそう。それら大衆によって死の危険に晒される営みであっても、人は自身の持ち場を死をも厭わず固守すべき。
17、 ソクラテス自身は従軍した際にも持ち場を固守した。したがって、今も自身が神から受けたと信じる持ち場、愛智者として他者を吟味する持ち場を、死などを恐れて放棄することはできない。それをしてしまうことこそがむしろ、神託の拒否、賢人の装い、神の不信の罪であり、法廷に引き出されるに値する。死が人間にとって何かを知る者などいないのに、死を恐れることも賢人を気取ること。したがって、アニュトスの「ソクラテスを死刑にするか、放免して子弟を一人残らず腐敗させるかの二者択一」という意見はともかく、今回放免と引き換えに姿勢変更を求められたとしても、自身はこれまでの姿勢を変えない。自身は諸君よりも神に従う。そうした人々には「偉大なアテナイ人が蓄財・名声・栄誉ばかりを考え、智見・真理・霊魂を善くすることを考えないのは恥辱と思わないか」と指摘する。自身は「神に対する私のこの奉仕に優るほどの幸福が、この国において諸君に授けられたことはいまだかつてなかった」と信じている。それは身体・財産よりも霊魂の完成を顧み、熱心にすることの勧告、徳からこそ富や善きものが生じることの附言に他ならない。いずれにしても、放免されようがされまいが、自身の姿勢は一切変わらない。
18、 諸君が自身(ソクラテス)を死刑に処するなら、諸君はむしろ諸君自身を害することになる。自身(ソクラテス)にとっては、死刑・追放・公民権剥奪は、正義に反するという大きな禍に比べれば大したことではない。自身(ソクラテス)は自分のためではなく、諸君のため、諸君が神からの賜物に対して罪を犯し、容易に見出すことのできない自身(ソクラテス)のような人物を失ってしまうことがないようにするために弁明している。長年、家庭を顧みず、貧乏も厭わず、何人にも家族のごとく接近し、無報酬で徳の追求を説くような行為は、人間業ではなく神の賜物。
19、 自身(ソクラテス)が国事に関わらない理由は、幼年時代から現れる「ダイモニオンの声」にある。常に何かを諫止(禁止・抑止)するために現れるこの声が、政治に関わることに抗議する。この抗議は正しく、実際、自身が政治に関わっていたら、既に死んでいただろう。本当に正義のために戦うことを欲するならば、公人ではなく私人として生活すべき。
20、 政治に関わることの危険性に関する2つの例示。唯一の公職経験である評議員時代、ペロポネソス戦争中の紀元前406年におけるアルギヌサイの海戦後の将軍10名に対する違法な有罪宣告に対し、一人反対したことで演説者・大衆の怒号を受けたエピソードと、三十人政権下の紀元前404年、サラミス人レオンを処刑のために連行することを一人拒否して家に帰ったエピソード。
21、 自身は公人としても私人としても態度を一切変えなかったが、公人として政治に携わることが少なかったから、長い歳月生きながらえることができた。誹謗者が自身(ソクラテス)の弟子と呼んでいるクリティアスやアルキビアデスに対しても、譲歩したことはない。自身は何人に対しても、報酬を受け取らず、貧富の差別なく、試問・問答を行なってきた。いまだかつて誰の師になったこともなく、誰に授業を授けたこともない。
22、 自身の仲間となっている人々は、賢明とうぬぼれている人々が吟味されるのを楽しむ。しかし、自身は神からの使命としてこれを行なっている。自身が青年を腐敗させているのなら、その中で既に壮年に達した人々、その家族・一族がここに復讐に来てなければおかしい。ここにもその仲間(クリトン、リュサニヤス、アンティフォン、ニコストラトス、パラロス、アディマントス、アイアントドロス)の子息・兄弟がいるが、彼らはむしろ自身(ソクラテス)を援助している。
23、 弁明として言いたいことは言い終えた。諸君の中には涙を流して嘆願哀求したり、同情をひくために子供・親族・友人を多く法廷に連れ出そうとすることを期待していた者もいるかもしれないが、自身はそうはしない。自身にとっても、諸君にとっても、国家にとってもそれは不名誉なことだから。
24、 裁判官(陪審員)は、国法にしたがって事件を審理しなくてはならない。メレトスの訴状の通りであるか否か。自身は告発者たちよりも堅く神々を信じ、最も善い裁判が成されることを諸君と神々に委ねる。

------------------(黒石・白石による「無罪有罪決定」の投票。結果、約280対220、すなわち30の票差で「有罪」が決定。以下、刑量を巡る弁論に移る。)-------------

刑量についての弁論
25、 有罪決定は予想通りだった。むしろ多くの票差がつくと思ってたのが、意外に僅差だった。30票の投票が違えば無罪放免になっていただろうし、アニュトスとリュコンが告発者に名を連ねてなければ、メレトスは5分の1の票数も得られずに罰金1000ドラクメを払うことになっていただろう。
26、 告発者は死刑を提議している。それに対して何を提議すべきか。何人にも善良かつ賢明になるよう説得することに務めてきた一人の貧しき国家功労者が受けるべき賞罰は、良きものであるべきであり、プリュタネイオン(役所、会議場、迎賓館・宴会場を兼ねたアテナイの中心施設)における食事がふさわしい。
27、 これは傲慢から言うのではない。自身は決して故意に不正を行ったことがないと確信しているが、それを諸君に信じさせるには時間が短すぎる。自身は不正を行っていないと確信しているので、(ましてや福か禍かも分からず恐れてもいないと述べている死刑にわざわざ対抗するためにあえて)提議する刑罰が思いつかない。投獄されて奴隷生活を送ればいいのか。罰金を払うにも金が無い。追放されてもその町々で同じことを繰り返すだろう。
28、 「追放先で静かな生活を送る」ことなど、自身にはできない。それは神命に背くことであるし、人間の最大幸福であり生き甲斐は、日毎、徳について語ることであり、魂の探求に他ならないから。金があればそれを罰金として提議するが、自身は一文無しである。銀1ムナぐらいは払えるので、それを提議したいところだが、プラトン、クリトン、クリトブロス、アポロドロスが罰金30ムナの提議を催促し、その保証人になってくれるというので、それを提議する。

----------------- (「刑量確定」の投票。結果、約360対140の多数を以て「死刑」が確定。)-----------------

「死刑確定」を受けて
29、 有罪・死刑投票をしたアテナイ人諸君は、高齢で死ぬ日も遠くない自身(ソクラテス)の死を待つだけの辛抱が足りなかったばかりに、賢人ソクラテスを死刑に処したという汚名と罪科を負わされるだろう。諸君を批議する人々は自身(ソクラテス)を賢人と呼ぶであろうから。諸君は自身(ソクラテス)が有罪になった理由は、「言葉の不足」「有罪を免れるためいかなる言動も厭わない姿勢の欠如」だと考えるだろう。しかし自身に言わせれば「厚顔・無恥・迎合意図の不足」である。自身はいかなる危険を前にしても賤民らしく振る舞うべきでないと信じていたし、後悔は無い。死を免れることは困難ではない。死を免れるより悪を免れる方がはるかに困難である。悪は死よりも速く駆ける。老年の私は死に追いつかれ、若い諸君は悪に追いつかれた。
30、 自身(ソクラテス)を有罪と断じたる諸君への予言。諸君には死刑より遙かに重き刑が課されるだろう。諸君は諸君の生活についての弁明を免れるために今回の行動に出たが、結果はその意図とは反対になるだろう。自身(ソクラテス)が阻んでいた、若く峻烈な多くの問責者が、諸君の前に現れ、諸君を深く悩ますだろう。正しくない生活に対する批議を、批判者を殺害・圧伏することで阻止しようとする手段は、成功も困難で立派でもない。最も立派で容易な手段は、自ら善くなるよう心掛けることである。
31、 無罪投票をしてくれた諸君(正当な「裁判官」諸君)へ。「ダイモニオンの声」は、今回の件で一度も現れなかったので、今回の出来事はきっと善い事である。死を禍だと考える者は間違っている。
32、 また、死は一種の幸福であるという希望には以下の理由もある。死は「純然たる虚無への回帰」か、「生まれ変わり、あの世への霊魂移転」かのいずれかである。前者であるならば、死は感覚の消失であり、夢一つさえ見ない眠りに等しいものであり、驚嘆すべき利得である。後者であるならば、数々の半神・偉人たちと冥府で逢えるのだから言語を絶した幸福である。
33、 「裁判官」諸君(無罪投票をしてくれた諸君)も、「善人に対しては生前にも死後にもいかなる禍害も起こり得ないこと、神々も決して彼を忘れることがないこと」を真理と認め、楽しき希望を以て死と向き合うことが必要である。したがって、自身(ソクラテス)は告発者や有罪宣告をした人々にも、少しも憤りを抱いてはいない。なお、自身(ソクラテス)の息子達が成人した暁には、自身(ソクラテス)が諸君にしたように、彼らを叱責・非難して悩ませてもらいたい。蓄財よりも徳を念頭に置くように、ひとかどの人間でもないのにそうした顔をすることがないように。去るべき時が来た。自身(ソクラテス)は死ぬために、諸君は生きながらえるために。両者の内、どちらが良き運命に出逢うか、神より他に知る者はいない.。


プラトン著 「クリトン」

「クリトン」は文庫本にして30頁ほどの短編で劇でいえば1幕のことであるが、訳者によって17節に分かたれる。、『ソクラテスの弁明』で描かれた民衆裁判所における死刑判決から約30日後、死刑執行を待つ身であるソクラテスが繋がれたアテナイの牢獄にて。夜明けに「死刑執行停止の解除」を意味するデロス島からの聖船の帰還を控えた深夜。ソクラテスの旧友クリトンが、懇意にしている牢番を通じて牢獄へ侵入、ソクラテスに逃亡の説得をしに来るところから話は始まる。最終的にクリトンの説得が失敗に終わる場面までが描かれる短い劇であるが、クリトンとソクラテスの対話(ダイアローグ)である。とはいえクリトンはソクラテスの主張に合意するのみで、ほとんどソクラテスのモノローグと言っても過言ではない。
1、 クリトン:ソクラテスに聖船の帰還が迫っていることを告げる。
2、 ソクラテス:夢のお告げで聖船の到着が今日ではなく明日だと予言。
3、 クリトン:ソクラテスへ逃亡を切り出す。自分が親友を失わないため、また、大衆からの「金を惜しんで親友を救うのを怠った」という誹り・風聞を避けるため。しかし、ソクラテス:意に介さず。
4、 クリトン:ソクラテスは逃亡に伴う費用や、逃亡後の自分達に対する処罰を懸念しているのかもしれないが、それらの処理費用はいくらでもないし、シミヤスやケベスら外国の友人達もその用意がある、また、テッサリア等、歓迎してくれる先はいくらでもあると、説得。
5、 クリトン:ソクラテスは敵が思う通りに自らその身を滅ぼそうとしている、また息子達を見棄てて孤児の境遇に落とそうとしている、一連の事の成り行きは自分達を卑劣・臆病の評判へと貶め、皆に不幸・不名誉をもたらそうとしていると説得、逃亡催促。
6、 ソクラテス:クリトンの熱心さは尊重するが、それが正しい道理に叶っているか考えなければならない、自分は熟考の結果最善と思われる考え以外には従わないと、問答開始。クリトン・まず大衆の意見ではなく、一部の智者の意見が尊重されるべきという点で、合意。
7、 ソクラテス:運動を本職とする者は、あらゆる人の賞賛・非難・意見ではなく、医者や体育教師ら専門家の意見を尊重すべきで、逆に、その彼が素人・大衆の意見を重視すれば、禍を被るということ、また、その禍は身体に及ぶという点でも、この例が、正と不正、美と醜、善と悪といった主題においても同様に当てはまるという点でも、クリトン:合意。
8、 ソクラテス:専門家の意見を聞かず、不養生によって損なわれた不健康な身体をしていては生き甲斐が無い、不正によって害された魂をしていてはもっと生き甲斐が無い。クリトン:合意。これによってクリトンの「大衆の意見に耳を傾ける」という姿勢は退けられた。ソクラテス:一番大切なことは単に生きるのではなく善く生きること、また、善く生きることは美しく生きる、正しく生きることでもある。クリトン:合意。
9、 ソクラテス:逃亡するか否かは、現在の問答における正・不正のみを根拠とすること、他の事情は顧みない。クリトン:合意。ソクラテス:最善の異論・反対説があれば述べてほしいとクリトンに頼みつつ、議論を進行。
10、 ソクラテス:.不正は事情・条件に依存せず、いかなる条件下においても故意に行なってはならない、それは常に悪・恥辱である。クリトン:合意。ソクラテス:不正に報いるのに不正を以てすべきでない、誰かに禍害を加えること、それに対して禍害を以て報いることは悪であり、不正と同じである、何人に対しても、不正に報復したり、禍害を加えたりしてはならない、他人に対して正当な権利として承認を与えたことは、自らも尊重すべきだ。クリトン:合意。
11、 ソクラテス:国家の同意を得ずに逃亡すれば、自分達は最も加えてはならないものに禍害を加えることになるのか否かを問うも、クリトンは答えに窮する。ソクラテス:国法・国家を擬人化し、「ソクラテスは法律・国家組織全体の破壊を企図しているのではないか、一度下された法の決定が私人によって無効化・破棄されてもなお国家は存立し、転覆されずに済むのか」と問わせる。他方で弁論家風に「国家こそ自分達に不正を行い正当な判決を下さなかった」と反論も用意。クリトン:後者に賛同。
12、 ソクラテス:国家の言い分として「ソクラテスと我々との合意はその程度のものだったのか、国家の下すいかなる判決にも服すると誓ったのではなかった」と問わせる。更に、「ソクラテスはいかなる苦情があって国家転覆を図るのか、我々の保護下で両親は結ばれ、おまえが生まれ、扶養・教育された中に不満があるのか」「おまえや祖先が我々の産み子・臣下として属することを否認できるのか」「おまえは我々と同等の権利を持っていると信じたり、我々がおまえに加えようとすることをおまえも我々に加え返す(報復する)権利があると思っているのか」「父親や主人(奴隷の場合)に対しても、同等の(報復)権利は無いのに、父母よりも祖先よりも尊ばれ、畏敬され、神聖で、神々・理性的人間たちによって最も尊重されているこの国家・国法・祖国に対しては、それがあるというのか」「人は祖国を敬い、父親に対するよりももっと素直に従い、また、なだめるべき」「祖国が命じるものは、殴打・投獄・戦場送致であれ、黙って忍従すべきであり、逃亡・退却や持ち場の放棄をせず、戦場においても法廷においても他のどこにおいても国家・祖国の命ずる通りに実行しなくてはならない、もしくは、真の法の要求に沿って考えを改めさせなくてはならない」「暴力を用いることは、父母に対しても罪悪だが、ましてや祖国に対してはなおさらではないか」等と語らせる。クリトン:同意する。
13、 ソクラテス:続けて国法に語らせる、「我々は全てのアテナイ人に対し、一人前の市民となり、国家の実状や法律を観察した時に、意に適わないことがあれば、全財産を携えて好きな所に行けることを、宣言している、また実際、植民地や外国に移住・引越ししても、それを誰も妨げも禁止もしない」「したがって、アテナイに留まり続けている者は、我々の命令の一切を履行することを、その行為によって約束した者である」「したがって、我々に服従しない者は、1「生の賦与者たる我々に服従しない」、2「養育者たる我々に服従しない」、3「我々に何か間違った行いがあった時に、説得によってこれを改めさせない」という3つの不正を犯している」「我々は命令をただ提議するのみで、それを履行するか、非を悟らせるか、その二者択一はその者に委ねられているが、不正者はそのどちらも実行しない」
14、 ソクラテス:「ソクラテスが今現在の企てを遂行するならば、こうした非難は最大限該当することになる」「ソクラテスは一度のイストモス行や、ペロポネソス戦争(ポティダイアの戦い、アンフィポリスの戦い、デリオンの戦い)への従軍といった例外を除いては、アテナイの町を出ることもなく、他国やその法律に興味を持たず、ここで子供ももうけ、この国家に満足してきたし、裁判中には、追放刑を提議することもできたが、それよりは死を選ぶと高言した」「それを今さら撤回し、契約・合意を破棄して逃亡を企て、最も無恥で奴隷的な振る舞いをしようとしている」「まずはこれまでの行為によって我々に従って市民生活することに同意したという主張が、正当であるか否か答えてみよ」。クリトン:しぶしぶ同意。ソクラテス:「我々とソクラテスとの契約・合意は、強制されたものでも、欺かれたものでも、短時間で強いられたものでもない、ソクラテスは70年もの間、ラケダイモン(スパルタ)も、クレテも、その他のギリシア人や異邦人の都市をも選ばず、アテナイに留まり、この国・国法を好んできた」「これまでの合意を守らず、逃亡するならば、ソクラテスは自分を物笑いの種にすることになる」
15、 ソクラテス:「ソクラテスがこれまでの合意を蹂躙して逃亡すれば、友人までもが追放刑(祖国喪失)・財産没収の危険に晒されるのはもちろん、ソクラテス自身も、仮にテーバイ、メガラといった良い国法のある近隣都市へ行くならば、その国の者達はソクラテスを国法の破壊者として猜疑の目で見るし、裁判の判決が正しかったと判断するだろう」「そのような秩序ある国々、方正な人々を避け、生きながらえたとして生き甲斐はあるのか」「厚顔、恥知らずにも彼らのところに押しかけて、徳や正義、制度と法律が、人間にとって最高の価値であると語ろうとするのか」「あるいはクリトンの客友達(クセノス)を頼りに、テッサリアのような無秩序と放縦が盛んな地へとおもむき、脱走話や、国法蹂躙、老人の生への執着といった滑稽話でその地の人々を喜ばせ、彼らの機嫌を損ねないように奴隷のように生きるのか」「子供たちの扶養・教育のために生きながらえたいと言うのなら、そんなテッサリアに連れて行って、扶養・教育するつもりなのか」「子供たちをアテナイに残して友人に世話を頼むというのであれば、その友人はソクラテスが生きて目を光らせている内はちゃんと世話をするが、死ねば(冥府に行けば)世話をしなくなるほど信用のできない者たちなのか」
16、 ソクラテス:「だからソクラテスよ、我々の言葉に従い、子供も、生命も、その他のものも、正義以上に重視するな」「冥府に着いた時に、自らを弁明できるように」「ソクラテス自身にも、全ての関係者にも、正義以上の幸いなく、これ以上に、人の義にも、天の義にも適うものはない」「このままこの世を去るなら、(人間から)不正を加えられた者としてこの世を去ることになるが、逆に逃亡し、不正に不正を、禍害に禍害を報い、我々に対する合意・契約も蹂躙し、ソクラテス自身、友人、祖国、我々(国法)といった最も禍害を加えてはならない者に禍害を加えるなら、我々はおまえの存命中を通じておまえに怒りを抱くし、あの世の冥府の国法も、親切におまえを迎えてはくれない」「力の及ぶ限り我々を滅ぼそうとしたことを、彼らは知っているから」「だからクリトンの説得されずに、我々の言葉に従え」
17、 ソクラテス:以上の言葉が耳の中で響き、他の音を聴こえなくする、だからクリトンが抗弁しても空語に帰すると述べる。それでも何か成し得る望みがあるのか尋ねられたクリトンは、もう何も言うことは無いと説得をあきらめる。ソクラテス:「よろしい、それでは我々はこの通りに行動しよう、神がそちらに導いて下さるのだから」。


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